12話 記憶の弾丸
眼精疲労のお出ましだ。
「その左手もね」
オノアが腕の隙間からクロを見る。
ポケットに突っ込んでるから見えないが、クロの左手は無くなっていた。
オノアにかじらせてから、生えてこないのだ。
「うーん、私食べちゃった?」
「いやぁ…今まで自動で戻ってたから、戻し方が分からん」
オノアが黒いメッシュを触る。
今まで魔力を吸収すれば髪が濃い赤に変わるだけだった。
だがクロの左手をかじったら、こんな黒い髪が生えてきた。
「まるでクロぴょんの一部が私の一部になったみたい」
オノアがもう一度構えなおす。脚が地面を踏み鳴らした。
「これって結構、すごく安心する」
瞬間、オノアが消えた。
「!?」
ヤマガが防御しようとしたが遅かった。
一瞬で間合いを詰めたオノアがヤマガの腹にキックを放つ。
相も変わらず何の捻りもない前蹴り。
だが、ヤマガをはるか先まで吹き飛ばした。
「三軒先まで跳んだな。すごいね、私♪」
開脚108度。
Y字型できれいにバランスを取ったままのオノアが嬉しそうに感想を漏らす。
「……いや」
オノアが脚を下ろす。
家に空いた大きな穴の向こう。
人影が揺らめいている。
「…ヤクザキックをヤクザ以外から喰らうなんて。まあ、ヤクザと関わる人生じゃなかっただろうけどさ」
平気な顔をしてヤマガが歩いてくる。
しっかりとした足取りで、やっぱり足元が汚れるのは嫌いらしい。
いい靴を履いている。
だが、服は平気じゃなかったようで、胴体に大きな穴が空いている。
「ヤクザってなんだ?」
「なんだろ?」
クロとオノアには聞きなれない単語だった。
どうやら蹴りの強い種族がいるらしい。
「にしても、突然のパワーアップ。不思議なやつがいるもんだ。お前人間か?」
ヤマガは笑っていた。
「背は伸びるし体型は変わるし」
「それはこっちのセリフだ」
オノアの表情は変わらない。
「この服、宮廷専属の仕立て屋が作ったって、結構お金かかってるらしいよ」
ヤマガがお腹をさする。破れた穴から見えるお腹には腹筋が浮き出ていた。
「そ、そんな…全く見えなかった」
アヴィニヨンが絶望の声を洩らす。
オノアが間合いを詰めてからヤマガが遥か彼方に吹き飛ばされるまで。
それはアヴィニヨンにとって瞬きの出来事だった。
「ヤマガ君、ここは任せた!」
アヴィニヨンが姿を隠す。
鏡魔法を発動し、周囲の風景と同化する。
早い話が透明人間だ。
「また消えやがった!卑怯者め!!」
「何とでも言うがいい猿!」
どこからかアヴィニヨンの声が聞こえる。
もうすでに逃げ始めているらしい。声が遠ざかっている。
「っははは、アヴィニヨンさんらしいな。きっと冒険者2人のせいにするんだろうな」
「そんなことさせてたまるかよ!おい、どこいきやがった!」
クロが闇を展開する。黒い霧をセンサーのように足元から放出する。
だが何も引っかからなかった。ヤマガが軽くジャンプしてかわす。
「クロっぴなら見破れるよ」
オノアがそう呟く。
「え!?」
「ていうかクロっぴしか見破れない。アヴィニヨンの魔力の流れを見て」
「魔力の流れ?また、魔力の流れか…」
ギレルモと闘った時にも散々言われた魔力の流れ。
自分の中に流れる魔力を体感する。だからクロはレーザーが撃てたのだ。
自分の魔力の流れを把握して集約させる。火魔法をそうして研ぎ澄ませて目からレーザーを放った。
今度は相手の魔力の流れを見る?
「相手の魔力の流れを察知すると、次の攻撃がわかる。歴戦の戦士たちはそうやって読み合いをする、らしい」
「らしいって」
「ひげふっさふさのおじさんがそう教えてくれてる」
オノアを作った数千人の命。そのなかにある戦士の記憶がオノアに闘い方を授けている。
「流れを見るって……」
クロが辺りを見回す。
「はっ、中将であるこの僕を見透かそうってのか。大将になってからやるんだな!」
アヴィニヨンが見下したように吐き捨てる。
どうやら大将には覗き癖がばれているらしい。
「魔力の流れ、魔力の流れ、鏡……」
いったいどこにいるのか。目を皿のようにしてもアヴィニヨンをクロは捉えることができない。
見かねたオノアが空を叩く。それは衝撃波となって大気を震わせる。
「コウモリは超音波で獲物を見つける。私見たわけじゃないんだけど」
「無駄だよお姉さん。それくらいの発想は対策済みだ」
「あーらら。読書好きの女の子が泣いちゃうぞ」
「そういうことか…」
村中の空気が震える魔力の衝撃を目の当たりにしてクロの目が進化する。
見ようとするんじゃない、目に映すんだ。
「【合わせ鏡】だ」
クロの右目が透明になる。そこに映ったのは目の前の景色。
だが瞳の中のオノアは右利きだった。
鏡だ。
「見透かしたぞ!アヴィニヨン!!」
クロが右腕を闇に変える。
アヴィニヨンはすでに通りの角を曲がろうとしていた。
それを引力で引き戻す。
「うぐっ…なぜだ、なぜ僕が見える…?」
アヴィニヨンが宙を舞いこちらに飛んでくる。
その顔にはあり得ないという表情が浮かんでいる。
「ちょっとごめんよ、クロきゅん。いいとこもらっていくわ」
クロとアヴィニヨンを結ぶ直線。その間にオノアが割り込む。
おでこに垂れる黒のメッシュをかき上げ、オノアが左腕に力をいれる。
「いくぜ必殺」
「な、何を…」
左腕をしなやかに曲げ、腰を捻って振りかぶるオノア。
すごい勢いでこちらに向かってくるアヴィニヨン。
その顎の下あたり。首の根っこ辺りを狙って。
オノアが左腕を振りぬいた。
肉と肉が衝突したと思えない音がクロの耳にまで届いた。
「ラリアート。正真正銘の一撃必殺だ」
アヴィニヨンが地面に叩きつけられる。
すべてのエネルギーを後頭部に凝縮したすさまじいスピードの落下だった。
オノアの左腕はアヴィニヨンの意識と美しい顔を刈り取った。
「ははは、一発か。かわいそ」
ヤマガが駆け寄って来る。
アヴィニヨンがぶちのめされるのをヤマガは少し遠くから眺めていた。
仲間が回転しながら地面に叩きつけられるのを見て、少し笑っていた。
「ずいぶんドライなんだな」
「僕たちは転移した瞬間、すでに中将以上の力を持っていたからね。ま、闘いの技術は向こうの方が上だったんだけど」
それも短い間の話さ、と付け足して、銃身をアヴィニヨンのジャケットの首に引っかける。
そのまま地面を引きずって道端まで移動させた。
「ってことはつまり、絆でつながってるわけじゃないってこと?」
オノアの疑問を聞いたヤマガは笑いが抑えきれなかったようで、
「お姉さん、お姉さんみたいな見た目して子供みたいなこと言うね」
「ほえ?」
「つながってるわけないじゃん。みんな腹の底の探り合いだよ。それは僕たちも一緒だけどね」
どうやら王城の人間関係はドロドロしているようだ。
出世やら武力やらで闘争を繰り広げているらしい。
「うわあ怖え」
「病んじゃいそう」
クロとオノアが拒否感を示す。とくにクロは腕に鳥肌が立っている。
「ま、僕らはいざとなったら全員潰せばいいから楽なんだけどさ。さて」
現在。この広めの辺境の村で立っているのは3人。
クロとオノアとヤマガ。
オノアにはまだ余力がある。
さっきのラリアートで結構な魔力を消費したはずなのだが、高身長と胸の豊かさは変化がない。黒のメッシュも光っている。
クロも左手がない以外は元気だ。
「さて、僕は正直回復したよ。アヴィニヨンさんが犠牲になってくれたおかげだ。それで…クロ。きみは闘えるのかな」
ヤマガが銃口をこちらに向けて問う。
銀色に鈍く光ったリボルバーがお気に入りのようだ。
「聞かんでもいい。やりたいなら付き合ってやるよ。てめえをぶっ倒さないとあいつら目覚まさないだろ」
「少なくとも解毒弾くらいは置いてってもらわないとね」
クロとオノアが臨戦態勢をとる。
クロの左手はないが、左側にはオノアがいる。
「ぷっ、あはははははは」
ヤマガが笑い出した。
それはもう大声で。目に垂らした髪の毛が降り乱れる。
しまいにはお腹を押さえながら爆笑した。
クロとオノアはあっけに取られてしまった。
「ははは……、あーあ。やっぱり君はクロなんだ!そうかそうか」
涙を指で拭いながら何かについて納得しているヤマガ。
「どういうことだ」
「いや、いーよいーよ。答えは自分で見つけた方がいいんじゃないかな。てか、そのために旅してるんだよね?」
「そんなことより3人を治せよ!」
「ああそれなら大丈夫。もうすぐ麻痺の効果は切れるよ」
ヤマガが銃をホルダーにしまう。本当に闘う意思はないらしい。
「ごらんのとおり、僕に戦闘の意志はない。だいたい、依頼されたクエストでもないんだから知ったこっちゃないんだ。ただの暇つぶしってこと」
はた迷惑な暇つぶし。そうオノアが呟いた。
だがヤマガは聞こえてないかのように、アヴィニヨンのところに向かって歩く。
「さて、ここでお人よしの2人にクイズです。あるところに軍人がいました。彼らは辺境の村に潜伏しているテロリストを探すクエストを王様から仕り、その捜索に乗り出しました。ですが彼らを取り逃がしてしまいました。どのようなかたちで落とし前を取ればいいでしょうか」
ヤマガの右手の中に銃が出現する。
「何する気だよ、あんた」
オノアが動く。
だがそれよりも早く。
銃声が響いた。
「アヴィニヨン!」
オノアがヤマガに殴りかかる。
だが眉間に銃を突き付けられ制止させられてしまった。
「焦んないでよ。殺したわけじゃない」
「何?」
「撃ったんだ、記憶を」
ヤマガの銃は魔法銃だ。熟練した使い手は自分の思うような銃弾を作ることができる。
ヤマガが作り出したのは記憶を削り取る弾丸だった。
「僕がいたとなると話がこじれるんでね。僕に関する記憶だけを消した。アヴィニヨンさんに残るのはオノアさんに負けたという強烈な敗北感だけだろうね」
ヤマガがトリガーに指を引っかけかっこよく回転させながら銃をホルダーにしまう。
「じゃ、そろそろあいつらの麻痺も切れるし。帰るわ」
堂々とクロたちの脇を通り過ぎる。
「ああそうだ、君たち東に向かうんでしょ?」
通り過ぎた後振り返って2人に確認するヤマガ。
正確にはクロにだ。
「……ああ」
「何で知ってんだって顔してるね。だって」
クロがいぶかしげな顔をしたのがおもしろかったのだろう。
いたずらっぽい笑みを浮かべて、クロたちの方にしっかりと向き直り、
「ワンダーウォールにそう書いてあったから」
最近更新が不定期になって申し訳ないです。
ブックマークありがとうございます!
読んでくださった方、よろしければ感想・評価等よろしくお願いします。面白い物語にするためには皆さんの意見が必要なのです。
今後も頑張ってまいります。