5話 ワンダーウォール
ロミが買ってきたサングラスのフレームはピンクだった。レンズには濃紺が入っている。サングラスといえばサングラスだが、クロが思ってたのとは違っていた。クロはもっと地味なものを想像していたのだった。
「なあロミ、似合ってるか?」
「いい感じだと思うよ。こっちからじゃ目の色わかんないし」
「髪の色は隠さなくていいのか?」
「黒髪黒目のセットがアウトなだけだから大丈夫」
隣を歩いていたロミがぐるっとクロの顔をのぞき込んで、重力で耳が傾いた。
おっさんと別れたクロたちは、とりあえず街道の屋台を冷やかしながら、中心広場へと向かっている。
特に目的はない。ただ人の多い方多い方へと行けば、何かあるんじゃないかと思ったからだ。
ところでクロはロミ以外誰も知らない。だから今までロミの外見については「美少女だな」ぐらいにしか思っていなかったのだが、街道を歩いてその感想は補強された。そして同時に新たな疑問が湧いた。
なぜこんな美少女が誰からも注目されていないのか。
英雄とやらが召喚されたことと暖かな街の気候は住人を開放的にさせていた。雑貨屋の前では婦人が立ち話をしているし、カフェのおっさんは目の前の道を通りがかった友人に挨拶をしている。子どもが巧みに大人たちの脚の間をすりぬければ周りは微笑みながら声をかける。
そしてそこら中にカップルがいてそれを羨ましそうにみる青年がいて…
それなのにロミはどうしてこんなにも街道を順調に歩けているのか。
行き交う人の大半はカラフルな髪と目だ。皮の鎧を着た緑髪の冒険者みたいな男や、ローブを羽織った魔法使い。中には黒髪の人や黒目の人もいるが、確かに両方揃っている人は見かけない。
さっきのおっさんのこともあり、クロは自分の外見について考えるようになった。とりあえず王都にいけば情報が集まるんじゃないかと来てみたものの、尋ね人に自分はいなかった。
「ま、捨てられたってのが現実的だな」
「え?」
急にクロがそんなこと言うのでロミは固まってしまった。
「いや、俺のこと」
「なーんでそうあっさり悲しいことゆうの!」
ロミがひきつった笑みを浮かべてクロの肩に手を乗せる。
「え?ひょっとして、私の買ってきたサングラス気に入らなかった?」
さっきまで怒ったように笑っていたロミが今度は不安そうな表情になる。頭の耳もへたんとし始めた。
「いやそうじゃない。ただ今までのことを考えるとそれが一番妥当な結論だろ」
クロはさっき話したおっさんとの会話をロミに話した。
黒髪黒目が忌み嫌われてるということ。下手をすれば生まれてすぐに殺されてしまうこと。そこにクロにロミと出会う以前の記憶が一切ないことも併せて考えれば、おそらく村を追放されたと考えるのが自然だろう。
「忌み子…か、私も聞いたことはあるけど…。でも、クロは良い人じゃん。強いし」
「たしかに」
「前言撤回。うーん、でも謎を解くカギはその体なのかな。その特異体質は他にいないし…あ、あと、その服装か」
普通の人間は魔力を手のひらに集め、そこからさまざまな属性に変換することで魔法を使う。その際には詠唱が必要なのだが、ロミは無詠唱で魔法を使える。曰く、無詠唱というのが初心者と中級者を分けるそうだ。
しかしクロは違う。体そのものを魔法にすることができる。一部ではなく全身を瞬時に。しかも魔力そのものの無尽蔵ときている。
つまりところ圧倒的に強いのだ。
「こういう行き詰った時にどうするかは、覚えてる?」
ロミがニヤリとした。きっとみんなが知ってる決まり文句なのだろうとクロは思った。しかしながら覚えていない。
「いや、わかんない」
「あのね、『ワンダーウォールに聞いてみよ』って言うの」
天を指さしながら、まるで張り切ったリーダーのような声だった。
「ワンダーウォール?」
「イーストエンドに存在するといわれる世界の全てが書かれた壁のこと。私たちは何か困ったことがあったら壁に向かって相談するの。といっても真剣なのは子供のころだけ、いつからか現実を知ってしまうのよね、淋しい」
「実在してないのか」
「壁そのものは伝説だけど、壁の一部とされるものは各地に点在するわ。王都にもあるの。主に恋する乙女が自分を見つめなおす場所よ」
「どこに?」
「なんと中央広場に」
王都は中央広場を中心に形成されており、中央広場からすべての街道が伸びている。最も広く豪華な道は王城へと続いている。王城から来た英雄御一行さまは広場を一周して帰るらしい。
つまりここは祭りのメッカである。かなりの広さがある広場なのだが、人という人が埋め尽くしていた。元から円周に店舗を構えていたレストランやら雑貨屋は、ここぞとばかりに仕事をしている。
「おい、ロミ見ろよ!英雄の剣売ってるぞ!」
「商魂たくましいねー、もう作ったんだ」
人ごみをかき分けながらロミとクロは広場の中央を目指す。そこにワンダーウォールの欠片があるのだ。欠片と言っても人より大きくしかも、台座の上に置かれているので人の頭越しからでも見える。
「でっけえな、意外と」
壁の欠片といっても鉄の塊だ。壁の内側だったらしいところは灰色のざらざらしていて、外側だったらしい側面は濃紺で滑らかな質感をしている。どうにかして傍まで来れたクロが呟く。欠片は柵に囲まれた向こうにあった。
「ぷはあ、はあ、一気に疲れた。もう、今日は祈って帰りましょう」
人混みがよほど堪えたのかロミは膝に手をついていた。
「祈る?」
「ワンダーウォールの欠片には解読不能の古代文字が彫られているの。意味不明の文章に願いを祈ると叶うとされてるわ」
そう言って文字のある方へと歩き出す。欠片周辺にはあまり人はおらず歩きやすい。ほどなくして文字とやらの前に着く。
「クロのことが何かわかりますようにっと。……って、あれ?クロ?」
献身的に祈ってくれたロミをよそに、クロは古代文字に目を奪われていた。クロもロミと同様に、自分のことについて手がかりが欲しいとでも祈ろうかとしていた。しかし、古代文字を前にそんな気は失せてしまった。
というより、そんな必要がなかったのだ。
それは何よりの手がかりだった。
「『我、ここで君を待つ』」
「え?クロ、どうしたの?」
クロとロミ以外にも祈っている人はいる。みんなそれぞれ仕事の成功だか恋愛成就だかを祈っているんだろう。
「……帰ろう、ロミ」
「え、うん」
ロミの手を引いて歩き出すクロ。いろんな人とぶつかるがお構いなしだ。
「ねえ、ちょっと、クロ!急にどうしたの!祈らなくていいの?」
「あの石は、あの文字は。そんなもんのためじゃない……」
「読めたんだよ、あの文字が」
「あの欠片の文が!?」
強引に広場を後にしたクロに連れられて、2人はロミの用水路ハウスへと戻っていた。道中、クロがあまりに思いつめたような、それでいて動揺しているような顔をしていたので、ロミも言われるがまま家まで黙ってついてきてしまった。ようやく事情を聴いてみて、理由がわかった。
「知ってたの、あの文字?」
「わからん。あの文を目にした瞬間意味が理解できた。だから知ってはいるんだろうけど」
「でもあの文字って、今ある言語のどれともつながりのない文字だからいっさい解読不能とされてるのよ。それをどうしてクロが」
そう言って椅子に座るロミ。
「それで、なんて書いてあったの?」
「『我、ここで君を待つ』だってよ」
「なにそれ、どういうこと」
あまりにもシンプル過ぎて意味が解らないというのが2人の見解だった。
「我って誰だよ、ここってどこだ?。不親切すぎるだろ」
「うーん…うーん……誰かは分からないけど、ここっていうのはもしかしてイーストエンドのことかも」
「イーストエンド?」
イーストエンド。それは東の果てにあるとされるこの世の端。さまよいの終着点ともいわれており、ワンダーウォールもイーストエンドのどこかにある。
「この世界の冒険が終わる場所ってことか」
「そ。みんなの目的地。現在、Sランク冒険者も各国も探しているけどいっこうに見つからない伝説の地。世界の全てが書かれたワンダーウォールを手にすればこの世界を支配できるから」
「それも英雄の任務か」
「おそらく、ね。で、我はこの文を書いた人で、君はクロってことでいいのかしら」
とりあえず文を紙に書いてみた。クロは文字自体も記憶していたようで、すんなりと書くことができた。下に自分たちの言語で同じ意味の文を書いた後、2人で向かい合い頭を悩ませた。
それでいくら悩んでも答えは出ず。クロが頭を抱えて上を見るのに合わせてロミも頬杖をついた。
「うーん、ひょっとすると、これ単体では意味をなさないのかもしれないわね。もっと長い文章の一部なのかも」
「たしかに、世界の全てが書かれている壁っていうくらいだからな。だとすると他の壁の欠片にも文章が書かれていて、それをつなげて初めて意味が解るってことか」
「そうね。文は今発見されている欠片の全てに書かれてはいるわ。長さもまちまちらしいけど」
「おぉ、そうなのか。だったら色々見てみたらなんかわかるかもしれねえな!で、この街に他にも欠片ってあるのか?」
道筋が見えて嬉しそうなクロがロミに問いかける。対照的にロミはどこか浮かない顔をしている。まるでこの先絶対に疲れるほど仕事をしなければならないとわかっているような。
「この国にワンダーウォールの欠片は2つ存在する。1つが中央広場で、そしてもう1つは……」
「もう1つは」
「王城内、玉座の間。国王夫妻の玉座の後ろよ」