第1話 アンデッド
ここから第2章になります。
あの後。クロを掘り起こしたロミはすぐに自分の位置を把握した。
ここは森の中だ。
冒険者時代に培った勘もそう言っている。
「周りに木しかないもんな、俺もそう思う。ここはまだ王国内なのか?」
針葉樹林が鬱蒼と生い茂ったこの森には日差しが少ない。クロとロミには東を目指すという使命があるため、とにもかくにも太陽の上る方に歩を進める。
脚の下に感じる地面は水分を多く含んでいた。だから虫や爬虫類系のモンスターと時々エンカウントしたが、大したことはなかった。
「大したことはなかった。ってポイズンスネークは一噛みで人間が即死する毒を持つ一般的に強敵の部類なんですけど」
「俺の場合噛んでも毒入んねえってか噛めねえし」
完全に見下した態度で草むらより飛び出してきた大蛇はそのまま勢いをつけて黒髪の少年に噛みつこうとしたが、まるで煙を噛んでいるかのように牙がカチカチ鳴るだけだった。
そうやって危険なモンスターをものともせず、歩いてるうちに小さな道に出た。少し景色が開けたので辺りを見回すと、遠くの方に王城が見えた
「こっちとは逆に進みましょ。あくまでもあっちが西だからよ。」
言い終わるが早いか王城に背を向け歩き出すロミ。先の一件でもう王城は見たくもないらしい。
「それは否定しないけど、それよりほぼ確実に追手が来てるわ。私たちテロリストだから」
「テロリスト、か」
「超一級のね」
王城を背に歩き始める。遠くの方には険しく高い山が見える。尖った頂上に雪を降り積もらせて、細い道を歩く2人を見下ろしていた。
「細い道…あんまり使われてなそうだけど、しばらく歩けば村があるはずよ。地面に轍が残ってる」
「轍?」
「これ。たぶん農民の荷車ね。だから街じゃなくて村。うーん、でもこれだけ王城が小さく見えてるんだから、国境が近いような気もするんだけど」
「それにしても、草が邪魔だな」
2人並んで歩きながら風景から情報を集めていく。どうやら俺たち私たちはアレクサンドリア王国の国境付近までは飛んでこれたらしい。これから歩く先には村があるようだが、それはきっと小さな村だろう。そして道端の草は伸び放題で、誰も手入れしていない。まるで長い間使われていないようだ。
だらだらと続く長い道を歩くロミとクロ。
すると、遠くの方に人影が見えた。
「あ、人間だ」
「神獣みたいな言い方ね。でも確かに長い間見てなかったように感じるわ」
この先に村はあるのかどうか聞いてみようとロミが走り出す。クロもそれに続く。
近づくにつれ人影がはっきりしてくる。
どうやら農民の中年男性らしい。鍬を持っている。
かなり疲れているらしい。足元がおぼつかない。ふらふらと左右に揺れながら歩いている。
そして服装がみすぼらしい。袖は破け、裾は泥だらけになっている。
しかも右足は靴を履いてなかった。
急いで走り出したロミだったが相手の姿がよく見えるにつれ徐々にスピードを落としていった。
「どうしたロミ、急に止まったりして。俺が聞きに行くぞ」
「あ、違うのクロ、待って、あの人なんか変」
スピードを落とし始めたロミを追いついたクロはそう言い残して、農民のおっさんに近づいていく。ロミが止めるころにはもうすでにおっさんに話しかけていて、
「すいませーん。ちょっといいですかー」
「ヴぁ~」
「は」
およそ人間の返事とは思えないうめき声を出しながらおっさんが振り向いた。
その左目は白く濁っていた。口からは血を流し、皮膚は灰色に変色していた。
「アンデッド!」
「アンデッド!?」
すぐさま炎魔法を展開するロミ。アンデッドには火が効くからだ。
一方、クロはロミの叫びに気を取られてしまった。
それが命取りとなってアンデッドに噛まれたのだが、そんなことは大したことなかった。
「大したことなかった、って。アンデッドに噛まれたら自分もアンデッドになるのよ!」
「ポイズンスネークと同じだ。俺を噛めてない」
「ヴぁ~?」
アンデッドはクロの肩に噛みついた。本来ならそこから毒素が注入され噛まれた人もアンデッドと化してしまうのだが、クロに噛みついたアンデッドは肉を噛むことなく歯をカチカチ鳴らせているばかりだ。
「アンデッドは魔法を使えない。だからクロを攻撃できないんだ」
「あくまでも魔物ってことか」
「そ。クロ、悪いんだけど身体を水にしてくれるかしら」
「あん?」
「【フレイム】!」
お前無詠唱できるんじゃなかったのかというクロの疑問をかき消すかのように、ロミの放った火柱がクロとアンデッドを包み込んだ。
アンデッドは黒焦げとなったが、クロは無事生きていた。
「アンデッドが気を取られてたから今しかないと」
「ったく、袖すら焦げてねえからいいけど」
申し訳なさそうにしながら、とはいえ、とロミは視線を鋭くする。
「でも、アンデッドが生まれるということは、彼がきちんと埋葬されていないってことよ」
「ふうん?」
「その理由は2つ。1つは彼が魔物に襲われて死んじゃったか」
「もう1つは?」
「村人全員皆殺しにされたか」
この王国は数百年にわたって帝国と戦争を続けている。国境付近では小さな戦争が絶え間なく起きており、そのたびに小さな村々は争いに巻き込まれている。
「この先にある村もおそらくその1つ。直近の戦争で焼かれたのよ。村人も」
「全滅」
「アンデッド…いや、このおじさんを埋めてあげましょう」
「ん?ああ」
優しさだけじゃないとクロは思った。ロミはきっと過去に大切な誰かを失っている。それはきっと自分を残して死んだ奴隷と主人だろうか。
「やっぱり」
少し高い丘の上からロミが呟く。視線の先には、崩壊した村が広がっていた。家々は焼け落ち、道路は抉れていた。
「まだ建物の形が残ってるから、惨禍に包まれたのは最近。でも…」
「でも?」
「人影が見えない」
最近戦争に巻き込まれ村人が殺されたとして、それならばアンデッドが大量発生しているはずだ。
ロミは冒険者時代、アンデッドが大量発生した村に赴いたことがあった。王国からの勅令だったそうで、報酬は桁が違っていたが、ロミは乗り気ではなかったという。
冒険依頼書にサインされた王の名前を見たからではなかった。
「アンデッドはね、生きていた時の習慣を繰り返すの。さっきのおじさんはあの時間あの道を歩いて畑に行ってたの」
「生前が神父なら祈り続けるし、お肉屋さんなら店頭に立つの」
ロミのパーティ【ヨークシャー】がその村に到着した時。
「焼け落ちた店のテーブルで仲良く談笑してる家族が見えたの」
クロとロミは村のメインストリートを歩く。かつて酒場だった建物の前には土嚢がつまれ、荷車が横倒しにされていた。
「父親は顔が半分無くなってて子どもの片足が千切れそうなのが、母親の胸に空いた穴から見えたの」
「えぐいな」
「だから、アンデッドの位置を把握したら遠くから火魔法で焼き払うのがセオリー」
村ごとね、と最後に付け足して。
2人は村の端まで来た。
「エンカウントしなかったな」
「そうね……」
重たい話をしながら街を探索したクロとロミだった。警戒をしながら歩いていたのだが、予想に反してアンデッドの1匹も現れなかった。
村の門をくぐったころにはすでに日が傾き始めていたので今日はここで一泊せざるを得ない。
その意味でアンデッドがいないのは2人にとって都合がよかった。
けれど
「1匹もいないなんてさすがに不自然すぎるわ」
「もう聖職者が浄化してくれたんじゃねえの」
警戒を崩さないまま2人は路地を一本入る。
「「ん?」」
崩れ落ちた民家が立ち並ぶなか、一見だけ灯りのついた家があった。
「灯りだよな」
「誰か住んでる……?」
魔物すらいない荒廃した村でようやく見つけた人の気配に、2人は走りだす。
灯りのついた家は周囲に比べて壊れてはいなかった。とはいえ2階部分は吹き飛ばされ、風通しが良くなっているが、1階部分は人が住めそうだった。
というより家主が修理したようだ。
その灯りは家の前に突き刺さった丸太の先にあった。丸太の先を燃やしていたのだ。
丸太の先端に油をしみこませた布やら枯草やらを乗せて、火の寿命を長くしている。
「手先の器用なやつが暮らしてんだな~」
家の正面に立ったクロがそう感想をもらす。この家はもともと1階部分がレストランだったらしい。玄関のうえにそんな感じの看板が掲げられていた。
「ご飯食わしてくれっかな、金持ってねえけど」
クロが玄関に近づく。
一方ロミは不審な点に気づいた。
丸太の下に枝と板が置いてあったのだ。
枝の先と板の一部が黒く焦げていた。
(……火起こし?)
それは火起こしに使う道具だった。
ロミの耳が右左に動く。それはロミにとって大きな違和感だった。
ロミは火起こしに使う道具を初めて目にした。
この世界の人間は火おこしをしない。火魔法を使えばいいからだ。
それなのにこの家主は、あえて魔法を使わず木を使って火を起こした。
自然志向の料理を作るわけでもなく、たかが灯りをつけるためだけに?
「お、ドア開いてる。営業中だ」
「あっ…!」
ロミが警戒するようクロに告げる前に、クロは家のドアを開けてしまっていた。
といっても、ゆっくり、中の様子を窺うようにだ。
灯りはついてないようで、室内はよく見えない。
腕が入るくらいまでドアを開けたところで、
誰かが内側からドアを押さえた。
「げ!」
それは青白い指だった。それとその位置の高さから、自分より背の高い女性ということがクロはわかった。
その指に力が入った瞬間勢いよくドアが開けられる。
クロの視界に一瞬赤い髪の毛が映ったのち、
その髪の持ち主に肩を噛まれていた。
「痛っ!か、噛まれた!なんで!?」
「うげっ、変な味!」
自分の視界の端に先ほどの赤い髪が見える。そこから青白いうなじが伸びていた。
その首筋に力が入る。
その瞬間クロは腹部に衝撃をうけ後方に吹き飛ばされた。
そのまま向かい側にあった民家に激突する。
「クロ!」
その衝撃で危ういバランスで乗っかていた2階が崩れ落ちクロに降り注ぐ。
だがダメージはない。青白い女から離れた瞬間身体がまた闇魔法に戻った。
「なんで。あいつに噛まれたとたん、身体が普通になりやがった」
「あんたクロに何したの!」
ロミが獣爪を出してとびかかる。
女は何もせずドアの下で立ったままだ。そのままロミの爪は女の横っ腹に突き刺さった。
女がノーガードだったことが何よりロミを驚かせた。避けきれないほど速かったわけではなかった。それにもかかわらず女はそのままロミの攻撃を受けとめたのだ。
まるでダメージなどないかのように。
自分の爪が突き刺さってはじめて、ロミは女の顔をよく見れた。
血のように赤い髪と目が妙に印象的だった。
「刺すつもりは…」
「ん?ってえなー、私じゃなかったら死んでんぞ」
まるでどうでもいいことかのようにそっけなく言ったその女性はロミの手を握りゆっくり自分の右わき腹から爪を引き抜く。
「血が、ついてない……?」
そんな疑問をつぶやいたかどうかわからない。
女がロミの眼前に手のひらを向けた瞬間、ロミは衝撃波を受け吹き飛ばされたからだ。
うーん、ちゃんと章分けできてるでしょうか。
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