9話 あくまで個人的な
王都の南西地区、通称西太陽は昨日まで活気だけはあった。
中央広場から延びる街道をてくてく南西に歩くと、あるところから違法なものしか売ってない屋台が立ち並ぶ。その向こうには王都中のごみが積み上げられていて、様々な事情から流れ着いた住民たちはそこでいい感じのゴミでねぐらをDIYして暮らしていた。
住民のほとんどが雑役やごみ拾いといった拾い仕事で暮らしているため、日中はそれほど人気がない。だが、一日の終わり黄昏時になると王都中から帰った住民たちがその日の成果を持ってくる。それらを少しでも多く出させようと密造酒の居酒屋だの露店だのエロいお店だのが営業を始める。
昼の静けさはどこへやら。あちらこちらから歌声が聞こえる。南西地区は王都が目覚めるころに眠り王都が眠る頃に目覚めるから、いつしか西太陽と呼ばれるようになった。こうして西から太陽が昇ると王都の住民は眉をひそめて、子どもに勉強するよう説くのだった。
クロは目の前の更地を見渡した。地面はまだ水気を含んで足に泥が跳ねる。そういえば靴下まで黒いんだよな俺と余計なことを考えて自分の足元を見たらネズミが死んでいた。
その日の始まりは王都から帰った一人の獣人が気怠そうにしていたところからだった。曰く熱があるとのことで、今日はとっとと帰ると言ってごみ山のねぐらに帰っていった。
クロは少し歩いた。この地区はこれから廃棄物処理場として整備され、またゴミを再利用する魔法を研究する施設も併設されるらしい。
その獣人が持って帰った金になりそうなゴミに触ったやつらが倒れた。その獣人が座ったベンチに後から座った子供が熱を出した。悪寒を訴える獣人の友人たちに触れた人間もまた悪寒を訴えた。
魔力を使えば聴力を上げられる。クロは耳を澄ませてみた。だが聞こえたのは英雄パレードの午後の部の音だけだった。
西から太陽が昇らない。住民たちが異常に気付いた時にはもう遅かった。これは毒だ。道端で力尽きる人間も出始め、掘っ立て小屋からうめき声が聞こえ始めた頃、比較的軽症の人間たちはごみ山の向こうに火の手が上がるのを見た。
自然発火ではなかった。何度か目にしたことのある王国を守る炎だった。それが自分たちに向けられている。
彼らは一目散に南西地区から出ようとした。四方がすでに火によって囲まれているため、兵士が来たときに逃げる用の隠し通路から地区外に出ようと考えた。だがそれもすでに水に沈んでいた。
彼らのうちの一人は自分の命よりも息子の命を優先した。息子には夢があるそうだ。このごみ山を抜け出して、学校の先生になりたいという。息子の名前はラハムといった。
「ギレルモに会ってくる」
元ロミの秘密基地。クロはそう宣言した。ラハムが殺された後クロとロミは別行動をとった。クロはロミを一人にさせた方がいいと思ったからだ。
獣人奴隷、反乱、鎮圧、そして大衆。ロミがそれらに折り合いをつけるには時間がいる。
クロが帰った時ロミは外を眺めていた。黄昏だった。狼獣人は耳がよく鼻が利くため、クロがいることには既に気づいていた。その背中にクロは声をかけたのだった。
「私ね」
振り返らずにロミが語りだす。用水路から見える丸い外には雨が降っていた。
「だから私も行く」
最後の言葉と瞳が迷いのないとても真っ直ぐだったから、2人そろって今王城の前にいる。
「いいのか?王城への不法侵入は問答無用の死刑だ」
「なんでかな、自分でも分かんないや」
改めてロミは自分を見る。王国に到着してすぐ実は服を着替えていた。クロと会った時は奴隷の着る貫頭衣だったが、今は冒険者時代に着ていた動きやすいシャツとスカートだ。久しぶりに着たし、よく残ってたなと自分でも感心する。
「この国にはいられなくなるけど、でもこの国になんかいたくないし。じゃあどこに居たいかって言われると困るんだけど」
王城はこの国で一番大きな建物だ。というより、誰も王城より高い建物を造れない。お堀にかけた橋の前。2人は城のてっぺんを見上げている。
「クロ、私がね、なんで用水路に住んでるかは話したよね」
「ああ」
「誰も住む場所を貸してくれなかったから。冒険者でランクがあったころは宿も貸してくれたし、住む場所もあった。だけどその肩書がなくなった瞬間、周りが冷たくなった。だけど、私は復讐したいなんて思ってないの。そんなことしても仕方ないし。ただ、新しいところに行きたいだけ、ここではないどこかに」
「俺はギレルモに聞きたいことがある」
「Win-Winでしょ、私たち」
―玉座―
英雄は眠った。どれだけもてはやされようと年端も行かない少年少女だ。人前で国の要人と会話するのは神経を使っただろう。あとは王城内に異変がないかをチェックすれば、ギレルモの本日の業務は終了となる。といっても、王城各地にいる警備兵の報告を聞けばよいのであり、ギレルモが直接足を運ぶのは玉座と国王夫妻の寝室である。
いつものように異状はない。兵士の書類に機械的にサインし終え、国王夫妻の寝室の戸締りを確認し、あとは玉座をチェックするだけである。
「ギレルモさん、つかぬことをうかがってもよろしいですか」
玉座のチェックを終えたギレルモにコルネットが話しかけた。コルネットはパレードの期間中、ずっとギレルモに付き仕事を補佐していた。
「残業は身体によくないぞ、コルネット」
「今回の英雄召喚、大将はどうお考えでしょうか」
英雄召喚が国王と全大将の承認のもと実行されたことぐらいコルネットも知っている。その目的が敵国イスファハ帝国との戦争を有利に運ぶためであることも。だが、結果召喚されたのが年端も行かない少年少女であったことと、彼らがとてつもない潜在能力を秘めていることは誰もわからなかった。
「この国の平和のためだ」
「ならどうして最後まで反対していたんですか、ギレルモさん」
「反対はしてない。書類にサインするのが一番遅かっただけだ」
「またそうやって」
ギレルモが玉座に向かい合う。玉座の奥には国旗があり、その下にはワンダーウォールの欠片があった。はるか昔に神が書き記した世界の全て、その断片を初代国王が受け取ったという。
「今してることが正義だなんて、あのバカみたいに考えちゃいねえが、それでも……」
―木の皮―
「ブルーベアが収納できるってのにこの窮屈感はどういうことだ」
「知らないわよ、あんたがつくったアイテムじゃないの」
橋のうえを木の皮が移動している。風に吹かれるように自然な速さで。
クロのアイテムボックスに自分たちを収納し、隠れながら王城に侵入するというのがプランだ。事前にロミの秘密基地、通称ロミつ基地で試した時から窮屈さが指摘され、一度は却下となったものの、王城をまじかで見てみてその警備の厳重さにこの計画を実行するしかなくなった。
「自然に、自然に。まるで風の妖精が戯れているかのようにゆっくりとだがしかし速く」
「あ、変なとこ触んないで」
警備兵の光魔法を避けながらゆっくりと進んでいく。彼らの仕事ぶりは怠慢だ。おそらく長らく王城に侵入者がいないのだろう。門の隙間から敷地内に入れた。噴水のある素敵な庭を越えてそのまま建物内までつっきる。
「「ぷはあーーー」」
王城内、通路。建物内に侵入し、人気のないところに隠れすぐ息継ぎをする。もちろん頭だけ出してだ。
辺りに誰もいないのを確認した2人は隠れないことにした。しかし、単に歩くだけじゃない。
「いい、クロ。あなたの得意な闇魔法系重力魔法はその指向性として重力と斥力があるの。引き寄せる力と引き離す力ね」
「言いながら背中に乗ってきて器用だな」
「最後まで言わなくてもだいたいわかったでしょ」
「おっけ」
ロミはしっかりとクロの背中に引っ付き、クロは背中に重力魔法引力を展開する。ロミが落ちないようにするためだ。そうして斥力が自然の重力を相殺し上回れば、足が地面を離れ天井と頭が近づいていく。逆上がりの要領で足を天井の方に向ければ、天地逆転して歩くことが可能となる。
「城の天井は高えな」
「おまけに暗いわ」
2人は窓より高い位置にいる。窓からの月明かりが廊下を照らしている。中庭を囲む廊下を兵士に見つからないよう渡り、玉座の間まで行かねばならない。
「ところで護衛兵って何ランクぐらいだったんだ?」
玉座の間のでかい扉を前にしてクロが訊ねる。
「Dランクぐらい。私と互角ね。ちなみにこの侵入がばれたら大挙して押し寄せてくるわ」
「あのギレルモもだよな」
「そう。命あって帰れたら奇跡ね」
「あのおっさんなら許してくれるよ」
「根拠ゼロでしょ」
―玉座の間、控室―
あの時。玉座は人でごった返していた。展開された魔方陣を中心に宮廷魔術師たちが魔力を送り込んでいる。国王夫妻はそれぞれの玉座に座りながらそれを見守っている。
国王を護衛するのが大将サルバトーレだ。そして魔法陣と宮廷魔術師を護衛するのが大将パブロとギレルモさんだ。私は扉の外で侵入者がいないか見張っていた。
成功率は限りなくゼロに近かった。何が召喚されるかもわからないから、宮廷魔術師と国王を守るため大将総出となった。
魔法陣は魔力だけで作られたのではなかった。民の血税。労働力。連日の実験とそのための無数の命。他の政策の遅延。プロパガンダ。弾圧。今への怒りと未来への希望。
多大なる犠牲を払ってまでする賭けなのかとギレルモさんの派閥は懐疑的だった。だから私もそうだった。
でも、戦争は終わらないから。平和だった頃を知らない子供がたくさんいるから。これ以上に頼れる代案を私たちは提出できなかった。いや、縋れるか。
壁に目をやる。ギレルモさんはこれ以降、立場が弱くなってしまった。英雄召喚が失敗していれば違ったのだろうけど、結果は大成功。1人召喚できるかどうかとの期待を超える3人の英雄。みんな若くてとてつもなく強くて。
この国の未来を重ねた。
その勢いに私たちはついていけなかった。でも他の2人の大将は違った。とくにサルバドール一派は強烈で、今英雄の教育をしているのはサルバドールだ。
パレード前日も、2人は王の近くで仕事をしていたのに、ギレルモさんと私たちは現場作業を命じられた。まあ、現場作業自体がどうってわけじゃないけど、ギレルモさんの扱いはこんな感じだ。
歓声が部屋から聞こえた。それで召喚が成功したのだと分かった。私たちも嬉しかった。
誰かが扉を開けた。指令があるまで入ってはいけないのだが、誰もそれを咎めなかった。「成功したのか」「人間か」「こどもか?」「いや……」
私たち王国出身の人間は幼いころにおとぎ話を聞かされる。いや、いつの間にかストーリーを知っている。学校のライブラリーか、寝る前に親が話してくれたのか、それくらい幼いころに覚える禁忌。
それはおとぎ話。黒い人に気を付けなさいという寓話。でも目の黒い人、黒い髪の人もたくさんいる。黒いっていうのは内面の事だよと教えられる。外見じゃなくて心で人を判断しなさいという教えだと、そうなってる。
この王国は実際普通じゃない人に冷たい。黒髪黒目の人間がいない今、周縁に追いやられてるのは獣人だ。敵国の帝国はそうでもないし、周辺には獣人だけの小国家もたくさんある。それでもなお、この国はしっぽのはえたひとたちを劣った人としている。曰く、建国の父、初代アレクサンドリアを貶めたから。そんな神話を信じてる。
……そういえば、あの時ギレルモさんが話してた男の子も黒髪黒目だったなあ。