絶望の世界
「エジル!
こっちこっちよ!!早くするのよぉ!」
北門の前にはミュラーとロイス。
俺のことを待っていてくれた。
二人を見付けると、俺は走った。
「ちょっと!ボロックソのグッチャグチャじゃないの!!」
「兄ちゃん怪我は!?怪我はない!?」
「ああ。」
「あんたは!?」
まるで母親が子供にやるように、ミュラーはルイーダの肩を両手で押さえつけその姿を改めている。
「あんた血まみれじゃないの!?服も破けてるし!大丈夫なの!?」
「うん。
ちょっと・・・転んだけど・・・大丈夫。」
「俺もルイーダも傷ひとつない。安心しろ。」
「あんた達ねぇ!
考え無しにも程があるわ!噛まれでもしたら一貫の終わりなのよ!!あんた達みたいな、とんでもねー強力なのがゾンビになったら、一体どうなっちゃうって言うの!?」
「まぁまぁ、二人とも無事ならよかったじゃないか。それよりも、僕ら、早く出発しないと。」
南の方面ではいまだ散発的にだが花火が上がり続けている。
ロシツキー達の気持ちに応える為にも、俺達は早く旅立たなくてはいけない。
気持ちと頭は、まるで別人のように違った方向を向いている。
それでも、俺達は街を後にした。
夜のバザールの街から俺達の故郷へは少し長旅になる。
北西側に位置する山脈に沿って山岳の国を経由して、そこから南下すると古代から続く港街に辿り着く。
街道に沿って進むも、時折、思い出したようにゾンビがさ迷っている。
俺達は極力、奴等と遭遇しないように街道から少し離れて歩いた。
どこの集落にも悲惨な光景が広がっていた。
既にゾンビ化は各地に蔓延し始めている。
いくつもの町や村は放棄され、人気のない廃墟には徘徊するゾンビだけが取り残されていた。
俺達は山脈の麓に位置する、とある小さな村の様子を高台の上から見渡していた。
「もはや魔物すら寄り付かないのね。」
「ミュラー。お前なら骨と内蔵と脳ミソ垂れ流しながら近付いても、仲間だと思われて襲われないんじゃないか?」
「兄ちゃん。今そのジョークは空気読めなすぎだって。」
「・・・・・。」
「ルイーダ。あんた本当に大丈夫なの?旅に出てからほとんど喋らないじゃない。」
「うん。・・・大丈夫。」
「疲れてるんだろう。行こう。」
俺達は先を急いだ。
更に南下し平原に出ると、遥か彼方の丘陵に白い建物の固まりが見えてきた。
中央大陸の玄関口。
世界のあらゆる流通が交わる場所であり、数十万の人々が暮らす世界有数の大都市だ。
人が集まる場所が最も危険だ。
俺達は街道から外れると、森の中を進んだ。
「兄ちゃん、どうする?街の様子を見ていく?」
「ああ。人が多い場所だ。気になるな。」
森の中で背の高い木を見付けると、俺はそいつの頂上まで登り、街の方へと双眼鏡を向けた。
強固な城壁に囲まれた港町の門は固く閉ざされている。
壁の中から煙が漂っている。
あれは、生活の煙だ。
中には無事な人々がいるようだ。
しかし、壁外に無数に横たわる死体の山が、この街に起きた騒乱の度合いを物語っていた。
城壁の周囲を、今までとは桁違いの数のゾンビが徘徊している。
恐らく一国の軍隊にも匹敵するだろう、凄まじい数だった。
「まるで蟻塚だな。」
俺はスルリと木から降りると、街の様子を皆に報告した。
「まだ生き残っている人達がいるみたいだ。だが、周りにはとても近づけそうにない。」
「そろそろ一度どこかで落ち着きたいわ。ここしばらくまともな食事も出来ていないし、このままじゃルイーダの体力がもたないもの。」
「少なくともこの大陸では難しいだろう。」
その街の更に南側。
半島の先に小さな漁村があった。
ほとんど住民もおらず、数件の家が並ぶ程度の村とも言えないような漁村だ。
そこまで行けば船を手に入れられる可能性がある。
例えゾンビに占拠されてようと、その程度の小さな規模なら切り抜けるのも可能だろう。
「少し無理をさせるが、早いところこの大陸を脱出しよう。流石にこの短期間で大陸を跨ぐような増え方はしていないだろう。」
「そうね。ルイーダ、歩ける?」
「うん。・・・大丈夫。」
「ねぇちゃん、全然大丈夫そうじゃないよね。」
「仕方ないわね。私がおんぶしてあげるから、もう少し頑張りなさい。」
「ミュラー。俺が背負う。戦闘力の高いお前がパーティーを守ってくれ。」
「分かったわ。早いところ船を手に入れるわよ!」
予想通りその漁村も放棄され、いくらかのゾンビが徘徊しているのみだった。
俺達は身を潜め、村を迂回して浜辺を目指した。
そこには小さな漁船が停泊したままだった。
「盗むみたいで申し訳ねぇけど、今はそうも言ってられねぇな。」
その中でも4人が乗れる程度の比較的大きなものを選ぶと、俺達は海へと漕ぎ出した。
通常のあれば、ここから俺達の島までは一月程度の長い航海になる。
だが俺達にはロイスがいる。
最も魔力を消費しないブリーゼの術ですら、船に驚くほどの推進力を与えることができる。
更にはそれを延々と放出することも可能な持久力を併せ持つ。
船はたったの2日間で海を渡りきったのだった。
俺達の故郷へと戻ってきた。
南方の比較的大きな島だ。
島には2つの都市がある。
ひとつは俺やルイーダの家があり、不死鳥の騎士団が身を置いている城下町。
そしてその少し西側には小さな港町がある。
体力的な限界が近い。
城下町は目と鼻の先ではあったが、俺達は西の港町に立ち寄ることにした。
少し離れた海岸から上陸すると、一度内陸に入り込み、町の様子を伺うことにした。
町を見渡せる場所に、小高く切り立った丘がある。ロイスがその崖の上から合図を送ってきた。
どうやらこの町にはまだゾンビ化の侵食は届いていないようだった。
町に入るとまずは宿をとった。
ルイーダの衰弱が激しく、すぐに休ませないとならない。
食事を部屋に運んでもらい、ひとしきり腹を満たす。
一気に眠気が襲ってきたが、圧し殺して俺は町長の家に向かった。
外の大陸で起きている事態を伝えねばならない。
「まさか、そんな事が本当に?」
「信じられないと思うが紛れもない事実だ。いつこの大陸にも渡ってくるか分からない。今のうちから食料をかき集め、外敵に備えてくれ。」
こういう時、勇者であることが本当に役立つ。
俺の言うことは基本的には信じてもらえるからな。
話が早くていい。
村長はすぐに村の青年団に召集をかけ、キビキビと指示を出していた。
それを見届け、俺は宿へと戻った。
ルイーダの部屋を覗く。
宿の女将に看病されながら静かに眠っていた。
自室に戻ると、ミュラーもロイスも俺を待っていたようだが、既に意識は朦朧としており、俺の姿を確認するとすぐに眠ってしまった。
俺もベッドに横たわり、深い眠りに落ちた。
「大変です!!エジル様!!!」
誰かが部屋の扉を激しく叩いている。
頭痛がする。
俺は重い頭をゆっくりと持ち上げた。
カーテンの隙間から、薄い光が射し込んでいる。
その感じからして、夜が明けてすぐのようだった。
「つい今しがた、水の都の方に向かってヴァンデルンの光が走りました!」
俺は跳ね起きた。
ヴァンデルンの光。
それこそがゾンビを各地に運んでいる元凶。
ミュラーとロイスも同時にベッドから転げ落ちるように飛び出してきた。
「クソ!寝すぎた!すぐに発つぞ!」
「ちょっと、エジル!待ちなさい!」
「何でだよ!?」
「少し冷静になりなさい!昨日、あんたが町長の家に行っている間に城下町には早馬を飛ばしてあるのよ!」
「は、早馬!?」
「そうよ。情報は早く届けた方がいいじゃない。恐らく昨日のうちから城では準備が始まっているはずよ。
いい?エジル。城下町には元魔王のクリスティアーノ達もいるわ。そう簡単に落とせる場所ではない。冷静に行動するのよ。」
「そこまで気が回らなかった。すまねぇ。礼を言う。」
「でも、もしもがあるかもしれないわ。城には三人で行くのよ。ルイーダは女将さんに預けて、飛空挺で迎えにくればいいわ。」
「そうだな。お前達の言う通りにしよう。」
ガチャリ。
俺が言い終えた時、扉が開いた。
「私も・・・行く・・・・。」
ルイーダが立っていた。
「ルイーダ?あんた、まだ寝てないとダメよ。」
「私も・・・行く・・・・。」
「よし。ルイーダは俺と一緒に来るんだ。」
「ダメだよ兄ちゃん!無理は禁物だよ!」
「全くどうなってんのよ、この二人は。もうどーあっても聞かないって顔しちゃって。」
ミュラーが深い溜め息をついた。
村から城下町までは早足でおよそ数時間。
ルイーダの体力もほぼ回復しており、俺達はその半分の時間で駆け抜けた。
街に近付くにつれ、風に乗った喧騒が聞こえ始める。
「くそ!やはり術に乗ってきたか!」
俺は走る速度を更に速めた。
俺達の故郷の街には外敵が少なく、堅牢な城壁などは備わってはいなかった。
しかし、今は外周にバリケードが張られ、国王軍の兵士達が警戒に当たっているのが見えた。
俺達は正門に駆け寄った。
二名の兵士が槍を交差させ、俺達の行く手を阻んだ。
「むむ!これはエジル殿!かようにお急ぎで、いかがなされた!?」
「今朝こっちにヴァンデルンで誰か来ただろう!?無事なのか!?通してくれ!」
「しかし、今は・・・・」
兵士の一人が言いかけた時だった。
「通してくれ。」
クリスティアーノだった。
「おい、マッスル。ヴァンデルンで人が来たな?無事なのか?」
「誰がマッスルだ!
ああ、飛んできた奴には見事なゾンビが食らいついていたぜ。だが安心しろ。お前達から事前に情報を貰っていたお陰で無難に対処が出来た。助かったぜ。」
俺は胸を撫で下ろした。
元魔王のクリスティアーノはビービー兄弟と共に、俺達の故郷で国王公認の義勇軍を率いている。
こいつが出てきたということは、現在は国王軍と義勇軍が協力して街の警備に当たっているってことだ。
俺達はクリスティアーノを伴い、ひとまず国王様に謁見をした。
「おお、エジルよ。よくぞ無事に戻った。」
長い話しははしょるが、とりあえず俺達は魔王に会うために飛空挺が必要であることを伝えた。
飛空挺はこの城の地下にある、国王軍のカタパルトに預けてある。
飛空挺の所持者は不死鳥の騎士団ではあるが、武力としての管理は王国が行っており、使用するには国王の許可が必要なのだ。
「あい分かった。飛空挺出撃の許可を出そうぞ。クリスティアーノや。兵長と共にエジル達をカタパルトに案内するのじゃ。」
俺の前に兵長がやってきた。
「やぁ、エジル。相変わらず忙しそうだね。」
「たまたまな。元気か?」
俺達は握手を交わした。
魔王退治の旅から戻り、何度か顔を合わせる機会はあったが、こうやって面と向かって話しをするのは本当に久し振りだ。
だが、何年経っても変わらないもんだな。
まだ子供の頃、アカデミーに入る前。
一緒に修行ごっこをした時からの付き合いだ。
初めてできた友達ってのはさ。
俺達はすぐにクリスティアーノと兵長につれられ、地下カタパルトに移動した。
広い広いその空間には、軍隊所有の騎馬戦車がところ狭しと並んでおり、その遥か先に、飛空挺が鎮座していた。
「おう!ようやくこいつの出番がやってきたんだな!」
不死鳥の騎士団所属のメカニック達が忙しなく飛空挺の周囲を往き来している。
俺達の到着に備えて、急ぎ整備を進めてくれていたらしい。
「いつでも準備は出来てるぜぇ!後は、お前らが乗り込むだけだ!」
「ありがとう、皆。すぐに魔王のところに向かい、世界に平和を取り戻してくるわ。」
ミュラーとロイスが騎士団のひとりひとりに声をかけていた。
あんなんでもやっぱり団長なんだよな。
こういう時だけは貫禄がある。
そんなこと思いながらその光景を眺めている時だった。
「エジル!いや、エジル殿!!」
兵長が声を上げた。
突然かしこまった喋り方をして。
「私も、エジル殿にお供したいのですが、よろしいでしょうか!?」
そう。
今この人は、友人としてではなく、兵長として俺に話しかけてる。
自分も戦いたい。その気持ちを真剣に俺に伝えてきている。
俺にはそれに応える義務がある。
俺も兵長に倣って、かしこまってから返答を返した。
「兵長。あなたの気持ちは嬉しいが、あなた方にはこの国を守って貰いたい。
俺達が必ずこの異変の解決策を見付けてくるから、」
俺が言い終わらないうちだった。
「私も、私も、
せ、世界を、せがいを、すぐう、
おて、おでづだいを、
おでづだいをぉぉぉあぁぁ!」
俺の言葉を遮った兵長の瞳が大きく見開き、みるみるうちに血走る。
血管が太く盛り上がり、顔中に隆起していく。
「っな!?」
「あ、
あ、
あ、
あ、
あああぁぁぁぁ!!」
血管が弾けとんだ。
その瞬間、ゾンビと化した兵長が俺に向かって飛びかかってきた。
つづく。




