6話 タイマン
「立ち退き!?」
オノアが素っ頓狂な声を出す。
「はい、申し訳ないんですが、国の決定なので~。あ、でも何らかの補償はもちろんしてくれるはずです」
「いや、そんなこと言われても私はメタアンっふぐぅっ」
「すみませーん。相談しますので少しお待ちくださいな」
反論しようとしたオノアの口をふさぎ、代わりに自分が話して会話を中断させるロミ。裏声である。
「どうしたんだよ、ロミ」
「あなたメタアンデッドだってこと言おうとしたでしょ!」
「え、不味いのか」
「不味いに決まってるわよ。あいつらがあんな下手に出てるのはあなたが人間だと思われているからよ。メタアンデッドだと分かった瞬間、魔物扱い、つまり駆除対象」
「何それ。そんな態度変わるの」
「なるほどな。適当なでっち上げてあいつらを納得させて帰らせるってわけか」
「さすがクロ、話が早い。ただのBランクならクロにとって造作ないけど、あのシャスタは厄介だから」
「てかロミちゃんほんとなんであの2人のこと知ってんの」
「あのー、そろそろいいですかー」
いい加減にしびれを切らしたシャスタが頭を突き合わせてる3人に声をかける。3人は目線でやり取りし、オノアが代表して喋ることになった。
「はーい。立ち退きしろと急に言われても、少し準備する時間をいただけますか」
「はい、それはもちろんです~!」
どうやらうまくいきそうだった。一度王国まで2人を帰らせれば、当面の目標である村人たちの埋葬を達成することはできる。
だが、
「シャスタよ。村人たちの名前を確認しておいた方がいいんじゃねえか」
「はっ、そうだったピンチョン。みなさん名前教えていただけますか~」
「(うそっでしょ。シャスタ1人じゃないのをうっかり忘れてた。あのピンチョンて男、たぶん王国側が考えて付けたパートナーね)」
どうやらシャスタという女の子はロミの中ではちょろいやつらしい。
シャスタ1人なら適当な嘘で騙せると踏んでいたが、王国側もその対策を講じていた。
「あの~名前……」
「俺はロクだ」
もたついてるロミとオノアをさしおき、クロが偽名を伝える。とっさの判断だが、こうするしかないだろう。とくにクロとロミはテロリストだ。
「私はノア」
「私はミロ」
クロにならってロミとオノアも偽名を告げる。相変わらずロミは裏声でオノアの陰に隠れながらだが。
「えっと男の方がロクさん、獣人の方がミロさん、そしてノアさんですね」
シャスタが復唱する。
「はいわかりました。このたびは私たちのミスで劇場を爆破してしまい誠に申し訳ありません」
派手な格好しておいて意外と律儀な女の子である。かつて劇場と呼ばれていた瓦礫のうえで深くお辞儀をするシャスタ。
だがその隣に佇むピンチョンという男は謝罪することなくこちらをうかがっている。
その様子にロミは不穏な空気を感じ取った。
「急ぐなシャスタ。顔を確認してねえじゃねえか。特にそのミロという女のな」
「え、どしたのピンチョン」
「俺たちに課せられた任務は2つあったよな。1つがこの村の調査。そして」
「ああっそうだった!!」
「「テロリストの捜索!」」
シャスタとピンチョンの2人のハーモニーを聞いた瞬間、ロミの顔は青ざめた。
「さて、ミロさんといったかな。気分悪いところ申し訳ないんだが、顔を一度見せてもらえるか」
「(どうしよう…うかつだった。のこのこ出て来ず物陰に隠れておくべきだった)」
「(ドミノマスク)」
そう呟くとともにクロが後ろに回した手に砂が集まっていく。それはロミの肌と同じ色になり、ロミの顔に重なる。
焦りから安堵に変わるロミの顔がマスク越しでも分かった。
「はい、これでよろしいでしょうか」
「……テロリストの1人は獣人の女だったという情報だったもんでな、協力ありがとう」
シャスタとピンチョンの前に顔を見せたロミだったが、それは素顔ではなかった。クロが砂で作った精巧な仮面を被ったのだ。
近くで見ても肌との境目がわからないくらい、そしてロミの印象を大きく変えるような仮面だった。
どうにかピンチョンをだましとおせたことに安堵し、息を洩らすロミ。
その時。
一陣の風が吹いて、
クロの帽子が飛ばされる。
「ああ、帽子!」
ロミがとっさに捕まえようとするが、飛ばされた帽子はピンチョンの足元に飛んで行く。
「あれ?」
ロミは不思議だった。同時に言いようのない恐怖を感じていた。
今、クロの帽子が風に吹かれて飛ばされた。つばの広い帽子が風を受けて後ろに飛んで行ったのだ。
だからロミはとっさに手を伸ばしたのだ。
その帽子がどうして対面しているシャスタの足元に落ちるのか?
「ビンゴ。いくぞシャスタ」
「え、え、え。ピンチョン闘うの?」
「あたりまえだろ。見ろあの男。黒髪黒目。テロリストの情報と一致する。おそらく隣の獣人も怪しい」
「あいわかった!」
派手なTシャツが風に揺れる。特に武器を取り出す様子もない。
「くそっ。バレちまった。悪い!」
「いやしょうがない。闘うしかないってか」
「え、じゃああの赤髪ののっぽは?」
「私か。私は……この2人の友達だ」
「オノア!」
別に嘘ついて自分だけ逃げてもよかったのにというニュアンスのこもったロミの叫びにオノアが振り向く。
「ロミがせっかく穏便に済ませようとしてくれたけど、上手くいかなかったね。このままだとこの村も危ないでしょ」
「……そうだけど」
「困ったときは正面突破」
「どうやらテロリストメンバーの1人とみて間違いないらしい」
「てかピンチョン、さっきあいつロミっていったよ!!」
「せっかく仮面作ってくれたのに。久しぶりね、シャスタ」
「あーロミ!」
シャスタが叫んで瓦礫から飛び降りてくる。ロミはクロが作った砂のマスクを取って、側に投げる。マスクは地面に当たってさらさらと崩れていった。
ロミが手に魔法を展開する。
だがそれをオノアが手で静止する。
「っと、ロミ。ここは私が片付ける。なんせこの2人は村人を立ち退かせたいわけだし」
「え、なにあのデカ女。まさか私たち2人を一度に相手しよっての?」
「なめられたもんだ」
「ほんとよ。ピンチョン!あなたも下がってて!私にだってBランクお姉さんの意地ってもんがあるわ!あんなデカ女に負けるもんですか」
ピンチョンも瓦礫の山から下りてくる。だがシャスタはピンチョンが闘うのを良しとしなかった。
オノアがクロとロミより前に出る。
ピンチョンはクロより少し背が高いくらいだが、それでもオノアよりは背が低い。
昼下がりのかつて村の広場だった場所で。
女同士のタイマンがはじまろうとしていた。
「どうしよう、クロ」
「意外とオノアって頭が切れるんだな。2対3で闘った場合、おそらく村にも被害が及ぶ。それが嫌だったんだろ。だからシャスタの性格を見切ってあんな挑発するような真似したんだ」
「…っそういうこと」
「もし、ピンチョンとかいう坊主がこのタイマンを邪魔しようとしたら、そのときは俺たちも闘う」
「わかった。オノアを信じましょう」
「どーんと任せてちょ。向こうは準備完了みたいだ」
ピンチョンは瓦礫に座っている。シャスタは腕組みをして、脚をクロスさせている。前身を使って待ちぼうけしてますよと表現していた。
オノアが構える。極端に腕を上げたファイティングポーズだ。
ノースリーブにワイドパンツという通気性のいい格好を好むオノアだが、その服装通り動き回る闘い方なのだろうか。
「あ、そうだ。ロミ。シャスタがどんな魔法を使うのか知ってんの?」
「ええ、一緒にクエストしたこともあるから」
「なによ、ロミ。私の手の内をばらそうってわけ!?」
「ごもっとも。シャスタ。私はメタアンデッドなんだ」
「えぇぇぇぇ!!?」
「なんだと……」
シャスタとピンチョンが驚きの声を上げる。2人にとっては話が大きく変わるからだ。目の前にいる村の守り手が村人ではなく魔物だというのだから。
「……でも、これは逆に好都合ね。あなたが人間じゃないのなら遠慮することなく魔法が使える」
「つくづくフェアなやつだな」
「隠し事は嫌いなんでね」
「ふふっ、まったく。シャスタの魔法は爆発魔法!火魔法の派生形で、爆弾を作ったり自分の攻撃に爆発効果を付与できるの!!」
その瞬間、シャスタが足元の石を拾い、振りかぶってオノアに投げた。
直後、オノアの顔面が爆発する。
「【デッドボール】!」
オノアの頭が火に包まれる。だがオノアも腕でガードしており、顔面への直撃は免れたらしい。
「あっついんだろうな。皮膚が焦げちまった」
「意地張ってくれちゃって。火魔法は天敵!」
シャスタが腕を出すとその周りに光の球が浮かぶ。最初は数えられるほどだったが、腕を軸に回転していくにつれ徐々にその数を増していき、回転のスピードもあいまっていくつあるのかついにわからなくなった。
「【ピッチングマシーン】!シャスタのやつ、短期決戦で終わらせるつもりね!ってか私たちも危ない!」
「そんな危ないやつなのか」
「見てのとおり、さっきの【デッドボール】クラスの爆弾を連続で相手に投げつける技よ。オノアちゃん……どうやって防ぐつもりかしら」
「防がないよ」
「防がないって……」
「生まれてからまだ日が浅いけど、自分なりに試してみたんだ。魔力さえあれば私の体は回復する。でも頭が傷ついたらどうなるかまでは調べる度胸がなかったけどね」
オノアは相変わらず頭部だけをガードするようなファイティングポジションを崩さない。これでは顔面への攻撃以外を防げないのだが、それがむしろ狙いのようだ。
痛覚もなく、心臓もなく血液もない。そもそも臓器が働いているのかすら判然としないし、あるのはただ私は生きているという意識だけ。
それならいっそ頭以外の防御を捨ててしまえばいい。
「防がないですって!?かぁ~ムカつくぅ~~~!!そんなに自信があるならお望み通り全部命中させてあげるわ!」
シャスタが【ピッチングマシーン】を発動する。シュンッという風を切る音とともに手のひらサイズの爆弾がオノアに降り注ぐ。
すさまじい爆発音がクロとロミの耳をつんざき、辺り一面に砂煙を巻き上げる。
「はぁ、はぁ、やったかしら」
「シャスタ…私が知ってる時よりパワーアップしてる……!」
「オノアは?無事か?」
オノアがいるであろうところに立ち上る濃い砂煙は、突如発生した突風によって散らされる。
そのタイミングの良さにロミはまた違和感を覚えたのだが、今はオノアの安否が重要だ。
煙が晴れて、やがて人影がみえる。
そこに立っていたのは、
「あんたの魔力、雑味もなくて味と香りが富んでるな。お腹一杯だ」
ワインレッドのロングヘアをたなびかせた巨乳の女性だった。
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