5話 来訪者
「王都ってさあ、やっぱ人いっぱいいんの?」
「もうそりゃ人だらけだったな」
「そこ!サボらない」
数日かけて村のほとんどを探し回った3人によって、オノアのレストランの裏手にたくさんのガラクタが積み上げられていた。
ガラクタと言っては失礼なのだが、3人以外からみたらきっとそう見えてしまう。
泥のついた服や真ん中で折れた剣、止まった時計、遊べない子ども用の遊び道具…などなど。
とにかくオノアの頭に浮かんだ誰かの思い出が込められている。
それを全部埋葬しようと3人で決めた。
レストランの裏手に穴を掘って、そこにみんな入れる。
疑似的なお葬式をおこなうことでオノアの源になった人間たちの魂も浄化されるのではないかと考えたロミの発案だった。
そういうわけで3人は朝からレストランの裏にある空き地に穴を掘っていたのだった。
穴自体はクロとロミの土魔法ですぐできた。
今は細かく形を整える作業をしている。
「はーい、親方。でかい石でも取りましょうかね」
「はーい、棟梁。草むしろっかな」
ロミをリーダーとして3人揃って穴掘りをしている。別に一番穴掘りの知識があるわけでもないのだが、なんとなくロミが上になっている。
「クロは草むしってていいけど、オノアちゃんあなた何かリクエストないの?」
「もう叶ってるからいいぞー。こっからだとシャーラタンがよく見える」
地面から石を引っこ抜きながらオノアが答える。
「そう、よっぽどシャーラタンが気に入ったのね」
「なんでかなー。うーんこの村も好きだけど、村の外に出て色んな人にあって見たいんよなー。2人みたいに良い人ばっかだろ」
「どうかしらね」
オノアの希望に満ちた目から目をそらしてロミがそっけなく答える。あれ?って顔をしてクロに目線を移すオノア。
「ま、俺たちみたいに優しい人間ばっかじゃねえってこと。だったらそもそも戦争なんて起きてねえし」
「たしかに」
「しれっと自分がやさしいことは認めてるというね」
「それならオノア、俺たちと一緒に旅しねえか?この世界を見てみたいんだろ。一緒にイーストエンド目指そうぜ」
「イーストエンド?」
数日前には全力で否定してきたくせに、まるで初めて聞いたかのような顔をするオノア。
「イーストエンドだよ。俺たちの目的地。お前夢の地だってびっくりしてたじゃんか」
「……そうだっけ?んーしたかなー、言われてみたらしたような気もするけど、なんだか自分のことのように感じないって言うか」
どうやらオノアの人格の再構成が進んでいるらしい。どうやらオノアがオノアとしてほんとに生まれる日はもうすぐなのかもしれない。
「源になった人間の人格が統合されて新しくオノアの人格が構成されてきてる、のかしら。まだまだ混乱するかもしれないわ」
オノアはメタアンデッドだ。メタアンデッドは通常のアンデッドよりはるかに低い確率で生まれるレアモンスターだ。だがオノアはさらにそこから低確率を引き当てた。人間に勝るとも劣らない知性を持って生まれてきた。
それと引き換えだったのが源になった人間たちの記憶に左右されるというデメリットだった。
ロミ(とクロ)はこのままほっとくと人間たちの記憶に支配されてオノアの人格が消滅四散し単なるメタアンデッドになってしまうのではないかと思い、記憶の浄化をしていたのだった。
それが順調にいってるのかもしれないとロミは少し安堵した。
そんな時、村のはずれの方で爆発が起きた。
「なんだ!?」
スコップを杖代わりに半ば眠っていたクロが飛び起きる。ロミが獣人の脚力で一気に穴の外までジャンプした。クロはオノアを連れて斥力魔法で上昇する。
「建物が燃えてる……。オノア、あの建物何かわかる?」
「えっと、なんだっけ、劇場」
「劇場なんてあるのかこの村」
「村唯一の娯楽施設なんよ。学院の子たちが発表会してて可愛かったな」
「なら火の元なんてないわね。誰かが火をつけたにちがいないわ」
「そんな!」
オノアが走り出す。
「あ、待てオノア」
「待ってクロ!」
オノアを追いかけて走り出そうとしたクロをロミが捕まえる。
「なんだよ」
「おそらくあの爆発は人為的なものよ。だとしたら冒険者か国王軍の可能性が高い。だからあなたの髪を出しっぱなしは不味い」
そう言って、ツバの広い帽子を頭にかぶせる。
中心からほど近く、この村で一番高い建物が劇場だ。オノアが呟いた誰かの記憶のとおり、旅芸人の公演から生徒たちの発表会まで幅広く演じられ、村人たちの憩いの場となっていた。
そんな建物が突如爆発した。いったいどうして、誰がやったのか。
「あ~あ、おめえ魔法の配分一から勉強したほうがいいんじゃねえの」
「も~ほんとさいあく」
国境の田舎に不釣り合いな派手な柄のTシャツを着た背の低い女の子と、坊主頭でラフなスーツの男が、瓦礫のうえで騒いでいた。
「勉強しようと思って、失敗したの!」
「ふん、うまいこと言いやがって」
「別にいいでしょ誰も巻き込んでないんだから」
「え、誰」
一番に現場に辿り着いたオノアが発した言葉がそれだった。オノアの記憶をどれだけ探しても目の前の男女に見覚えがない。
一方その男女もいきなり遠くから駆け寄ってきた背の高い赤髪の女に気づき、様子をうかがっている。しかもその後ろから黒髪の男と獣人の女も近づいてきている。
「あれ、もしかして村人?うっそギルドの情報と違うんですけど。生存者がいるなんて聞いてないし」
「焦るなシャスタ。落ち着いて話しかけてみろ」
「ありがとピンチョン。すみませ~ん、この辺の方ですか~!」
どうやら男の方がピンチョンという名前で、女の子の方がシャスタというらしい。2人の歳は倍ぐらい違う。近づいてみてわかったが女の子は派手な緑色のTシャツしか着ていないようだった。というかTシャツが大きすぎてショートパンツをはいてるのかすらわからない。
「いや、あんたらこそ誰なんだよ!」
「はあ~~~~っ?」
こっちは元気よく尋ねたんだから機嫌よく返事しろよとでも言いたそうな顔でシャスタがオノアの顔を睨み付ける。オノアはオノアで、いきなり村にやって来たのはそっちなのだからまず身分を明かすべきだろっという態度だった。
「怒るなシャスタ。今回は相手のいうことに理があるぞ。まず名を名乗らないとな」
「うぉ、なんだあの派手なガキ。サングラス頭に乗せてんじゃん」
「……多少の失礼は耐えるんだ。一人前の冒険者になりたいんだろ」
「ぐうぅ、ピンチョ~ン。あたし頑張るよ~大人の女になる」
あまりに2人の世界に浸ってばかりのシャスタとピンチョンとやらにクロとオノアは少しイラっとした。
ふっと気が付くとロミがクロとオノアの陰に隠れている。それとなくクロの背後に立ち、目の前の騒がしい2人から自分の顔を隠しているような。
「(どうした、ロミ)」
「(しっ。あの2人、苦手なの。いっつもああやって2人でずっと喋ってばっかで)」
「(え、ロミあの2人と面識あるんだ)」
「おっほん」
3人でコソコソ話をしている間にいつのまにか2人だけの会話は終わっていたらしい。シャスタが咳払いをして3人の注意を引く。
なんかポケットをごそごそしている。
「え~、村人のみなさん。あらためまして、私は冒険者のシャスタ。隣にいるのが同じく冒険者のピンチョン」
そう言ってシャスタがポケットから取り出したのは冒険者のギルドカードだった。顔写真撮る時もサングラス頭に乗せてたんだなと余計なことにクロは気を取られていたが、ロミは名前の横に書かれたランクを見逃さなかった。
Bランク。
「(B!?ランク上げてんじゃないあいつ!)」
「ん~、どうかしましたかあ?ここからだと獣人の方のお顔がよく見えないんですけども」
「い、いや大丈夫。急に走ったから、少し気分が悪くなったらしい。てか、結構強いんだなお姉さん」
「お姉さん!?へへへ、いやあ、どうですかね~。まあちょっとは頑張ったっていうか」
「シャスタ。本題に入れ」
「むう…はーい、ピンチョン。実はですね、私たちは今回調査のために来ましてですね。このたびこの村を軍事拠点にする計画が持ち上がってまして」
「軍事拠点!?」
「はい、先の戦争をふまえこの国境の村にも軍を配置すべきだろうと国王様が決定を下されまして、その任を受けて私たちは今回こんなところまで来たというわけなんです」
「え、じゃあ私たちはどうなるの」
「まさか暮らしている方がいるとは思わなかったので正式な決定はされてないのですが、おそらく立ち退いてもらうことになるかと思います~」
当初の予定になかったのに、えらく生き生きしてるな、シャスタ。
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