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巻き込まれ転移者が最強になるまで  作者: 南 京中
第1章 アレクサンドリア王国
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1話 クロ

「クロ、あんたまた寝てたじゃん。字がヘロヘロ。逆にいつ起きてたって感じ」



「ねえ。ねえ、大丈夫?」


 誰だと思って少年は目を開けた。聞きなれない声だった。寝起きに聞く声はもっと喧々してたような気がする。

 目の前にいる声の主は、かなりの美少女だった。心配そうというよりはむしろ不思議そうな顔でこちらを見ている。


「気が付いた?よかったあ」


 ほっとしたような彼女の後ろには森と青空。

晴れてていい日だ。鳥がさえずり、ちょうちょが舞っている。遠くの方では川のせせらぎが聞こえている。はて、俺のいるところはこんなに自然が豊かだったっけか、と少年は思った。。


「あの、ねえ、あなた。どうしてそんなことになってるの?出れる?」


 そういってしゃがんだ彼女は顔を近づけてきた。灰色の髪に灰色の目。曇り空みたいな色合いだが、顔つきは明るい印象だ。前髪は短くカットされ、襟足にいくにつれて長くなっている。耳の辺りがふんわりしていて触り心地が…よくなさそうだ。せっかくの髪型に泥や葉がついている。

だが何より少年の目を捉えたのは頭から生えた犬のような耳が生えていたことだった。少年の様子を伺って、耳がピコピコと揺れた。

 ……しゃがんだ?

 少年は自分の身体を見ようと顔を下に向けた。顎に冷たいざらざらした感触がして目に入ったのは地面だった。とても茶色かった。

 首から下が地面に埋まっていた。きれいに首から上だけを地面から出して、少年は川のほとりで眠っていたらしい。


「え。なんだこれ…?」

「え、なんだこれって、自分でもわかんないの?と、とりあえず引っ張るね」


 少女が少年の頭をつかんで引っ張る。だがびくともしない。

 少女の爪に泥が詰まってるなとか余計なことに気づきながら、少年は考えた。俺は頭だけを出して眠っていたのか?酔っぱらっていたのか、いやまだそんな年齢じゃない。

 

「ん~~っ。ぜんっぜん動かない」

 

 そう言いながら少女は力をいれる。顔のえらに指をひっかけて踏ん張る。それでも抜ける気配がない。だが、少年は自分の身体が上昇していく感じがしていた。見かけよりしっかり埋められていないのかもしれない。


「なんか手ごたえあるよ。力いえるから我慢してね」


 このまま頑張れば少年を地上に引っ張り上げることができると少女も感じていた。ほっぺたを掴んでいた両手を首の方まで持ってきて、もっと力をこめる。

 

「う~ん。う~~~~ん。ごめんね、痛い?」

「いや、痛くない。まだまだいけそうだ」


 少年は痛みを感じていなかった。結構な負担が首にかかっているはずなのに引っ張られている感覚は徐々に減っていっていた。むしろ体が軽くなっていく感覚があった。

 それは少女も同様だった。自分の手に伝わる重みが徐々に軽くなっていっている。このままやればこの不思議な少年をすっぽりと抜くことができそうだ。ここが正念場だと思って思い切り力を入れると、


「きゃあっ!」


 急に地面からの抵抗がなくなったせいで少女は後ろに転んだ。両手には確かな重みを感じている。

 だが、人一人分にしては軽いなと思った。


「やー、ありがと。しょれにしてもにゃんでうまってたのか」


 両手の中にある頭が感謝の念を述べているが、自分の腕がほっぺを強く抑えているため言葉が不明瞭になっている。年齢は自分と同じくらい。優しそうな顔つきをしている。そして、珍しい黒髪黒目。

 そんな顔の向こうに、埋まっている身体と、頭を失くした首が見えた。とっさに少年の頭を回して、現状を理解させる。


「きゃああああああああああああああああ!」

「うわああああああああああああああああ!」


 2人が同時に叫んだのを合図にしたかのように、土に埋まった少年の首の断面からシュワシュワと黒い霧のようなものが上がった。それは上空に立ち上っていくのではなく、空気に漂いながらも、少年の頭のほうに近づいてくる。黒い霧のような何かは少女の腕やら足やらの隙間をぬって少年に到達し、そのまま少年の頭の周りを漂い始める。ちぎれた頭と残された身体が黒い線でつながった。

 少女が戸惑いながらも腕の力を緩めたから少年の頭は少女により密着することとなったのだがそんなことを意識している場合ではなかった。

 やがて黒い霧は少年の首に凝集し、煙は人のかたちを象り始める。肩ができるとその次は腕が伸びて地面を手が掴む。腰ができれば膝が地面と接し、つま先まで完成するのに時間はかからなかった。

 そうして出来上がったのは少女に覆いかぶさる少年という構図だった。


「……いろんなことはさておいて、1つ安心したわ」

「なに?」

「あなたちゃんと服着てる」



 確認することがたくさんあった。まず少年には記憶がなかった。少女の名はロミといった。彼女はオオカミ獣人で、元冒険者だという。出身はここから割と遠めの王都らしい。

 一方、首から下が地面に埋まっていた少年にはそれ以外の記憶がなかった。

 誰に埋められたのか、どうしてそんなことになったのか。

 何より自分が誰なのか、その身体は何なのか。

 

 それらに関する一切の記憶が抜け落ちている。

 

 とりあえず、名前がなければ会話に困るということでロミが名付け親に名乗りを上げた。

「じゃあ、キリ!」と少年を指さす。絶対さっきの出来事で決めたろと少年は不満を漏らしたが、それしか判断材料がないのも確かだ。そうはいっても少年の黒髪黒目は珍しく、また着ている服もロミ曰く「この辺じゃまず見かけない仕立て」らしい。全身黒色で統一されている。

 そしてその彼女は現在、川辺の石に座ったキリを見下ろしている。


「じゃあ、もう一回いくからね。…アースボール」


 そう言って彼女は指先に小さな土の玉を作るとキリに向かって放った。早い速度で投げられたそれは見事に彼の右目を貫き、ポチョンと音を立てて水面に消えた。

 普通ならそれはそれはグロテスクな光景なのだが、キリの右目があった場所は奇麗にくりぬかれ、後ろの景色が広がっている。

 そしてすぐに回復した。キリは痛みを感じておらず、また回復しようと力を込めてもいない。自動回復だった。


「ホントどうなってんの。こんなの。体そのものを魔法にして攻撃を受け流すなんて、全くでたらめよ」

「よくわかんないけど、ロミは出来ないのか」

「私どころか、誰も出来ないはず。まったく意味不明だもん。髪黒いし」

「髪かんけえなくね」

 

ロミが手のひらに出現させたアースボールとは土魔法の1つだ。初級魔法で、土の塊を一方向に飛ばすという単純なもの。さっきの速度で普通の人に当たったならば、おそらく頬骨が砕けている。


 頭と体が千切れたときに身体の周囲に漂っていた黒い霧のようなものはおそらく魔法だとロミは見当をつけた。というかそれぐらいでしか説明がつかない。

 だからキリに魔法を使ってみてと頼んだのだが、それを聞いた当の本人は「魔法?なにそれ」状態だった。その反応を見たロミは頭を抱えたのだった。この世界に魔法を知らない人間がいたなんて、これは重症の記憶喪失だぞ、と。

そして、気を取り直して魔法を実現する過程でキリの身体を魔法にできるという能力が明らかになったのだった。


「うーん、改めて。自分の名前は思い出せないし、よくわからない能力を持ってるし、キリっていったい何なのかしら」

「手がかりと言えば、服装ぐらいか」

「そうね。上も下も黒一色。動きやすそうだけど作業着ではないって感じね。この辺では見かけないかな。あ、なんかバッジついてる」

 ロミが指さしたのはキリの首の下、襟のところだった。そこに付けられたバッジには何かの紋章があしらわれている。だがロミにはそれが何を示しているのかわからなかった。冒険者パーティなのか商会なのか、貴族なのか、とにかくロミはその紋章を掲げている団体を知らなかった。キリも顎を引いて確認する。


「何か思い出せそう?けっこういい金属使ってそう」

「いや、さっぱりだ。でも」

「でも?」

「これは捨てちゃいけない。あと、きっと制服だ」

「制服?ってことは何かのパーティの一員だったんだね」

「ああ、とにかくここに戻らないといけないことはわかる。しかも一刻も早く」


と、そこへ。


 唸るような方向とともに、巨大な影が姿を現わした。


「ん、なんだこいつ!?」

「ブルーベア!!俊敏なクマの魔物よ、早く逃げて!」

「に、逃げるって」

「ああ、もう、伏せて!」


そう言うとロミは両手に火球を作り出し、ブルーベアに向かって放った。

足元のキリに意識を撮られていたブルーベアは若干怯んだものの、さほどダメージはなかったようだ。

キリの身長の3倍はあろうかという巨大な生き物。そしてそれにすぐさま火の球をぶつけたロミ。先ほどまで座っていたキリは状況の変化に追いつけていなかった。


「火!?それも魔法か!」

「いいから早く逃げて!」


そう言われて駆け出そうとしたが既に遅かった。ブルーベアのかぎ爪がそれより早く動き、キリの上半身を吹き飛ばした。


「あっ!!」


思わずロミは顔をそむけた。また人の死を目の当たりにするのか。だが目を背けたままでは自分も狙われる。かつて先輩冒険者にそう教えられたことを思い出して再度ブルーベアをみる。

ブルーベアは一歩も動かず自分の手をじっと見つめていた。


「……そっか」


ロミはわかった。このクマは血や骨や肉が自分の手についていないが不思議なのだ。腹を空かせていたら人間とかいう小さい動物が2匹いたから襲い掛かり、1匹を屠った。だから、

 自分の手には新鮮な生肉があって然るべきだ。

 それなのに肉や血は足元にもなく、代わりに


「黒い霧…キリ」


自身の周りに黒い霧がいつの間にか漂っていることにブルーベアは気付いた。その霧はさっき引っ掻いたオスの人間の下半身から湧き出していて、不定形ながらも風に流されることなく自分の周りに漂っている。

巨大な手で散らそうとするも空を切るばかりだ。しかもどう見ても食えない。

やがてその霧が徐々に人間の下半身へと集まっていき、徐々に形を形成していく。それは人の姿であり、先ほど吹き飛ばされた少年を象っていた。


「…今分かったことが1つある」


全身真っ黒な影となった少年が、クマへと手をかざす。その間にも肌や唇に色が戻り始め、人間のシルエットから色のついた人間へと変わっていく。


「……この力なんだな、ロミ。これが、魔法ってことか。さっきの火の玉と同じ。これをこいつにぶつければ」


ブルーベアの頭上に、黒い円が出現した。ブルーベアのでかい図体を軽く覆い、キリはもちろん、ロミにまで影を落としている。


「!?」


良くない状況を察知し逃げようとするブルーベアだったが、頭上に気を取られている間に足を黒い霧にからめとられて動きを封じられていた。


「こ、これって、【重力魔法】…。そんな、こんな莫大なエネルギー……」

「食らえ」


垂直に落ちた黒円は、何の抵抗もなくブルーベアを押しつぶし、地面にクレーターを作った。衝撃で地面が揺れる。受けとめようとしたブルーベアだったが実体のない闇に手をついても無駄だった。小さなうめき声を残して黒に吸い込まれていった。


「きゃあっ」


足を取られつつもロミがキリの元へと駆け寄る。

土煙が晴れてくるとキリは色を取り戻して元のままのところに立っていた。駆け寄ってきたロミに気づいたキリは何かを思い出した表情をしていた。


「ロミ……思い出したよ、ちょっとだけ。俺の名前はクロ。確かそうだった気がする」


それが2人の出会いだった。同日、アレクサンドリア王国に英雄が召喚された。


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