13話 ロミの変化
ギレルモとクロが闘い始めたのと時を同じくして、コルネットとロミも対峙していた。
コルネットはギレルモの海に干渉されないので中庭を普段通り歩ける。
ロミはそうはいかない。おそらく海に触れた瞬間、引きずり込まれ二度と呼吸は出来ない。
だから花壇のうえから間合いを測っていた。
「あなたには見覚えがあります」
剣の向こうからコルネットが話しかける。はて面識があっただろうかとロミは首を傾げた。
「と言っても直接会ったわけではなく、【ヨークシャー】のメンバーにオオカミ獣人がいたという記憶ですが。確か名前は…ロミ」
「当たり。それ私」
「王国最大の冒険者チームでしたから把握しておくのは当然の仕事です。Dランクで実力も人望もそれなりにあったはずなのに、どうして王国侵入なんて真似を?」
「前からあなたたちの思想が気に食わなかったの」
「その結果がテロ?」
答えずにロミは先制攻撃を加える。といっても目くらましのつもりでファイアボールを放っただけだ。
だが、
「え!?」
現れたのは身の丈ほどもある火球だった。それはすさまじい速度でロミの手のひらより射出され、一直線にコルネットへと向かっていく。ロミですらギリギリ視認できるかという速さだった。
「速い!」
向かってくる炎に向かって剣を突き付けるコルネット。魔力を込めたガラスの剣に衝突した巨大火の玉はきれいに2つに分かれコルネットの両脇を通り過ぎ、後ろの壁に激突した。
ロミはとっさに自分の手を見る。手のひらサイズの初級魔法のつもりだった。あれでは中級魔法のフレイムだ。ブルーベアも倒せそうだし、何よりあれほどの魔法を出して疲れていないことに驚いていた。
「そこまで挑発したつもりはなかったんですけど…!」
壁に移った火をギレルモの海で消しながら、コルネットがロミを見やる。壁にひびが入り、ところどころが焦げていた。
「いや、これは…」
「私も本気にならなきゃ不味いか」
ロミの返答は聞き入れられることなく。しかしロミは思考する。
ロミはもちろん自分の魔力を把握している。明らかにさっきの火球は自分の能力を超えている。しかし撃つことができた。
まるで、誰かの魔力を借りたみたいに。
コルネットが剣を振った。通常の剣ならばあたるはずのない距離だが、コルネットの太刀筋はロミに向かっていった。刃が伸びたのだ。
「魔法剣!」
水平に薙ぐ刃を跳んでかわす。間髪いれずに次から次へと刃が襲ってくるが、ぎりぎりでかわしていく。もちろん花壇からは落ちないようにだ。かなり難しいが獣人の身体能力ならば出来ないことはなかった。
「その通り。Dランクなら知ってて当然でしょうから隠しません」
「材質についても教えてほしいなっ」
「企業秘密です」
ロミは考える。 確か玉座の間で見かけたときの刃は透明で硬そうだったから、おそらくガラスだろう。
(なら…)
うまく誘導して、花壇と激突させることができた。予測通りガラスだったようで花壇のレンガと激突した剣は粉々に砕け散った。
「やっぱり!ガラスだった!」
「ふふっ、そうやってみんな油断するんです」
得意気にコルネットを見やったロミを、コルネットは余裕そうな顔で見返した。何かやばいと察知したロミはとっさにジャンプした。そしてその勘は正しかった。
細かいガラスが脚のあったところに突き刺さっていた。
「なるほど……!」
闇魔法系重力魔法を駆使して空中で方向転換をする。まるで魚のような身のこなしでガラスのないところに着地する。
すぐさまもう一度ファイアボールを放つ。今度は牽制ではない。
「っきゃぁっ!!」
さっきより大きな火球がコルネットに向かって放たれる。反動に耐えられずロミは後ろに吹っ飛んでしまった。
今度のコルネットは水魔法を前方に展開して防御する。何とか防げたものの水魔法がほとんど燃え尽きてしまっていた。
相手が転んでいるのを見過ごすほどコルネットはうかつではなかった。体勢を立て直しつつあるロミに向かってガラスの破片を飛ばしなんとか脚を傷つけることに成功した。
ロミは再度ひざを折る。鋭利な破片によって草に血が飛び散った。
「……これでDランクってどういうジョークですか。ですがご自慢の脚力を削ぐことができました」
「うぅっ……」
「正直言ってあなたの実力を見誤っていたようです。ガラスの厄介さは、鋭利なこと。そして容易く割れること」
メガネをかけなおし、かぶりを振ったコルネット。ショートボブの髪の毛が左右に規則正しく揺れた。同時に剣の刃が復活する。だが今度は槍のような形状をしていた。そしてロミのいる花壇に上がってきた。
ロミは光魔法をとっさに展開していた。光魔法は回復魔法に派生させることができる。だが自分のダメージは自分の回復魔法じゃ治せない。ロミもそれは分かっていたが思わず回復魔法を自分の脚に当てていた。
治ることはないとすぐ思い出したために手を引っ込めたロミだったが、
「ウソ…」
くるぶしから膝にかけて外側をぱっくり切り裂かれた右脚の出血が止まり、大きな切り傷が塞がり始めていた。
だが徐々にその速さが鈍り始め、完全に治りきることなくとまってしまった。
「あれ…」
「どういうトリックを使ったのか知りませんが、治さないならそれで構いません!」
間違いない。この魔力の流れはクロだ。クロの魔力が私の体に流れ込んでいる。それでこんなけた外れの力が使えたのだ。だがそれは永続しないみたい。少しの間借りれるだけということか。
コルネットが槍状にした剣を突きのかたちで繰り出す。腕の勢いによって剣が伸縮し、直前までロミがいた地面が抉られる。その衝撃によって切っ先がいくらか欠けてしまった。だがそれはコルネットにとって都合がよかった。
「自動追尾!?」
「魔力操作によってあなたを追跡します」
よけた剣先がどこかに当たるたびに、破片が飛び散る。それが小さな剣となってロミを襲ってくるのだ。
最初はロミもかわし切ることができていたが、徐々に難しくなってきた。比較的大きな破片は火魔法によって焼き落とすことができるが、目に見えないほどの小さな破片は防ぎようがなかった。少しずつ少しずつ細かな切り傷が増えていく。
ダメージが蓄積していくにつれ、ロミの動きも鈍っていく。ついに槍がわき腹をかすめた。
「ぐッ…」
「嬲り殺す趣味はありませんのでこのまま一息にとどめを……」
そこまで言いかけてコルネットの動きが止まった。ロミの背後に目を奪われている。ロミは振り向かなくてもその理由がわかった。
「あっつ……って、クロ!」
背中に感じた熱を確認しようと振り返ったロミが見たのは巨大な火の塊だった。クロの5倍はあり、屋敷の屋根に迫る勢いだった。真夏みたいになった中庭に浮かぶそれは、まるで太陽のようで、火魔法究極魔法の1つソレイユのようで、つまるところ、とてつもないエネルギーだった。
よろしければ、コメントお待ちしております。