俺の婚約者が可愛すぎる…!!
「…ベロニカ・マークスィンと申します」
俺の婚約者候補。
真っ赤な赤髪を後ろにきつく纏め、そのつり目で俺をじっと見つめていた。スッと通った鼻筋につぶらな唇は口紅によって、髪と同じく真っ赤。
全体的に鋭い雰囲気の彼女は、今日侯爵家へ顔合わせに来ていただいた伯爵家のご令嬢だ。
まるで俺を睨みつけているようなその目つきと雰囲気に、両家の親たちは戸惑っている。
そして俺も戸惑っていた。
だが、それは親たちとは別の事情。
俺は彼女の頭上を見て戸惑っていた。
…これは、えーっと、よ、喜んでるっていうことでいいのだろうか?
彼女の頭上には、小人がいた。
彼女をディフォルメ化したような小人だ。
わかりやすくミニベロニカ嬢と呼ぼう。
ミニベロニカ嬢は頭の上でヘンテコな踊りを笑顔で踊っていた。それはもうにっこにこの笑顔だ。たまに踊りを止めては俺をじっと見つめ、周囲に花を咲かせる。満開に。そして再び踊りだす。
頭上には満面の笑みのミニベロニカ嬢が花を咲かせまくっているのに、当の本人は怖い表情のまま。
なんだこのギャップ。
そしてこの日、俺とベロニカ嬢の婚約が決まった。
§
ウィリアム・クロックには前世の記憶があった。
どこにでもいる男子高校生だったという記憶だ。
だからだろうか、一つ不思議な現象が起きていた。
なぜか人間みんなの頭の上に小人がみえるのだ。ちなみに鏡で確認したが、俺の頭上には小人はいない。目がおかしくなったのかと思って、目を擦って再び見てもやはり、みんなの頭上に小人は、いる。
なんだこれ…?
ウィリアム以外には見えないらしいその小人は触れることはできないが、まるで感情を表すような動きや表情をするのだ。
だからどんなにポーカーフェイスだとしても俺には無意味。頭の上にいる小人で感情が筒抜け状態なのだ。
貴族の侯爵家嫡男として産まれ、社交界に出なければいけない俺にとってこの小人はとても役に立った。
まあ、そのせいで若干人間不信になりかけたこともある。だが、言ってることと思っていることが全く違う、悪意や嫉妬にまみれた人物が多い中、素直で誠実な人も少なからずいるのもわかり、信頼を築くこともできた。
だから、この"小人が見えること"について俺は神に感謝していた。
そして最近、可愛すぎる婚約者を持ってから、ますますこの"小人が見えること"について心から、本当に心の底から日々、神に喜びと感謝を捧げていた。
俺の婚約者が可愛いすぎる…!!
そんな俺の婚約者との出来事を聞いてほしい。
§
俺たちは学園に通っているのだが、そのある日のこと、ベロニカがなぜか不機嫌そうにしていたのだ。
「どうした?何かあったのか?」
顔を覗き込み、そう尋ねる。
不機嫌というよりはなんだかしょんぼりしていることが俺にはわかっている。
なぜなら、頭上にいるミニベロニカが雨雲をせおってしょんぼりしているからだ。
小人は感情を表してはくれるが、その理由や原因がわからないからもどかしい。
そういうときは、こうやって本人に尋ねる。俺はそこまで頭がいいわけじゃないから、考えて予想を立てるのは時間の無駄だ。
それに、せっかく一緒にいるんだがら、しょんぼり気落ちしているベロニカではなく、嬉しそうな笑顔のベロニカの方がいい。
「…あと少しで長期休暇でしょう」
「うん、そうだな。休みは嬉しいけど、課題がたくさんあるから嫌だよな」
「……ウィリアムは、領地に戻りますの?」
「え?ベロニカがずっと王都の屋敷にいるってきいたから行かないけど」
そう言った瞬間、ミニベロニカがせおっていた雨雲が晴れ、虹がかかった。
ついでに、ぱあああっと満面の笑みを浮かべた。
あ、なんとなく、わかった。
もしかして俺と会えなくなると思ってしょんぼりしていたのか?
可愛い…!
心の中で悶え転がるが、決して表情には出さない。じゃないと、だらしない顔をしてしまいそうだ。
「で、でしたら我が屋敷で一緒に課題をやりませんこと?わたくし、勉強が得意ですから教えて差し上げますわ」
無表情にそっぽを向いてベロニカはそう言うが、頭上ではこちらを伺うように、不安そうな表情でミニベロニカが見つめてくる。
もちろんオーケーに決まってんだろ…!!
あとこれって会うための口実だよな?そうだよな??というか、課題のことがなくても俺はいつでも会いに行くのに!俺が会いたいだけだけど!!
だから俺は尋ねた。
「ありがとう。課題のことがなくとも、ベロニカに会いに行ってもいいか?」
「もちろんですわ。わたくし、てっきりウィリアムは領地に帰ってしまって会えないかと思ってましたわ…」
無表情ながらに、ほっと安心したように息を吐くベロニカ。
うれしい。これは嬉しすぎる。
「じゃあ、たくさん会おう」
そう言ってベロニカに微笑むと、無言でそっぽを向いてしまった。
あれ?もしかして俺、だらしない顔しちゃってた?
少し不安に思った。
…ミニベロニカが首が取れそうなほど頭を上下高速に動かし、頷いているのが視界に入るまでは。
そしてまじまじと当のベロニカを見ると、耳がほんのりと赤くなってるのに気づいた。
なんだ、照れていただけか。
やっぱり俺の婚約者が可愛すぎる…!!
もちろん長期休暇中、頻繁に会いに行ったのはいうまでもない。
§§
そしてまたある日、ちょっと冗談でこんなこと言ってみた。
「ベロニカが頑張れって言ってくれたら、テスト頑張れる気がする」
「!!?」
俺の普段の成績は大体真ん中あたり、可もなく不可もないかんじだ。
ちなみにベロニカは常に十位以内には必ず入っているぐらい勉強が得意だ。普段からこつこつ努力して真面目に勉強している優等生なのだ。
すごくないか?すごいよな。
俺はこつこつやるタイプじゃないから余計にそう思う。
冗談を真に受けたらしいベロニカは、一言も発さず固まっていた。
え、そんなに?
当の本人が静なら、小人は動だ。
ベロニカが固まったあたりからミニベロニカが頭上で頭を抱えたり、飛び跳ねたりとせわしなく動き回っている。大分パニックになっているようだった。
面白い。
それを長時間みていても飽きないのだが、さすがに申し訳なくなってきたので、慌てて冗談だと告げた。
「…ッ、からかわないでくださいまし!!」
やっと起動したベロニカはギロッとにらみつけてきた。
ごめんごめんと笑いつつ、少し残念に思った。
代わりに、ミニベロニカが頑張れと書かれた旗を俺に振ってくれていたから、それだけで十分に感じていた。
だが、別れる直前、袖を引っ張られ首を傾げた。なんだ…?
「……がんばって」
珍しく顔を真っ赤にしたベロニカが聞こえるか聞こえないほどの小さな声で呟いて、逃げるようにその場を立ち去った。
俺はその後、しばらく立ち尽くした後、しゃがみこんだ。
………悶え死ぬ…ッ…!!
この時のテストの点数で、俺は過去の自己記録最高点数を叩き出し、はじめて学年一位になった。
ベロニカは驚き、褒めてくれた。無表情でだけど。言い方は冷たかったけど。
これからも学年一位目指すのもいいかもしれない。そう思ったが、常に一位だった第二王子の頭上から恨みのこもった視線で睨まれたのでやめた。表情はにこやかなのに、頭上にいる小人は恐ろしい顔をしていた。おーい、やめてくれよ…
余計な火種はいらない。
たがこの後から、テストのたびにベロニカが頑張れって言ってくれるようになったのでうれしく思う俺だった。
§§§
最近、頭が花畑なやつが増えてきている。
比喩ではなく、本当に。
「セリア、貴方は本当に可愛いな」
「おい、貴様!セリアの手に馴れ馴れしく触れるんじゃない!」
「貴様こそ、セリアに近すぎじゃないのか?もっと離れるがいい」
「二人とも、私のために争わないでっ」
「セリア、この二人のことは気にしないで」
「ほら、セリア。この花セリアにとても似会うよ」
「本当?ありがとう」
中庭で何人かの高位貴族の子息たちに囲まれているのは、この前転入してきた男爵令嬢だ。
もともと庶民出で、社交界のマナーができていないこの令嬢は、なぜだか人を誑かすのは上手かった。それも身分が高く、美形なやつを。
第二王子も骨抜きにされており、今や成績も学年一位から転落。あれほど俺を睨んでいたのにな…
まあ、そのおかげで一位をとり続けても睨まれることもなく、なおかつベロニカに褒めてもらえるので俺にとってはいいことしかない。
いや、嫌なことは一つだけあった。
「あ!ウィルもこっちにおいでよ!」
その件の男爵令嬢がなぜか親しげに話しかけてくることだろうか。
いや、俺に話しかけてるんじゃないだろう。俺、男爵令嬢の名前知らないし。親しくないし。ウィルなんて名前じゃないし。
ここの廊下通るんじゃなかった。
関わりたくないのでさっさと退散する。
「あー!なんで逃げるのー?」
「おい、セリアが呼んでいるのに無視するとは…!」
「まあまあ、あんなやつ放っておこうよ」
「そうだ、セリアには俺たちがいるだろ?」
「えー、でも〜」
「ほら、これセリア、こっち見て」
後ろから聞こえる甘ったるい声にげんなりしつつ逃げ去る。
あのお花畑に誰が参加するかよ!
しかもあの男爵令嬢がとても不気味だ。
俺はぶるりと体を震わせ、腕をさすった。
周りの高位令息たちの頭上は皆、ぼんやりと男爵令嬢を見つめ、花を咲かせていた。それはもう頭を覆ってしまうほど。これが頭が花畑という状態かと、ものすごく納得した。
問題は男爵令嬢だ。
普段は令息たちのように花畑状態なのに、俺を見つけた瞬間、狩人のようにギロッとした目で見てくる小人。こわい。
しかも、なんか俺に好かれてるっていう噂を広めようとしているらしい。全く知らない出来事がねつ造され、広められる恐怖。わかってくれるだろうか。
周りは俺と男爵令嬢が全然関わりのないことを知っているし、何より、ベロニカを溺愛しているのでそんな噂が立つことはない。
だが、ベロニカが不安げにしているので奴らを学園から追い出そうと暗躍中だ。
もちろんベロニカは無表情なのだが、ミニベロニカがしょんぼりしているのだ。
俺が男爵令嬢を好きになってしまうのかと不安になっているのかと思ったが、そうではないらしい。
第二王子たち取り巻きの婚約者のご令嬢たちを心配しているのだと言う。ご令嬢の中にベロニカの友人もいるからだろう。
ちなみに、俺について聞くと、ミニベロニカはきょとんと首を傾げたあと、顔に手を当て、真っ赤になって頭上で丸まった。
「貴方のこと信じてますもの」
無表情にベロニカは言ってくれたが、耳が赤くなっていて、俺もついつられて顔を赤くしてしまった。
俺を信じてくれているのは嬉しいが、少しくらい嫉妬もして欲しかったなという微妙な気持ちにもなった。
あいつらが学園にいる以上、ベロニカの不安は残ったまま。つまり、しょんぼりしたままだ。
くそ!あいつら、俺のベロニカを悲しませんじゃねーよ!!
その後、第二王子たち取り巻きの婚約者のご令嬢たちと協力し、卒業パーティーで婚約破棄をしでかしたあいつらを返り討ちにした。
ご令嬢たちはそれぞれ、醜聞もなく新しい婚約者と婚約。第二王子は王位継承権を剥奪、取り巻きたちは勘当されたり、厳しい部隊に飛ばされたりと散々な結果に。男爵令嬢も、男爵に不正の証拠が見つかったため身分剥奪。冤罪を令嬢たちにかけた罪で牢獄にいる。
こうして無事終了し、ミニベロニカに笑顔が戻ったのだった。
§§§§
「ねぇ、ウィリアム。わたくし、これから貴方のことをリアムと呼びたいのだけど、いいかしら?」
突然、ベロニカがこんなことを言い出した。
今いる場所は学園内にあるカフェテリアだ。驚いて、紅茶を飲もうと伸ばした手が止まる。
え、愛称呼びの許可??
なんでいきなり?
そんなんいいに決まってるだろー!!
リアム!?いいじゃないかリアム!!
なら俺はベロニカをなんて呼ぼうか。
ニカ…とか??
ぐるぐる考えていて、何も言わない俺に焦れたのか、ベロニカは無表情に言葉を続けた。
「不快ならば、別に構いませーー」
「いや、嬉しい!リアムって呼んでくれ!」
ベロニカの言葉に被せるようにそう言う。嬉しくてついニヤニヤとしてしまう。
抑えられないのだが、引かれていないだろうか。
ちらっと様子を見ると、ベロニカは俯いていてよく表情はわからなかったが、耳が赤い。
ベロニカが照れるとよく耳が赤くなることは、最近わかった。多分俺だけが知っていることだ。可愛い。
頭上のミニベロニカも、嬉しそうに飛び跳ねていた。
ところで何でいきなり、愛称を呼ぼうと思ったのか不思議に思ってきくと、予想外の言葉が返ってきた。
「ビッティーナ男爵令嬢が貴方のことウィルって呼んでいらしたでしょう?だからわたくしも…と。べ、別に羨ましかった訳ではなくてよ!?」
「そうかー」
「なんですの、その顔は!」
ニヤニヤ笑っていると怒られてしまった。
俺を睨んでいるが、顔が真っ赤で、目も少し潤んでいるから怖さは全くない。むしろいつもの無表情が崩れていて可愛い。可愛すぎる…!
嫉妬してくれていたのか。羨ましいと思うほどに。ウィルではなく、わざわざリアムにしたのは自分だけの愛称で呼びたかったからだったりするのか?
それを聞くともっと真っ赤になって怒ってしまうかもしれない。これは聞かないでおこう。
「じゃあ、俺はベロニカをニカって呼びたいんだけどいいか?」
「好きにすればいいわ!」
プイッと視線を逸らして、優雅に紅茶を飲むベロニカ。もう無表情に戻ってしまっているが、ミニベロニカを見ずとも、嬉しそうにしているのが伝わってくる。
あー、可愛い。
俺の心にはもうそれ以外の言葉はなかった。
§§§§§
なんで俺に"小人"が見えるのかは未だにわかっていない。
だが、"小人"が見えなければ、こんなに可愛い婚約者に気づけなかったかもしれない。
神よ、本当にありがとう!!
いつものように彼女の頭上には満面の笑みを浮かべた小人ーーミニベロニカがいる。
近頃ではもうミニベロニカを見なくてもなんとなくニカの気持ちがわかるようになってきた。
そして今日もまた、俺はニカに悶えて、愛でるのだ。
俺の婚約者が可愛いすぎる…!!
読んでいただきありがとうございました。
ブクマ評価および誤字報告、アドバイス等あれば気軽によろしくお願いします!