17話 脱出
一夜明けて。
王城は騒然とした。
淡々とした口調でコルネットが報告して曰く。王城にテロリストが侵入し、当直の兵士総出で逮捕しようとしたが、取り逃がした。
最悪なのはパレードの直後に起こったということだった。もしこのことが国民に知れた場合王の名誉が著しく損なわれる。
だから。
国民には知らせず内密に処理することが決定された。
だがそうはいっても、名もなき冒険者崩れに侵入されて黙っている王室ではない。公然に指名手配はされないものの、処刑の命がくだった。
「あの時、ギレルモさんが放った最後の一撃は確かに命中したはずです」
ベッドから上半身を起こしたギレルモにコルネットが語る。ギレルモはクロとの戦闘で魔力を使い果たし、一時的な昏睡状態に陥っていた。もっともすぐに回復はしていたが、駆け付けた部下たちが大げさに騒いだのだった。
ギレルモはその最後の一撃を覚えていなかった。濁流を突破した2人はその後空に浮かび、東の方へ逃げようとした。ギレルモは水でそんな2人を取り囲み、そのまま丸め込んだ。ギレルモの必殺技である【小深海】を放ったのだ。
クロとロミを覆いつくした海は2人に、まるで海底のような圧力をかける。この技を喰らえば、並の人間は手足を破壊され、呼吸することもままならない。
「がああああっっっ!」
クロとロミは必死に抵抗した。だがクロたちを覆うギレルモの海はやがてその色を澄んだ水色から重たい青へと変え、ついには2人をその内部に包み込んでしまった。
それでもこの侵入者2人はしぶとく内部から抵抗し続けているようで、鈍く光った青い球体は形が安定しない。ところどころが出っ張ったりへこんだりしている。クロが蹴破ろうとするのをギレルモが押さえつけているのだが、その顔からは余裕が消え、額から汗がにじんでいた。そんな大将を見るのはコルネットにとって初めてだった。
固唾をのんで見守るコルネットの背中に光が差し始める。あと少しで夜が明ける。中庭に生まれたギレルモの海にさざ波が立っていた。
ギレルモがクロとロミを浮遊する深海に閉じ込めてから数刻、状況に変わりはなかった。クロたちの抵抗をギレルモが必死に押さえつけている。
この戦いは一貫して消耗戦だった。ギレルモの海に対し、クロが火をぶつけた時からずっと。
最後となる魔力のぶつけ合いももうすぐ終わる。浮遊する深海が静かになった。形はきれいな球を保ち、その水面は静かだった。
ギレルモが片膝をついた時、その水面に裂け目が入った。一筋の縦線からいくつもの小さな線がのび、水面を覆う。それはまるで卵が割れる時のようで。
水面を勢いよく叩いたような音が王城に響いた。続いて歓声のような雄たけびが聞こえた。クロだった。
ギレルモの深海は水滴となってあたりに飛び散る。その中心にクロが、黒髪の少年が浮かんでいて、オオカミの少女を背負っていた。水滴の1つひとつに日差しが当たり、妙に神々しかったのをコルネットは覚えている。
「じゃあな!ギレルモ!!イーストエンドで待ってる!」
ギレルモは何も言わなかった。
宙に浮かんだままのクロとその背中のロミ。その周りには闇が漂っていた。その闇と水滴の光の間から、クロがギレルモさんに対峙している。
コルネットは咄嗟に剣を抜いたが、攻撃するより早く、クロたちは空に飛び去って行った。
太陽の方だった。
「あの小深海は私が見た中で最も強力だったと思います」
なのに、と言いかけて黙った。
ギレルモはそれに答えず、
「イーストエンドで待ってる、か」
「クロが最後に残した言葉ですね。あの子たちはホントにイーストエンドを目指す気なんでしょうか」
「あそこまで大それたことをしたんだ。せざるを得ないだろ」
「……強い力を秘めた少年がイーストエンドを目指す、まるで」
「英雄だ」
コルネットの言葉をギレルモが先取りして言う。そして、
「しかも、こっちの3人と同じ黒髪黒目だ。これが偶然に思えるか」
「……わかりません」
ギレルモはベッドから脚を出して、端に腰かける。そしてコルネットの持ってきた書類に手を伸ばす。
「国境警備を命ずる、か」
昏睡するギレルモの代わりに会議に参加したのはコルネットだった。そこで拝聴したのは、辞令。ギレルモを国境警備につかせる。つまり、王都から追放するという意味だった。
「本来なら首にするところ、長年の働きを鑑みたとのことです」
「それもあるだろうが、今俺を首にすると国民が騒ぐからだろうな」
「それと、警備の任が解かれる条件ですが……」
「いやいい。わかってる」
ギレルモはコルネットを遮り、窓の方を見やる。
王都はすでに目覚め、広場は太陽に照らされていた。
「う~ん。う~ん……は!」
ロミが目を覚ましたのは木のうえだった。正確には洗濯物のように枝に引っかかっていたのだ。体勢を整え辺りを見回してもここまで一緒に飛んできたであろうもう1人が見当たらなかった。
「まさか上空があんなに寒いだなんて。だから鳥はもこもこしているのかしら」
元気よく空に飛びあがったクロとロミだった。そのまま王都を越えさらに帝国も越え東の果てまで飛んで行こうとしたのだが、急ぎ過ぎた。
風と音の激しさは絨毯に乗った時に知っていたから魔法防壁を展開したのだが、気温は想定外だった。しかも一気に天高く飛びあがったために魔法防御を展開しても遅かった。目と指先が凍りそうになり、ついに墜落してしまったのだ。
「でも、生きてる。クロー!クロー!」
木から降りたロミがクロを探す。ここはどうやら森の入り口付近らしい。木が鬱蒼と茂っており、視界が悪い。
「あ」
ロミのいる木からそんなに遠くない開けた場所にクロはいた。
正確には埋まっていた。
よほどのスピードで衝突したのだろう。地面が一筋に抉れている。その線の終わりでクロはあおむけになっていた。器用に顔と脚だけは地面から出していたが、腕や身体は土の下だった。
「え、なにこれ……デジャブ?」
第1章終わりです。
引き続き、第2章を17時に投稿します。
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