7話 イカサマ
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―アレクサンドラ王国、とある街―
街一番の高級ホテルのトイレの個室にて男が思案していた。ブロンドの髪に明るい緑の目を持ち、きれいな鼻筋をした、ありていに言ってイケメンだ。今彼の部屋で仕事をしている客室清掃係が女性ならチップが置かれてなくとも丁寧に掃除をしてくれるだろう。
手には書類の束が握られている。
どうやらこの男、トイレで考え事をするタイプらしく、ズボンを下ろさないまま便座に座っている。
「まず、この黒髪黒目の男の名前がクロ。何回見ても頼りない顔してるし、出自の欄が全て空欄。ロミちゃんはこんな男のどこが良くて愛の逃避行なんかかましてんだ?」
クロとロミの顔写真とプロフィールが書かれた書類の右下には王国の紋章がスタンプされている。そのわきには現国王アレクサンドリア・キャスターのサイン、さらにその下に護衛軍大将パブロのサイン。そして生死は問わないの一文。
手配書だった。
「いやちがうな。ロミちゃんは人質だ。きっと誘拐されたんだ。元冒険者としてのスキルを利用するために。しかもロミにも罪をなすりつけてやがる。女を傷つけるやつはゆるせねえ…!」
男の手に力が入り、手配書にしわが入る。男は怒りに震えていた。獣人とはいえこんなに可愛い美少女を自分の目的のために利用しあまつさえテロリストの烙印を押しつけるとは、このクロという男は男の風上にも置けない。
「…ふぅ。一旦落ち着こう。しかめ面は顔にしわを作るからな。まずは俺に課された任務であるタラス村の偵察をクリアしよう。幸い2人が逃げたのと同じ東だ。もし俺に運命の女神が味方してくれるなら、ロミちゃんを助けるチャンスが掴める」
しかし1つだけ気がかりなことがあった。
「先に遣わした冒険者ペアがまだ帰ってきていないのが気になるな。ハゲの方はどうでもいいが、シャスタちゃんがタラスで何か事故に巻き込まれたとしたら……予定を前倒しにしてすぐ向かうべきか……」
その時、トイレの入り口が開いた。男はとっさに口をつぐむ。そして立ち上がり個室の壁際へと身を寄せる。
すると男が入っていた個室のドアが開く。
入ってきたのは女性だった。
若い冒険者らしく、気怠そうな顔つきでトイレに腰かける。
彼女は何の違和感も感じていなかった。まるで個室に自分しかいないかのように。
自分の真後ろに男が立っているのも知らずに。
「(どうやら今日は運がいい)」
男はそう心のなかで呟いた。
―数刻前、タラス村―
「え、どちら様」
その場にいる全員の気持を代表してロミが問いかける。
目の前にいるのは深紅の髪を肩まで伸ばした胸の大きな女の人だった。
顔にどことなくオノアの面影がある。
ていうか、オノアだった。
「シャスタちゃんの魔力をかじらせてもらったよん。強力な攻撃だったんでここまで成長させてもらった」
いえーいとピースサインを作って誇らしげなオノア。腕のやけども治っていた。
「説明になってねえよ」
「そんなこと言われても口で言うのは難しんだよ。私も自然に出来てたからさ」
どういうことかとロミを見るクロだったが、ロミもちんぷんかんぷんらしい。耳がきょろきょろと動いている。
「私もわかんないわ。メタアンデッドにこんな能力があるなんて初めて見た。ねえ、シャスタ。あなたは何かわかんない?」
「あなたが知らないことを私が知ってるわけないじゃん。とりあえず…」
また手のひらをオノアに向け、腕の周囲に爆弾を展開する。
「もういっちょ、【ピッチングマシン】!」
今度は両手で抱えなければならないくらいの光の球を放つ。一直線にオノアに向かった爆弾だったが、
「このサイズは流石にひと口じゃ無理だな。がぶっと」
オノアはよけもせず爆弾に向かって大きく口を開ける。
爆弾が顔に直撃する寸前、大きく身をよじってかがむ。まるで全身を使って食べているかのようだった。
爆弾にはオノアの歯形がついていた。それがわかったのはクロたちの方に飛んできていたからだ。
「危ない!」
「あ、ロミ!」
獣人の反射神経で安全圏まで飛びのいたロミと、またしても反応が遅れたクロ。クロがとろいわけではなくロミが早すぎるのだが。
少し欠けたシャスタの爆弾はクロに直撃し、爆発を起こす。
「やったわ!オノアはわけわかんないけど、クロとかいうガキは仕留めた!ギレルモ大将が取り逃がした大物!これで私もAランクよ!」
「ガキにガキなんて言われたくねえよ!」」
飛び上がって喜んだシャスタだったが、爆炎の中から元気な声が聞こえて絶望する。
「うそ……どうして」
「さっき仮面を作った時に土魔法を発動したから体が土になってて助かった。って、俺を囮にしたろ!ロミ!」
「てへっ」
「んにぃぃい!!ごたえになっでない!!」
ロミに文句を付けながら煙の中からクロが歩いてくる。爆弾は右胸に着弾したようで、そこを中心に円形に身体が抉れている。その断面はさらさらと砂が流れており、徐々に塞がろうとしていた。
シャスタが悔しそうにシャツの首を噛んでいると、
「よそ見しちゃダメだよ」
「…!でっか…」
クロに気を取られている隙にオノアが間合いを詰めていた。背の低いシャスタにすれば近くで見るオノアの大きさは威圧感がある。今は2つの意味でだが。
この距離では爆発魔法で自身にもダメージが及ぶ。とっさにオノアから距離をとるために後ろに跳ぼうとしたシャスタだったが、
「シュッ」
跳びかけたところにオノアが左ストレートを合わせてきた。ボディにめり込んだ拳には魔力が込められており、威力が倍加している。
「ぐへっ」
うめき声を上げながらシャスタが吹っ飛ぶ。後方には劇場の瓦礫があり、このままいけばかなりの速度で追突する。
オノアに殴られたことよりもそちらの方がダメージが大きそうだ。
だが瓦礫に近づくにつれ勢いが弱まり、瓦礫に衝突したものの大したダメージは負わなかった。
「む、思ってたよりソフトランディングだったな。拳の辺りが弱かったか?」
「それにしたって…」
そう言いかけてロミはピンチョンの存在を思い出した。ピンチョンは相変わらず瓦礫に腰かけている。頬杖をついてこちらを退屈そうに見ている。
仲間がピンチの局面だったというのに余裕そうだ。
ロミの違和感が徐々に強くなる。
「まだ立てるか」
「いった~い!魔物の分際で私に傷をつけるなんてもう許さないんだから!!」
瓦礫をかき分けてシャスタが立ち上がる。どうやら本気で怒ってるらしい。
立ち上がると同時にシャスタの周りに爆弾が展開する。今度は腕の周りだけではない。自身の周囲にだ。
「1、4、10……んー、指より多くてわかんないな」
「数えたって無駄よ!こんだけの爆弾食べれるもんなら食べてみなさいな!」
それぞれの爆弾の発光により辺りが少し明るくなる。オノアの影が、クロたちの足元まで伸びてきた。
その影が動く。オノアがまた極端に腕を上にしたファイティングポーズをとる。
そして大きく左腕を引いた。
駆け引き無し。今から左のストレートを打ちますよと全身で宣言していた。
「【絨毯爆撃】!」
「オラァ!!」
雨のように降り注ぐシャスタの爆弾とロミの左ストレートが生み出した魔力の衝撃波がぶつかる。
衝撃波はシールドのように空を覆い、シャスタの爆弾を受けとめる。
空のあちらこちらで爆発が起きる。光と音がクロたちの耳と目に突き刺さる。
「うるさ!獣人の耳じゃ耐えられない!って、クロ?」
クロはこのけたたましい光と音の洪水の中、耳も目もふさがずに空に浮かぶ爆発の花を直視し続けていた。
頭の上にドーン、ドーン、という音が響き、赤や黄色の光がそれを見上げるクロの目を照らしていた。
―あはは。意外とあたしこう見えて、こういう人混み苦手なんだよね。定番だし私も浴衣着てひーくんと歩きたかったけど、やっぱあたしらは帰ってベランダから見よーよ―
「クロ!クロ!!クロってば!!」
「ロミ!」
心ここにあらずのクロを強引にロミが引っ張ったおかげで、クロの意識が現実に帰ってきた。
「なにがあったの!?催眠にでもかけられたみたい」
「……いや、なんだろ。音と光で幻覚を見たのかもしれない」
「ショック状態、だったの?とりあえず、爆風の届かないところまで離れ…‥爆風?」
自分で言った何気ない「爆風」という言葉が、それまでロミのなかにあった違和感を溶かしていった。
「ロミ、どうかしたのか?」
ロミはある程度の確信をもってピンチョンとシャスタを見る。
オノアのシールドの下にいるクロとロミ。その髪と服はシャスタの爆弾が起こした爆風ではためいている。
一方、シャスタたちは。
服がはためいていなかった。地面に落ちた木の葉や土さえも巻き上がっていたない。
そしてなにより、
腕組みをして見えづらいが、ピンチョンの手のひらが発光していることがかろうじてわかった。
「……やばい、ちょっと防ぎきれないかも」
「この勝負私の勝ちね!あなたのシールドはもうボロボロ。私の爆弾はまだ残ってる。3人もろともあの世に行きなさい!」
「こんの野郎―――!!!」
オノアのシールドが破壊される寸前、その爆風と熱の間をロミのファイアーボールが駆け抜ける。それは油断していたピンチョンに当たり、ピンチョンの体が火に包まれた。
たまらずピンチョンは瓦礫のうえをのたうち回り、自身に水魔法を行使する。
「あっつ!くっそあの獣人女!!水!水!」
「あ、ピンチョン!!今魔法を解除したら……」
最後の一発がオノアのシールドに激突する。
瞬間、熱と爆風が周囲に広がり、あらゆるものをなぎ倒す。
瓦礫とピンチョン、そしてシャスタにも襲い掛かり、なぎ倒した。
「シャスタ…すまねえ…」
「うっ、うぅ…ピンチョン…ひっ!」
「左手が砕けてる。骨が見えているし、熱で左目が溶けちゃった。ああ、アキレス腱もいってるな。まったく痛くないけど」
自分のケガを呟きながら、オノアが歩いてくる。足を引きずり左目を濁らせながら、シャスタとピンチョンが倒れているところに近づいていく。
人間なら死んでいるようなダメージを、全く意に介さず歩く。
だが徐々に、むき出しになっていた左手の骨やただれた皮膚が修復され、左目に光が戻ってきている。
それと同時にあれだけ豊潤にあった胸の脂肪がどんどんしぼんでいってしまった。
「胸に蓄えた魔力を使い切ってもまだまだ体が治んないや」
「あ……アンデッド」
「メタアンデッド。ちょっとかじらせてもらうね」
倒れて動けなくったピンチョンの腕に噛みつく。「うっ」とうめき声を上げてピンチョンは気絶する。
「うーん。まだまだ不純物が多いなあ」
シャスタの方を向くオノア。まだ左目は回復してないようで、焦点があっていない。シャスタが小さく悲鳴を上げて尻餅をつきながら後ずさる。
「大丈夫大丈夫、ちょっと眠たくなるだけだから」
シャスタの上にまたがって見下ろしながら、安心させようとするオノア。余計怖い雰囲気が漂っているのだが、それが功を奏しシャスタが恐怖して固まってしまう。
オノアはそんなシャスタの顎をつまんで首筋を露出させ、がぶっとかじりついた。
一筋の血が首筋を流れ、派手なシャツに染みこんだ。
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