第2話 メタアンデッド
「ごめんごめん。最近変な輩が多いからさー、あんたらも同じかと思って」
「俺じゃなかったら死んでんぞ」
数十分後。クロはこの青白い女性とテーブルを囲み、夕飯をとっていた。もちろんロミも一緒だ。
あの後。
クロとロミは自分たちに敵意がないことを伝えた。すると意外とすんなり受け入れられ、時間もいい感じなんでということで、夕飯を食べることになった。
話してみるとこの女性は気さくだった。
「てかあんたら、ずぅーと熊肉のスープ食ってるってマジ?」
「まだまだあるぞ、ほら」
「え、まって、その木の皮なに」
「アイテムボックスよ。闇魔法を物体に定着させて物を収納できる魔法道具」
「あー、なーるほどねー」
「ぜったいわかってないでしょ、オノア」
だって私魔法使えないじゃんと笑って、赤い髪が揺れる。ごまかすように投げてきたパンをロミはキャッチして熊肉のスープに浸す。
初めて会ったときに倒したブルーベアの肉をクロとロミは食べ続けている。2人だとなかなか減らず、しかもアイテムボックスの中は時間が進まないので、新鮮な生肉が未来まで保存されている。
もはや飽きるという次元を通り越していたのだが、オノアというこの女性が店の奥から野菜を持ってきたので、今日のスープは豪華だった。
2人がやって来たのをオノアは勘づいていた。
また強盗かならず者冒険者かと思ってドアの裏で待ち伏せしていた。男の方が呑気にドアを開けていたので、先手必勝。一撃を食らわせたというわけだ。
「ところでオノア。あなた何者?」
スープを木のスプーンですくいながらロミが問いかける。
オノアは燃えるような赤髪と対比して肌の青白さが目立つ。まるで血が一滴も通ってないかのようだ。それにどうしてこの死んだ村で独り、レストランごっこしているのか。
「あり?まだ言ってなかったっけ?私アンデッド」
「アンデッド!?」
あっけらかんと言ったオノアを穴が空くほど見つめるロミ。さすがのクロも食べる手が止まった。
「でもお前ヴぁ~って言わねえじゃん」
「言わないねえ、喋ってるねえ」
「じゃあ人間だろ」
「でも親いないよ。捨てられたとかじゃなくて、土から生まれたし」
「俺も親いねえし、土に埋まってたぞ」
「え!?じゃあクロっぴもアンデッド!?不味いし」
「不味いのか俺」
「んーてか変な味。今までいろんな人間をかじってきたけどクロっぴはなんか、雑味があるって感じ?」
はいそこまでっというように手を開いてロミが2人を止める。
本題はオノアが何者かだ。
「うぃっす。えーと、私がアンデッドなのはほんとだよ。でもそのクロっぴのいうヴぁ~とは違う」
「なるほど、メタアンデッドね」
「「メタアンデッド?」」
メタアンデッド。それは多くの人間が一度に大量に亡くなったときに非常に低い確率で生まれる魔物だ。1人の人間から生まれる不完全な人間がアンデッドなら、たくさんの人間から生まれる限りになく人間に近い魔物、それがメタアンデッドだ。
「あなたがメタアンデッドならすべて説明がつくわ。この村にアンデッドがいない理由も」
「私1人でこの村全員分のアンデッドってことか。なるほど」
「オノア、お前魔物なのか。で、メタアンデッド1人作るのに何人いるんだ?」
「多分この村の規模とあなたの頭脳から察するに、数千人」
「数千人!?貴重品だなー私」
数字の大きさにテンションが上がってクロの肩を叩く。クロの右肩がぼやけてオノアの左手がすり抜けた。
「あれ、はずした?」
「外してねえよ。俺の体質なんだ。体が魔力で出来てる」
「ん~?どういうこと……あーなるほど、つっついたら穴開く。ぶっ、うける」
「そうだ、オノア。あなたどうしてあのときクロを掴めたの?」
「ん?」
クロがドアを開けたとき、隙を見計らってオノアは一撃を食らわせた。向かいの家まで吹き飛ぶくらいの強烈なパンチだった。あの時どうしてクロにパンチが当てられたのか。それをロミは疑問に感じていた。
「火属性は使ってなかった。単なるパンチだったのに、どうしてクロに攻撃が通ったのかしら」
「どうしてっていわれても。正面突破で殴るだけだからなー私」
「その前にかじられたんだが、あれなんだ」
「あー、あれはアンデッドらしさって感じ?ごちゃごちゃ話するより一口かじればそいつがどんなやつかわかるから」
「本来アンデッドは噛みついて相手に自分の魔力を感染すの。そうやって仲間を増やしてくんだけど、その能力は持ってる?」
「いや、持ってないぞ。ていうか、そうなのかアンデッドって。私かじったら魔力吸収できるんだけど」
「え、そうなの。だとしたらそれが原因…?」
「つまり、俺はオノアにかじられると体質が無効化されるってことか」
「あれ、私ひょっとしてクロっぴの天敵?」
「てかメタアンデッドって飯食うんだな」
「いや、あぁ、その、食べなくてもいいんだけど、これは、ほら、TPOってやつ?」
オノアは意外と空気を読むタイプのようだ。今まで饒舌だったのにバツが悪くなったらしくとたんにしどろもどろになっている。よく見たら熊スープがほとんど空になっている。
「しかもめっちゃ食ってるし」
「私の動力源は魔力だから物食べなくても生きていけるんだけど、なんかやっぱり食卓を見ると囲みたくなるというか」
「人間だった頃の記憶ってやつか」
「人間だったっていうか、誰かの記憶?」
オノアを構成するのは数千人の人間だ。だからいろんな人の記憶が入り混じってるらしい。そうは言っても完全な人の体ではない。骨や筋肉は揃っている。ただし、いくつか欠けているものがあった。
「まず、痛覚。痛みは感じないんだよね。やっぱり死んでるか………ほら、こんにゃことしゃれても痛くにゃい。こにょまましゃべりちゅじゅけてもへーき」
言い終わる前にクロがオノアのほっぺをつねっていた。オノアは特に表情に変化もなかった。ロミにやったとしたら「痛ったいわね!」と切れられ、火魔法を浴びせられるだろう。
「で、次に血。それがロミちゃんに刺されても体に穴が空いただけだったのはこれが理由。だからかな、心臓もないんだ」
「そのせつはほんとうに」
「ああいえ、こちらこそ」
限りなく人間に近いロミが、それでも人間と異なる点。血が通っておらず痛みも感じない。それでもこんなに感情豊かに話して2人を楽しませようとしてくれる。しかも、人とご飯を食べるのが好きなようで、ロミがゴハンに誘った時は建物の倉庫から野菜をゴロゴロと出してきた。ただそのとき、「腐らしたくないし」と繰り返していたのをロミは妙に記憶していた。
「おっと、クロさん。ほんとに心臓がないかどうか確かめてみたそうですねぇ?」
「はい!私が確かめます!……鼓動が聞こえません!」
「どっかに酒混じってたかお前ら」
服の胸元を引っ張って見せつけるオノアを冷静にいなすクロと代わりを買って出るロミ。頭のてっぺんについたケモ耳をオノアの胸に押し当て聞いてみたところたしかに鼓動は聞こえなかった。
「犬の聴力をもってしても聞き取れなかった。たしかに心臓がないわね」
「犬の聴力なくても聴きやすいだろ」
クロはオノアに顔の右半分を消し飛ばされた。余計なことを言ったのだから当然だ。といってもすぐさま元通りになる。
「やっぱりかじってないとダメかー」
「で、お2人とも泊まってく?この店実は上が宿になってるんだよね」
だらだらと喋りながらゆっくり夕飯を食べた。気が付くと夜が更けていた。3人の他愛ない話は店の外まで聞こえていた。もし往来を歩く人がいたのならば、「盛り上がってんなこの店」とうるさそうにしただろう。
もっともそんなことはこの村ではもうあり得ないのだが。
クロとロミはオノアの提案を二つ返事で受け入れた。2階には4つの個室があった。階段を中心にその周りに部屋が位置しているメゾネットタイプだ。そのうちまだ使えるのが2部屋。それは隣り合っているのだが、
「穴空いてるじゃない」
「結構でかめのな」
なぜか2人を同じ部屋にしたがったオノアだった。さすがにそれはとクロが固辞したため別部屋になったのだが、それでもオノアは2人を部屋の前まで案内するまでずっとにやにやしていた。
「あいつぜってえ知ってたな」
「まあ、覗き込まないと向こうが見えない大きさだから、クロ、私がいいって言った時以外この前通ったらだめだからね」
「前通らないとベッドからすらも出れないんだが」
ベッドに横たわってみてクロはここからでも向こうの部屋が少しは見えるなと気づいた。ロミも同様にすでにベッドに横になっているらしい。
「しかしよく喋るなオノアってやつ」
「ほんとにね。あんなに楽しいメタアンデッド初めて会ったわ」
「他にもメタアンデッド知ってるのか」
「知ってるって言っても冒険者時代に闘ったことあるってことよ。そのときは、アンデッドを束ねるボスって感じで、あそこまでウィットに富んではなかったけど」
「じゃあオノアは例外中の例外か」
「あそこまでいくと色白の人間にしか見えない」
「しかもいいやつだ」
クロとロミはオノアが意外と気を使っているのを見抜いていた。空気を読んで食卓を囲んだこと以外にも、会話が途切れそうになるとオノアが自然に話題を転換してくれたし、自らがネタになることもいとわなかった。
「私たち2人だけだと、情報のやりとりしかしないから」
「まあ無味乾燥としがちだった」
「気づいてたんかい」
クロもロミもこれほど長時間雑談したのは久しぶりだった。王国で神経を張り詰め続けていたせいもあって、オノアを交えた無駄な会話がやけに楽しく感じていた。
そしてその反動で、2人とも先を争うように寝落ちしたのだった。
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