俺の幼馴染、俺の好きな女子のタイプを聞いては実践してくる
「クール系美少女は俺にとって最高のヒロインなんだ!」
博司には歳の離れた兄がいた。
ソファに座っていた兄に呼ばれた博司は、兄の言った言葉に首を傾げた。
「お兄ちゃんなにそれ?」
まだ五歳の博司には、兄のいったその言葉がまるで理解できなかった。
それでも、仲の良かった兄にオウム返しに聞き返す。
兄はにこっと爽やかに笑った。
「ああ、そうか博司にはまだわからないか」
「……おしえてお兄ちゃん!」
知らない、わからないと言われ、ムキになった博司が兄の腕を掴んで揺らす。
「はは、そうだな。それじゃあ、俺が好きなアリカって女の子を基本にクール系美少女について語らせてもらおうか」
とんとん、と兄は手に持っていた本を博司に見せた。
兄が見せた本には、可愛い女の子が表紙に描かれていた。
おおよそ、五歳の子に見せるものではなかったが、兄が本を読み聞かせるときは、決まってそういったものばかりだった。
「かわいい子だね」
「ああ、兄さんの嫁だ」
「お兄ちゃん、けっこんするの!?」
「ふっ、そんな将来が来たら嬉しいけどね。と、今はそうじゃなくて、クール系美少女についてだ」
「なにそれ?」
興味津々になるにはまだ早いような内容に、博司も興味を持っていた。
家族そろってオタクばかりということもあり、博司は純血のオタクだった。
「まず、クール系美少女って聞いて何を想像するんだ、博司は?」
「くーる? えっと、しずか、ってかんじかな?」
これまでの兄の英才教育もあり、博司はたどたどしくそう答える。
「おお! 博司は天才だな! さすがだっ!」
「えへへ」
褒められて嬉しそうに笑う博司は、もっと一生懸命兄の言葉を学ぼうと思った。
「それじゃあ、アリカを基本にクール系美少女っていうものについて詳しく教えていくな」
「うん!」
「まず、おおよその人が想像するのは、さっき博司がいったような、静かな女の子だな。ここからいくつかに別れてくるのが難しいところだな。クールだけど、しっかりと感情を出せる女の子もいれば、静かでそのまま引っ込み思案でなかなか自分の感情を出せない女の子、とかだな」
「うん」
博司は兄の言葉を噛みしめるように何度もうなずく。
「ここで俺が語る女の子はアリカ――内気で主人公に対して中々気持ちをさらけ出せない女の子についてだ。この表紙の子な」
「うん、かわいい子だね」
「さすが、俺の弟だ。この魅力を理解できるなんてな」
ふっと兄が口元を緩める。
「お兄ちゃん、その、ありかちゃん、ってどういうところがかわいいの?」
「そうだな。まず、話し方が淡泊なんだ。『そう』とか『うん』とか基本的に言葉数が少なくてな」
「そう……、うん……。わかったっ、それでそれで?」
「一見すると、冷たい印象を与えてしまう女の子なんだけどな……主人公のことが好きでなかなか気持ちが明かせないだけなんだ。主人公に好意を持っているっていう描写が何度もあって、その心中とのギャップが素晴らしい! あと、ポイントが高い点としては、そういった態度を見せているのが主人公に対してだけってところだな。もう、それが可愛くてかわいくて仕方ない!」
「ほんとうは好きだけど、クールな態度をしちゃうってこと?」
「まあ、短く言うとそうだ! もしも博司も誰かと付き合うことがあるなら、そういう女の子のほうがいいぞ?」
「うんっ、頑張る!」
「はは、博司は相変わらず賢いなー」
兄がふっと笑って、頭をなでる。
博司はにこにこと微笑んだ。
「うん、わかったよ! ありがとね、お兄ちゃん!」
「おうっ!」
博司はまた一つ賢くなれたことを喜んでいた
〇
次の日。幼稚園で遊んでいた博司のもとに、一人の女の子が現れた。
彼女の名前は美里だ。博司の幼馴染で、家が隣同士ということもあり仲が良かった。
そんな美里は少し頬を染めて、砂場で遊んでいた博司の隣に座った。
「ひろしくん、ひろしくん」
「なにみさとちゃん?」
トンネルを掘っていた博司は一度顔をあげ、美里を見た。
美里は博司と見つめあうと、ぽっと頬を染めて横を向いた。
「ひろしくんって……どんな女の子が好きなの?」
「えっとね――」
博司は美里の言葉に、はっとなって顔をあげた。
それこそ、『これ昨日やった奴だ!』みたいな顔で。
「クール系美少女!」
「!?」
近くにいた幼稚園教諭が驚いたように博司を見ていた。
それから博司は、ハテナ、という顔をしている美里にたどたどしく昨日教わったことを伝えた。
美里はこくこくと頷いて、博司の言葉を聞いていた。
〇
十年がたち、博司は高校二年生になった。
あくびをしながら部屋を出たところで、博司は声をかけられた。
「おはよう、博司」
相手は美里だ。相変わらずの冷たい表情で、何を考えているのかはわからない。
博司はちらと美里を見て、いつものように笑う。
「おはよう、美里」
「……うん」
美里と並んで歩き出した博司は、美里をちらと見る。
(昔から、感情の起伏が少ない子で……ちょっと苦手なんだよな)
美里の返事は淡泊なものになりがちで、博司はいまいち美里が何を考えているのかわからなかった。
「博司、昨日の宿題……やった?」
「ああ」
「そっか。……難しかった」
「そうだね。あの量の宿題出すとか、学校側は鬼畜だよな」
「……うん」
ぽつぽつと美里と話し、二人は学校についた。
教室に入ったところで別れる。
「おっ、相変わらずお二人仲良く登校か?」
席に座った博司のもとに友人が近づく。
「まあ、一緒に登校してるけど幼馴染って以外特に関係ないって」
「おいおい、幼馴染なだけで一緒に登校するなんてありえねぇぞ? オレの幼馴染なんてもう関係ねぇんだぞ? ……うらやましいなぁ、あんなカワイイ女の子が彼女なんてな」
「本当に何もないって」
博司は相変わらずの友人に嘆息をつきながら否定する。
そこまで言うと、友人もそれ以上口にするのはやめた。
「そうか? まあ、いいや……それで、この前オススメしたアニメどうだった?」
博司は友人の言葉にぐっと親指を立てて言い切る。
「やっぱ、ツンデレは最高だよな! 気の強い女の子がデレるあの瞬間がたまらないよな!」
博司が嬉しそうに叫んだ瞬間だった。
近くで聞いていた美里が目を丸くして、きょとんと博司を見る。
「……博司、ツンデレ、気の強い女の子、最高?」
「おお、美里! そうそう、この前一緒にみたアニメのメインヒロインの――」
「く、クール系美少女が、いいって……」
博司は美里の言葉に首を傾げる。
美里が一体何の話をしているのかがさっぱりだったのだ。
「何の話だ?」
「……っ。バカァー!」
美里が叫び、教室を飛び出す。博司はハテナ、と首を傾げるしかなかった。
次の日の朝。
美里といつものように家まで集合したときだった。
「なんで博司がここにいるのよ?」
「……へ?」
「勘違いするんじゃないわよっ、たまたま会ったから、一緒に学校に行くだけなんだからね!」
美里の突然の変化に、博司は再度首を傾げるしかなかった。