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新訳・エジルと愉快な仲間  作者: ロッシ
第四章【創世記】
81/84

それぞれの敗北

薬草屋を出た後、ルイーダは宿を目指していた。

本当ならば真っ直ぐに帰りたかったが、何度も何度も無用な路地に入っては通り抜けてを繰り返しては、背後の気配を探っていたからだ。

(変なのに憑かれちゃったかなぁ。)

数度目の曲がり角を曲がった後、ルイーダは自分が尾行されている事に確信を持った。

(憑かれたのは今じゃないか。)

独り、口元に笑みを浮かべた。

目前に迫った細い曲がり角を折れた直後、ルイーダは民家の石壁に足を掛けて飛び上がると、向かいの民家の壁と交互に蹴りつけながらそのまま屋根の上まで駆け登った。

屋根の上から眼下を伺うと、追ってきていた男が慌てたような仕草で辺りを見回していた。

(見覚え無いかな?)

ルイーダはその場で男を観察する事にした。

特に変わったところは見受けられない、ただの町人に見える若い男だった。

尾行に慣れた様子もない。

ターゲットを見失っただけで酷く狼狽し、路地を行ったり来たりしているだけだ。

ただの雇われだろう。


ルイーダは立ち上がると、太陽の角度に気を付けつつ屋根の縁と一定の距離を保ちながら、元来た方向へと戻り始めた。

白い石造りの民家の作りはほぼ一様で、屋根は全て平らな切りっぱなしの石で構成されていた。

時折、複数の階層を持った建物が突き出しているものの、ほとんどが平屋造り。

その平らな屋根が敷き詰められた様は、さながら舗装された石畳のようだ。

狭い路地の入り組んだ住宅地故に、屋根と屋根との隙間も容易に渡れる距離しかない。

変に路地を通るよりよっぽど歩きやすかった。

足音も立てずに二、三軒の屋根を通り過ぎ、二階建ての大きな建物の脇をすり抜けようとした時だった。


「見事な身のこなしじゃのぉ。」


頭上から、声が降ってきた。


「影、映ってるんですけど。」


ルイーダは驚きもせず、自らの眼下に伸びる建物の影、その先に飛び出た人影に話し掛けた。


「分かりやすくてよいじゃろ。」


「どなた?」


ルイーダは影の主を見上げたが、逆光でその顔は見えなかった。


「生憎、見知らぬ死者に花を手向ける教養は持ち合わせてないのでな。」


言葉と共に、光の中に何かが煌めいた。

ルイーダが二歩退いたその場所に、いくつかの鋭利な小刀が突き刺さった。

刃物に目を落とした瞬間、ルイーダの視線を男が遮った。

彼女の前にしゃがみ込み、今まさに小さな刃物をルイーダに突き立てんとせんところだった。

ルイーダの体重は後ろ足に掛かっていた。

これでは到底、飛んで避けることは出来ない。

男が鋭く小刀を突き出した。

ルイーダは身を捻ると、突き出された小刀を軸に男の背後を目掛け、男の腕から背を転がるように身体を回転させた。

男の真後ろに到達した瞬間、両腕でその背中を突き飛ばした。

男はよろけて体勢を崩し、それと同時に腕の反動を利用して後ろに跳ねると、ルイーダも男から大きく距離を取った。


「実に良い動きじゃ。」


「あんたもね。じじぃの割にはだけど。」


男は身を低く落とし、ルイーダに向かって構え直した。

日に焼けた肌を持ち、前頭部が禿げ上がった、初老の男だった。

間髪入れずに男が小刀を突き出したが、ルイーダは難なくそれを半身でいなした。

男は手を止める素振りもなく、次々とルイーダに小刀を突いてくる。

その全てが、心臓、肝臓、喉笛、あらゆる急所を的確に狙っている。

紛れもなく手練れの動きだった。

しかしルイーダもその全てを最低限の動きでかわしていた。


「どうした?反撃せんのか?」


「生憎、知らない人を攻撃する教養は持ち合わせてないのでねぇ。」


「疲れたら死ぬぞ。」


「あんたが先に疲れたらいいでしょ。」


「つまらんのぉ。攻撃してみせろ。」


「しょーがないなぁ。」


ルイーダは男の腕が伸びきった瞬間を狙い、小刀を掌底で跳ね上げると、男の脇をすり抜けて背後の建物を駆け登った。

数歩登ると壁を蹴って身体を反転させ、男の両肩に足から飛び乗った。


「いったいよぉ。」


そのまま男の頭を両足でがっちりと挟み込むと、前方に向けて身体を投げ出した。

ルイーダが両手から屋根に着地したと同時に、両足は頭を基点に男を高々と宙に巻き上げた。

男の身体がルイーダの身体を軸に舞い上がり、中点に達した時だった。

ルイーダは足の力を抜いた。

そのまま高く放り上げられた男は、空中で体勢を立て直すと、華麗な体さばきで白い屋根へと足から着地した。


「脳天から突き刺せば終いだったものを。」


「だから言ったでしょ。そういう教養は持ち合わせてませんので。」


「どこまでも食えん女じゃな。」


男は構えを解くと、小刀を懐の鞘に収めた。

ルイーダも棒立ちで男を見据えていた。


「んで、どんなご用?」


「結論から言おう。島に戻るな。」


「やだ。」


「ほっほっほっ。素直じゃないのぉ。」


男は笑いながら薄い髪をかき上げた。


「本当ならばここで殺して終わりにしたいところじゃが、いかんせんそう簡単にはいかなそうじゃから、こうやって頼んでおるのじゃろう。」


「もう少し簡単なお願いにしてくれたら考えないでもないんですけどねぇ。」


「ならどうじゃ?どこか遠くに移住してみんか?家ぐらいなら用意してやるぞい。」


「結局一緒じゃん。」


「ワガママじゃのぉ。やはり死ぬか?」


「やれんならねぇ。」


「仕方ない。ではこういうのは如何かな?」


男の口元に笑みが浮かんだ。


「お主が島にどうしても戻ると聞かないのであれば、

お主の大切な小僧を殺してやろうかの。」


その言葉にルイーダの表情が変わった。


「ぜんっぜん面白くないんだけど。どっか行きなよ。」


「ほほっ。そうこなくてはのぉ。お主さえおらなければ万事解決なんじゃ。大人しく消えてもらえたら助かるんじゃよ。」


「あんた、意外に抜けてるんじゃない?私がいなくってもヨハンはそんな簡単にどうにか出来ないよ。」


「強がるでない。お主があの薬を買った事が何よりの証拠じゃ。焦っておるんじゃろ?」


「あー、そういうこと。あんたか。

ダニーを送り込んだの。」


「ご名答。

小僧が生きとるならば、あれは小僧を取り込んで思うがままに操るじゃろう。

小僧が死ねば儂らがそのまま島を乗っ取る。

どちらにしろあれがお主の島に入り込んだ時から、ルイーダ。

お主の喉元にはずっと刃が突き立てられとったんじゃよ。」


「あんた、随分と自信あるんだね。本当にあんたの言う通りにヨハンがダニーになびくとでも?

仮にヨハンがダニーになびいたとして、ダニーがあんたに素直に従うとでも?」


「お主には分からんじゃろうな。」


「魔女は血族の魔女に支配される。」


「分かっとるじゃないか。ならば話しは早いと思わんか?」


「やってくれるよ、本当に。尚更に折れられないねぇ。」


「よぉ考えてみぃ。儂に島の利潤を全て差し出すことには変わらんかもしれんが、小僧が死ぬのか、それとも生きるのか。結果としては変わらんが、大きな違いじゃろう?」


「違うねぇ。」


「どう違うんじゃ?」


「今ここであんたを殺す。そしたら何も起きない。」


「ほっほっほっ。やっとその気になったか。それが一番の名案じゃ。儂もその案に賛成じゃな。しかし、そう上手くはいかんのも分かっとるな?

儂が死んだ時点で小僧を殺すよう伝えてある。」


「あー。久々にムカついてきたなぁ。何でもっと早くに気付かなかったんだろうねぇ。」


「そう自分を責めるでない。儂を出し抜こうなど考える方がおこがましいのじゃからな。」


「・・・・・・・。」


「ふむ。その顔。何か企んどる顔じゃの。」


「・・・・・・・。」


「よし。

変な気を起こされるのも煩わしいんでな。

ならば最期のはなむけじゃ。

教えてやろう。」


「知らない人に花は手向けないじゃなかったっけ?」


「水くさいのぉ。命を削り合った仲ではないか。」


「一度会ったら友達、かよ。気持ち悪いなぁ。」


「あれはな、儂の孫娘じゃ。

と言うても、あれ自身を含めて、誰もその事実は知らんがの。

あれの母はとんでもないアバズレでな。魔女としての才覚は誰よりも抜きん出ていたが、同時に誰にも手が付けられん程に荒れ狂っていた。

まぁ儂とて、話に聞いただけでこの目で確かめたわけではない。

儂が外で作った娘で、共に過ごした事も無いでな。

物心がつきたての時分から母親の手には余る子供だったと言うが、思春期を迎えた頃にはふらりとどこかへ消えて行き、家には寄り付かなくなったそうだ。

それからどこで何をしていたのかも知らん。

想像は容易じゃがな。

儂がそんな娘と出くわしたのは、場末の商売宿じゃった。

儂にはすぐに分かったよ。

それが血を分けた娘だとな。

身体中を病魔に蝕まれ、もはや死を待つだけの娘の傍らに寝とったのが赤子だったダニエルじゃ。

娘も儂を父親と悟ったようでな、赤子を儂に託すと息を引き取った。

それから儂はダニエルを私生児として育てることにした。

ダニエルの祖母じゃった女は、魔女を御することは出来んかったが、育て方さえ心得ておれば何て事はない。

あれは歳を追う毎にメキメキとその魔性の才能を開花していきおったわい。

全ては儂の目論見通りじゃ。

いつの日か、あれの魔女としての力が役に立つ日が来るのは分かっておったからの。

非常に使い勝手の良い道具に仕上がってくれたわ。」


「その昔話、反吐が出るねぇ。」


「ほっほっほっ。そう誉めるな。

では、最後にお主の企てを破壊する事実を教えて、この集いはお開きじゃ。

お主、魔女の特性を利用してダニーを御する為に、血族の魔女を探すつもりじゃな?

祖母であった女を。」


男の言う通りだった。

ルイーダの最後の手はそれしか残されていない。

恐らくこの男はダニーの血族の魔女を手中に収めている。

それがダニーの祖母だと言う事は想像に難くない。

であれば、その魔女を引き込む事が出来れば、ダニーを引き込む事と同義。

後はいかにこの男からダニーの祖母を奪い取るか。

課題はその一点のみだった。


「残念じゃが、あれの祖母は魔女ではない。

稀代の魔女を産み、そしてその血を今に繋げるに至った元凶はあの女ではない。

魔女は、この儂じゃ。」


この言葉を聞くまでは。


「あんたが、魔女?」


「ほっほっ!期待通りの良い顔じゃ!

魔性の力はなにも女だけに宿るわけではないんじゃよ。

少し考えれば分かるじゃろう?

お主ともあろう者が言葉に騙されるとはな。

その表情!絶望にうちひしがれたその顔!

お主のその顔を見るのはすこぶる気分が良いわ!」


ルイーダは奥歯を噛み締めた。

もはやこの状況から脱する手は何一つ無い。

完敗だった。

ここは敗けを認め、



「ここは敗けを認め、一旦退く方が得策だ。

この場をやり過ごしさえすれば、いくらかの策は講じられる。時流を見て挽回する機を伺えばいい。」


女は戦慄した。

男が言いながら近付いてくる。

しかし、ルイーダは動けなかった。


「という顔をしとるのぉ。」


ヨッギはルイーダの目の前に立ち止まると、その白い頬に無骨な手を当てがった。







「やはりお主、儂の為に死んでくれないか?」







その途端、ルイーダの中で何かが弾けた。

恐怖が全身を支配したのが自分自身で分かった。

が、その理性も一瞬で跡形も無く断ち消えた。








ヨッギの手を何かが濡らした。

ルイーダの瞳から涙が零れ落ちるのが見て取れた。

(この女でも恐怖で泣くか。幻滅じゃな。)

そう思った瞬間だった。

ルイーダの身体がぶれたかと思うと、とてつもない力でヨッギの身体は弾き飛ばされた。

同時に内臓に強烈な痛みを感じた。

宙を舞い、ルイーダから遠ざかる過程の中、ヨッギの目は彼女の姿を捉えていた。


ルイーダは両の掌底一撃でヨッギを吹き飛ばすと、そのまま身体を反転させ、疾風の如く駆け出した。

元より身体能力の高い女だと理解していたが、その認識を遥かに超えた動きだった。

ヨッギが体勢を立て直し、石の屋根を削り取る程に四肢に力を込めてようやく身体を繋ぎ止めた時には、女の姿は彼方へと消えていた。



二階建ての建物の屋根から、ゲルトが飛び降りてきた。


「大丈夫か?」


ゲルトはヨッギの腕をとると、父の身体を引き上げた。


「問題ない。」


その言葉に、ゲルトは無言のまま白い石に引かれた四本の赤い線に目を落とした。


「追うか?」


「捨ておけ。あれは既に死者の目じゃ。」


ヨッギはようやく自らに起きた異変に気が付いた。

両の掌、そして両の膝は骨が透ける程に肉を削ぎとられていた。


「ふん。あの程度の駆け引きで退けられただけ、運が良かったのは儂の方じゃったのかもしれんな。」


「ほぉ。」


ゲルトが感嘆の声を上げた。


「一体何が起こった?」


「人は誰でも、心に開けてはならぬ箱を持つものだ。」


ヨッギは自らの袖を破ると、両手にきつく巻き付けながら踵を返した。


「行くぞ。」


ゲルトもそれに付き従った。

傷口に巻き付けた端切れの結び目を歯で引いた後、ヨッギは誰にも聞こえぬ程の小さな声で呟いた。


「胸くその悪い。」











 





(どうしたんだ、ルイーダ。)


フランツは落ち着かない素振りで部屋の中を行ったり来たり繰り返していた。

ギルドでルイーダと別れ、フランツは更なる物資調達の為にトレード場に立ち寄った。

ひとしきり仕事を終え、日暮れと共に宿に戻った。

しかし、ルイーダは戻って来なかった。

こんな事は初めてだった。

これまで数日間、互いに別行動を取る事はあったが、ルイーダは日暮れには必ず宿に帰って来た。

日暮れからはもうかなりの時間が経っていた。


(いいや、ルイーダも子供じゃない。そういう事だってあるだろう。)


フランツの脳裏に、見知らぬ男にしなだれ、肩を抱かれるルイーダの姿がよぎった。

その途端、言い様の無い不快感が胸にこみ上げた。


(ダメだ。)


フランツは自室の戸を乱暴に開け放つと、矢の様な勢いで宿から飛び出した。


(一体どこにいる?)


街行く人々の隙間をすり抜け、時にはぶつかりそうになりながら、フランツは街を駆け回った。

酒場、食堂、屋台。

様々な場所を回ったものの、ルイーダの姿はどこにも見当たらない。

人が集まりそうな場所を探せば見付かるくらいに思っていたが、彼女はそこまで単純ではなかった。

ルイーダの行きそうな場所にあてなどはない。

よくよく考えてみると、フランツは自身がルイーダの事をほとんど知らない事に気が付いた。

自分と離れて行動している間、どこで何をしているのか考えたこともなかった。


どれくらいの時間を探したのだろう。

フランツの息は上がりきり、両膝が悲鳴を上げた。

とうとう走ることもままならなくなり、屋台の前で立ち止まると大きく喘いだ。


「お、フランツの旦那じゃねーか★」


目の前のテーブルでは造船業者のトマスとアンドレイが夜食を摂っているところだった。


「あんた達、ルイーダを見なかったか?」


二人は互いに顔を見合わせた。


「痴話喧嘩か?と聞きたいところだが、そんな様子じゃなさそうだな♪」


フランツの様子があまりにも切羽詰まったものだったのか、得意の軽口を叩くこともしなかった。

二人はフランツを同じテーブルに着かせると、彼の前に水を差し出した。

フランツはそれを一息で飲み干すと、ルイーダが戻らない事を二人に伝えた。


「なるほどな♥️放っておけばそのうち戻ると言っちまえば簡単だが、そんな余裕もなさそうだ♣️仕方ねぇ、手を貸すか♦️」


トマスが言い終わるよりも早く、アンドレイは席を立つと夜の街へと歩き出した。


「おい!♠️支払いは!?★」




三人は夜通し街中を探し回ったが、結局、ルイーダは見付からなかった。

とうとう陽が昇り始めた。


「一度宿に戻ってみたらどうだ?♪案外、先に帰って呑気に寝てるかもしれんぞ♥️」


その案に従い二人とは別れ、宿に戻ってはみたものの、やはりルイーダの姿は無かった。


「一体どこに行っちまったんだ。」


フランツはルイーダの部屋のベッドに腰を落とした。

部屋の隅に彼女の荷物は置かれたままだ。

枕元には毎日使うであろう、化粧道具や鏡などは放置してある。

もし、部屋に何も残さずに消えたのであればまだ納得がいったのだが、その様から見ても、ルイーダがここに戻ってくるつもりで外に出たのは明白だった。


「ヨハン。」


無意識に少年の名が口を突いた。


「すまない。」


突如として激しい睡魔に襲われ、フランツはルイーダのベッドに倒れ伏した。






それから数日が経つも、ルイーダは戻らぬままだった。

その間も、ギルドと船を借りる交渉を行ったり、物資の整理や移民に操船を教えるなど、フランツのやらねばならぬ仕事は山のようにあった。

日々それらをこなしながら、夜になるとルイーダを探しに街を彷徨った。

日に日に憔悴していくのが目に見えて分かったが、それでもフランツはルイーダを探すのを諦めなかった。

しかし、街中のどこにも彼女の影すら見付ける事は出来なかった。



そしていよいよ、出航の朝を迎えた。

港では船出の準備が着々と進められていた。

それを見送りに、トマスとアンドレイが訪れていた。


「もし見付かったら、俺達が責任持って預かっておくからな♠️」


トマスがフランツの肩を抱いた。

その身体は、初めて会った時からは想像もつかない程に痩せ細っており、顔色はもはや病人のように土気色に変わり果てていた。


「頼む。」


「次に旦那がここに戻る頃には、船も完成しているからな♦️その船にねーちゃんを乗せて帰るんだ★」


「頼む。」


「旦那、気を強く持て♪あんたがそんなんじゃ、ねーちゃんも愛想を尽かして本当にどっか行っちまうぞ♥️」


「すまない。」


トマスがフランツの身体を開放すると、入れ替わりでアンドレイがフランツの前に立った。


「安心して諦めてくだせぇ。あんたがそんなんなら、あの綺麗なねーちゃんは俺が頂いちまいやすから。」


そう言ってフランツの手を強く握った。


「おいアンドレイ!♣️何て事言いやがるんだ!♦️」


トマスの突っ込みも無視して、アンドレイが続けた。


「ぜってーに見付けて、俺が頂いちまいやすから。だから、ぜってーに奪い返しに来てくだせぇ。」


「アンドレイ。」


フランツもアンドレイの手を強く握り返した。

その顔にはほんのりとだが、赤みが戻ったように感じられた。


「どーゆーこと!?★部下の方がカッコイイこと言うってどーゆーこと!?♪」




フランツが乗り込むと、もやい綱が解き放たれ、船はゆっくりと桟橋から遠ざかっていった。

フランツは甲板から白亜の街を眺めていた。

少しずつ少しずつ、離れていく。

遂には街の姿が水平線に消えて見えなくなるその時まで、フランツはずっと街を眺めていた。



街からずっとずっと離れた山の上。

眼下に湾を一望出来る、それは見晴らしの良い場所があった。

港を行き交う船は白い点にしか見えないが、それでも確かに去り行く船を見送れる場所だった。




その場所でルイーダは一人、虚ろな瞳で船を見送った。




つづく。

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