8話 英雄
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「おっ、先導車だ」
「立ち直んの速いね」
再び、冒険者ギルド屋上。
野次馬をまいてまずロミがしたのはクロへの説教だった。曰く、この王国で目立つような行動は控えた方がいい。
王都は広大だが同時に閉鎖的なため、噂は瞬時に広まる。万が一、黒髪黒目の少年が冒険者を狩って回ってるなんて尾ひれがついてしまえば、王城に忍び込むなんて夢のまた夢だ。
「とはいえ、正直Bランク冒険者をあんな簡単に倒せるとは予想外だったわ」
「だろ」
「うん、ったく、それは、まあ、私も調子乗る」
Bランク成りたてのいわばBランクマイナスであった2人組だが、その実力は国内屈指である。というよりAランクやSランクはほとんど国内にいないため、Bランクが国内では一番強いことになる。その1人を一発で叩きのめしたのだから、ロミはクロの強さに少しぞっとする。ただ、記憶が一切ないのは本当のようで、だからクロの動きには戦闘技術がみられない。せいぜい喧嘩の本能か。
「まあ、いくらきれいなお姉さんが困ってたからって反射的に助けに入るのは不用意だよな」
「かしこいかしこい」
ロミが小さく拍手する。
あの後、警備兵だけじゃなく結構位の高そうな護衛軍まで出てきて現場は物々しい雰囲気となった。急いで逃げた2人は、空き建物の一部屋に侵入した。これも広場に面しており、パレードがよく見える。鍵はクロが指先を変形させて開けた。
下手をしたらテロリストの疑いをかけられて、指名手配になるかもしれない。まあ考えすぎかもしれないが。
「とりあえずあのスレンダーなお姉さんが有利な証言をしてくれることを祈ろう」
「さっきからお姉さんに形容詞要る?」
窓から少し離れた位置から広場を見下ろして、2人は本隊を待つ。先導車には楽団と曲芸師が乗り合わせ、観客を盛り上げる。観客は護衛軍により厳重に抑制され、一定の距離を保たされている。
その賑やかな一団が雰囲気を作り上げた後、ゴーレムに引かれた大きな車がやってきた。厳かに飾り立てられた二階建ての車を引くにはダブルサイズのゴーレムが2人必要だった。
「宮廷魔術師徹夜の傑作ね」
「屋上に英雄3人と、王様と王妃かあれは。すっげー」
現国王アレクサンドリア・キャスター、現王妃アレクサンドリア・ピアニッシモ。
この国を建国した神話の人間、アレクサンドリア・ウィンストンの血を直系で受け継ぐらしいおっさんは、もうおじいさんに片足を突っ込んでるというのに肉体に衰えを見せていない。細く見えるがやせてるわけではない。さすが昨日会った大将のおっさんのうえに君臨する元帥である。
国民に手を振る最上級夫婦の後ろにいるのが英雄なのだが、
「ガキだな」
「私たちが言うのもあれだけど、そうね」
3人のうち2人が少年で、1人が少女。王国護衛軍の紋章があしらわれた衣装に身を包んでいる。少年の1人はこの状況を楽しんでいるようで、得意げな顔をして、国王夫妻を真似て手を振っている。茶色の髪に赤の目、ポジティブな顔つきはきっと常に国民を鼓舞してくれるのだろう。
後の2人は控えめだ。ダークグレーの髪の少年は状況に戸惑っていた。最低限の笑顔だけを見せるので精一杯だ。3人の中では一番背が高く肌は青白い。最後の少女は冷徹にみえる。紫の肩に着く程度の髪は直線的で、何の愛想もふりまかず遠くを静観している。ただ何よりも他2人と異なるのは、剣を肩に持っているところだ。
「……あの刀、懐かしいな」
「え?」
王城から一直線の街道をぬけてパレードは広場に入る。2人がいる建物は街道に近かったが、隊列はその逆から回り始めたので、2人に最も接近するのは終盤となる。英雄たちの後ろ姿をいったん見送りながら、なんとなくそんなことをクロが呟いた。
「あの刀って、英雄の少女が持ってる剣のこと?結構不思議なかたちしてて、どっちかっていうと東方でつくられたのに似てるけど」
「何で俺、懐かしいんだろ…」
自分で言って自分で不思議がるくらい無意識の発言だった。この国に来て見るものすべてが見慣れなかったというのに、どうしてか英雄の少女が持つ刀だけは懐かしさを覚えた。もっとよく見ようとクロは目を細める。
国王夫妻と英雄3人は同じゴーレム車のうえにいる。そこは大きな部屋のようで、四方の壁はなく柱と屋根があるだけだ。飾り付けられたそれらと国王夫妻が座る椅子の間に人影をクロは発見した。
「ロミ、あそこ誰かいる」
「どこ、って、ああ、奴隷」
フォーマルな衣装に身を包んだ人間たちの側にかしづく簡素な服に身を包んだ男女がいた。彼らは王様の飲み物を注いだり、王妃のために扇を仰いだりしている。
豪華な人間の周りに地味な服を着たやつらが取り巻いてるの不思議でクロはロミに尋ねたのだった。
「奴隷?って昔のロミもあんなことしてたのか?」
「うーん、ちょっと違うかな。私は給仕係じゃなくて、護衛とか用心棒みたいな役割だったから」
「あいつら好き好んでやってんの?」
「多分やってないと思う。外からは見えないけど車の中でスピード調節したりしてる奴隷もいるのね。彼らとか給仕係的な役割の人は、代々それしかできない家系なの。だいたい、うーん……」
「うーん?」
「何も知らない人にこういう言い方をしていいものか……」
「言いにくいことなのか」
「彼らは南西の地区に暮らす人たち、なのよ」
突如、破裂音が響いた。国王夫妻と英雄のいる台座部分の屋根が吹き飛んで、観客たちのいるほうへ落下していた。隊列が緊急停止し、観客たちは叫びながら四方八方へと散る。どこからともなく、護衛兵が大挙して広場に押し寄せてくる。
「襲撃だー!」「何者だ!」「どこから!」「敵国か!!」
クロとロミが怒鳴り声をあげる兵士たちを見下ろしていると、再び破裂音が響いた。今度は国王夫妻の近くだった。広場にいる者たちの視線が一斉にそこへと注がれる。
国王夫妻と英雄たちを引くゴーレムの頭の上に独りの奴隷が魔法陣を展開して立っていた。ヒツジの角と耳を持つ獣人の青年だった。国王夫妻をじっと見据えている。
「私は奴隷のラハム!仲間たちよ、目を覚ませ!昨晩の南西地区で起こった火災は人為的なものだ!我々の存在は今この国から消されようとしている。我々はこの暴力に断固としてたたか……」
そこから先は聞き取れなかった。国王に反乱を起こさんとしたラハムという名の青年が突如口から血を吐いてその場に倒れたからだ。
「パブロの薬」
ロミがそう呟いた。ロミは展開されていた魔法陣の精度からラハムの戦闘力をCランク程度だと見積もっていた。おそらく自分よりは強いだろう。だがさすがに大将の攻撃に対処することはできなかった。
「馬鹿な…パブロ…か、いくらなんでも早すぎる」
「俺んとこにも奴隷が攻撃を仕掛けてきたが、昨日今日できた急ごしらえじゃなあ。サルバトーレが動かないのはお前から事情聴取する時間を確保するためだ」
どこからともなくギレルモが現れゴーレムの頭頂部に降り立つ。ラハムは倒れ伏したまま顔だけを動かしてギレルモを見上げている。ギレルモはポケットに手を突っ込んだままラハムを見下ろしていた。
「事情聴取。そんなもん必要ない。俺の家族は南西地区に暮らしていた!あんな英雄とかいうガキのために俺は一夜にしてすべてを失ったんだ!貴様らに話すことなど何もない!」
息も絶え絶えになりながらエイブが怨嗟の声を上げる。
「お前がどんな思いで行動したかは知る由もないが、俺たちに取っちゃただの仕事だ」
ギレルモは表情一つ変えずにラハムを見下ろしたまま一言それだけ言って、右手をポケットから出した。指先が群青に染まる。
すると、ラハムの体がどんどんゴーレムに沈んでいく。ラハムはもはやもがく体力もなくなすがままにゴーレムの中に消えていった。
「なんだあれ!収納魔法か」
「ギレルモの洗浄よ。今頃この世界のどこかに飛ばされてるでしょうね」
クロの疑問にそっけなく答えたロミは目を見開き唇を噛んでいた。
「さすがギレルモ大将!国王夫妻と英雄が無事で何よりだ!」
「身の程をわきまえない奴隷は死んで当然だ!」
沈黙していた観衆からそんな声が聞こえてきた。ラハムが声を上げてから状況を静観していた彼らは大将ギレルモの活躍に惜しみない拍手を送る。
ギレルモはぼんやりとしていた。
民衆の黄色い声援ははっきり言ってイケメンな2人の英雄に向けられ、そして少女の可憐さに魅了される男たち。その熱狂は前日とは比べ物にならない。ひたすら手を振り続けて、「こっち向いてくれた!」「王様ー!」「王女様ー」と繰り返し叫んでいる。
国王夫妻と英雄に給仕する奴隷たちなどいないかのようだった。彼らはラハムをどう思ってみていたのか。彼らの表情からはわからなかった。
そしてクロとロミ。2人もまた別世界にいるようだった。