〜佐藤光雄 編〜
医者から説明を受けた彼は彼女に全て説明をしなければいけない。彼は彼女への想いから葛藤し、苦しむ。彼はどの様な決断をするのか。
「これは新たに進められている研究のパンフレットなのですが、それには人体の破損部位を機械的に補填し危機的な患者の生存率を大幅に引き上げる事が可能という内容の研究結果が残されています。」
「それじゃあこの技術を使えば嫁入院をせずに延命も可能という事ですか?」
彼は藁にもすがる思いで医者に尋ねた。
「先程も説明しました通り、奥様の脳にある腫瘍を取り除く事は出来ません。しかしその人工機器を取り付ければ日常生活を行うには問題無い程度の活動は行えます。それでも脳に残った腫瘍は投薬を行なったとしても肥大化は止まりません。なので余命は肥大化の具合にもよりますが一年から三年の間になります。」
医者は落ち着いた口調で淡々と説明した。冷たい対応に思えるかも知れないが、そのおかげで彼はまた更に冷静になる事が出来た。
それに彼は、医者が先程見せた表情に、医者も本当は悔しくて、悲しくて、それでも説明しなければいけない責任がある。という事に気付いたからだ。だから彼は医者を冷たい人間だと思うことは無かった。
だからこそ説明する前の医者の表情が気になって仕方なかった。
「先生…この技術には何か問題があるのですか?…先程の先生の様子を見る限りあまり…お勧めという様には感じられなかったのですが。」
言葉を選びつつ彼は医者に尋ねた。
「え…っと…ハハッ…申し訳ありません。不必要に不安にさせてしまいましたね。」
医者は自身の感情を表情に出してしまった事を謝罪した。
「この機器には特に重大な問題というものはありません。取り付けには手術が必要になりますが、難しいものでもありません。職業柄、絶対という言葉は使えませんがその点については安心して頂いて結構です。」
「そうですか…。」
医者の言葉に嘘は感じられなかった。腑に落ちない所はあるが彼はそれ以上の言及はしなかった。
「それでは今後については奥様と納得の行くまで話し合ってください。長々と説明を行いましたが最終的な決断を行うのは夫婦である貴方達なのです。どうか悔いの残らない様に…。」
医者の最後の言葉に何か含みがある様に感じたが彼はそれ以上は何も聞かなかった。医者は説明室を出るまで彼の事を見ようとはしなかった。
「ソレデハ奥様の病室の方にご案内致シマス。」
駆動型の音声案内ロボットに病室を案内されながら彼はどの様に説明すれば良いのか頭を悩ませていた。
そして深く考えれば考えるほど、彼女との思い出が蘇り涙を堪えるのが難しくなっていった。
「すみません一度…御手洗に…。」
「承知致シマシタ。それでは男子トイレにご案内致シマス。」
彼はトイレで声を殺す事が出来なかった。彼女との思い出は涙と共に溢れてきた。
それでも少しの間周りを気にせず声を張ったおかげか、彼は自分でも驚くほど早く落ち着く事が出来た。
(彼女の性格は俺が一番知ってる…何があっても明るく振る舞う彼女を好きになったんだ。何も悩む必要は無かったんだ…。)
彼は全てを正直に打ち明ける決意をした。
床に滴り落ちていた涙はもう乾いていた。
お読みいただきありがとうございます。
今回で医者の出番は終了になりますが、佐藤さんの話が終わったら医者の話も掘り下げたいなと思います。
拙い文章ですが読んでいただきありがとうございます。