貧乏交易商人と船妖精の成り上がり航海記
ここはヨロピアン大陸の西の端にあるポートガルム王国の王都リジュボアン。
そして夜間に船を導く明かりを灯す灯台のたもとの港。
はるか先には青い海と青い空、そして白い雲が美しい情景を描いている。
そして目の前には使い込んでオンボロになった小さな練習用帆船が一隻。
「はあ、こうした景色ももう見納めなのかな」
私の名前はパトリシオ・ペレイラ。
今年18歳でようやく成人になった交易商人の家の息子だ。
私の先祖は陸路の交易商人として馬車を使ってあちこち行き来してたらしいが、ひいひい爺さんの時に船を用いた海上交易をはじめ、運良く大きな財を成すことができた。
しかし、初代が作り2代目で傾き3代目で潰すとはよく言ったものだ。
祖父は経営に失敗して、商会を潰す寸前にした。
その心労で母は若くしてなくなり、そんな状態だった商会をなんとか立て直そうとした父は、はるか東に存在するという黄金郷と呼ばれる見果てぬ土地へ向かって……結局帰ってこなかった。
故にいまの私はそれなりに裕福な交易商人の息子ではなく、家財の殆どを失った貧乏な交易商人見習いに過ぎない。
多少居た従業員や使用人はすべてよその商会に引き取ってもらい、屋敷や家財道具などで売れるものはほとんど売ることでなんとか借金は帳消しにできた。
それでもある程度の勉学を学校で受けられ、布野の操船技術燃えていた運が良かったといえる。
そもそも読み書きや計算ができないと、商人になれるわけがないし船の操船技術がなければ交易商人になれないが……。
そして追い打ちは続く。
「ごめんなさい、私は貧乏人に用はないの。 あなたとの婚約は破棄させていただくわ」
婚約者からの突然の婚約破棄。
「ああ、それが当然だよな。
さようならカタリーナ」
「ええ、さようなら、二度と会うこともないでしょう」
と、大手の商会の令嬢である元婚約者に婚約破棄を告げられた私は、いまは安い集合住宅の独身用の小さな部屋に暮らし、残ったのは売れ残ったボロボロの訓練用のバルシャと呼ばれる小さな帆船と胡椒や砂糖の入った樽が数個に僅かな現金だけだった。
まあ、わずかといっても一般人から見ればそれなりの財産では在るのだが。
そしてバルシャが今週の週末までに誰かに船として売れなかったら、解体して家具用の木材か薪として売るしかないだろう。
解体の費用や木材として売れたとしてもどれだけの金額になるかは不安だがどうしようもないあ……。
ふと足元を見ると木片が流れついていた。
私は何となく気になったそれを拾い上げてみた。
もしかしたら何か書かれたりしているのかと思ったのだが……。
「特に何もない……か?」
ん、まあ、よく乾かせば薪くらいにはなるかもしれない。
私はそれを持ってアパルトメントに帰って、寝たのだった。
さて、その夜、私がアパルトメントのベッドでウトウトしてるとなにやら声が聞こえた。
「……きて」
んん?、なんだ、なんか声が聞こえてお腹の上に乗ってる気がするぞ。
「起きて、おにーちゃん」
こんどははっきりと聞こえた、私が上体を起こすとそれはぽてっと後ろに倒れた。
「むぎゅ」
私は焦ってそれに問いただした
「だ、誰だ?」
そして私は木の窓を開けて、月の明かりを部屋に入れることで相手を見ようとした。
私の脚の方でひっくり返っているのは身長60cmほどの肩までかかった青い髪の毛とクリクリとした青い瞳が印象的な小さな女の子だった。
「もう、ひどいなぁ」
ひょこっとその女の子は起き上がってにかっと笑った。
「私、船妖精のクーラ。
あなたのお父さんやお母さんににあなたを守るようにってお願いされたからあなたとのところへ来たんだよ」
父さんや母さんがこの子にお願いを?
どう見ても私を守るほうじゃなくて、守られる方のように思えるが……。
と言うよりいつにどうやって?
彼女の話を聞いて私は混乱していた。
「あなたのお父さんは船が沈むその寸前までなんとか船を立て直そうとしたんだよ。
そして最後にどうしようもなくなった時に私に言ったの。
”すまない、だができるなら我が子を守ってやってほしい”
そしてあなたのお母さんはお父さんの航海の安全をずっと祈っていたの。
だから私は来たの。
あなたのもとに……ね。
だから私を頼っていいのよ?」
うん、どう見ても幼児にしか見えないが……。
「あー、私に何ができるんだよって思ってるね」
なぜわかったのだろう?
「まあ、外見で判断するのは人間の悪い癖だよね」
「え、君は人間ではないと?」
彼女はコクリと頷いた。
「うん、私はクラバウタだって言ったよね。
正確にはあなたのお父さんの持っていた船のクラバウタだったものだけど」
船に幸運を呼ぶ船妖精か、なるほど小さい理由もわかった。
家に住む家妖精はその住み着いた家を守り家の持ち主に幸福を与えると言うが、クラバウタはその船バージョンだ。
「そうか、君が食べる物はミルクでいいのかな?」
「うふふ、血は争えないって本当だね」
うん? なんで彼女は笑ったんだろう?。
「あなたのヒイヒイおじいちゃんも同じことを言ったんだよ。
だから血は争えないなって」
「へえ、そうだったんだね」
私が尊敬しているヒイヒイ爺さんと同じというのは嬉しいな。
「というわけで今日からよろしくね」
「ああ、こちらこそよろしくな。クーラ」
私は皿にミルクを入れるとそれを部屋の隅においてふたたび眠りについた。
そして翌朝になった。
「あれは……夢だったのかな?」
何やら夜中に幼い少女の姿をした妖精と会話をしたような気がしたが、現のことか幻だったのか、判断に困る。
しかし、どうやら幻ではなかったようだ、部屋の隅にミルクを入れておいた空になった皿を抱えて寝こけている船妖精の姿が有ったからだ。
「どうやら夢ではなかったようだね」
私は寝ている船妖精を起こすかどうか迷ったが、無理に起こすこともないと、ミルクを入れたケトルを火にかけてミルクを温めた。
そのうちに船妖精はムクリと起き上がって目をゴシゴシこすりながらニパッと笑った。
「おはよう、いい匂いがするね」
私もつられて笑顔になってしまうな。
「ああ、クーラ、おはよう。
そろそろミルクもちょうどいい感じに温まったかな。
皿をこっちにくれるかい」
「はーい」
クーラはとててってと私の方に駆け寄ってきて皿を差し出した。
私はそれに温まったミルクを注ぐとクーラに皿を返した。
「んふふ、頂きまーす、あつつ」
皿に口をつけて温めたミルクをぴちゃぴちゃと舐めている様子を見るとまるで子猫のようだ。
私も別の皿にミルクを入れて固くなった黒パンにミルクを付けてふやかしながらそれを食べたのだった。
そうしているとクーラが言ってきた。
「そういえば船を売るつもりみたいだけど、私が修理して航海できるようにするからそれは取りやめて」
「ん、分かったよクーラ」
そして私は船を売り払うのを止めてクーラがどうやって船を修理するのか確かめようとした。
「この船はたしかに傷んであるけど大事にされてきたんだね。
よく分かるよ、じゃあみんな!」
クーラがそう声を上げると、クーラに似たような姿の少女が大量に現れた。
「まずは船を分解して木材や縄、布にして来てー」
「「りょーかい!」」
あらたに現れたクーラの分身? っポイ少女たちが様々な船大工の道具を用いてあっという間に船を解体していく。
そして解体された木材や布などがクーラの前に積み上げられていく。
「植物の精霊界との超越門回路接続開始。
接続完了! よーし、じゃあ、いただきまーす」
クーラはパクパクと木材とかを食べ始めた。
うん、なんであんな小さな体にでかい木材とか入っていくんだ?
「あー、なんか考えちゃだめなこと考えてるね。
見かけはともかく私の体は精霊界につながってるんだから」
「ああ、なるほど、よくわからないけどそう言うことなんだね」
この世界には魔法も存在する。
正確には高度に発達した魔法の文明が存在していた。
かって存在していた魔法帝国の名前はロマン帝国。
そしてその魔法の技術の殆どは遺失している。
だがその技術遺産である魔法や魔法の品を追い求めるものは現在もいて彼らは魔法使いと呼ばれている。
もっともその数は決して多いわけではないだけどもね。
古の魔法帝国は空を飛ぶ船やそこからはなつ凶悪な威力の雷や炎の矢などを使い一時はこの大陸の殆どを制圧したと言うがやがて魔法を使えるものが減っていき、そういった物もつくれなくなっていき、最終的に我々の先祖の流入によってロマン帝国は滅亡しその技術は失われたが、それははるか昔千年ほども前のことであるらしい。
その後人類は鉄などの金属や火薬の技術を発展させてきたが、魔法とともに妖精や幽霊などの存在はいまだに信じられている。
そして古代の遺失した魔法工芸品の中には見かけよりも大きいものを袋や箱に収納するという物も存在して、それは別の世界とか次元に物質などをおいておくというものらしい。
最もそれを恒常的に行えるようなものはとてつもなく高価なのでよほどの金持ちでもなければ持っていないものだけど。
精霊というのは別の次元と世界をつなげることで様々な力を顕現できるとは聞く。
家妖精や船妖精もそんな事ができるというのは初めてきいたけどね。
「よーし、じゃあ新しい材料をだすよー」
もしかしたらクーラは木材を口から吐き出すのかな? とも思ったけどそう言うわけではなく大きな木材や綱などを持ったクーラの分身が周囲につぎつぎと周囲に現れて、それをまた新たな帆船に組み上げていっている。
「みんな頑張れ頑張れー」
「「頑張るー!」」
そしてクーラは応援をしているが、しばらくして新たなバルシャが組み上がった。
ボロボロだった船体もきれいになり帆布や綱もきれいになっている。
まあ大砲だけはそうも行かなかったみたいだけど。
「うわあ、これはすごいな」
「へへん、すごいでしょう。
じゃあ、胡椒と砂糖、食料、水を乗せて出発しよう!」
「え、水夫は?」
「大丈夫だよ。
操船とかは私の分身が当面するから」
「それは助かるよ」
船に乗せる水夫に払う金や飲み食いさせるための食料や水、酒などが最低限で済むってことだしね。
「そのかわり港によったら美味しいミルクをちょうだいね」
「うん、わかったよ」
ミルクで船が動かせるなんてすごいな。
「お母さんやお父さんのあなたへの思いはとっても強かったんだよ。
だから私は現実に強く干渉にできるようになったの」
「そうだったんだ、お母さんやお父さんが……。
頑張って商会を再興しないとね」
「よし! 旗を掲げよ!」
私がそう言うとクーラがスルスルと旗を上げた。
「了解!!」
そして私達は船の帆に旗を掲げてから港を出港し北方の島国であるブリオン帝国の港町であるロンデニアンへ向かった。
ブリオン帝国は羊毛が特産品だが北の端に近い国であるため、南方でしか取れない胡椒や砂糖は結構高く売れるはずだ。
航海は順調でクータは操舵士をしたり、帆のロープワークをしたり、甲板を磨いたリ、大砲の整備をしたり、チョコマカ歩いていたり、マストの上でボケっと遠くを見ていたりする。
「クーラがいっぱいいるのはなんか不思議な感じだね」
「そうかな? そうかも?」
私は硬く味気の無いビスケットと塩漬けにされた干し肉を食べ、薄めたワインを飲んで腹を満たしているがているがクーラはお腹はすかないのだろうか。
「クーラは何も食べなくて大丈夫なのかい?」
「うん、海の上にいるときは大丈夫だよ」
「そうかそれは羨ましいな」
大型船であれば鶏や豚、牛、ヤギなど生きた家畜を船倉に積み込んで牛乳や山羊の乳を飲んだりチーズを作ったり船首に煮炊きのできるかまどがあり、塩漬けの肉や魚、豆などを煮込んだ料理を作ることもできるが私の小さな船にはそんな余裕はない。
「もう二、三日もすればでロンデニアンに到着できるな。
しかし、その途中で航海を妨害するものが現れた。
突然周囲を濃霧が周りを包み込んだのだ。
「何だ? この霧は?」
「大変! 奴らが来るよ」
「奴らっていうのは?」
「さまよえる霧の幽霊船!」
果たしてそれは現れた、ぼろぼろになった船体に青白く痩せ衰えた者たちをたくさん乗せた私の船より一回り大きい帆船が現れたんだ。
「ニクイ……」
そんな声が聞こえてきたような気がする。
「これは、どうすればいい?
この霧から逃げ出すことは?」
私がそう聞くとクーラが答える。
「この霧は一種の結界だから迷わずに出ることはできないの。
ここから出るには奴らの仲間になるか奴らを倒すしか無いよ」
「そうか、なら接近して大砲を打ち込むしか無いか」
一応この船にも左右に4門、船首と船尾に1門ずつ大砲は積まれている。
「そうだね、取り合えすやってみよう」
「総員砲撃戦用意!」
「「りょーかい!」」
クーラがわらわらと現れて大砲の弾を詰めたり火薬を詰めたりしている。
「「砲撃戦用意、よーし!」」
「よし近づいて砲撃開始」
「「砲撃開始!」」
”ドーン”
そして砲弾は命中したけど幽霊船にはダメージを与えられてる感じはしない。
「効いてないか、どうすれば……」
絶望的な気持ちになった私にクーラが言った。
「危険だけど、方法はあるよ!」
「それは?」
「今なこともあろうかと準備はしておいたんだ。
大砲を撃つための火薬を私に食べさせて!」
「ええ?!」
「詳しくは説明できないけど、私を信じて!」
「わかった、クーラに火薬を食べさせればいいんだね」
私は積んでいた火薬の残りをを麻袋ごと持ってきてクーラの前においた。
「これだけあれば十分かな」
クーラは黒色火薬をもりもり食べはじめた。
「炎の精霊界との超越門回路接続開始。
点火!エネルギー流入!
エネルギー充填率120%くらい!
船首像超絶熱線砲! いっけー!」
「うわぁまぶしいっ!」
クーラがそう叫ぶと船首像の口ががぱっとひらいてそこから灼熱の熱線が幽霊船めがけて放たれ、幽霊船を燃やし尽くした……らしい。
いつの間にか霧は晴れて幽霊船も消えていたけど、正直眩しくてよく見えなかった。
そんな私の様子にクーラは笑っていった。
「んー対閃光防御が必要だね」
「それより大丈夫なのかいクーラ、だいぶ疲れてるみたいだけど」
「んー、私は植物の精霊の要素が強いから、火の精霊界とはあんまり相性は良くないんだよね。
でも大丈夫」
「本当に?」
「大丈夫じゃないと思ったら温かいミルクと材木をいっぱい食べさせてくれれば大丈夫だよ」
「そうか、じゃあ港についたら胡椒と砂糖を撃って早速温かいミルクと材木をいっぱい買うとしようか」
「うん!」
その後は何事もなくロンデニアンに到着し、なけなしの胡椒と砂糖はそれなりに高く売れた。
「これでクーラに材木をかってあげられるな」
その金でミルクと最高級のマホガニーの材木と交易用の毛織物をかってきた。
そしてクーラは目を輝かせている。
「うわあ、これはいい材木だね!
早速いただきま~す」
マホガニーの材木をバクバクと食べて温かいミルクをペロペロ舐めるとクーラは元気になったようだ。
「んー元気いっぱい!」
「それは良かったよ」
私の懐はだいぶ寒くなったがクーラがいなければ今頃は幽霊の仲間入りをしていただろうしね。
「それにしてもなるべくあれは使わないに越したことはないな」
「うん、なるべくならね。
でも私たちクラバウタとゴーストシップは相容れない存在だから」
「だから?」
「また奴らと出会ったらためらわず私に火薬を食べさせて」
「わかったよ。 クーラ」
こうして私とクーラの成り上がり航海記が始まるのであった。