防衛戦①
なるほど。
こいつらが試験官ってわけか。
柔らかい口調の方は、黒髪の長髪。
面長ではあるが、まぁ端正な顔つきをしている。
俺達に近い雑な口調の方は丸刈りで、ゆで卵みたいな感じの顔だった。
ふたりとも、いかにも旅の戦士ってな感じのライトメイルを着込んだ様相だった。
ルイーダが俺の肩を叩くと、何やら耳打ちしてきた。
「え?なに?あいつ、俺に似てるって?
いや、それは髪が長いからってだけだろ。俺は別にあんな綺麗な顔してねぇし、大体において俺とは髪の色も違うし。
え?俺も十分かっこいいって?
いきなり何言ってんだ。まだ酔ってんのか?
え?丸刈りもツルッとマルっとしてて似てる?
バカやろう、俺の頭が丸いのは帽子を被ってるからだよ!どう見たらこの耳付き帽が生身の頭に見えるんだよ!しかもゴーグルまで着けてんじゃねぇか!
え?何?気持ち悪いから鞄から胃腸薬を出して欲しい?
なんだよ、やっぱりまだ酔ってんじゃねぇか。
ちょっと待ってろよ。けっこう下の方にしまっちまってるはずだから。
大丈夫か?吐くか?そうか平気か。えーと、あったあった。これだ。
ちょっと待てよ。今、水筒から水を注ぐからさ。」
「ねぇ、君達。ここって、なんだ!?お前達は!?って驚くところじゃないんでしょうかね?」
「明らかに酔っ払いの介抱してて良い場面じゃねぇよな?」
ふたり組が話し掛けてきた。
「あー、すまねぇけど今それどころじゃねえんだ。そっちの勇者が話すから、こっちのことは気にすんな。」
「いや、死ぬほど気になりますけどね。」
「でも本当に辛そうだぜ。可哀想だからほっといてやるか。」
なんとか納得してくれたようで、ふたり組はクリスティアーノの方へと歩み寄ると、話し込み始めた。
後から聞いた話だと、やはりふたりは傭兵の試験官だったらしく、クリスティアーノの聖なる精霊術はお眼鏡にかなったらしい。
俺の方はと言うと、とりあえず目下の問題だったルイーダの気分は薬が効いてきたらしく落ち着いてきたようだ。
とりあえずひと安心だ。
屋敷に向かう道すがら、ふたりの名を聞いたクリスティアーノがえらく驚いていた。
「僕はギャレス・ビービー。」
「オイラはカリム・ビービーだ。」
クリスティアーノ曰く、ビービー兄弟と言えばかなり名うての傭兵だそうだ。
しかし残念なことに俺は存じ上げてはいなかった。
まぁ、そんな感じで俺達はラオの屋敷の警護をすることになった。
ちなみに傭兵の報酬は1日100Gな。
ラオってのは、でっぷりと太った中年の男だ。
田舎の地主感丸出しの、どうにもいけ好かない野郎だった。
「そこの姉ちゃんはわしの寝室を警護してもらうおうか。」
「報酬に天蚕のマントとこのお屋敷とおっさんの持ってる全ての土地の利権をくれるならいいよぉー。」
「おいビービー兄弟!傭兵の配備はお前達に任せるが、この姉ちゃんだけは俺から一番離したとこに置いとけ!」
天蚕のマントは屋敷のど真ん中。
一番広い応接間に置かれることになった。
基本的に見晴らしの良い、開けた場所の方が防衛戦には向いてるからな。
俺達は屋敷内のあらかたの間取りと傭兵の布陣の説明を受けてから、その部屋へと集まることになった。
かなりの広さの屋敷には、ビービー兄弟を筆頭に俺達を含めて約30名の傭兵が配備されていた。
クリスティアーノ曰く、ビービー兄弟と同じくそれなりに名の通った手練ればかりだって話だ。
てか、基本は魔物退治しかしてねぇのにそんな情報まで仕入れてるクリスティアーノはちょっとはすごい奴なのかもな。
それは置いといて、そんな手練れの傭兵がそんだけの数いたら、いくら魔族と言えどもそう簡単には侵入なんて出来ねぇんじゃねぇのか?
これは意外と簡単な仕事になるかもな。
俺は楽観的に構えていた。
「さて。では、この応接間の警護は現有の最高戦力で行うというのは理解できましたか?」
ギャレスが一列に並んだ俺達に身振りを交えて説明した後、確認の質問をしてきた。
「ああ。問題ない。」
俺はポケットに手を突っ込んだままそれに答えた。
「なぁ、
最高戦力ってのは誰になるんだ?」
クリスティアーノが質問を仕返した。
その顔を見れば言いたいことは分かるけどな。
俺だろ!?
そう言いたくてしょーがないって顔に書いてあるからな。
「もちろん、君も含まれます。
僕とカリム、それからクリスティアーノがここの警護に当たります。」
「おい、
エジルは含まれないのか?こいつも中々の使い手なんだが。」
「ふむ、そうなのかも知れないですね。しかし、この目で確かめたわけではありませんし。」
「オイラ達、そう言えばエジルの術とか見てなかったな。」
兄弟が顔を見合わせていた。
ま、そうだろうな。
試験に合格したのはあくまでもクリスティアーノの聖なる精霊術であって、俺達はおまけみたいなもんだ。
てか、むしろよく俺達まで雇う気になったってのが正直な感想なくらいだしな。
「いや、俺はいいよ。あいつのお守りもしないとならねぇしな。」
俺は背後を親指で示して見せた。
話しに飽きたルイーダが、屋敷内の壺だとかタンスだとかを物色してるのなんて見なくても分かる。
「はっ!?いつの間に家捜しなど!?」
その姿を見つけたギャレスが驚きの声を上げた。
「そんな事してたらまたラオの旦那に叱られちまうよ。」
カリムも頭を掻いて困り顔だ。
「いや、
確かにあいつにはお目付け役が必要かもな。それはエジル、お前にしかできないだろう。」
「なに渋い顔してんだよ。ま、そういうことだから、俺とあいつは簡単そうなとこに適当に配置してくれよ。最低限の下働きくらいはやるからさ。」
「分かった。ならふたりには外の見張りを頼むぜ。異変を感じたら警鐘を鳴らすだけの比較的楽な仕事のはずだかんな。」
「見張りって、それこそ、それなりに重要なんじゃねぇか?」
「いえ、見張りは君達だけではありませんから。例え見逃したとしても、他にも監視の目があるようになってます。」
「なるほどね。じゃあ安心だわ。」
俺とルイーダは、林の中にある櫓の上での見張り役となった。
魔族の襲来を発見次第、屋敷に伝達するんだが、俺達が配置されたのは屋敷から最も離れた場所だ。
更にはこんな中洲の上の宮殿だからな。
侵入経路なんて川か空かしかない。
櫓の上で360度ぐるっと見回しておくだけなんだから、チョロい仕事だよ。
俺達はまず、林の中に縄を張り巡らせて、その縄に鳴子を垂らしておいた。
有事の際は、俺の精霊術でこいつを鳴らすってわけだ。
警護を始めたその日の夜。
さっそく魔族は現れた。
俺が河上側を監視していると、突如としてルイーダが俺の服を引っ張った。
「どうした?」
「しっ!あそこ、あれ。」
ルイーダが指差したのは、何もないただの夜空。
その日は曇りで月も星も隠れている、本当の暗闇だった。
俺は目を凝らして夜空を見回した。
真っ黒い夜の中、何か揺らめきのようなものが見える。
空間が歪んでいるとでも言ったらいいのか。
それが、少しずつこちらに近付いてくるのが見えたのだ。
「見えた?」
「ああ。よく見つけたな。」
「エジルこそよく見えたね。」
「夜目は利くんだ。あれが魔族で間違いないのか?」
「だね。空間に溶け込む魔術を使ってると、あーやって周囲の大気が歪むんだよねぇ。」
俺は胸の前で手を合わせると、力ある言葉を呟いた。
「ブリーゼ。」
言葉と共に、島全体をそよ風が包み込み、林に張り巡らせた鳴子が一斉に騒ぎだした。
屋敷に目を移すと、全ての部屋に次々と明かりが灯るのが見えた。
「やってくれるじゃないの。」
突然の声に俺は驚いて振り返った。
目の前に、青白い顔をした男、いや女か?どちらとも言えない顔つきの奴が、宙に浮かんでいた。
顔から下は真っ黒いローブで覆われており、顔だけが夜空に浮いているようにも見えた。
「魔族か?」
ルイーダが無言で頷くのが視界の端に見てとれた。
「わざわざ気を使って穏便に済ませてあげようと思ってるのに、人の善意を踏みにじるんじゃないの。」
言葉を喋っているのに口が動かない。
一体どこから声が出ているんだ?
「人じゃないだろ?」
「ほほ。言葉のアヤね。
まぁいいわ。こうなったら隠れる必要ないわ。」
俺はルイーダを左腕で後ろに下げると、腰の剣の柄に手をかけた。
「我々のステルス術を見破る人間なんて放っておけない驚異なんだけど、今はもっと大切なことがあるのよね。マントを奪ったら、次はお前達を始末してあげるから、それまでは大人しくしていなさい。」
言い終わるかどうかのタイミングで、魔族の姿は再び闇に溶け込んで見えなくなった。
魔族が闇夜の中にかき消えてからものの数秒でのことだった。
屋敷の屋根から爆発が起こった。
「早いな。」
櫓から屋敷までは全速力で走っても数分はかかる距離なのに、魔族はたったの数秒であそこまで到達したってことだ。
次の瞬間、今度は大きな火柱が立ち上ぼり、闇夜を明るく染め上げた。
クリスティアーノの聖なる精霊術だ。
どうやら戦闘が始まったらしい。
前回、塔で戦った魔族は急襲のお陰で苦もなくやっつけられたが、今度はどうだろうか?
魔族と正面からまともにやり合うのは始めてだ。
とは言え、クリスティアーノは対魔族に特化して自分を鍛え上げてきた男だ。
苦戦くらいはするかもしれないけど、敗けたりはしねぇだろうな。
刹那だった。
屋敷の屋根が弾け飛んだかと思うと、凄まじい閃光を放つ紫色をした光の柱が夜空を貫いたのだ。
「す、すげぇな。なんだあれ。」
「あれ、魔族の光だねぇ。」
「は?」
「中位以上の魔族が放つ瘴気ってのを使うとあんなんになることもあるらしいよぉ。」
「いやちょっと待て!ってことは、屋敷を吹っ飛ばしたのは魔族の方だってのか!?」
「つーことでしょーねぇー。」
「お前はここで待て!」
俺はルイーダに一言告げると櫓の柵を飛び越えながら術式を組み上げた。
「フルーゲン!」
力ある言葉と同時に俺の体を強い風が包み込み、空中に浮き上がった。
「あっー!待ってぇー!」
背後からルイーダの声が聞こえたが、それには構わずに猛スピードで前へと進み始めた。
流石にあんだけ派手な花火を射ち上げるような魔族を相手すんのに、女は連れていけねぇからな。
俺は限界まで速度を上げようと意識を集中した。
フルーゲンの術ならば、櫓から屋敷までは数十秒で到達できる。
しかし、そのわずかな時間ですら、屋敷からは激しい戦闘の波紋がひしひしと伝わってくる。
聖なる光の爆発が起きた。
同時に無数の氷のつぶてが屋敷を包み込むのが光に照らされて見えた。
そして紫色の火柱。
今度は夜空を貫いたわけじゃない。
屋敷の壁から、林に向かって光が伸びた。
帯のような閃光が木々を凪ぎ払うと、光が削った跡から次々と爆発が起こった。
まずいな。
本気の魔族との戦闘ってのはここまで激しいものなのか。
どう贔屓目に見てもこっち側の不利だろうが。
ここへ来て俺の気持ちを焦りが支配してきていた。
甘く見すぎてたわ。
もっと早くマジになるべきだった。
爆風が俺を襲う。
が、その風を上手いこと推進力に取り込むと、俺の体は更に加速していった。
屋敷の近くまで接近して初めて様子が見えてきた。
応接間に続く壁は大きく穴が開き、それどころか屋根の半分までが抉り取られている。
半壊した屋敷の瓦礫が庭の至るところに散乱していた。
二階建ての屋敷の屋根ほどの高さで飛行を止めると、俺は眼下を見下ろした。
瓦礫の陰に隠れるビービー兄弟、そして少し離れた辺りの瓦礫の側にクリスティアーノの姿を捉えた。
どうやらまだ無事らしい。
クリスティアーノの近くに着地しようと高度を下げ始めた時だった。
屋敷の内部から、紫色の閃光が走った。
俺に向かって、だ。
「ヴェルウィント!」
俺は持てる限りの反射神経を駆使して、掌から突風を放った。
瞬間的に体が地面へ向かって加速した。
「エジル!」
クリスティアーノの声が聞こえた。
が、姿は捉えられない。
咄嗟に放った術は俺の体を強かに地面へと叩きつけた。
ギリギリで受け身だけはとったが、俺の体はまるで毬つきの毬なんじゃないかってくらいに高くバウンドすると、林の中に突っ込んでいった。
「いってぇなぁ!クソが!」
あまりの痛みに、俺は思わず独りで毒づいた。
とは言え、さっきの光が直撃してたら痛いじゃすまねぇしな。
ギリギリの判断だったが、なんとか命拾いはしたってもんだ。
木々の根元を転がりながら、俺はなんとか体勢を立て直した。
だいぶ頭がクラクラする。
かなり目が回っていたが、しばらくの間意識を集中させると、次第にそれは収まっていった。
更にもう少し時間を置いたところで、目眩は完全に収まった。
体に異変は感じねぇ。
やれる。
下草に身を潜めながら、俺は屋敷の様子を伺った。
屋敷の中。
応接間に魔族が見える。
天蚕のマントを背にする格好で、外部にいる俺達に向かって光を放たんと構えているみたいだった。
そして屋敷の外、先ほど上空から確認はしたが、俺から見て奥側に兄弟が、手前側にクリスティアーノが見えた。
走って近付くなら、まずはマッスルがいる瓦礫を目指すしかねぇな。
「フレイム!」
そんなことを思案していると、ギャレスが炎の術を放つのが見えた。
小さな火の玉が数発、連続して魔族に向かって放たれる。
が、火の玉は魔族に到達する直前、紫色に輝く障壁みたいなものにブチ当たると、あっけなくかき消えてしまった。
「グレイス!」
今度はカリムの方が術を放つ。
氷のつぶてが魔族を襲う。
が、結果は火の玉と同じでしかなかった。
「威力が足りないねぇ。」
背後からの突然の声に、俺の心臓は跳ね上がった。
「なぁにぃ~?びっくりしたぁ?」
「驚かすな!」
俺の背後にしゃがみ込んでいたのは、他でもないルイーダだった。
「って、お前!なんでここに!?いや、そうじゃねぇ、どうやってここ!?」
「どうやって?って、走ってきたに決まってんでしょぉがぁ。だってエジル、置いてっちゃうんだもぉん。」
「って、まだそんなに経ってねぇだろ!なんでこんな早くここまで来れんだよ!」
「そんなん今はどーでもいいのぉー。今はあいつやっつけないとねぇ。」
俺の背中に隠れながら、肩から顔だけを出して前方を覗いていた。
「ねぇ、エジル。よーく聞いてねぇー。」
ルイーダが俺の耳元に囁くように何かを話し始めた。
「は?そんなこと本当にできるのかよ?」
「タイミング難しいけどねぇー。でも、エジルならやれるよ。」
正直、雲を掴むみたいな話だった。
第一、精霊術の心得もないようなド素人のこいつの提案が上手くいくとは思えない。
理論上、可能なのかも分からねぇんだからな。
「やれる。絶対に。」
俺の心中を察してなのか、再び囁いた。
今度はさっきよりも更に力強い言葉で。
「分かった。」
俺は答えた。
やらねぇよりはマシだ。
何もしなけりゃ、魔族にマントを盗られて終わり。
ってか、本当にそれで終わりにしてくれんのかも分かりゃしねぇ。
気が変われば、俺達くらい焼き殺すのなんて造作もねぇだろうしな。
なら、やれるだけやった方が悔いは残らねぇだろ?
「今度こそここを動くなよ?いいな?」
「はぁーっい。」
間延びした返事をした後、ルイーダが俺の背中に掌を当てたみたいだった。
熱が伝わってくる。
俺は立ち上がると、一気に林から抜け出した。