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巻き込まれ転移者が最強になるまで  作者: 南 京中
第1章 アレクサンドリア王国
6/29

6話 王国軍大将

―王城、執務室。夕方―

「商業地区、異常なし!!」

「居住地区、異常なし!!」

「王都周辺、異常なし!!」

「うーぃ、ごくろーさーん」


 緊張感のある部下たちの報告に対し、まるで聞き流すかのように上官らしき男が返事をする。

 オールバックの濃紺に灰色がかった瞳。適当に着てるとしか思えない制服姿で机に脚を投げ出しながら、兵士たちから受け取った報告書に目を通し、文書を作る。


「であとは、俺の担当した中央広場周辺ね。全て異常なし、明日のパレードには支障ありませんっと」


 王国軍大将ギレルモ。

 昼間クロに話しかけたいかついおっさんである。普段はこんな態度をしているが、帝国との戦争で功績をあげ異例ともいえる若さで護衛軍の対象にまで上り詰めた男である。


「じゃあ、これで本日は終了。明日は本番だから、君たちもとっとと帰りなさい」

「「「はっ!!」」」


 形式ばった挨拶をして部下たちが部屋を退出する。


「さて、俺も帰りますかね」

「お待ちください、大将。まだ仕事が残ってます」


 王立護衛軍 大将専属秘書 コルネット


 クロと話すギレルモのもとに駆け寄ってきたのが彼女である。薄茶色の髪にヘーゼル色の瞳。すらりとした手足とショートカット、そしてきりっとした顔つきが仕事のできる印象を与える。ギレルモがいそいそと帰る準備を始めたので声をかけたのだ。


「あー、忘れてた。いやまて、それはお前の仕事じゃないか」

「ですけど、大将が目を通してサインしてもらわないと」


 報告書の作成といった煩雑な事務仕事を請け負うのが大将補佐の仕事だ。しかしながら最後のチェックは大将がしなければならない。


「じゃあ、先にサインしとくわ」

「あー、またそんなこと言って。ってもう書いてる!ほんっとに適当なんだから」

「よっしゃ、今度こそほんとに仕事終了。まああれだ、俺はお前を信用してるから」

「そんなこと言っても無駄です。ほんとはただ帰りたいだけのくせに」


 振り返ることなく手だけ振って、ギレルモは部屋を去った。ポケットに手を突っ込みながら廊下を歩く。一見するとボケっと歩いてるだけのように見えるが、頭の中には明日の仕事があった。



 中央広場から王城までの大通りを明日騎士団が行進する。3人の英雄たちのお披露目。

 意匠を凝らした馬車に先導されて、異世界から召喚されし英雄と王様御一家が城下を見て回る。

 

 さて、まともな手段で王城に入り玉座の間に行くとするならば、2つしかない。王立護衛軍の少将以上に上り詰めるか、貴族に生まれるかだ。


「つまり侵入するしかねえっての」

「24時間体制の警備、王国軍の大将が寝ずの番してるけどね」


 昼間あれだけ賑わっていた中央広場は打って変わって静かで、街灯が寂しく光っている。王都は1年を通して涼しく今吹く風もひんやりしている。明日のパレードに備えてみんな早く寝てるのだろう。

 

「大将ってなんだ?」

「簡単に言って、この国の最高戦力よ。Sランク冒険者と同格かそれ以上か」

「知らん肩書を知らん肩書で説明されても」

「……はぁ」


 ワンダーウォールを乗せた土台に腰かけたロミがため息をつく。クロには自分に関する記憶が一切ない。出身地も家族も自分がどうしてここにいるのかも。

 だからだろう。ワンダーウォールを見るために王城に侵入するのも辞さない。自分だけが読める文を読むために。それで何がわかるかもわからないがじっとしているのが嫌なのだろう。

 というより、誰が自分を待っているのかを、ただ知りたいだけなのかもしれない。

 知りたいという気持ちは止められない。


「乗っちゃだめなんだからね」


 ワンダーウォールの突端を足の裏に感じているクロに忠告する。一度ロミの秘密基地に帰ってきたものの、クロはもう一度見たいと言い出したのだ。あの時は人混みでよく見えなかったからしっかり再確認したいとのこと。だがロミのアドバイスを聞いて夜を待った


「とにかくめっちゃ強いってことだな。王城に侵入するのはかなり厳しいのか」

「はっきり言って不可能よ」


 この世界はまだ未開拓である。王国や帝国の外にどんな景色が広がっているかはまだほとんど明らかにされていない。

 それを開拓するのが冒険者がいる。彼らは未開の各地を旅して世界の相貌を明らかにする。思い出話は聞きごたえのある冒険譚だし、持ち帰った珍品や資源や情報は国を発展される宝なのだ。


「とまあ冒険者ギルドの入り口においてあるフリーペーパーにはこんな風に書いてあるわ。でもこんな優雅な冒険者なんて一握りもひと握り。それこそSランクまで上り詰めないとだめね」

「またSランク」

「Sランクっていうのは、冒険者のランクの最上位よ。成ったばっかはF。そこから実績を積んでいくって仕組み」

「ロミも冒険者だったよな。ランクどれくらいだったんだ?」

「Dランクよ」


 少しだけ自慢げになる。どうやら結構すごいことらしい。


「ま、中の下ってとこなんだけどね。でもこの年齢でDってなかなかいないんだからね」


 曰く、冒険者のうち大抵はDCBのどこかで打ち止めなのだという。そこそこの発見と強さを持ち、それで一生を終える。


「世知辛いねえ」

「それが現実ってものよ。だからSランクなんて夢みたいな強さよ。といっても彼らは世界の果てを旅してるから直接見たことはないけれど。それで、てっぺんには何か書いてあった?」

「いや、なんにも。『我、ここで君を待つ』だけか。不親切すぎるだろ」


 顔の見えない書き手に文句を垂れながらクロがおりようとして、


「なんだよ、もうおりちまうのか」


 欠片の裏から声が聞こえた。

 

 声自体は穏やかだった。まるで子どもがおもちゃに飽きたことを確認する親のような、怒るでも呆れるでもない声だった。

 重要なのはそこではない。それだけならロミがすぐ立ち上がり、身構えることなどないはずだ。

 気配がなかったのだ。

 いくら暗かったとしても。油断しきって雑談をしていたとしても。

 こんな開けた場所で人の近づいてくるのに気付かないなんてありえない。ましてDランク冒険者だった私が。そう思ったから、


「誰?」


 問い詰めるようにそう言った。


「あいかわらずいかついな。いつからそこにいたんだよ」

「いかついんだよ俺は。まあ、そっち行くわ。お前の大事なパートナーが警戒してるんでな」


 ワンダーウォールの影から男が姿を現わした。オールバックの青い髪に灰色の瞳。引き締まった体ののっぽ男。昼間着ていたジャケットを脱ぎ上半身はシャツだけになって第二ボタンまで開けている。


「てっきり天涯孤独だと思ってたが、隅に置けねえなお前。なかなか可愛い子と仲よししてんじゃあないの」

「ギレルモ大将・・・」



「(たいしょーってこの男が!?ほんとか!)」

「(そうよ!ため口なんか使っちゃダメなんだから!!)」

「この距離で囁いたって聞こえんだよ。ていうかいいから、気楽にしていいから」


 すぐさま姿勢を正したロミとクロを見てギレルモは気怠そうにした。初め見たときは苦い顔をしたロミだったものの、すぐさま決められた挨拶をこなした。王国市民とあればやって当然の儀礼だ。やや遅れてクロも真似した。2人揃って頭を垂れた隙にクロが話しかけたが、ささやきは無駄だった。


「気楽にしていいってさ」

「そう、じゃあ、まあ・・・。ていうか、クロ、あなた大将と会ったことあるの?どういうこと?」


 額面通り受け取って姿勢を崩したクロとそうは言っても緊張の残るロミ。


「ロミがサングラス買いに行ったときに喋ったっていうだけ」

「えぇっ!!余計わけわかんない!!!」

「なんでだよ」

「あ~お嬢ちゃん、あれだ、まあ俺がなんとなくブラついてたらこいつと会ってな。暇つぶしだよ、暇つぶし」

「なるほど!」

「余計パニくらせちまったか…。ま、たまには市民の声も聴きたかったしな。俺たちを敬うかどうかなんざ個人の自由、こいつの態度も別に問題ねえし」

 

 仮に市民が大将に敬意を払わなかったとしても市民が罰せられることはない。大将は市民階級だからだ。しかし決まりはそうでも実際は違う。えらそうな軍人が酒場でうるさくしていることなんてよくあるし、半ば特権階級化しているのも事実だ。だから軍人を見かけたら身を固くするのが市民の常だし、ある程度の階級以上には挨拶をするのが利口だ。


「で、大将。今晩はどう言ったご用件で?」

「あーっと、用?ようねえ……別に用はねえよ。強いていうなら、ルール違反の若者への指導だな」

「へえ、大変だな」

「おめえだよおめえ。ワンダーウォールに乗んな」

「「すいませんでした」」


 平伏低頭。まっとうな謝罪である。ワンダーウォールを背にしたギレルモ大将に深々と頭を下げる。


「やさしいねえ、ロミっていうんだったか。まあ、だからこんなわけわかんないやつと一緒にいれるんだろうが」

「さっきから俺ディスられてるよな。うすうす気づいてたけど」

「いいから」


 ロミに言われるならまだしも、ギレルモに「わけわかんないやつ」と言われるのはクロにとって癪だった。なので口を挟んだのだが、意外なことにロミに制止された。ロミはギレルモから顔を離さなかった。


「あなたたち王国民からみれば弱い2人が肩を寄せ合っているように見えるんでしょうけど、生憎そんなつもりはないから。クロって強いのよ」

「そんなこと言うつもりはねえよ。でもまあそう返すってことは話が早くて助かる」

「否が応でも見てきてるわよ」

「だが、言い伝えには何か重要な意味が隠されてる。伝えられてくうちに消えていったんだろうが」

「そんなのただの迷信よ。ワンダーウォールとは違う」


 きっぱりと何かを拒絶したロミにギレルモは「ワンダーウォールも同じだろ」とだけ呟いて最後にこう付け足した。


「ああ、もう一個指導しておく。王城への不法侵入は即刻死刑だ」



「ていうか大将、こんなとこまで何の仕事しに来たんだ?」

「あん?」

「え?」


 「あなたいつから私たちの会話聞いてたのよ」と言いかけたロミより先にクロが口を開いていた。


「用もねえなら仕事着で街を歩かないだろ。もちろん遊びに来たわけでもなさそうだし、そもそも若者への指導なんて嘘が下手すぎる」

「クロ…」

 

 クロの指摘にギレルモは答えずにいる。ただロミをちらっと見やって、辺りを歩き始めた。


「どうやって説明したもんかな」


 中央広場は地面が石畳で舗装されており、ワンダーウォールのそばには王国旗が彫られた丸い枠がある。ギレルモはそこまで近づいて、ワンダーウォールの祭壇に腰かけた。


「英雄が召喚されたのはお前らも知ってるよな」

「ああ」

「で、その英雄なんだが、まだ王城の外に出たことはない。外出するのは明日のパレードが初だ」

 

 ここまで言って2人の顔を交互に見たギレルモは、


「そこで、我が国は考えた。英雄様たちの見る王国が汚くてはいけない、散らかってはいけない、と」

「まさか」


先に察しがついたのはロミだった。そしてギレルモの足元にある王国旗が彫られた丸い枠を見た。この丸い蓋の下にあるのは、


「用水路」

「俺たち護衛軍大将の仕事は国を守ることだ」

「そんなやり方ってないでしょ!」

「そのためには英雄が必要で、我が国は英雄の気に入る国でなければならない。だから汚いものは掃除しなければならない。だから何か月も前から都の落書きを消し、ごみを拾った。建て替えた建物もある。だが肝心のところをきれいにしていなかった」

「うそでしょ……」


 ギレルモの語りにロミが口を挟む。


「王都の南西、そこに住むのは貧者、傷病人、そして獣人」

「あなたは何とも思わないの!都合のいいときだけ使って要らなくなったら二級国民。彼らが何をしたっていうの!そんなこと、絶対させない!」

「ロミ!」


 クロが静止する前にロミは両手に砂嵐を出現させ、ギレルモに放った。2つの砂嵐が途中で1つになり、ギレルモに襲い掛かかる。

だがギレルモはやる気のなさそうな体勢を微動だにしなかった。そのまま砂嵐に飲み込まれ見えなくなった後、辺りには砂と、そして


「水?」

「海坊主だ」


 ロミの砂嵐が掬い上げたのではなかった。散在する水たまりはギレルモが行使した何らかの防御手段だった。クロが疑問を口にした時に既にギレルモはクロとロミの背後に回っていた。


「「ぐあっっ!」」


 ギレルモが2人の間をすり抜けると同時にクロとロミは地面に倒された。というより自分から倒れたのだ。まるで何かに押さえつけられるように。両手を広げ、脚は全く動かせない。どうにかして顔の向きを変えギレルモを視界にとらえる。


「そんなことさせないって・・・お嬢ちゃん。俺はそんなのんびりした人間じゃない。お前らに話しかけながら準備ぐらいしてるさ」

「そんな……」

「もうすぐ街の南西が明るくなるだろう。サルバドールの放った浄化の炎だ。んで前もってパプロが消毒を済ませてる。残るは俺の」


 マンホールから水があふれてきた。広場の中心にあるマンホールからは王都中の下水道にアクセスが可能だ。


「洗浄だ」


 水流が王都中を駆け巡る。ギレルモの調節によって居住区画で氾濫は起らない。流れる川の水位も変わらない。彼が洗い流すのは2人の大将が残したごみの撤去。

そして使われなくなった用水路に暮らす、不法滞在者。

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