3話 王都へ
あれから一夜明けて。
朝早く起きたクロとロミは、王都へ向けて出発した。早く起きたのはロミの方だった。
道中、ロミからクロの異常さを説明される。
「黒髪黒目はさておき、身体が魔法なんて聞いたことない。昨日の闇魔法も腕から先が魔法になってたでしょ。でも今は普通の身体なのよね」
そう言いながら、クロの腕をつまむ。むにっと皮が引っ張られる。
「そうだな」
クロ自身でさえ把握できてないが、攻撃されたら自動的に体が魔法化し受け流すようだ。
「うりゃ」
ロミがクロの耳たぶにデコピンを食らわせる。耳たぶは黒い霧となって霧散し、すぐさま元に戻る。
「痛みすらない」
「得なのかしら、この能力」
この世界の人間は魔法が使える。その魔法には5種類ある。火と水と土と光と闇。クロの身体はデフォルトで闇魔法であり、闇魔法は火魔法に弱い。
そう説明し終わる前にロミは手のひらに火を召喚し、クロの背中を叩いた。
それは軽く、あいさつ程度の力だった。
しかし
「痛っ……!!」
背中を叩かれたクロはその場に崩れ落ちた。全身に衝撃が走り、息ができない。目が回って上下の感覚がない。悲鳴にならない声を上げながら、その場に倒れそうになる。全身が焼けるように熱い。
「【ヒール】!!」
ロミがすぐさま、光魔法でクロを回復させる。
「…っぐ!はあ…はあ…、あちぃ、いてえ……」
「っご、ごめん!!こんなことになるなんて」
申し訳なさそうなロミ。なんとか立ち上がったクロ。
「いいよ。いいけど、こんなにダメージがあるなんて」
相性の悪い魔法以外はダメージが無化されるが、相性の悪い魔法だとダメージが何倍にも強化される。それがこの体の欠点。
ピーキーすぎる。
「闇、火、水、土、光、そんで闇、だな」
クロは相性を頭に叩き込むかのようにに繰り返す。
「ところで、王都はこっちであってるんだよな」
だらだらと続く草原の道を歩きながら、軽く問いかける。ロミが事故した谷を出ると目の前に広がっていたのは地平線までの草原だった。クロ的にはだいたい今日中には着くつもりでいたのだが、ロミの返答はそうではなかった。
「ええ、だいたい歩きだと3日ぐらいかしら」
「3日!?3日も歩き続けるっていうのか!?」
「そうだけど?」
クロの驚きが理解できないとでもいうようにロミは首を傾げた。
「なんか乗り物使わないのか?」
「何か?うーん、そりゃ乗りたいけど。どうやって乗るの?」
「……どうやって乗るんだ?」
「「?」」
言っといた方も言われた方も不思議そうに互いの顔を見つめ合う。あまりにも当然のようにクロは言い、言われたロミにはあまりにも意外であった。なんかとは何か。ロミ的にはこうだ。
「馬車もないし、キャラバンも通りそうにないから、歩いていくしかないじゃない」
「3日も歩くなんて普通なのか」
「毎日じゃないけど、一般人なら普通でしょ?馬車なんて貴族か豪商しか持ってないし、私も冒険者の頃にはキャラバンに護衛として乗ったことあるけど」
「いや、違うんだ。そうじゃなくて3日も歩く距離なら……、そう、空。空から行く」
徒歩に勝る移動手段として、かつ今現実的なのはロミのいう通り貴族の馬車か商人のキャラバンくらいだ。通りかかるのを待つのはリスクがあるから歩いていくしかない。ロミ的には当たり前だった。
一方のクロはというと、なんともぼやっとした返事しかできなかった。いったい自分はどんな乗り物に乗りたかったのか。その答えはクロ自身にも分からなかった。
だが、空を飛ぶというのはクロ的にはなぜか当たり前のことだった。遠いところには空を飛んで行く。昔からそうしていたような気がする、いやそれが当たり前だったような気がするのだ。
「空って…。空を渡ろうなんて思いもしなかったわ。でも確かに出来たら便利ね。モンスターとエンカウントする確率も下がるだろうし」
しかし、それはロミの発想にはなかった。移動といえば、徒歩か馬車か船、あとは魔物を使役するぐらい。
空を飛んで行くなんて、そんなワイバーンみたいな真似、楽しいだろうな。突き抜けるピーカンを見上げながらおもしろそうに呟く。
「だろ?だから空飛んでこうぜ」
「でも、どうやって?」
「絨毯を作る」
{ふぇ?」
既定事項のようにクロが言う。クロはどうにか記憶を掘り起こそうとした。いったい自分が普段どうやって移動していたのか。
ロミと空を見上げながら考え、ようやく脳裏に浮かび上がった1つのビジョン。
それが絨毯だった。
俺の故郷では絨毯でみんな移動していたことを思い出した、とロミに告げる。ロミの目が点になっていないでもなかった。
そんなことはお構いなしにクロは自身の足裏を中心に重力魔法を展開する。魔法は円形に草の上を走り、草はクロのもとへと凝集してきた。やがて丸い絨毯が完成する。草と草とが固く編み込まれ、人が2人座ってもびくともしなさそうだ。
「すごい!重力魔法にこんな使い方があるなんて。編み込めるのは魔力操作が精密なおかげかしら」
その通り、草を集めたのは重力魔法だが、その後草を編み込んだのは魔力操作のおかげだ。草と草の1つ1つの間まで闇魔法を浸透させ、手作業のように結びつけたのだ。
魔法が身体の延長であるクロだからこその業だった。
出来た絨毯はクロの重力魔法で浮上させることができる。ロミが乗っても大丈夫だった。
2人を乗せた緑の絨毯は、貴族御用達の早馬よりはるかに速く草原を駆け抜けていった。当初3日の予定だったが、この速さだと今日中に着きそうだ。
「ねえ、クロ。ほんとにクロの故郷じゃ絨毯で空を飛んでたのかしら」
「かもなー!魔法の絨毯だ」
2人で魔力防壁を使い風と音を防ぎながらそんな会話をした。絨毯で空を飛ぶことがクロの故郷での普通だったのなら、有力な情報源だ。ロミはそんな場所があるなんて初めて聞いたが、誰か知ってる人がいるかもしれない。
地平線の向こうに、灰色が広がってきた。王都を取り囲む壁だ。王様のいる王城を中心に街が広がり、その周りを壁が囲んでいる。壁には北門と南門があり、そこで入都チェックが行われている。
さすがにこのまま空から行くと目立つので2人は程よいところで歩いていくことにした。
「俺、身分証明なんも持ってないけどどうしよ。北と南どっちから入るんだ?」
「大丈夫よ、密入都するから。私たちはそうするしかない」
ロミから王都について聞かされたクロの問いかけに対し、ロミはそっけなくそう返した。最初からそうするつもりだったらしい。
「私は獣人奴隷で、クロは、ほら、意味不明。だからこっそり入るしかないの」
曰く、北門は都民専用で、南門は冒険者や商人など外部の人専用である。奴隷は1人で入ることはできず、主人が同伴してなければならない。ただでさえ、獣人ということで不利な扱いを受けるロミは、まず入場を許可されないだろう。下手をしたらその場で切り捨てられるかもしれない。
「だからこっち」
そう指さしながら、門への道を外れていく。ロミが向かう先には壁しか見えない。いったいどこに行くのかとクロは疑問だったが、ロミは真っ直ぐ向かっていく。遠くから見ると無機質な壁が続いてるだけに見えるが、近づいていくにつれ亀裂やシミ、排水溝のような穴や通用口が見えてくる。
ロミが途中で「こっち」と行き先を変えると、そこには朽ちた小屋があった。
「昔あった排水路をメンテするための詰所らしいの。壁がちゃんと作られる前の。使われてないけど王都の中に繋がってるから、ここを通っていきましょ」
「いいけど、ロミ、なんでこんな道知ってんだ?」
「奴隷になる前、いろいろあったのよ」
なんてことないように言ってロミは歩き始めた。