第8話 王国護衛軍中将
2秒で炊ける炊飯器が欲しい。
2秒は言い過ぎた、5分くらい。
「やっぱり。ピンチョンの魔法は風魔法。シャスタと自分の周りの風を操って爆風を防いでたのね」
「くそ……いつ気付いた…」
「最初から。そもそもシャスタの魔法って危なっかしくて『ヨークシャ―』の頃から集団戦に呼ばれてなかったのよ。それがバディなんて、きっと相棒はシャスタをサポートする魔法を使うだろうと」
「うぅ、ばれたぁ、ロミにばれた。悔しいよぉ」
ピンチョンの隣でシャスタが悔し涙を流している。
オノアが2人をかじって気絶させた後、クロたちは特に縛り上げることもせず、そのまま放置しておいた。
とはいっても瓦礫の隙間から布を引っ張り出して-劇場の垂れ幕だった―その上に寝かせておいたが。
ちなみに言い出しっぺはオノアだった。
そしてクロたちも体を休ませながら、2人が目覚めるのを待っていたのだった。
「お前ら2人ライバル同士だったのか?」
「いや、そんなことはなかった、よね?」
「そんなことあった!!私をはぶけにしてみんなと仲良くして!ぐやじい!!」
涙と鼻水をまきちらしながら、シャスタがロミへの嫉妬心を露わにする。どうやらシャスタが一方的にロミをライバル視していたらしい。
「ええ…私そんないじめみたいなことしてないよ。ていうかあなた私より常にランク上だったじゃない」
「なのにみんなから引っ張りだこ。だって協調性あるもん」
「ふぅ~ん?」
協調性あるというシャスタの指摘にロミはいまいちピンと来ていない。どうやらロミはヨークシャーとかいう冒険者パーティで重宝されていたらしい。本人に自覚はないが、組織の潤滑油のような存在だったのだろう。
「ロミがいなくなって『ヨークシャー』は険悪。冒険者なんてみんな我が強いから最終的には大げんかになって崩壊」
かつて王国一の勢力を誇っていた冒険者パーティはこうして消滅した。
「そんなロミって重要人物だったのか?」
「絶対そんなことない、たまたまよ、たまたま」
「とにかく!ある日新聞を見た私はびっくり仰天!あのロミがテロリストとして指名手配されてる。これはなんか深いわけがあるぞとシャスタちゃんは閃きまして、王国勅令のミッションに立候補したわけであります」
この人間優位な王国にロミが好感を持っていなかったのはシャスタも薄々勘づいていた。ロミの性格も考えて、ヨークシャーが解散したら王国を出ているだろうと思っていたらしい。
「まあ、とにかく元気そうでよかった。男連れてるし」
「あん?別にそんな関係じゃねえよ」
クロの否定を聞いたシャスタはなぜか大げさに笑ったのだった。
「あの、シャスタさん、ピンチョンさん。それで村の処遇はどうなるんです?」
思い出話に花咲かせる女子2人におずおずとオノアが話しかける。よく考えればシャスタに直接勝ったのはオノアだった。
「ああ!!そうだった!!」
シャスタが大声を上げる。いちいち騒がしいやつだ。
「一騎打ちに勝った以上、オノアの要求をこちらが呑む。王国側にはそうだな、『強力な魔物がすみついているため軍事拠点には適さず』、これしかないか」
「ほんと。ありがとー」
「でもピンチョン。そんなことしたら軍が大勢で来ないかなあ。ここは地理上の要点だし、国としては押さえておきたい場所だもん」
「その危険性はある」
「てか、オノアさん。どうしてこの村にこだわるの?」
今まで黙っていたピンチョンが王国への誤魔化しを提案したが、それにはかなりリスクがあった。だからシャスタはオノアの目的を聞きたかったのだ。
オノアが語る。自分が生まれた経緯とそれが及ぼした影響。
自分の命のために消えた命を忘れないために、彼らが生きた証をこの村ごと消してしまいたくはない。
そんなオノアの思いを聞いたシャスタは、
「うぅぅ、オノアさん、あんたは優しい人や。こんな心の真っ直ぐな人、初めて見ましたわ」
「さっきから泣いてばっかだなお前」
今度は感動の涙を流すシャスタとそれを茶化すクロ。そんなに感動的なストーリーだったかとオノアは首をひねる。ひょっとして『冒険者』という人種には心の曲がった人が多いのかもしれない。
「それは当たらずとも遠からずよ、オノア」
「うぉ、心で呟いたつもりだったのに。で、という訳なんだよ、お2人さん。だから、村を壊すのは少し待ってほしい。せめてあと1日」
「いいよー、だってオノアさんは素晴らしいもん。ね、ピンチョン。私たちがここにこっそり一泊すればいいんだもん。そしたら丸く収まるでしょ」
「ああ、そうだな」
「そうだな、じゃないだろ。何のためにお前をペアにしたと思ってんだ」
それはクロのいる方から聞こえてきた。よく通る美声だった。みんながクロの方を向く。
彼らの目に飛び込んできたのは、
「クロ!!」
「っ誰だ!」
クロは宙に浮いていた。正確には持ち上げられていた。クロの胸に風穴を開けた何かに支えられて。
とっさにクロが後方にキックを放つ。斥力を加えたスピンキックだ。
その誰かは吹っ飛ばされたようで、クロの胸から腕がすっぽ抜ける。
だが、
「い、いない…そんな、確かに蹴りを入れた感触はあったのに」
いきなり不意打ちしてきた卑怯者の面を拝もうと戦闘態勢に入ったクロだったが、目の前には誰もいなかった。
クロが蹴りを放って戦闘態勢になるまでほぼ一瞬。その短い間にどこかに身を隠したというのか。
「ち、ちがうわ、クロ。隠れたんじゃない。私たちも見えなかった。突然クロの胸に穴が空いて、あなたが浮き上がったの。まるで誰かが背中から腕を突き刺してそのまま持ち上げたみたいに」
「なら誰だ?」
「わからない、腕はおろか胸の穴越しに顔も見えなかった」
「ほ、ほんとにお化け……」
シャスタがピンチョンにしがみつく。
「貴様こそお化けだろ。なんで胸に風穴開いてんのに平気なんだ」
また声だけがどこかから聞こえる。
「どこだ!」
クロが辺りを見回す。背中に冷たい汗が流れる。
胸の穴はすでに塞がれていた。
「ピンチョン、シャスタ!あの声の主はあなたたちを知ってる!誰かわからないの!?」
「そんなこと言われたってロミ~。私透明人間の友達なんていないよ!」
「斬られた」
簡素な報告とともにオノアが自分の腹を見る。
青白い肌が斜め一文字にぱっくりとさけていた。
「……なぜ血が出ない?貴様ら人間か?」
透明人間が戸惑いの声を上げる。
普通なら血が噴き出すくらいの刀傷なのだが、オノアの体に血は流れていないし、痛覚もない。
ただし、ダメージはある。
「しまった……結構深く斬られちゃった。治さないと体が崩れるけど、これ治すと痩せちゃうな」
オノアがこぶしを握り、腹に魔力を集中させて傷口をふさぐ。逆再生のように傷口が消えて、元のきれいな肌になった瞬間、身体から力が抜け手をつく。
「疲れって感覚もないけど、体に力が入んない……」
「オノア!」
クロがオノアに駆け寄る。両腕から闇を放出してオノアの周囲に展開する。
斥力魔法。
オノアの手の届く範囲に存在するあらゆるものを斥けた。
「くそ、いなかったか」
地面が少し抉れるほどの魔力を費やしたが、透明人間はいなかったらしい。
クロが悔しそうな声を出す。
「はっはっは、手配書通り頼りない男だね。ロミちゃんを誘拐しやがって」
「?」
「え、私の友達?」
情報量が多くてクロとロミが混乱する。手配書?誘拐?
そして何より。
「ロミちゃん?え、私の方に透明人間の友達がいたの!?」
「あーーー!アヴィニヨン中将!」
シャスタが驚いた声を上げる。
「そうだよシャスタちゃん。もう僕が来たから大丈夫」
「そうだ、ぜったいそうだ。ピンチョーン、不味いよこの状況……」
「え、あの変態!?」
透明人間の正体は王国護衛軍中将アヴィニヨンだった。初対面の女子をちゃん付けする距離感のおかしさが決め手となった。
そんな事より気になるのはロミのレスポンスである。
「変態?変態なのかこいつ」
「覗き魔よ覗き魔!王都中の女子トイレという女子トイレから女風呂という女風呂に侵入している犯罪者として女性の間では有名だったの。でもこの透明魔法のせいで誰も確固たる証拠を掴めない。だからいまだに護衛軍中将の地位にいられてる」
「なるほど。正直な男がいたもんだ」
「ちょっと共感してんじゃないわよクロ」
アヴィニヨンの魔法は透明魔法。光と水の混合により自分の周囲の光を屈折させ、あたかも自分がそこに居ないかのように見せることができる。
ギレルモが偵察にうってつけだと言ったのもこの魔法の使い手だったからだ。
「おいおい、人聞きの悪い。おおかた、醜い男の流した根も葉もない噂を真に受けたんだろ。この僕がそんなことするわけないじゃないか」
「堂々と否定してるな。女子たちの勘違いじゃねえの」
「キラキラ光るガラス人間が女湯の塀を登って逃げたっていう目撃者が毎日のようにいるのよ」
「それはキラキラ光るガラス人間だろう。僕は透明人間だ」
「お、屁理屈。こいついけすかねえな」
「なんだと?」
何気ないクロの一言がアヴィニヨンの逆鱗に触れた、らしい。表情は見えないが、声のトーンがあからさまに低くなった。
「ん?」
「貴様、クロとか言ったな。お前みたいな下層の男が!この僕を評価するんじゃない!テロリストで!背も高くない!顔も大して優れていない!何1つ僕に勝るところもないくせに!とやかく抜かすんじゃない!!」
狂気的な怒りがその場に充満する。クロも含めたその場にいる全員がその怒りに戸惑っていた。
「やばい、こいつプッツンするタイプか……めんどくせえもんに触れちまった」
「やかましい!!僕を愚弄した罪!死んで償え!!」
その瞬間、クロの体が爆発した。腰から上が吹き飛び、脚から遠くないところにどさっと落ちた。あたりに火が燃え移る。
その魔法はまるで、
「……シャスタ?」
「違う…私じゃない……」
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