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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

その他

貧乏交易商人と船妖精の成り上がり航海記

作者: 水源
掲載日:2019/01/19

もちろんです。

今回は前回の指摘をそのまま反映して、**「商人としての主人公」「父の失踪の謎」「木片の伏線」「次話への強い引き」**を強化します。


特に、クーラが木片を見た瞬間に反応することで、**「父の失踪と船妖精には何か関係がある」**と読者に感じさせる構成にしています。また、ロンデニアンではパトリシオ自身の商才を見せ、クーラだけに頼らない主人公にしました。


---


# 成り上がり航海記


## 第一話 船妖精と、もう一度海へ


 ここはヨロピアン大陸の西の果て。


 ポートガルム王国の王都――リジュボアン。


 世界中から船が集まり、港には今日も様々な商品が並んでいる。


 胡椒。


 砂糖。


 羊毛。


 金。


 異国の珍しい品々。


 海の向こうには、まだ見ぬ国がいくつもある。


 商人にとって。


 ここは夢の入口だった。


 ……かつての俺にとっても。


「……はあ」


 俺は港の端に繋がれた一隻の船を見上げた。


 小さなバルシャ船。


 船体には傷があり、帆は何度も繕われている。


 マストも少し傾いていた。


 隣に並ぶ大型商船と比べれば、まるで玩具だ。


「これが売れなかったら……本当に終わりだな」


 俺の名前はパトリシオ・ペレイラ。


 十八歳。


 成人したばかりの交易商人見習い。


 ……正確には。


 **没落した交易商人の家の息子**だ。


     ◇


 ペレイラ商会は、昔はそれなりに名の知れた商会だった。


 始まりは、ひいひい爺さん。


 彼は誰より早く海上交易に目を付けた。


 船を買い。


 船員を雇い。


 危険な海へ商品を運ぶ。


 その商売で、一時はかなりの財を築いたらしい。


 屋敷には海外から持ち込まれた珍しい品が並んでいた。


 そして父が何より大切にしていたものがある。


 一枚の世界地図。


 幼い俺は、その地図を見るのが好きだった。


「この海の向こうには何があるの?」


 そう聞くたび。


 父は笑った。


「行ってみれば分かるさ」


 だから俺も。


 いつか父のような商人になりたかった。


 世界中を旅して。


 見たことのない土地へ行って。


 大きな商会を作る。


 そんな未来を、本気で信じていた。


 だが。


 祖父の代で商会は傾いた。


 投資に失敗し。


 借金が増え。


 取引先を失った。


 父は必死に商会を立て直そうとした。


 母も父を支え続けた。


 だが。


 無理が重なったのだろう。


 母は若くして亡くなった。


 そして父は。


 さらに無茶をするようになった。


 そんなある日。


「パトリシオ」


「何?」


「俺は東へ行く」


 父は世界地図を広げた。


「東?」


「ああ」


 指が地図の端へ向かう。


 黄金が眠り。


 香辛料が採れ。


 巨大な都市が存在すると噂される土地。


黄金郷(エルドラド)へ行く」


「……本気なの?」


「もちろんだ」


 父は笑った。


「帰ってきたら、商会を立て直す」


「本当に?」


「ああ」


 父は俺の肩を叩いた。


「だから、お前は留守を頼む」


 それが。


 父と交わした最後の会話だった。


 父の船は帰ってこなかった。


 嵐に遭ったのか。


 海賊に襲われたのか。


 どこかの海岸へ流れ着いたのか。


 何も分からない。


 ただ。


 父は帰ってこなかった。


 残された借金を返すため、俺たちは持っていたものをすべて売った。


 屋敷。


 家具。


 食器。


 母の遺品。


 従業員も解雇した。


 幸い。


 借金だけは何とか返し終えた。


 残ったのは。


 安い集合住宅(アパルトメント)の一室。


 わずかな現金。


 そして。


 売れ残った一隻の船。


     ◇


 そして俺は。


 もう一つ、大切なものを失った。


「ごめんなさい」


 元婚約者のカタリーナは、困ったように言った。


「私は、貧乏人に用はないの」


「……そう」


「婚約は破棄させていただくわ」


 彼女は大手商会の令嬢だった。


 昔は二人で世界地図を眺めながら、いつか海外へ行こうと話した。


 けれど。


 商会が没落した今。


 俺は彼女にとって、何の価値もない男だった。


「ああ。それが当然だよな」


 俺は笑った。


「さようなら、カタリーナ」


「……ええ」


 彼女は一度だけ俺を見た。


「さようなら。二度と会うこともないでしょう」


 その言葉は。


 思った以上に胸に残った。


 でも。


 恨むつもりはなかった。


 商人は夢だけでは生きていけない。


 金が必要なのだ。


 だから。


 今の俺には、何もない。


「……船だけか」


 俺は目の前のバルシャへ手を触れた。


 父が最後まで手放さなかった船。


 幼い頃から、何度もこの船を見てきた。


 傷つくたびに修理され。


 それでも海へ出続けた。


「こいつまで手放したら……本当に何もなくなるな」


 だが。


 売らなければ生活できない。


「明日までに売れなかったら……薪にするしかないか」


 その時だった。


 ざぶん。


 波が港へ打ち寄せた。


 何かが足元へ流れ着く。


「ん?」


 拾い上げる。


 古びた木片だった。


 どこかの船の破片だろう。


 裏返す。


 表面には傷がある。


 文字はない。


 捨てようとした。


 その瞬間。


「……?」


 指が止まった。


 妙な感覚があった。


 冷たい。


 なのに。


 なぜか懐かしい。


 木片を鼻へ近づける。


 海水の匂いに混じって。


 ほんのわずかに。


 この船と同じ匂いがした。


「……気のせいか」


 俺は木片をポケットへ入れた。


 この時はまだ。


 知らなかった。


 その木片が。


 父の船と同じ海を渡ってきたものだということを。


     ◇


 その夜。


 狭いアパルトメントの部屋。


 俺はベッドに横になりながら、明日のことを考えていた。


 船は売れない。


 金もない。


 商人を続けるなら、どこかの商会に雇ってもらうしかない。


 最悪の場合。


 港湾労働者になることも覚悟していた。


「……俺の人生、どうなるんだろうな」


 目を閉じる。


 その時。


「……きて」


「ん?」


 声がした。


「起きて……おにーちゃん」


「……誰だ?」


 俺は飛び起きた。


 すると。


「むぎゅ」


 腹の上に何かが乗っていた。


「うわっ!」


 俺が起き上がると。


 それは、ぽてんと転がった。


「だ、大丈夫か!?」


 慌てて窓を開ける。


 月明かりが部屋へ差し込んだ。


 そして。


 俺は固まった。


 身長は六十センチほど。


 肩まで伸びた青い髪。


 くりくりとした青い瞳。


 背中には小さな羽。


 少女が一人。


 俺を見上げていた。


「もう……ひどいなぁ」


 少女は立ち上がる。


 そして。


 にかっ。


 と笑った。


「私、船妖精(クラバウタ)のクーラ!」


「…………」


「えへへ。びっくりした?」


「……夢だな」


「夢じゃないよ!」


「疲れてるんだ」


「だから夢じゃないってば!」


 少女が頬を膨らませる。


「あー」


 クーラがジト目になる。


「今、『こんな小さい子に守られるの?』って思ったね」


「……少し」


「思ったんだ!」


「だって君、六十センチくらいしかないぞ」


「大きさは関係ないよ!」


「あると思う」


「むー!」


 クーラが怒る。


 だが。


 次の瞬間。


 その表情が変わった。


「でもね」


 静かな声だった。


「あなたのお父さんは、最後まであなたのことを心配してたよ」


「……!」


「船が沈みそうになって」


 クーラが俯く。


「帆が破れて、水が入ってきて」


 小さな手を握る。


「もう助からないって分かった時」


 顔を上げる。


「お父さんは私に言ったの」


 ――すまない。


 ――もしできるなら。


 ――我が子を守ってやってほしい。


「……父さんが」


 胸の奥が締め付けられた。


「母さんは?」


「あなたのお父さんが帰ってくるように、最後まで祈っていたよ」


 クーラは俺を見る。


「だから私は来たの」


「……」


「あなたのところへ」


 俺は何も言えなかった。


 父は。


 最後まで俺を忘れていなかった。


 母も。


 最後まで父を待っていた。


 俺はずっと。


 一人になったと思っていた。


「……そうか」


 ようやく声が出た。


「じゃあ、とりあえず」


「うん?」


「君、ミルク飲む?」


「……え?」


「妖精ってミルクを飲むんだろ?」


 クーラが俺を見つめる。


 数秒。


「ぷっ」


 そして。


「あはははは!」


「な、何だよ」


「だって!」


 クーラは涙を拭った。


「あなたのひいひいおじいちゃんも、最初に同じこと聞いたんだもん!」


「……本当に?」


「うん!」


 俺は思わず笑った。


 あのひいひい爺さんと。


 同じことを言った。


 それが。


 何だか嬉しかった。


     ◇


 翌朝。


「……夢じゃなかった」


 部屋の隅を見る。


 空になった皿。


 そして。


 その皿を抱えたまま眠っている青髪の少女。


「ミルクぅ……」


「寝言までそれか」


 苦笑しながら火を起こす。


 ミルクを温める。


 匂いが広がった瞬間。


「……ん?」


 クーラが飛び起きた。


「おはよう」


「……おはよう」


 俺が皿を差し出す。


「ほら」


「わあ!」


 クーラの顔が輝く。


「いただきまーす!」


 ぺちゃ。


「……あつつ!」


「だから熱いって」


「でも美味しい!」


 昨日まで。


 何もかもが終わったと思っていた。


 けれど。


 目の前でミルクを飲む小さな妖精を見ていると。


 不思議と胸が軽くなった。


     ◇


 朝食を終える。


 俺は船の売却準備を始めた。


「ねえ」


「何だ?」


「船、売るの?」


「ああ」


「売らないで」


「無理だ」


「私が直すから」


「……え?」


 クーラが胸を張った。


「この船、まだ走れるよ」


「でも、傷だらけだぞ?」


「大丈夫!」


「本当に?」


「本当!」


 俺は半信半疑のまま、クーラと港へ向かった。


 船の前まで来る。


 クーラは船体へ手を触れた。


「……うん」


 少しだけ目を細める。


「長い間、頑張ってきた船だね」


「分かるのか?」


「船妖精だから」


 クーラは笑った。


「この子、まだ海へ行きたいって」


 俺は船を見上げた。


 まるで。


 父に言われているようだった。


 ――まだ終わっていない。


「……分かった」


 俺は船体を叩いた。


「もう一度だけ、海へ出るか」


「そうこなくっちゃ!」


 クーラが両手を広げる。


「じゃあ、みんなー!」


 ぽん。


 ぽんぽん。


 ぽぽぽん!


 光が弾ける。


 そこから。


 青髪の小さな少女たちが次々と現れた。


「……え?」


「船を分解してー!」


「「りょーかい!」」


「待て!」


 俺が叫ぶ。


 だが。


 遅かった。


 バキッ!


「俺の船!」


 ギコギコギコ!


「待て待て待て!」


 あっという間だった。


 船体は解体され。


 木材。


 縄。


 帆布。


 金具。


 すべてが種類ごとに積み上げられていく。


「……」


 俺は呆然とした。


「クーラ」


「なに?」


「俺の船、壊れたぞ」


「違うよ」


 クーラは笑顔だった。


「分解したの」


「同じだ!」


     ◇


「よーし!」


 クーラが木材の山を見上げる。


「|植物の精霊界との超越門回路接続開始オーバーゲートサーキットコネクト!」


 空気が歪む。


 緑色の光が集まる。


「接続完了!」


 そして。


「いただきまーす!」


「……え?」


 バクッ。


 クーラが木材を食べた。


「…………」


 バクバクバク。


「ちょっと待て!」


 縄も。


 帆布も。


 どんどん消えていく。


「何で食べるんだ!?」


「私の身体は精霊界と繋がってるから!」


「それで納得できるか!」


「できるよ!」


「俺にはできない!」


「細かいことは気にしない!」


 クーラは笑った。


「新しい材料を出すよ!」


 次の瞬間。


 空間が光った。


 新品の木材。


 新しい縄。


 真っ白な帆布。


 次々と現れる。


 妖精たちはそれを受け取り。


 一斉に作業を始めた。


 木を削る。


 板を組む。


 縄を結ぶ。


 帆を張る。


 金具を取り付ける。


 小さな妖精たちが。


 熟練の職人のように動いていく。


 数時間後。


「完成!」


 そこにあったのは。


 昨日までのボロ船とは別物だった。


 船体は綺麗に補修され。


 帆は真っ白。


 縄は新品。


 木材からは、まだ新しい香りがする。


「……すごい」


 俺は船体に触れた。


「……もう一度、海へ行ける」


「うん!」


 クーラが笑う。


「だから、行こう!」


「……ああ」


 俺は頷いた。


「出航しよう」


     ◇


 残った胡椒と砂糖。


 食料。


 水。


 最低限の航海用品。


 それだけを積み込む。


「水夫は?」


「いらないよ」


「……本当に?」


「私たちがいるもん」


 ぽん。


 ぽんぽん。


 ぽぽぽん。


 甲板にクーラが増えていく。


「操舵担当!」


「帆担当!」


「見張り担当!」


「掃除担当!」


「大砲担当!」


「料理担当!」


「ミルク担当!」


「ミルク担当は俺かよ!」


「船長だから!」


「いつから俺が船長になったんだ?」


「今!」


 俺は頭を抱えた。


 だが。


 笑ってしまった。


「……分かった」


 俺は船尾へ向かった。


「行き先は北!」


 目的地。


 ブリオン帝国の港町、ロンデニアン。


 南方で採れた胡椒と砂糖は、北では高値で売れる。


 そこで羊毛や毛織物を買い付け、ポートガルムへ持ち帰る。


 小さな商売だ。


 けれど。


 俺にとっては。


 人生をやり直すための第一歩だった。


「よし!」


 俺は旗を手に取った。


旗を掲げよ(ブルウピーター)!」


了解(ヨーソロー)!」


 クーラがマストを駆け上がる。


 ペレイラ商会の旗が。


 再び風を受けた。


「行こう」


 父が夢見た海へ。


 母が祈った海へ。


 そして。


 俺自身の未来へ。


 小さな帆船は。


 リジュボアンの港を離れた。


     ◇


 航海は順調だった。


 クーラたちは、まるで疲れを知らない。


 帆を操作し。


 舵を握り。


 甲板を磨き。


 縄を結び。


 見張りまでこなす。


「……クーラ」


「なにー?」


「何人いるんだ?」


「さあ?」


「分からないのかよ」


「必要な人数だけいるよ!」


「便利すぎるだろ……」


 そんな日々が数日続いた。


 そして。


 ロンデニアンまで、あと二、三日という頃だった。


 海が。


 白くなった。


「……霧?」


 最初は朝霧だと思った。


 だが。


 おかしい。


 風がない。


 波も静かだ。


 なのに霧だけが。


 異常な速さで広がっていく。


「クーラ?」


 返事がない。


「クーラ!」


「……大変」


 振り返る。


 クーラの顔から。


 笑顔が消えていた。


「奴らが来る」


「奴ら?」


 その直後。


 ギィィィ……。


 霧の奥から。


 船を引きずるような音が聞こえた。


 巨大な影が浮かび上がる。


 ぼろぼろの帆。


 腐りかけた船体。


 そして。


 甲板には青白い人影が立っている。


「ニクイ……」


 低い声。


「……ニクイ……」


 俺の背筋を冷たいものが走った。


「何だ、あれは?」


さまよえる霧の幽霊船(フライングゴースト)……」


 クーラが震えている。


「生きた人間を見つけたら……仲間にしようとする」


「じゃあ」


 俺は舵を握った。


「逃げるぞ!」


「無理!」


「何でだ!」


「この霧は結界!」


 前も。


 後ろも。


 左右も。


 白い闇。


 幽霊船だけが。


 まっすぐこちらへ近づいてくる。


「……戦うしかないか」


「うん!」


 俺は砲台を見る。


「総員、戦闘準備!」


「「りょーかい!」」


 妖精たちが一斉に動く。


「砲撃!」


 ――ドォン!


 砲弾が直撃する。


 幽霊船の船体が大きく吹き飛んだ。


「よし!」


 だが。


 次の瞬間。


 開いた穴から黒い霧が噴き出した。


 腐った木材が蠢く。


 船体が。


 ゆっくりと元へ戻っていく。


「……嘘だろ」


「普通の攻撃じゃ倒せない!」


「なら、もう一発!」


「駄目!」


「どうして!」


「近づかれる!」


 幽霊船が迫る。


 十メートル。


 青白い腕が伸びる。


 こちらの船へ。


「クーラ!」


「私に火薬を食べさせて!」


「……は?」


「早く!」


「火薬を!?」


「このままじゃ、みんな食べられる!」


 俺は火薬庫を見る。


 残りは少ない。


 これを使えば。


 次の港での砲撃ができなくなる。


 でも。


 迷っている時間はなかった。


「分かった!」


 俺は麻袋を抱えて走った。


「これでいいか!?」


「十分!」


 クーラが袋を抱える。


「いただきます!」


 もぐ。


 もぐもぐもぐ。


 黒色火薬が小さな身体へ吸い込まれていく。


 次の瞬間。


 クーラの身体から。


 赤い光が漏れ始めた。


「|炎の精霊界との超越門回路接続開始オーバーゲートサーキットコネクト!」


 空気が震える。


点火(イグニッション)!」


 轟音。


 赤い光がクーラを包む。


「エネルギー流入!」


 幽霊船が目前まで迫る。


「クーラ!」


「大丈夫!」


 彼女は笑った。


「この船は!」


 小さな拳を握る。


「私が守る!」


「エネルギー充填率――!」


 クーラの瞳が赤く輝く。


「百二十パーセントくらい!」


「くらいって何だよ!」


「細かいことは――」


 クーラが叫ぶ。


「気にしない!」


 そして。


「いっけぇぇぇぇぇ!」


 船首像の口が。


 がぱっ。


 と開いた。


「|船首像超絶熱線砲《フィギュアヘッド・ハイパー・ブラストキャノン》!」


 ――閃光。


 世界が白く染まった。


 轟音。


 熱風。


 海面が大きく割れる。


 幽霊船の影が。


 光の中へ消えていった。


 そして。


 静寂。


 霧が。


 ゆっくりと晴れていく。


 青い海。


 青い空。


 どこまでも続く水平線。


 幽霊船は。


 跡形もなかった。


「……勝った?」


「……うん」


 クーラが甲板に倒れ込む。


「クーラ!」


 俺は駆け寄った。


「大丈夫か!?」


「んー……」


 クーラは弱々しく笑った。


「植物の精霊の力が強いから……火の精霊界とは相性が悪いの」


「やっぱり無理してたんじゃないか!」


「でも」


 クーラは笑った。


「パトリシオが守ってくれたから」


「……俺が?」


「火薬、ちゃんと持ってきてくれたでしょ?」


「……」


「だから私も頑張れた」


 俺は少しだけ笑った。


「そうか」


「うん」


「じゃあ、ロンデニアンに着いたら」


「うん?」


「温かいミルクと、良い材木を買おう」


「……本当?」


「ああ」


「約束だよ!」


「約束だ」


     ◇


 その後。


 俺たちは無事にロンデニアンへ到着した。


 港には大型船が並んでいる。


 羊毛。


 石炭。


 毛織物。


 魚。


 木材。


 北方の商品が山のように積まれていた。


「さて」


 俺は市場を見渡した。


 胡椒の値段。


 砂糖の値段。


 羊毛の値段。


 毛織物の値段。


 頭の中で計算する。


「……やっぱりな」


「何が?」


 クーラが隣から顔を出す。


「胡椒はここで売った方がいい」


「どうして?」


「北じゃ、南方の香辛料は高い」


 俺は市場の看板を見る。


「逆に羊毛は、ここじゃ安い」


「へえ」


「だから」


 俺は笑った。


「胡椒と砂糖を売って、羊毛と毛織物を買う」


「おお!」


「そしてポートガルムへ持って帰る」


「それで儲かるの?」


「ああ」


 俺は胸を張った。


「それが商売だ」


 胡椒と砂糖を売る。


 予想通り。


 かなりの値段になった。


「……これだけ?」


 手元の銀貨を見る。


 大金ではない。


 けれど。


 確かな利益だった。


 俺はその金で。


 食料。


 水。


 交易用の毛織物。


 そして。


 最高級のマホガニー材を買った。


 船へ戻る。


「クーラ」


「……」


 甲板でぐったりしていたクーラが。


 マホガニー材を見た瞬間。


 ぱちっ。


 と目を開いた。


「…………!」


 次の瞬間。


「うわあああああ!」


 飛び上がる。


「これ、マホガニー!?」


「ああ」


「最高級品!?」


「ああ」


「食べていい!?」


「そのために買った」


「いただきまーす!」


 バクバクバク。


 木材が消えていく。


「……本当に食べるんだな」


「最高級だよ!」


「味が分かるのか?」


「分かる!」


 そして。


「ミルク!」


「はいはい」


 温かいミルクを渡す。


「んふふ……」


 クーラは幸せそうに飲んだ。


 数分後。


「復活!」


 元気いっぱいに飛び跳ねる。


「元気百倍!」


「それは良かった」


 俺は財布を見る。


 ……だいぶ寂しくなっている。


 だが。


 不思議と後悔はなかった。


 むしろ。


 胸の奥には、今まで感じたことのないものがあった。


 希望だ。


「クーラ」


「なに?」


「これからも頼む」


「もちろん!」


 俺はポケットへ手を入れた。


 指先に。


 あの木片が触れた。


「……そういえば」


 木片を取り出す。


「これ、何か知らないか?」


 クーラに見せる。


「…………」


 クーラの笑顔が。


 消えた。


「クーラ?」


 彼女は。


 木片をじっと見つめている。


「これ……」


「知ってるのか?」


「……ううん」


 明らかに様子がおかしい。


「知らない」


「本当に?」


「……」


 クーラは木片から目を逸らした。


「クーラ」


「…………」


「何か知ってるんだろ?」


 しばらく沈黙が続いた。


 やがて。


「この木……」


 クーラが小さく呟いた。


「普通の木じゃないよ」


「え?」


「この船にも使われてた」


「……この船に?」


 俺は船体を見る。


「じゃあ、父さんの船にも?」


「……たぶん」


 クーラは木片を握った。


 そして。


 小さな声で言った。


「パトリシオ」


「何だ?」


「この木片」


 彼女は俺を見る。


「どこで拾ったの?」


「リジュボアンの港」


「……そう」


「何かあるのか?」


 クーラは答えなかった。


 ただ。


 遠くの海を見つめている。


 その顔には。


 初めて見る。


 不安そうな表情が浮かんでいた。


「……クーラ?」


「パトリシオ」


「うん」


「お父さんが向かった場所って」


「黄金郷?」


「うん」


 クーラは木片を握り締めた。


「本当に、黄金郷だったのかな」


「……どういう意味だ?」


 クーラは答えない。


 ただ。


 水平線の向こうを見つめていた。


 俺も。


 同じ方向を見る。


 青い海。


 どこまでも続く水平線。


 その向こうに。


 父がいるのか。


 黄金郷があるのか。


 それとも。


 もっと別の何かが待っているのか。


 まだ分からない。


 けれど。


 俺には船がある。


 商売ができる。


 そして。


 クーラがいる。


「……なら」


 俺は笑った。


「確かめに行くしかないな」


「え?」


「父さんが何を見つけたのか」


 木片を握る。


「俺自身の目で確かめる」


 クーラが目を丸くする。


 そして。


 いつもの笑顔に戻った。


「うん!」


 小さな手を握る。


「一緒に行こう!」


「ああ」


 俺も頷いた。


「まずは商会を立て直す」


「うん!」


「そのために、世界中で商売する」


「うん!」


「そして――」


 俺は水平線を見た。


「いつか黄金郷へ行く」


「おー!」


 クーラが拳を突き上げる。


 俺たちの前には。


 まだ見ぬ海が広がっている。


 没落した交易商人の息子。


 パトリシオ・ペレイラ。


 そして。


 青い髪の船妖精。


 クーラ。


 二人の航海は。


 まだ始まったばかりだ。


 だが。


 俺は知らなかった。


 あの木片が。


 父の失踪を追うための。


 最初の手掛かりだったことを。


 そして。


 父が向かった「黄金郷」が。


 俺の想像していたものとは。


 まったく違う場所だったことを。


 ――この時の俺は、まだ知らなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] ・・・絶句。 此れ本当に水源さんの作品なのか? 思わず見返しました。 面白かったけど。
[良い点] 大航海時代は①~③?と好きでプレイしていました。妖精ちゃんが可愛いですよね。 そして少人数で航海できるなら、ワンピース風の味付けもできますね。 [気になる点] どこかの島に取り残された廃船…
[良い点] 柔らかくて優しいお話でした。 語り口調のリズムが良くて、ほんわかとした気分になります。 [一言] ブルーピーター、ヨーソロー!で、小山田いく先生の『ぷるぅピーター』を思い出しました(涙)
感想一覧
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