神器②
さて、この辺りからは一旦、俺達の世界ってのに触れないとならねぇな。
世界には大きな大陸が4つある。
まずは俺が今いる中央大陸。
まぁ大体、世界の陸地の半分くらいはこの大陸で、とんでもなく横に長い。
地図で見る限り、世界の北側の半分はこの大陸だな。
んで、その南西。地図で言う左下に、目指す暗黒大陸ってのがある。
その逆側、中央大陸の東側には、北と南に別れた大きな大陸がふたつ並んでる。
目的地はこの、上の方の大陸な。
そんで地図の真ん中辺りの南側は無数の島々で構成されていて、俺達の国がある島はその群島の中で一番大きな島。
大陸にはもう一歩届かない、そこそこ大きな島になるわけだ。
そして俺達が今目指しているのは、中央大陸の極東。
更にその北端にある半島だ。
その半島の先端は飛島になっていて、島を渡っていくと東の大陸に楽に渡れるって寸法になっている。
俺達が今いる山岳の国ってのは、実は中央大陸の北西の端に位置している。言ってみたら極西ってことだ。
極西から極東へ。
俺達が今からやろうとしていることは、大陸の横断。世界の半分を徒歩で渡ろうって試みなわけ。
んで、そこに至る経路の話な。
ざっくり分けると3つのルートが存在していて、北回り、南回り、それと中央をつっきるって内訳になる。
普通に考えたら北西の端から北東の端に進むわけだし、北回りルートを使うのが最も近いわけだが、そこを通る人間はほとんどいない。
大体が南回りルートを辿る。
南回りは確かに遠回りではあるんだが、まぁ人口が多いってのが選ばれる理由かな。
町が多い分、何かと便利だからな。
その次が中央。
こっちは山や乾燥地帯が多いから、あまり人が住んでいない。その代わり、人目にもつきにくいって利点もあって、隠密行動をするにはここが一番だ。
転々とある町もそういった旅人に慣れてるからか、割りと口裏を合わせてくれるらしい。
で、問題の北回り。
こっちが選択されない最大の理由が、帝国にある。
この大陸の北半分はほぼこの大帝国の領地だ。
実は今挙げた3つのルートのうち、人口が最も多いのはこのルートだったりする。
しかし、ほとんど誰も通りたがらない。特に俺達が帝国に足を踏み入れるのは自殺行為に等しい。
大体において帝国は他国の者に厳しいんだ。
特に元敵国である、水の都出身の勇者にはな。
もし勇者が帝国の領地内で見付かったら最期だ。有無を言わさず捕縛され、謂れのない拷問を受けてから極刑に処される。
勇者=水の都の兵力=侵略。って構図らしい。
そんなわけだから、俺達は最も楽に移動できる南回りルートを選択することになった。
俺達はまず、大陸に上陸した港町まで戻り、旅の支度を整えた。
ここから先はとんでもなく長い旅になる。
特にルイーダにはな。
下手したら普通に死ぬ可能性すらあり得る過酷な環境下での旅が予想されるから、俺はこいつのために馬車を手配した。
無論、資本はルイーダ自身のだが。
港町を出ると、まず立ちはだかったのは広大な砂漠。
幸いにも定期的にオアシスを通る街道が開拓されていたが、それでも十分にしんどい。
砂漠を抜けると次は途方もない草原地帯。
草原には次第に木々が生い茂り始め、いつの間にやら熱帯の密林へと姿を変える。
この辺で大体このルートの半分くらいだった。
まぁ、ぶっちゃけここまででも相当な数の魔物と出くわしたし、立ち寄る町のいくつかでは人助けだったりなんだりがあったんだけど、そのひとつひとつを細かく追っていくと大体2話ずつは浪費してしまうのではしょるがな。
とにかく大冒険の連続だった。
それでだ。
この次辺りからが大切なとこになるんで、少し細かい話をしていこうと思う。
それは、密林を抜け、亜熱帯地域の町に到着した時のことだった。
南回りルートの他の場所だってもう十分にそうなんだが、ここは特に俺達の感覚からしてみたら異質だった。
栄養分が多いからかとにかく濁った河が張り巡らされた土地なんだけど、驚いたのはほとんどの家屋が河の上に建てられていること。
そのせいか、重い石造りの建物は全く見られず、全てが木製。
まぁ土地土地の特性もあるから仕方ないけど、俺の目から見たら小屋にしか見えない建物に人々は暮らしていた。
その暮らしぶりはとにかく合理的。
家の窓から釣竿を垂らし、魚を釣ったらそのままさばいて食べる。
買い物とかそういう煩わしいものは一切省かれた、究極の自給自足ってやつなのかな。
ま、そんな不思議な町に興味を惹かれたのは確かだな。
俺達はこの町に宿をとることになった。
世界中のどんな場所にも必ずあるのが、酒だ。
人間って種族に酒は切っても切れないものなのかもな。
ご多分に漏れず、この町にも酒場があり、そこには人が集まる。人が集まれば情報も集まる。
俺達は立ち寄った町では必ず酒場に足を向けるようにしていた。
「さて、この町じゃどんな酒が名物なんだろうな?」
「俺はプロテイン割一筋だ!」
「俺、今、割られる方の酒の話をしてるんだけどな。」
「んっとねぇー、ここらへんでは壺酒ってのが主流らしいよぉー。」
「壺酒?なんの酒だ?」
「壺のお酒だってさ。」
「いや、原材料のことを聞いてるんだが。」
「え?壺でしょ?」
「いや、お前。たまにいきなりバカだな。」
「よし!
俺は壺酒のプロテイン割だ!」
そんな他愛のない、いかにも仲の良い会話を交わしていると、少し離れた席の男達の会話がふと耳に入ってきた。
「おい聞いたか?ラオのとこに盗人が押し入ったらしいぜ?」
「本当かよ?あのガチガチに警備された屋敷にか?」
「間違いない。ここしばらく、前にも増して警備が厚くなったからな。それにな、なんでもラオ本人が鉢合わせたらしいが、盗人は魔族だったって話だぜ?」
「ま、魔族!?」
「おい、声がでかいぞ。だからさ、町の血の気の多い若いのだけじゃなく、あんな傭兵みたいのを雇ってんだとよ。」
「なるほどな。」
俺達は互いに顔を見合わせた。
ここで俺の感想だ。
何故、魔族ってのはガッツリ攻め落とさないでこそ泥みたいな真似をするのか。
まぁ理由なんてどうでもいい。
今、問題なのは、
「ねぇ、一番高い壺酒をあっちの席にお願い。」
ルイーダの不穏な動きだ。
「お兄さんたちぃー、私も混ぜてよぉー。」
注文する否や、ルイーダはすかさずそのテーブルにすり寄った。
「お!?すんげぇべっぴんじゃねぇか!いいぞ!座れ座れ!」
「ふふ。これ、私の気持ちね。」
運ばれてきた壺酒を気前よく男達に差し出した。
「こ、こりゃ、幻の名酒!?俺達じゃあ逆立ちしても手が出ない上物じゃねぇか!」
「お兄さん達にちょっと喜んで貰いたくてぇー。」
「喜ぶ喜ぶ!こんな綺麗な姉ちゃんに、上等な酒!俺達、夢でも見てるんじゃねぇか!?」
「夢なんかじゃないよぉー♪ほら、いっーぱい飲んでね♪」
「だっはっはぁー!遂に俺にも春がきたかぁー!?」
「またまたぁー。きっとお兄さん達モテるんでしょー?カッコイイもん!
お話も面白そうだしぃー。
ねぇねぇ、何のお話してたのぉ?」
「ん?聞きてぇのか?」
「実はな、この町の大地主にラオってのがいるんだがな・・・」
こういう時のハニートラップっつーのは大体が失敗するに決まってる。
ってか、こいつがハニートラップなんか出来るわけないと思ってたのに。
誠に遺憾ではあるが、以下の情報を手に入れることに成功した。
一月ほど前に、大地主のラオの家に魔族が押し入り、家宝である天蚕のマントを盗もうとした。
何とか撃退したものの、その後も魔族には狙われているらしい。
警護のために何とかって言う名うての傭兵兄弟を雇ったらしい。
警護の厚さを見る限り、近々魔族の襲来があるみたいだ。
そしてまだ現在も警護の募集は続いてるらしい。
これだけ揃えば十分だ。
俺達はラオって奴の傭兵になり、魔族から神器を守り、それを借りる。
やることは決まったわけだ。
「あー、楽しい♪私、帰りたくなくなっちゃったぁー♪」
「マジかァ~?姉ちゃん、俺の家に泊まるか?」
「いやいや、俺の家に来いよ。」
「えぇー?迷っちゃうなぁー。二人ともすっごいカッコイイんだもぉーん。」
「嬉しいこと言うねぇー!」
「どうだ?マジでうちに来ないか?」
「えぇー?どぉっちにしよっかなぁー?
それとも、りょおほぉー??」
その辺りでクリスティアーノが俺に話しかけてきた。
「なぁ、エジル。
ひょっとしてあいつ、自分で自分のハニートラップに引っ掛かってないか?」
俺は無言で立ち上がると、ルイーダ達のテーブルへと歩み寄った。
「すまねぇな。こいつ、こう見えて男なんだ。」
「えっ!?」
「えっ!?」
ルイーダを連れ帰った。
明くる朝、俺達はラオの家ってとこを訪ねた。
家って聞いてたが、その規模はもはや城だ。
町の中心を流れる大河は、川幅の広いところでは対岸がうっすらとしか見えないほどにでかい。
だから中洲の規模もでかい。
小さな島だ。
ラオの家はその島をまるまる使って建てられた、河の上の宮殿だった。
俺達はまず、町に駐留しているラオの使用人と会い、傭兵に応募したい旨を伝え、それから使用人に連れられてラオの所有する小船に乗って島に向かった。
桟橋につけた船から下りると、目の前には大きな塀が構えていた。
俺の背丈の軽く3倍はある、塀と言うよりはもはや壁なそれは、島をぐるりと囲うようにして宮殿を守っているらしい。
壁沿いに少し歩くと、重そうな石の扉があり、その前に槍を携えた男がふたり佇んでいた。
使用人が少し話した後、正門が開かれ、俺達は敷地内に入ることを許されたんだけど、もうこの時点で水の都や山岳の城以上に入るのに手間が掛かってる。
正門を通ったものの、そこから見えたのは一面ただの雑木林だった。
「お屋敷はここから徒歩で10分かかります。」
使用人が説明してくれた。
林道を進んでいくと、魔物が現れた。
地主の敷地内に、魔物が現れた。
もう一度言おう。
魔物が現れた。猪の顔をした獣人型の。
「どういうことだ!?」
クリスティアーノが咄嗟に身構えた。
「いや、どういうことも何も、試験じゃねぇの?」
俺はポケットに手を突っ込んだまま答えてやった。
ルイーダは俺の隣で痛そうに頭を押さえていた。なんで二日酔いになるほど飲んでんだ、こいつは。
「し、試験だと!?」
「おいマッスル。そいつをやっつけるんなら、聖なる精霊術を使うんだな。」
大方、どっかでこの戦闘は監視されてるんだろうから、やるならやるでこっちの価値を最大限に見せてやるべきだ。
そうこうしてるうちに、獣人はクリスティアーノに襲いかかってきた。
「うおっ!?
マジで襲ってきたぞ!仕方ない!
サントシャーマ!」
その太い腕から、またあの白い光の帯が放たれると、獣人は一瞬にして蒸発していなくなった。
「どうだ!?」
クリスティアーノは力こぶを作ったポーズで俺達の方へと振り返って見せた。
「いや、上腕二頭筋かんけーねーから。ってか、その術、また少しパワーアップしてねぇか?」
「そうだろう!
レベルアップしてるんだぜ!」
クリスティアーノが笑顔を覗かせ、その輝く歯を光らせた瞬間だった。
林道の両脇から、別の猪獣人が飛び出してきたのだ。
「なに!?」
完全に虚をつかれた。挟み討ちだ。
クリスティアーノもどちらに狙いを定めるべきか一瞬の迷いが生じたらしい。
すぐには動けなかった。
俺は直ぐ様、胸の前に両手を合わせたが、恐らく間に合わない。
獣人がクリスティアーノに襲いかからんとしたその時だった。
一方の獣人を激しい火柱が包み込み、
もう一方の獣人を大きな氷塊が包み込んだのだ。
獣人達は、そのままこと切れて動かなくなった。
「危ないところでしたね。」
「油断は禁物だぜ。」
驚く俺の背後から、そんな声が聞こえてきた。
振り向くと、ふたりの男が立っていた。
つづく。