15話 レーザー
暗いところをとてつもないスピードで移動している。
ギレルモに太陽を消火された直後の記憶はなかった。気付いたらこの非現実な空間を漂っていた。
死んでしまったのか。不思議なことに、どこか懐かしい気さえする。
自分以外が超速で移動しているというのに、クロ自身は不思議とぬるま湯に浮かんでいるように気持ちがいい。
自分の身体がどこまでかはっきりわからない。世界と一体化しているような気さえした。
唐突にロミを思い出した。
それは天啓だったのかもしれない。
(ロミはどうなった……)
その意識が中心となって自分が世界から切り離された、気がした。
自分の下に王国が見えた。
先ほどまで夜だったはずなのに、眼下に広がる王都は昼だった。通りを歩く人に目を凝らすと、色んな人が見える。
それは人間だけじゃなかった。
猫の耳をはやした獣人や、ドワーフ、巨人、エルフにいたるまで実に多様な人種が混淆しており、彼らはみんな笑顔だった。
彼らの声が聞こえてくる。どうやらパレードが始まるらしい。
王城から隊列がやってくる。
豪華な馬車を連れ立って先頭を歩くのは王様と、黒髪黒目の少年だった。その少年は軍のトップと言うにはあまりにも幼かった。だがなによりもクロの目を引いたのはその少年の服装だった。クロの着ているどこかのユニフォームに似ていたのだ。
だから親近感を感じた。少年は王と親し気に会話をしていたがその内容は聞き取れない。
「我らがウィンストン王!」「みんなを笑顔にしてくれてありがとう!」「隣には英雄もいるぞ!」
「英雄?あのガキが!?」「しつれいだぞ!!」
後ろに降り立ったクロは近くの青年に声をかける。人びとは口々に喜びの言葉を叫んでいる。先頭を歩く王の名はウィンストンというらしい。
そしてその隣にいる少年が英雄?その意味が同じならば俺は神代の王国を見ているのか?
青年はクロのことが見えていないようだった。肩を叩こうとして自分の手が青年の肩をすり抜けたのを見たクロはここが現実でないことを認識する。
パレードは広場の方に向かう。パレードの最後尾には黒いベールに覆われた大きな塊があった。そして広場の中心にはあるはずのワンダーウォールが存在しなかった。だからクロはその黒いベールを引っぺがそうと人ごみを飛び越えた。
空中で、振り返ったその少年と目が合った。
クロは驚いた。少年はクロが見えている。
そう気づいた瞬間クロは何かに引っ張られる感覚を覚え、周りの景色がブラックアウトしはじめた。
(くそっ。もう少しで何かわかりそうなはずなのに!)
視野が周囲から消えていく。王国の街並みもパレードの人混みも消え、中央にとらえた少年も今に消えかけようとしている時、
「待ってるよ。英雄」
そう聞こえた。
「やっぱり2対1は無理か……」
ロミは残り1本となった獣爪を見つめる。そんなロミをギレルモとコルネットが見下ろしていた。
コルネットが指を動かすと、ロミの膝からガラスの破片が飛び出す。動きを殺すために刺さったままにしておいたのだ。激痛なのだろうがあまり感じなかった。
「元ヨークシャーのDランク冒険者、ロミよ。お前を死刑に処する。貴様の魂に平安あれ」
ギレルモが一息で言い切る。処刑する前の決まり文句なのだろう。だがうすぼんやりしたロミの意識はいまいち意味を認識できていなかった。
ロミは顔を上げる。ギレルモの手のひらが見えた。目の前にある死への恐怖はなかった。あるのはただ人生の最後に出来た友達のことだった。
獣人であることを気にせずふざけたことばっか言って、そのくせとんでもない実力を秘めている。けど自分が何者なのかわからない。けどそんなこと心配してるようなそぶりをみせず、適当なことを言っている。
そばにいれば自分も強くなれるような気がした。
そんな白昼夢はギレルモの手に集まる魔力が打ち消した。ロミは死を覚悟し、眠るように目をつぶった。
刹那。2人の身体が後方に吹っ飛んだ。
まるで何かに引っ張られるように。
そう、例えば。
強い引力。
2人がこっちに来る反動を利用してクロ自身もジャンプする。そうしてロミがもたれる壁に着地し、身体を折り曲げロミの様子を伺った。
「大丈夫、じゃないな」
「正直言って結構ピンチだったわ…。まあ、今から逆転するところだったのだけど」
「回復は光魔法だったっけか」
「肺が一個潰れていながらのボケをスルーしないで」
ロミの肩に手を置いて回復魔法を注入する。一瞬にして少なくない魔力が自分の身体から出ていく感覚に、クロはロミのダメージを実感した。触れた肩から余計な力が抜けていくのを感じ、膝の出血が止まったのを見て、クロは手を離す。
2人はすでに立ち上がっていたが、突然復活したクロに戸惑い様子をうかがっている。
「さあて、テロリスト」
「厳しいこと言うのね。まあ、事実だしあんたもだけど」
「俺はギレルモと話したし、ワンダーウォールも読んだ」
「成果は?」
「片方は進歩あり。もう片方はダメだった。さて、俺があいつらを足止めする。だからここから逃げ出す方法を」
「りょうかい」
クロは2人に対峙する。クロのまぶたには先ほどの映像が浮かんでいる。確かに俺は消滅した。その後見た光景は夢にしてはリアルだった。映像のつぎはぎみたいでまとまりはなかったが、とにかくみんなが幸せそうだった。そして場所はこの王国だったはずだ。
「なあ、大将。1つ聞きたいことがある」
「……なんだ」
「ワンダーウォールを置いたのは誰だ」
「置いた?ワンダーウォールは最初からそこにあったと伝えられてる代物だ。まあ、玉座のは移動させて来たんだが。どっかの誰かさんが運んできたわけじゃない」
ギレルモはクロの質問に首をかしげる。ワンダーウォールがいつからそこにあったかなんて考えたことなかったというのが正直なところだ。コルネットに顔を向けたが、どうやら同じ感想らしい。感触が悪かったのかクロは質問を変える。
「もし仮に、この国が使命を忘れてるとしたら?」
「使命?」
「もしこの国の建国者が国民の笑顔を願っていたとしたら?ってこと」
「抽象的だな。初代国王様も当然願っていらしただろう」
質問の意図が掴めないためギレルモは最低限の返答しかしなかった。その際しっかり、も、という部分を強調しておく。
コルネットは剣を抜いた。クロはそれにすぐ気づき、すぐにギレルモへと目線を戻した。
「もし俺の見た幻覚が臨死体験じゃないとしたら、だとしたらこの国を建てたのは1人じゃない。初代国王ウィンストンだけじゃない。別の誰かがいたんだ。そいつが広場の真ん中にワンダーウォールの断片を置いて、願った」
「つまりどういうことだ」
「この国から使命が忘れ去られてあるべき姿を失った時、それを思い出させる。それが英雄だ!」
つい口調が強くなってしまったが、自分の見た幻覚に意味を与えるとこうなる。クロにはその確信があった。腕を広げて、国王軍の上官2人に意見を求める。コルネットは眉間にしわを寄せて、切っ先をクロの喉に向けている。そしてギレルモは、クロを視界にとらえたままクロの演説を聞き、やがて判断を下す。
「今のお前が何を言えど、お前がテロリストなことに変わりはない」
瞬間、クロの足元に渦潮が出現する。両足が吸い込まれクロは動くことができなくなった。それを見計らって、コルネットが飛び出す。ギレルモはクロが闇魔法であることを見抜いていた。だからコルネットに火魔法を使うよう指示を出した。
「たりゃあああ!」
クロを切らんと振りかぶったコルネットに横から飛び膝蹴りをくらわしたのはロミだった。獣人の脚力をフルに使ったのだ。コルネットはほぼ水平にそのまま吹っ飛ぶ。
「クロ!まずは土魔法で相手の水魔法を消して…、ってうそでしょ!?」
月が雲に隠れたのではなかった。クロの顔が陰ったのはギレルモの起こした津波のせいだった。ロミが振り向いた時にはすでに周囲の建物さえ飲み込まんとしていた。波の上にギレルモが立っている。
「クロ!お前が何を見たかは知らんが、俺たちがずっと聞かされてきた英雄譚は王国の繁栄で幕を閉じる。そう、現代に召喚された英雄がこれからするみたいにな」
「ふっざけんじゃないわよ、あいつ!私たちを殺しにきてるじゃない!!こういう時は、えっと、その、まあ、あの……えへへっ…。こんな場面初めてだからわかんないわよ!!」
「落ち着けって。最初っからずっと殺しに来てただろ」
「何であんたはそんなに冷静なの!?自分の状況、足動かせないじゃないの!それなんとかしてくれたら私あんたを抱えて屋根まで跳ぶから!」
「英雄だからな。お前ちょっと伏せてろ」
どういうこと、と文句を言いながらも身をかがめるロミ。高度を上げ切った津波がいよいよクロたちの方に落下してくる。その大きなうねりをじっと見据えたクロは、右目を火に変える。
その火は徐々に温度を上げて青になって、それもさらに超えて白くなる。そうして段々と魔力を蓄積させた火がついに、一筋の青白い光線となって水の層を貫いた。
「きゃあ!!クロ、あんたそれどういう魔法!?」
「あとで!ロミ、土魔法だ!」
「りょーーーかい!!!」
光線が水を蒸発させる音と水が瀑布となって落ちる音。それが轟音となってクロとロミは互いの声を完全には聞き取れなかった。それでもロミはクロが何をしてほしいかわかったし、クロもまたロミがわかったことをわかった。
クロが2人を襲う水を片っ端から蒸発させていく。ロミは自分たちの足元を土魔法で補強し、盛り土をしていてく。水没を避けるために。
その作業のなか、ロミはクロの目から放たれる青白い直線の火がきれいな魔力の流れをしていることに気が付いた。クロが散々火をギレルモにぶつけていたのは魔力の流れを研ぎ澄ますためだったのか。これならギレルモとの消耗戦にも勝てるかもしれない。せっかくなのでロミはクロの手を握る。そろそろ疲れてきたので魔力を分けてもらおうとも思った。
淀みのない魔力だった。
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