2話 ロミと魔法と
「その不思議な体だけじゃなく、魔力まで規格外だったとは…」
「強かったのか、あいつ?」
ロミがおでこに手を当ててため息をつく。
ロミの目の前には大きなクレーターが広がっている。その中心には大きな熊がつぶれている。それをしたのはロミの隣にいるキリ改めクロという黒髪黒目の少年だ。
「めっっっっっちゃね。正直私のファイアボールじゃ何発打っても倒せないわ。実力者が討伐隊を組むのが定石。何とかクロから気を逸らして、どうにか2人とも逃げようって計画だったの」
「ふうん」
「リアクション、薄。まあ記憶がないのもあるからでしょうけど。1人で一撃で倒しましたなんて、一生自慢できるわよ」
「そんなこと言われてもなにも感じなかったな。風が吹いたくらい」
「まあ、あの体ならそうなのかもね。とはいえ、このクマ、どうしようかしら。このままにして冒険者に見つかるとめんどくさいし」
「冒険者?」
「あ、ひょっとして冒険者わかんない?」
「いや、少しわかる。ギルドに入会して依頼されたモンスターを討伐したりするんだろ」
「そうそう。なんだクロ、何もかも忘れたわけじゃないのね。ひょっとして元冒険者とか」
「だったら話が早くていいんだがな」
「でも魔法は覚えてないのよね」
さっきロミが放った火の玉も土の玉もクロがブルーベアをぶっ潰した黒円も、全て魔法と呼ばれる力の一形態だ。
「ゼロってわけじゃない。属性が何個かあるんだよな。火と水と光、みたいな」
「せいかい。火と水と土と光と闇。この5つは生まれつきみんな使えて」
「で、個別に魔法があるんだろ。【収納魔法】とか」
「それは不正解?というより、何それ、しゅうのうまほう?」
「なにそれ、と言われても。ぽんと頭に思い浮かんだんだ。袋を亜空間につなげて、これくらいでかいクマでも収納できる魔法」
「闇魔法の応用、じゃないかしら。闇魔法っていうのはクロの体の魔法のことね。その闇魔法の属性、引力を使えば出来そうな気がするけど」
「あ、ほんと」
「ただ、かなり難しいと思うわ。まず物に付与しなくちゃでしょ。賢者とか究めた人ならできるのかもしれないけど、私たちみたいな一般ピーポーまで一般化されてるわけじゃないし。想像しただけで魔力がこんがらがりそう」
「ふうん」
クロの相槌を合図としたかにロミが腰を上げて近くにある枝を取りに行った。手ごろな大きさのものを見つけ高く掲げながらクロのもとに戻ってくる。
「さっき使った闇魔法を使うの。クロがさっき使ったのは闇魔法の1つ、重力魔法。闇はそのイメージ通り、引き付ける力があるわ。例えばこうやって自分のところに持ってくるのが引力魔法」
そう言いながらロミは持っていた枝を地面に落とす。
そして落とした手から黒い光を発する。すると近くの枝がふわりとロミの手元に吸い寄せられた。
「この力の流れを逆方向に向ければ、斥力。物を引き離す力」
枝を上に投げて手をかざす。枝は真下に落ちることなく、ロミの斥力によって少し離れたところまで飛ばされた。
「だいたいわかった?」
一通りの説明を静かに聴いていた俺に、顔を向けて尋ねるロミ。おそらく初級編なのだろう。これくらいは出来て当然といったところらしい。
「ああ、見たら何となく理解できたよ」
「え、ほんと?」
クロはクマに手をかざす。肘から先が黒色に変わり、指先が黒い霧のようになりゆらゆらと揺れる。
「斥力」
黒い光とともに、クマの死体が宙に浮きあがる。そしてクロが力の方向を変えると、死体は向きを変え裏返った。急に力を抜けばそのまま落下するので、徐々に斥力を弱めていった。
「ほら」
そういって、ロミの方を見る。ロミは目を大きく見開いて俺の動きを凝視していた。
「どうした」
「うそ、ほんとにできてる……」
絞り出すように、小さな声を発するロミ。クロが本当に出来るとは思っていなかったらしい。そんなに難しいことなのかこれ。
「そんなに難しいことか、って聞きたそうな顔してるわね。何か月もかかるってわけじゃないけど、見よう見まねで出来るってわけでもないわよ。何回か練習するのが普通!この巨体を空中へ浮かして、一気にひっくり返すなんて、かなりの魔力と魔法操作力が必要よ。それを見様見真似、私が枝でやったのを見ただけできるなんて。全く意味わかんない、どんな天才よあなた!」
「そんなに褒められることなのか、これ?さっき言ってた収納魔法も同じ要領で…‥」
言いながら服のポケットを探ってみるとハンカチがあることに気づいた。ハンカチまで黒いって俺はそんなに黒色が好きなのかと思いながらクロは闇魔法を付与する。ハンカチの黒が一瞬鈍くなり、元の色に戻った。
「できた」と呟きながらクロはクレーターを下っていき、ブルーベアのそばまで行くとひらりとハンカチを振った。
「あ!!!きえた!!!しゅうのうまほうだ!!!!」
クロの後ろからロミの叫び声が聞こえた。目の前の出来事に思考が追い付いていないらしい。
手ごたえもなく出来たからクロは実感がわかない。クロは自分がかつて偉大な魔法使いであり冒険者だったのだろうかとも思ってみた。だとしたらこの状況はどういうわけだ。
「うーん、なにがあったかはさておき、それだけの力があるんだからきっとどっかで重要な仕事してたはずよ。このへんだと、王都かしらね」
時間をかけて状況を受け入れたロミから行く先が提案される。ただクロはなんとなく王都は自分の故郷じゃないなと思った。王様という存在に親しみが湧かなかったからだ。
「王都?王様がいんのか?」
「ここから川を上っていくと道が見えて、それを東に進んでいけば王都。王様はいるわよ。私好きじゃないけど」
「悪いやつなのかそいつ」
「私にとってはね。人にとっては可もなく不可もなくって感じかな。……あっ、クロもダメかも。髪黒いから」
「髪黒?髪がどうかしたのか」
「その辺知らないのね。王国では私みたいな亜人は冷遇されてるのよ。黒髪黒目は忌み子とされて大体生まれてすぐに捨てられることが多いみたい……でも、だとしたらクロがその年まで生きてるの不思議ね」
この世界は大きく2つに分けられる。西のアレクサンドリア王国と東のイスファハ帝国だ。これら以外の中小国家は、服従するか抵抗し続けるかの二択なのだそうだ。二大国家は仲が悪く戦争と休戦を繰り返している。2つの国の間には大山脈と砂漠が広がり、大規模な派兵ができないため、戦争と言っても小規模な小競り合いが主なのだそうだ。
王国に住む人間の大部分は普通の人間で、一方の帝国には亜人もそれなりにいる。王国では人間が亜人を抑圧しており、奴隷として働く亜人も多いのだとか。
またこの世界の人は、亜人も含めてカラフルな髪と目を持っている。ごくまれに黒髪や黒目が生まれてくることはあるが、それでもどちらか片方だ。黒髪かつ黒目の人間は忌み子、村や国に生後をもたらす存在とされ、生後間もなく葬られるのだという。
「私は魔法の才能があったから、あるのよ?私」
王都を目的地にしたはいいものの、今日はもう日が傾き始めているということで移動はせずキャンプを張ることにした。2人でせっせと土魔法を駆使しクレーターを埋め、熊肉を焼いてみた。そうして一息ついたころ、ロミがこうして話始めた。
亜人にしては珍しく、人間と比べても勝てるほどの魔法の才能があったロミは、王都で冒険者として活躍していた。才能を頼りに不利な環境と戦っていた。やがて実力を買われ大規模パーティの一員にスカウトされる。メンバー唯一の亜人だったそうだ。
「うれしかったわよ。あー、私でもできるんだって。このまま亜人と人との橋渡しになれればいいなあとも」
幼いころに両親を亡くしたロミは、王都の端で祖父母に育てられた。冒険者として身を立てれば2人にも恩返しができると喜んだそうだ。
「けどね」
組織を追放されてしまう。ロミを推薦した冒険者が事故死したことにより組織内の力関係が変わり、ロミの立場が弱くなっていったのだ。実力は役に立たなかった。あるとき濡れ衣を着せられ、組織を首にされる。
組織に致命的な損害を与えた罪をなすりつけられたわけではなかった。
そのままあれよあれよというまに転落していき、奴隷に落ちるまではあっという間だったという。
「今思えば、そこまで誰かが手引きしていたのかもね。私の事を良く思っていない誰か。もしくはみんなか」
奴隷になっても自分を買い戻せば自由になれる。幸いロミの主人は善人だったようで、また奴隷仲間にも恵まれた。行く末は暗くはなかったのだ。
「ご主人様の旅行、避暑地へ向かう途中で馬車が雨に捕られて、事故しちゃって」
ロミ以外、死んだ。
「正直、これからどうしていいのかわかんないのよね。買い戻すことが生きがいだったし。今から冒険者をやり直すのもいや。あんなの二度とやりたくない」
こちらを向いたロミの顔は半分が焚き火に照らされていた。夜は更けて、火の灯りと音以外は感覚を刺激しない。だからこそ、話したい気分になったのだろう。奴隷になったのは20日ほど前のことで、冒険者パーティを追放されたのは30日まえだそうだ。急激な環境の変化に疲れ果てている。
「行く当てのない二人だな」
記憶のない忌み子の男と突然自由を手に入れた女。どこにだって行けてどこにも行く当てがない。
「でも、クロが何者なのかは私も知りたいかも」
「まじか」
「だってそんな魔力してて記憶ないなんて変だもん。きっとどっかの国の宮廷魔術師か冒険者よ。ね、自分でも気持ち悪いでしょ、自分が誰なのか分からないなんて」
クロには地面にぶっ刺さってた以前の記憶がない。仮に誰かに埋められていたのだとしたらそいつを問いただす必要があるし、そいつがどんな奴なのか知らなければならない。