11話 闇
「魔物!」
コルネットからすれば、突如ワンダーウォールの陰から少年と少女が現れたのと同時にその背後からいきなりブルーベアが現れこちらに投げつけられたのだから、宙を舞い迫りくる魔物に気を取られてしまった。
「デコイだ」
しかしギレルモは冷静だった。囮に惑わされることなく、その向こうで逃げようとする2人を視界にとらえ続けていた。
「左!」
ロミの指示通り、クロは左にダッシュする。左の窓に王城の外が映っているのを瞬時に察知して、そのまま窓へタックルするようクロに指示したのだった。
「はあっ!」
自分のもとに迫ってきたブルーベアの死体をコルネットが一刀両断したのと、部屋にガラスの砕ける音が響いたのは同時。
「飛ぶぞ!」
窓枠に足を掛けてその反動で思い切りジャンプするクロ。同時に脚から重力魔法を放出して空に飛びあがった。
あっという間に屋根を越えて夜空に浮かぶ。月だけが光って城下を照らしていた。足元を見れば窓際にギレルモが来ていたのを視界の端にとらえながら、クロはスピードを上げる。
「バランスは私が調節するから、クロはひたすら魔力を出して」
「とりあえず東だー!」
「深海」
獣人の少女をおんぶした黒髪の少年が自身への重力を消去しながら夜空に消えていこうとしている。
ギルレモはそのシルエットに腕を突き出した。駆け寄ってきたコルネットを背中に感じる。放出された暗い水流は途中で方向を変えながら夜空を蛇のように駆け巡り、クロたちにたちまち追いついた。
「なんだ!?」
「水流!これも海水!」
「やばい!飲み込まれるぞ」
水の音に振り返ったクロとロミ。そこには巨大な水柱が口を開き2人を飲み込もうとしていた。だがそれはクロたちを飲み込むどころか、パシャっと2人を濡らして消えた。
「なんだ?冷たいだけじゃね」
「いや、そんなわけ…」
ロミが確認するより早くギレルモの魔法が発動し始めた。クロの軌道が明らかに乱れ始めたのだ。その原因はロミにもわかった。
「クロっ…これ…」
「お、おもい……」
「広場の時と…同じ…くっ」
2人の身体には自重の何倍もの圧力がかかっていた。それは重さだけでなく、息苦しかった。まるで水に深く潜った時のように肺が圧迫されているようだった。
クロとロミはついに死にかけの羽虫のようにランダムな軌道を描き、ついには回転さえし始め、段々と高度が下がっていく。
「クロ…落ちてる!…」
「無理だ…耐え切れない…」
「中庭に落ちるぞ、コルネット。警備兵を起こしてこい」
「はいっ」
ギレルモは悠然と歩き、窓を開けた。中庭は四方を建物に囲まれている。眼下には整備された中庭と静かな夜空が広がっている。
2人が屋根に追突した音が聞こえる。その後バウンドして庭の中央、噴水そばの石畳に激突した。
兵の体制が整ったとコルネットが報告しにくる。それと同時に中庭を光が照らす。昼間程とはいかないものの歩く人間の顔くらいなら認識できる。兵士の放った光魔法だ。中庭中央の中空に電燈の代わりとなる球体が浮かんでいる。
「あん?」
「黒い、球体?」
ギレルモとコルネットが2人の墜落したほうを見るとそこには黒い球体が転がっていた。それはちょうど人が2人入れるくらいの大きさで、浮ぶ光球の光を反射せず吸収していた。だから表面に光沢もなくあたかも影が転がっているようだった。
気づけば中庭の周囲を兵士たちが取り囲んでいた。
「大将!正体不明の物体があります!いかがいたしましょう!?」
中庭から兵長がギレルモに問いかける。ギレルモたちはその中身がクロとロミだと知っているが彼らにとっては意味不明の黒い球体だ。
「攻撃態勢を維持」
ギレルモが短く指示を出す。兵士たちは銃を構え黒い球体を凝視していた。
ギレルモは用心していた。アイテムボックスにせよブルーベアにせよもしクロの仕業だとしたら、クロという少年は侮れない力を秘めている。初めて会った時の漠然とした感覚がはっきりした瞬間だった。
こいつは国の脅威となり得るか。それとも今ここで兵士の銃弾に倒れる程度か。
黒い球体が開く。
「いってえ」
そんな呟きとともに少年が黒い影の間から現れた。隣にはオオカミの耳としっぽをもつ獣人がたたずんでいる。
「あらゆるものを吸収する闇魔法を自分の周囲に展開することで衝撃を軽減することができる。私の魔力じゃ人2人の自由落下の衝撃を無化するなんてできないけど」
「解説ありがと。あやうく俺だけ助かるところだった」
「魔法は感覚よ。トライアンドエラーで覚えていくしかないわ。ってインストラクターしてる場合じゃなさそうね」
「てか何が光ってんだ?これ」
「そこの2人!!無駄な抵抗はやめろ!そうすれば楽な死刑にしてやるぞ!」
呑気な2人の会話をつんざいて兵長が怒鳴り散らす。王城に不法侵入した時点で死刑確定のため侵入者の歩む道は楽な死刑か残酷な死刑かしかない。
発見された侵入者はとにかく命乞いをする。それが今までのパターンだった。だが目の前の2人は物怖じしていなかった。隊長はそれが理解できなかった。
「大将!発砲の許可を!」
「……疑いようもなく侵入者だ。許可する」
「発砲ぉ!?」
大将と隊長らしきおっさんとの会話を聞いていたら不穏な単語が聞こえたのでクロが驚きの声を上げる。と同時にクロとロミの周囲の石が盛り上がり、膝くらいの高さの壁となった。
「ロミか!」
「私は銃弾に当たると死ぬから」
「撃てぇーー!!」
ロミが壁に身を隠したのと四方から銃弾が発射されたのは同時。けたたましい発砲音が中庭に鳴り響く。
「直撃か」
「ですね。致命的です」
窓から状況を見下ろすギレルモとコルネット。発砲が終わったころにはそこまで火薬のにおいが漂ってきていた。
「立ったまま死んだか、少年。最後の最後でパートナーに裏切られるとは悲しいやつだ」
隊長が呟く。兵士たちの銃口の先には棒立ちの少年が見えていた。獣人の女はおそらく足元に作られた石の壁に隠れているのだろう。壁は銃弾を防いだようだ。
兵隊が近づこうとして、
「まて、兵を進めるな!あいつはまだ生きてる!」
「は?」
「ふぅぅぅ、衝撃は来るんだな、多少」
棒立ちの少年が呟いた。