表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新訳・エジルと愉快な仲間  作者: ロッシ
第四章【創世記】
76/84

砂糖

北の大陸。


その大陸は世界の中部に大きく跨がり広がっており、更に北の寒冷地にも大陸は存在していた。

厳密に言えば、北の大陸ではなく中央大陸とでも言うべきなのだろうが、ヨハン達の住む島から見て北側にあるこの大陸は、未だに世界の開拓が進みきっていないこの時代、彼らの感性においては北の大陸であった。


その南西部。

フランツの生まれたその地域は、熱く乾燥した土地だった。

周囲のほとんどを不毛の砂漠に囲まれていたが、砂漠を流れる大河の河畔には時折起こる増水によって上流から運ばれた肥沃な河土が堆積しており、その氾濫原のみが人々の居住に適していた。

人々の居住範囲は河畔に限られておりさして広いものではないのだが、その狭さ故に河川を利用した交通においては利便性が高く、農耕のみならず造船技術などの発展に貢献した。

こういった特異な環境が、この土地を世界でも有数の文明を持つ基盤としたのだった。



(相変わらず暑いな。)


港が見え始めた頃、フランツは甲板に出て船首から故郷を望んだ。

大河が海へと流れ込む河口部に港は作られていた。

ここは交通の中継地点。

大河を往き来する小型船と、大海原を駆ける大型の帆船はここに積み荷を集め、それをまたそれぞれの目的地へと運んで行くのだ。

白い石造りの家々が、ヨハンの暮らす村とは比べ物にならないほどの広大な範囲で居並んでいた。

港は莫大なる富を生み出す。

人々は富を求め集まり、いつしか港を囲むように巨大な都市が築かれていった。




「懐かしいか。

今回は特に長旅だったからな。」


ゲルトがフランツの肩を叩いた。


「感傷に浸ってるわけじゃないですよ。

早いところギルドに行きましょう。」


「ふはは。

お前もだいぶ商人の顔になってきたようだな。」





船を港に着けると、すぐに一団の仲間に始末を任せ、フランツはゲルト、ヨッギを伴い街の中心部へと向かった。

彼の言うギルドとはこの地域で行われている物々交換の取り引きを管理している商人達で構成された組織だ。

不公平な取り引きが行われぬよう、物の価値を定め、その規定に則った商談の管理をしており、全ての商人はこの組織に加盟しなければ物々交換を行えない決まりになっている。

そしてこの組織の加盟者同士が物々交換を行う場を設けるのもこの組織の仕事のひとつ。

組織管理下の物々交換をトレードと言った。

必然的に街で最も権威の集まる組織であり、街で一番大きな建物に本部を構えていた。


今回のように新たなる物資が発見された折りにはまずギルドに登録申請を行い、価値を定められ、それに即して取り引きを行うのが習わしだった。



フランツ達が建物に入ると、まずは簡素な作りながらも天井の高い、とても広いロビーが彼らを出迎えた。

すぐ右手には木製の机が置かれており、そこには若い女が腰掛けていた。


「ギルドへようこそ。

今日はどういったご用件でしょう?」


「新種の調味料を手に入れた。

査定に掛けたいんだが。」


「かしこまりました。

それではあちらの通路へお進み下さい。

突き当たりの部屋で査定のお手続きを。」



言いながら、女はロビーの反対側の通路を指し示した。

それを見るか見ないかのうちに、ゲルトとヨッギはそちらへと歩き始めた。

慌ててフランツもそれを追い掛けた。

二人は今まで、幾度とない新種の査定の経験を持っていた。

勝手知ったるものだった。

片やフランツはこの建物に来たこと自体も数える程しかない。


「兄さん、父さん。今回は僕に査定を任せてくれるんですよね?」


フランツは二人の後を早足で追いながら、問い掛けた。


「ほっほっほ。無論じゃよ。」


「お前が査定を誤魔化されんようによく見張っておいてやるさ。」


二人は歩を緩めると、その先の木戸の前でフランツに道を譲った。


「ここじゃ。ここからはお前に任せるとしよう。」


フランツはヨッギに促されるまま、木戸を叩いた。

中から低い声の返事が返ってきた。

扉は重く、フランツは体重を掛けて押し開いた。


室内はとても蒸し暑かった。

それもそのはずで、中に足を踏み入れるとその部屋が窓も何もない密室なのが分かった。

光も入らないその部屋は、無数の燭台に灯った火で照らされており、そのせいでとても暑いのだ。

平均的な庶民の住宅の居間ほどの広さだが、天井が低く、暑さと相まってかなりの圧迫感だった。


壁はびっしりと書物の詰まった本棚で埋め尽くされ、部屋の中央には大きな四角いテーブルが。

そのテーブルの前には三人の小男が腰を下ろしていた。

とてもとても小さい男で、フランツの膝丈ほどの椅子に腰を下ろしてなお、フランツの股下ほどまでしか身長がなかった。

男達は、根本として人間という種族ではない。

非常に珍しくはあるが、彼らは異種族だった。

種の名前などはフランツは知らない。

しかし、時として人は人ならざる者と交流を持っていた。

その例のひとつがこの三人の小男だった。


「久し振りじゃな。」


「誰だ?」



ヨッギが三人に声を掛けた。

その返答がこれだった。

低く、唸るような声で、真ん中に座る男が言った。

年齢はフランツやゲルトほどだろうか。

比較的張りのある、艶のある肌をしており、体つきも小さいこと以外はガッチリとした逞しい男だった。

その両脇に座る男達も、似たようなイメージで、眼鏡をかけていたり長い髭を蓄えている以外はそう変わらない雰囲気だった。


「ヨッギじゃ。」


「なに?ヨッギ?

おい、貴様。

いつの間にそんな年老いた?

さては偽物だな?」


「お前らと最後に会ったのは五年前が最後じゃが、それからそんなに変わっとらんよ。

と言うより前回も同じこと言っておったぞ。」


「む?そうか?

それはすまん。

人間の顔はいまいち見分けがつかなくてな。

それで、今日は何を持ってきた?」



本気なのか冗談なのか分かりかねたが、今はそんなことに構っている暇ではなかった。

フランツにはほんの一瞬の時間でも惜しいのだ。

早速、鞄から砂糖袋を取り出すと、テーブルの上に丁寧に置いた。


真ん中の小男は袋を引き寄せて中身を一瞥すると、両脇の小男達に何やら指示を始めた。

フランツの聞いたことのない言葉を使っている。

どうやら彼ら特有の言葉なのだろうが、これにフランツは焦りを隠せなかった。

何を話しているのか分からないこの状況では、この査定がどんな内容で行われているのか、そしてそれが正当な評価なのかすら分かる由がない。


「フランツ。

突っ立ってないで座れ。」


背後からゲルトの声がした。

振り返ると、ヨッギと共に壁際の小さな椅子にどっかりと腰を落ち着けていた。

そのあまりに見事な座りっぷりに、フランツの緊張は一気にほどけて消え失せた。


「安心しろ。

俺も初めての時はお前みたいなもんだったがな。」


フランツがゲルトの隣の椅子に腰掛けると、腕組みをし、真っ直ぐ前を見据えたままの姿勢で話し始めた。


「彼らはギルドの最高指導部に所属している責任ある立場だ。

妙な気は起こさないさ。

それに、」


「なんとなくじゃが儂が理解しとるしの。」


「あの言葉が分かるんですか?」


「なんとなくじゃ。

奴らの同種と旅をしてたことがあってな。

その時に日常で使う言葉くらいは習ったんじゃよ。

ま、奴らは専門用語ばっかり使いおるからなんとなくしか分からんがの。」


「す、すごい。」



まだまだこの人達の背中は遠い。

フランツの心は滾るように熱くなった。

だからこそ追い付き、追い越し甲斐があるというものだ。


小男達はテーブルの下の木箱から、秤や拡大鏡、乳鉢など様々な器具を取り出し始めた。

熱したり、水に溶かしたり、フランツ達では思い付かなかった様々な側面から検証しているようだった。


どのくらいの時間が経っただろうか?

この窓の無い部屋では時間の感覚など無いに等しい。

緊張感からか、腹時計すら役に立たなかった。

じっと待つことに苛立ち始めたのが遥か遠い昔のことのようだ。

息苦しさを覚え、部屋の外へ出ようかと思ったその時だった。



小男の一人がようやく声を上げた。



「待たせたな。」


「早かったの。」


「そうか?コショウが初めて見付かった時の倍近くの時間が掛かったと思うが。」


「あぁそうじゃな。

今のは嫌みじゃ。」


「おい、ならばもっと分かりやすく言え。

まぁいい。

これの価値が決まったぞ。」



フランツは思わず小男に駆け寄った。


「おい!近いぞ!

そこに座れ。」


「あ、あぁ、すみません。」


三人は小男達にテーブルを挟み対面する位置に椅子を移動させると、改めて腰を落ち着けた。


「よし。

じゃあ査定結果を発表するぞ。

これはだなぁ、結論から言うと・・・・。」


「・・・・・・・。」

「・・・・・・・。」

「・・・・・・・。」


「・・・・・・・。」


「いや早く言って下さいよ!」


「心の中でドラムロールを鳴らしてたのだ。

もう少し待て。」


「待てるか!」


「ドゥルドゥルドゥルドゥル・・・・。」


「結局鳴らすのかよ。」


「よし!

この砂の価値は、クラスAに認定された。」



「よっしゃあぁー!」


フランツは思わず立ち上がった。

この認定は予想通りではあった。

しかし、実際にこの認定が下されるかどうかが彼らの未来を左右することに間違いはなかった。

ギルドで下されるクラス認定が、この街のトレード市場での価値基準となる。

ここで認定されたクラスの上下で驚くような価値の差が出るのだ。


クラスA。


十段階中最高位。


それこそ、村一つ分の運命を変えられるほどの価値の差が。





「こんなものどこで手に入れた?

どのくらい量があるんだ?」


「それは企業秘密だ。」


「ほれ、せっかくクラスAつけてやったんだから、何か賄賂代わりに情報をよこせ。」


「はっ。

公正を保つためのギルドで賄賂をねだるなよ。」


「誰だ。

そんなつまらん決まり作った奴は。俺だ!」



ブツクサ呟きながら、小男の一人が書類を書き始めた。

どこまでも冗談か本気か分からない連中ではあるが、とにかくフランツの目的の一つはこれで叶ったわけだ。

ならばもうここに用はない。

フランツは次の手続きに移りたくて仕方がなかった。


「ほれ。出来たぞ。

これを持って登録室で登録手続きをしてこい。」



そんなフランツの思いを察してなのかは分からないが、何の前置きもなく小男は書類を渡して寄越した。


「ありがとうございました!」


フランツは天にも昇るような心持ちで部屋を飛び出した。





ロビーに戻ると、受付の女はそれを待っていたかの様に今度は自分の背後にある通路を指し示した。


「登録室はこちらです。」


「ありがとう!」



早足で通り過ぎるも、女性に会釈だけは忘れずに。

この場所では誰に対しても敬意を払え。

ゲルトの言い付けだった。


登録室から出てくると、部屋の前のソファにはゲルトとヨッギが並んで座っていた。


「父さん!兄さん!これを見て下さい!」


フランツはつい今しがた仕上がったばかりのクラス登録書を二人に手渡した。


「ふむ。どれどれ。」



ヨッギが書面に目を落としながら言った。


「不備はないようじゃの。」



その視線が、特に登録申請者の名前を確認したのをフランツは見逃さなかった。

そこにはフランツ、ゲルト、ヨッギの三名の名が刻まれていた。



「そうか。フランツよ。」



それを聞き届けてからゲルトはフランツの前で立ち上がると、その肩に手を置いた。


「おめでとう。

これでお前の負債は無くなったわけだ。」


「ありがとう、兄さん。」



その言葉にフランツは打ち震えた。






トレード場はギルド本部と隣接した建物内に設置されていた。

非常に広大な敷地が使用されており、最も賑わう時間帯には毎日千を超える人々が集まった。

ヨハンの村の人々が見たら度肝を抜かれること請け合いだ。


この場所には独特の決まりがいくつもある。

より効率的に物々交換を行うための決まりだ。


ここでは事前登録されている物品のみが持ち込みを許され、物々交換の対象となるのだが、

まずはギルドが管理している預け入れ用の受付にトレードしたい物品を預ける。

その物品が認定されたクラス毎に色の違う木札が割り当てられており、預けた際にその物品のクラスに該当する木札に交換を行うのだ。

木札一枚あたりで換算される物品の量も決められており、持ち込んだ量によって受け取れる木札の枚数も変わるという寸法だ。

そして受け取った木札を持ち、トレード場内に広がる市場を見て回り、欲しい物品がある場合はその店主と木札同士の交換を行う。

最終的には受け取り用の受付に交換希望の物品リストと木札を提出し、ギルドの人間が現物を回収して購入者に渡される流れとなる。


フランツはその建物の前に立ち、満足げな表情を浮かべると、ゲルトとヨッギを引き連れてその場を後にした。

 




今すぐにでもトレード場に駆け込みたい気持ちを抑え、フランツは一旦船へと戻った。

ヨハンとルイーダから預かった、彼らの全財産である五つの壺はフランツの部屋に保管してあった。

それを持たずしてトレード場に行く意味はない。

今や壺の中身の価値はクラスA。

フランツがゲルトから借り受けた食料は、およそクラスCの価値で見積もった場合の量に相当した。

クラスA認定された今、あの時と同じ壺半分の砂糖があれば、ルイーダの見積もり通りの五倍の食料を調達出来る。

つまり単純計算したとしても、あの時の五十倍の食料を用意するだけの財力を有する権利を手に入れたのだ。


船に到着すると、フランツはすぐさま自室へと向かった。

自然と彼の足取りは軽くなっていた。

無理もない。

初めての彼の手柄は、誰よりも大きな価値のあるものなのだから。


フランツが部屋の扉を閉めようと、ノブに手を掛けた時だった。


「待て。」


ゲルトがフランツのその手を制止した。


「少し邪魔をするぞ。」


そう言って、部屋の戸を開けさせた。


「どうしたんです?急に。」


フランツはゲルトを室内に招き入れた。

彼の部屋は簡素なものだった。

半分をベッドが締め、それ以外には小さな机が枕元に置かれているのみ。

残りの少しのスペースに、宝の壺が鎮座していた。

ゲルトは机の椅子に腰掛けると、フランツにもベッドに座るように仕草で促した。

その表情からは何の感情も読み取れなかった。


「さて。

トレード場に戻る前に、俺達の取り分について話し合おう。」



その口調は、表情そのままに無機質なものだった。



「当然だが、俺達はあの集落の遣いじゃない。

命懸けで航海をし、ギルドでこいつらに価値をつける代行をし、所望の食料を持ち帰る。

それ相応の報酬は頂く。」


「そ、そうか。そうですね。

分かりました。」


「それでだ。

親父に今回の旅に掛かった諸経費を算出して貰ってある。」



ヨッギはフランツの自室に来る途中で、既にどこかへ消えてしまっていた。

ゲルトが懐から折り畳んだ一枚の紙を取り出した。


「諸々の経費と俺達の利益を計算して・・。」



フランツは旅立ちの前の、ヨハンとルイーダとの話し合いを思い出していた。

(壺一つ分までなら。)

それが三人の出した結論だった。

フランツの所属する一団は決してボランティアではない。

それは彼らも重々承知していた。

利用するからにはそれなりの報酬を渡す腹づもりは出来ていた。

だから予め、村として払える砂糖の量も決めておいてあったのだ。




「俺達の取り分は、壺三つ分だ。」




フランツは思わず立ち上がった。


「三つ!?今三つと言いましたか!?」



ゲルトがじろりとフランツを見上げた。

その目は、彼の威厳に溢れた獅子のような顔と同様に、恐ろしく獰猛な獣の眼差しだった。


「ああ。」


ゲルトの言葉はその一言だった。

何を下らないことを尋ねる?

まるでそう言わんばかりの短い返答に、フランツはその要求から逃れられないことを悟っていた。

この目をした兄に逆らうことなど出来やしない。

フランツの半生で培われた経験則がそれを伝えるのだ。

いつだってフランツは、この歳の離れた兄に屈してきた。

誰よりも優れ、誰よりも賢く、そして誰よりも冷酷。

フランツが物心ついた頃から兄は一人前の商人で、凡庸なフランツでは到底敵わない、雲の上の存在。

覚えている限りで、フランツは兄に逆らったことは一度もなかった。

そして今回も逆らうことは出来ない。

心の中のフランツがそう伝えるのだ。



そう伝えてきたからこそ、


(それを待っていたんだ!)


狼煙となった。




「兄さん!」


「なんだ?」


「お言葉ですが、壺三つは、いくらなんでも・・・。

これはあの村にとってとても大切なものなんですよ。

それを、いくら全面的に代行を行ったとは言え、こちらの取り分が六割ではあまりにも強欲すぎる。」


「フランツよ。

お前、何か勘違いしていないか?」


「勘違い?」


「お前は、紛れもなくうちの乗組員だ。

お前の食い扶持は俺達の利益から賄われてるのを忘れるな。

組織の全員が食っていくための利益を、組織の一員であるお前が減らそうとする意図はなんだ?

お前、自分の立場を見失っているんじゃないのか?」



そう言いながらゲルトはゆっくりと手を持ち上げると、フランツの額から顎にかけてをその大きな掌で覆うようにして優しく撫で下ろした。


「いい加減、目を覚ませ。

お前は俺の跡を継ぐ男だ。

こんな所で躓くな。

いいな?」



ゲルトはゆっくりとした動きのまま立ち上がると、部屋から去っていった。


取り残されたフランツは、ベッドの上に力なく腰を落とした。

短い呼吸しか出来なかった。






それからの数日、フランツの心は黒い霧で包まれていた。

トレード場に壺二つ分の砂糖を持ち込み、ヨハンの村のための食料と交換し、船へと運んだ。

積みきれない分はギルドが管理する貸倉庫に保管した。

その間も、常にその心は暗闇だ。

このどうしようもない虚無感は言葉では言い表しようがない。

むしろ言葉は必要ないほどに、フランツの姿を見れば一目で分かるほどに、フランツの心の中身は抉りとられていた。


船に積み荷を乗せ終えたら、明日の朝いよいよ出航だ。

その晩、フランツは自室の机に向かっていた。

仄暗い燭台の灯に照らされ、何かを無心で書いていた。

大して長くもない文章を書き終えると、フランツは手紙を丸めて小指程の小さな筒に入れた。

それから彼は、ダニーの部屋へと向かった。

主のいない部屋は、フランツの部屋とほとんど変わらない簡素なものだったが、唯一違う点は彼女が飼育している雄の鳩のケージだった。

ダニーがいない間、この鳩の世話はフランツの日課だった。

鳩に餌と水を与えると、フランツはベッドに腰掛けてそれを食べる姿をじっと見つめていた。

鳩がひとしきり餌を食べ終えるのを見届けると、フランツはそっとケージの戸を開け、鳩の足に手紙の入った筒を括りつけた。

そうして、フランツは彼を優しくケージから取り出した。


窓を開けた。


鳩は元気よく、闇夜へと飛び出していった。





つづく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ