10話 そりゃバレるよ
―玉座の間―
「(みえる?クロ)」
「(いや、びみょい)」
アイテムボックスに隠れ玉座の間の扉をすり抜けた2人。歩けば大したことなかったのだろうが、隠れたままワンダーウォールの欠片まで行くのは大変だった。
何とか辿り着けたものの、暗い中で身を隠したまま文字を読まなければならず2人は苦労していた。
ひょっこり身体を出すわけにもいかず、アイテムボックスの中から光魔法で照らして文字を読もうとしても、そんなに大きい光は出せないし角度が上手く決まらないしでイマイチだった。
「(ちょっとだけ、出るわ)」
このままではらちが明かないとクロが身体を外に出す。といっても頭と腕だけ。
「(見れた?見れた?早くしないと見張りが来ちゃう)」
「(見れた!でも、暗くて読めねえ!)」
言い終わるが早いかクロは再びアイテムボックスのなかへと身を隠す。ブルーベアという大型の魔物が収納できるくせに、2人が入ると手狭になるという不思議なアイテムである。
「あっ、ったあ。もー」
「ああ、肩が取れるかと思った。それで…まあ、読めそうだった」
「そう、なら光で照らすしかないわね。でも危険よ」
「よーし」
クロの合図で2人が顔を出す。本来2人揃って出るスペースはないのだが、クロが闇魔法化し細長くなることで可能となった。
「クロ、ほそっ。ふふっ」
「笑ってる場合じゃないだろ」
「あ、でも。こんな触り心地なんだ。普通に当てられる魔法とは違う感触」
ロミが周囲を見張り、クロがその間に文字を解読する。
指先に光魔法を最小限出現させ、一文字ずつ読んでいくクロ。
「東へ」
「クロ!隠れて!」
クロが解読するや、ロミが静かに叫んでクロを引っ張る。クロが声を出したのと玉座の間の扉が開いたのは同時だった。
「いってぇ、せっま」
「入口じゃなかった。控室?の扉だった」
ワンダーウォールを背に玉座が鎮座する右に控室がある。通常は儀礼の際に国王夫妻が待機する部屋なのだが、今日は特例だった。昼間にパレードをやったのだ、厳戒態勢だった。
2人は一瞬のすきを見てワンダーウォールの陰に隠れた。
「空が、明るい」
「空っていうか、アイテムボックスの出入り口ね。ということは部屋で誰かが光を放ったんだわ」
「外が見えるな。しかも都合良いことに誰かがこっちに歩いてくる」
「この光量、手練れよ」
ギレルモだった。部屋中が明るくなるほどの光魔法を放ったギレルモは、不審そうな顔つきで玉座の方に向かってくる。おそらく怪しげな気配を察して巡回に来たのだろう。
「向こうからおいでくれるとはな」
「ただ状況はこっちが圧倒的に不利」
ワンダーウォールの陰には光が届ききっていない。ギレルモが適当に見回ってくれればなんとかやり過ごせるに違いない。可能性は低いがそれを2人とも願っていた。
玉座まで来たギレルモはそこから部屋を見回した。異常なしと判断したようで、「気のせいか」と呟いたのが聞こえた。
「ギレルモさーん!」
今度は入り口が開いて女の人が駆け込んできた。メガネをかけて理知的な顔つきをしている。
「あいつ、ギレルモと一緒にいたやつだ」
「直属の部下ね、名前は私にも分かんないわ」
「コルネット。異常なし、だ」
「部屋に不自然な光があるのが窓から確認できたので来たのですが」
「ああ、俺も確認した。だがこの警備を突破して玉座まで侵入してくるなんて想像しづらい。光虫か?ならそいつを見つけたいんだが」
「こっち来やがったぞ、おい」
「静かに。それしかできない」
ギレルモがワンダーウォールの方に来る。コツコツと革靴の音を響かせながらワンダーウォールの前に立ち、その周囲を時計回りに回り始めた。2人の隠れ家であるアイテムボックスのそばまでやって来て、ちらっと目をやる。
「なんでこんなとこに。領土のはずれにある木だろ」
2人が身を隠すアイテムボックスに手を伸ばしかけたところで、
「ギレルモさ~ん、虫!いましたよ!結構大きいですね~」
窓周辺をチェックしていたコルネットがギレルモに呼びかける。カーテンの裏にいたらしい光る虫を窓からぴんっとはじき出す。
「もう入ってきちゃダメ、またね~」
「どっちなんだよ」
ギレルモが伸ばしかけた手を引っ込めて、コルネットの方に向かう。
「ギリセーフ」
「コルネットさんには感謝しないとね」
「いやあ、せっかく寝付けそうなところだったのに、警備って大変ですねえ」
「油断するなよ、コルネット」
気の抜けた笑みを見せるコルネットに、どすの効いた声でギレルモが注意する。
「それって…」
コルネットの隣まで来たギレルモは玉座の方に向かって指を鳴らした。
「何だ?指パッチン?」
「指パッチンなんてきざ野郎ね。2人ともまだ警戒してる」
ギレルモたちが遠くにいったことでクロとロミは2人の動きが把握できなくなっていた。指パッチンが聞こえ、それ以上の気配がしない。
数分が経った。
「なんも起きねえな。ハッタリなんじゃねえの」
「でもまだ部屋を去ってない。それに」
「それに?」
「コルネットが黙ったままでしょ。つまり何か仕掛けるつもりってことよ」
だがそれはすでに侵攻していた。
「…おい。ロミ」
「どしたの、クロ」
「波だ、波の音が聞こえるぞ…」
「波?…ええ、聞こえる。いったいどこから?」
寄せては返す音が徐々に大きくなっていた。それは音だけではなかった。先に気付いたのはロミだった。
「クロ!出ないと!」
その声とつま先に触れた水の感触でクロも気づいた。アイテムボックスが浸水している。
「うっそだろ、おい!」
「ギレルモさん、もしかして満ち潮」
指を鳴らしてからじっと玉座の方を見つめているギレルモの意図を了解しコルネットも準備した。その手にはキラキラと光る剣が握られている。
「俺の見立てだと2人。いちおう警告したんだが、正義感に駆られて来たか。それともただの馬鹿か」
「魔法よ」
突如どこからか浸水してきた水は2人の足首まで深くなった。アイテムボックスのなかは暗く、足元から先はよく見えない。だから2人は互いの姿が見えるだけである。
「ギレルモの仕業か」
2人の背後はなぜか壁っぽくなっているのでもたれかけることができる。クロとロミはたまにつま先立ちをしながら次の手を考えているのだった。
この魔法は海水だった。クロがペロッと味見したらしょっぱかったからだ。
「王国に暮らす人ならみんな知ってるギレルモの海魔法。あらゆるところに海を出現させることができる、水魔法の究極形態の1つ」
「よくわからんけどすげー強そう」
「ある時、王国のはずれにある森で魔物の大量発生が起きたの。その数1万匹。運悪く帝国との戦争に軍の大半が割かれてて、王都内にはほとんど兵士がいなかった。しかも魔物は王都を一直線に目指してきた。ブルーベアクラスのがたくさん」
「ギレルモが救ったのか」
「そ、ギレルモは当時中将で、部下たちと国内警備をしてた。迫りくる魔物の大群に独りで立ち向かって、まるごと自分の海に沈めたわ」
「すっげえ」
「ちなみに小っちゃかった私も見てたわよ。目の前のモンスターの大群が次の瞬間水の下に沈んでたのは幼心に恐かったわよ。この武勲を認められて大将に出世したってわけ」
「つまりこの話の教訓は」
「私たちかなりヤバいってこと」
「意外と出て来ねえな」
「ギレルモさん。敵の戦力はどの程度ですか」
ギレルモが指パッチンをしてから数分後、いまだ状況に変化はない。コルネットは戦闘態勢を崩すことはないが、ギレルモはポケットに手を突っ込んで木の皮を静観している。
「片方はDランク、もう片方は……肩書無し」
「無し…?それって未知数」
「しかし、結構水入れたんだがまだ入るな。あのアイテムボックス、国宝級か?」
「国宝級って、そんなものを作れる人間が城に侵入を!?」
「コルネット、お前、ワンダーウォールは好きか?」
自分の驚きをはぐらかすような質問にコルネットは面食らってしまう。
「えっ、あの、どういうことでしょうか」
「お前も昔は時々広場のワンダーウォールにお祈りしてたよな。ワンダーウォール伝承を信じてるか」
「な!何でそれ知ってるんですか!え!なんで!!もしかして内容も知ってるとか!!」
「してたのか。女子の流行りだからもしかしたらと思って言ってみただけだ、そう焦るな」
「あー!ばっかにしてくれちゃってえ!!」
数秒の間に驚きから恥、そして怒りへと目まぐるしく感情を変えるコルネット。
「国宝級のアイテムボックスを作れる人間がワンダーウォールさえ解読できるとしたら」
コルネットは絶句することとなった。
「え…、あの文字を、ですか」
「そしてそいつが王国の現体制に疑問を持ってるとしたら、あまつさえ解体しようとしていたら」
「S級テロリスト」
「ああ。ワンダーウォールが実在するかはさておき、俺たちは仕事しなきゃならない。国の脅威は取り除く必要がある」
「やっぱり、見た目に反して仕事熱心ですね。今日も早出と夜勤、人の残業心配してる場合じゃないです」
「給料に反映されるからな」
「準備いいか、ロミ」
「おっけえ」
アイテムボックスのなかは既に腰のところまで水位が上昇していた。普通に歩くのも困難になっているというのに有効な解決策を思いつけないでいた。
「私たちがあの2人の隙をつくにはこれしかないわ」
出口を見上げながらロミが呟く。
「仕事してくれよ~」
「流石に大将といえど一瞬のスキが生まれるはず。そこを狙って窓をぶち破って何とか逃げ切る!以上!」
「シンプルでいいな」
「いい、クロ。私が合図したらとにかくダッシュよ」
再びクロがロミを背負う。出口は光り輝いて玉座の装飾が少し見える。ギレルモとコルネットの位置を2人はおよそ把握していた。
「せーので飛ぶぞ」
「3、2、1、せーの!」
2人一斉に外へと飛び出し、ギレルモとコルネットを視界にとらえた瞬間クロは右手に握ったブルーベアを思いっきり投げつけた。