14話 消滅
「ぐぁぁぁぁぁっ!!」
右肩を押さえながらクロが叫ぶ。すかさずギレルモから距離を取る。
「くそっ、ってそりゃそうか!」
痛みをこらえながら右腕があったところを見る。
ギレルモの水流とクロの火のパンチが激突し、クロは負けた。火魔法と化していた右腕はギレルモの水魔法によって消化され、その結果右肩から先を失うこととなった。
だが徐々に右肩に光が集まり始め、やがて腕のかたちに収束していく。わずか数秒で黒の右腕は復活した。
「お前、服まで再生してんじゃねえか」
「まあそんなもんだ」
「答えになってねえな」
ギレルモが冷静に指摘する。通常の回復魔法なら服まで修復されることはない。クロの魔法はそれとは根本的に違うのだ。
ギレルモはふぅとため息をついて、シャツのボタンを1つ外した。首元が楽になる。
「あいわかった。消耗戦がしたいならとことん付き合おう。個人的にはお前を死なさない程度に痛めつけて逮捕したいんだが」
「やさしいんだな、意外と」
「そうしたほうが仕事上の利益があるだけだ」
「ラハムを殺したのも利益のためか?」
「……仕事だ」
答える前に一瞬ギレルモの手を止めた。それはまるで自分に嘘をついたような。
「もしかしてそれを聞くのが目的で来たのか」
「ああ。それと、ワンダーウォール」
「……正気か?」
「それはこっちのセリフだ」
「大勢を救うために少数を犠牲にする。それが今回の方針だった」
「それに賛成したってのか」
「せざるを得ないことだってあるんだよ。ま、これ以上話したって平行線、無駄だったな」
ギレルモの前方に水球が出来つつあった。周りの海から水が集まり、長身のギレルモと同じ大きさになる。それはとてもきれいな真球だった
すかさずクロも火の壁を展開する。
打ち出された水球と火の壁が衝突する。周囲に水蒸気が発生する。
「魔力の多さであいつとの差はない。だが…」
まんべんなく魔力が循環するギレルモの水球に対し、クロの火魔法には斑があった。だから水球は火の壁の脆い部分を突き崩す。そこからクロの魔法は崩壊をはじめ、クロは水球に弾き飛ばされた。
火の壁を支えていた両腕を失いながら、花壇の縁に激突するクロ。だが起き上がる頃には両腕は復活していて、
「おおりゃああっ!!」
起き上がる勢いそのまま、2つの火球をギレルモに放つ。
だがせいぜい手のひらサイズ。ギレルモはたやすく消滅させた。
しかし、ギレルモは焦った。
「やっぱ侮れんな、お前」
「魔力をきれいにながせば、少ない量で大きな魔法を作れるってことか‥‥‥ならこれならどうだ」
クロが右腕を横に広げる。そして手のひらを外に向けると、そこに徐々に魔法が集まり始めてきた。手のひらの大きさを軽く超え、たちまちクロの身体より大きくなった。
だがそれでもクロは止めなかった。この前ロミが語ったところによると、並の冒険者なら自分の身体程の魔法を作るのが限界だそうだ。しかし火球は今や宮殿の屋根にまで届かんとしていた。その熱量は離れたところで闘っていたロミとコルネットにまで届き、
「あっつ……ってええええええ!」
ロミの叫び声が聞こえた。
「ちょっと一旦休戦!この熱さ耐えられないわ!」
「何を呑気なことを!」
ロミの提案を却下し剣を振るったコルネットだったが、そのガラスの刃はロミに届く前に溶け落ちてしまった。
一瞬唖然としたコルネットだったが、気を持ち直してロミのいう通りクロの太陽から距離をとる。敵の言いなりになったわけではなく、このままでは周囲に気絶している警備兵たちが危険だと判断したためだ、とコルネットは自分に言い聞かせた。
「魔法防壁を展開してこの熱さ。魔力だけは尋常じゃないのよねあいつ……ってか、クロ!あなたどういうつもりよ!火は水に弱いって教えたじゃない!!」
クロは指先ぐらいの大きさになるくらい遠くにいるというのに、ロミの感じる熱気は間近で炙られているかのようだった。クロの周囲の草花は自然発火し始めている。火と火に囲まれながらクロは、
「いや、勝てる!」
と自信ありげに答えた。
「勝てるって、そんな無茶な」
「そんなバカでかい火の玉つくって、俺の海を干上がらせるつもりか」
「そうだ」
いいだろう、と気怠そうに一息吐いてギレルモは自身の前方に雨を降らせる。それはやがて豪雨となりついには瀑布となった。
「この壁を越えてみろ。黒髪のガキ。お前が俺の思うような人間ならこれくらいできて当然だ」
「なんだそれ!お前の思いなんて知るか!」
ギレルモの水の壁にクロの太陽が衝突する。水の蒸発する音が中庭に響き、それを追って水蒸気が広がった。熱を持った熱風が離れたところにいたロミとコルネットにまで届く。コルネットは建物の陰に隠れ、ロミは獣人の脚力で上空へとジャンプした。
「全く見えない…どっちが勝ったの?」
視点の違う2人だったが意見は一致した。中庭を覆いつくした分厚い水分子のカーテンが風に運ばれる。見えてきたのは干上がった海と煤となった美しい花壇の花たちだった。めくれ上がった石畳に海水が溜まり、城壁は焦げ、窓は溶けてしまっていた。
そんな惨状の中心に立っている人影は、1つ。
ギレルモだった。
とはいえ、軍服の袖は焦げ、立っているのがやっとという状態だった。太陽の消火に魔力の大半を持っていかれたのだろう。
安堵した表情で駆け寄ってきたコルネットが肩を貸す。
「あとは大丈夫です。私に任せてください」
回復魔法を展開させながらコルネットはギレルモを座らせる。
一時的に魔力が枯渇しただけだ。ギレルモさんともなれば回復も早い。おそらく私が元冒険者の獣人を仕留めた頃には歩ける程度にはなっているだろう。
そして私が倒すべき罪人は城の屋根からこちらを見下ろしていた。
コルネットは隠れる直前、ロミがジャンプするのを見た。さすがは獣人というべき跳躍力だった。だから逃げることもできたはずだ。でもそうしなかったのは、
「クロでしたっけ?だいぶあの少年を買っていたのですね」
「どうかしらね。孤独な放浪者が犬を飼うのと同じ気持ちじゃないかしら」
コルネットの言葉への冷たい否定だったが、その割には軽い音がした。その軽さが幼く聞こえて、そういえば彼女は私よりも年下だったことを思い出し、コルネットは笑った。
直後、金属のぶつかり合う音が中庭に響き渡った。
「獣爪っ……!!」
ロミの爪が伸び鈍く光っていた。爪をもつ獣人のギフテッド。それが獣爪である。人間のそれより硬く長くすることができる。木ぐらいなら肉みたいに切り裂くことができ、強い獣人なら剣にも勝てると言われる。コルネットはその10の太刀筋をガラスの剣でいなしていく。だが、後退はし続けていた。
その連続する金属音で目が覚めたギレルモは、辺りを見回しながら後悔した。俺は厄介な問題を王国に持ち込んでしまったかもしれない、と。
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