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新訳・エジルと愉快な仲間  作者: ロッシ
第三章【絶望の世界】
51/84

ゾンビ

眼下には今もまだこの世のものとは思えない、悪夢のような光景が広がっていた。


人々は逃げ惑う。

人間だけではない

魔王配下の魔物ですら、異形の者達の前に次々と屈していく。


この街にはもはや混沌しかなかった。




「久しぶりだな♥️エジル♪」


「せ、船長!!」


塀の上から俺達に縄梯子を降ろしたのは、どうやらこの男だったようだ。


赤き海賊団。

七つの海を股にかける大海賊団の船長がこのロシツキーだ。

俺は前回の冒険で一時期この海賊団と行動を共にし、その後も様々な形で支援を受けていた。


その海の男が、なぜこの街の塀の上に?


「なんだ?どうなってるんだ?あんた、ルイーダと一緒だったのか?」


「そぉで~す。

ちょっと野暮用の後、お宝を売りに船長達とこの街に来てたのでしたぁ。」


「まーた金儲けばっか考えやがって。

いつまで経ってもお前の悪癖は治らねぇな!」


「治す気ゼロなのでぇ。」


「おいおい♣️今はそんな漫才やってる暇じゃねぇだろ♦️

おいエジル♠️お前はなんでこの街に来たんだ?♥️」


「いや、俺達はたまたま立ち寄っただけだ。船長達はいつからここに?」


「俺達は二日前からだ♪ちょうど街がこんな風になっちまった時に居合わせた♣️」


「二日前!?

たった二日でこの街はこんなことになっちまったってのか!?一体何が起きたんだ!?」


「私達にもよく分からないんだけどぉ、

どこかから、ヴァンデルンでやって来た男の人がいたのよぉ。

その人が地上に降り立つと、そいつにあのゾンビがしがみついていたの。

そこからはもう大変。

んでね、そのゾンビが他の人に噛みついて、んで元々ヴァンデルンで来た奴もゾンビになって、そっからはもうゾンビゾンビよぉ~。」


「ヴァンデルンで?だからお前、俺の術を止めたのか。」


「うん、そう。

どうやらヴァンデルンはゾンビを運んじゃうらしいんだよねぇ。」



たったの二日間。

街は廃墟と化し、無数のゾンビが跋扈し、生き残った人々を追い回している。


「街の人達も家に閉じ籠ってはいたんだけど、急なことだったしぃ。

日常で備蓄していた備えが無くなって、食料を求めて外に出る人が増えてきたから、どんどん被害も広がっているんだよぉ。」


「それにしてもあいつらは一体なんなんだ?

さっき、ヴァンデルンで連れて来られたって言ってたよな。

ヴァンデルンは術の理によって、術者の周囲の人間しか運べないように決められてんだぞ。

ってことはよぉ。」


「あれは人間だと認識されてる。

ってことだな♦️」


「さっきの話を総合すると、恐らく人間が何らかの原因でああいう風になり、その人間が仲間を増やしている。って事なのか。」


「多分ねぇ。」


いつもは能天気なルイーダの声も、この時ばかりは沈んでいるように聞こえた。


「くそ。何がどうなってるんだ。

その、この街にやってきた元の奴は一体どこから来たんだ?何が原因でああなったんだ。」


「分からないな♠️」


「とにかくだ、こんな状況は見過ごしておけねぇ。俺達が正す。」


「さっすがエジルぅ~。かっこつけマーン。」


「茶化すな。

俺は久し振りにマジだからな。」


「よし。そうと決まれば、まずはこの街をどうにかしないとよね!」


ミュラーが声を上げた。


「でもさ、ミュラー。どうするつもりなのさ?」


「どうするって、あのゾンビ達をやっつけるだけでしょ?」


「おい、ミュラー。話を聞いていたのか?

あれは、人間だ。俺は人間は殺さない。」


「人間って言っても、あんなのよ?もはや人間じゃないでしょ!」


「ダメだ。もしかしたら元に戻せるかもしれない。その可能性を探る。だから俺は、」


「バカなんじゃないの!?目の前で人々が殺されてるのよ!?それを放っておくって言うの!?」


「分かってる!分かってるよ・・・。」


「よし、エジル♥️お前の気持ちは分かった♪

この街は俺達に任せろ♣️

出来る限りの手を尽くして住民を守る♦️そしてあのゾンビにも手は出さねー♠️その間にお前はあれをどうにかする方法を探せ♥️」


「船長、恩に着る。

聞こえただろ?ミュラー、ロイス。俺達はこの悪夢を終わらせる為に元凶を探るぞ。」


「全く、お人好しなんだから。」


「兄ちゃんも相変わらずだね。僕もがんばっちゃおうかね。」


「はーい。んじゃ、早速行きましょー。」


「なんだ、お前も来るのか?」


「来るのか?って、酷いなぁ。私はあんた達の仲間だよぉー。行くに決まってるじゃん。それにぃー、もし私がゾンビに食われそうになったら誰が守ってくれるんよぉ。エジルでしょ?」


「お前、世界最強の精心術師じゃねーか。」


「えーん。エジルの薄情者ぉ。旅の間、ずっと嫌み言い続けてやるぅ。」


「連れてくからやめてくれ。」


「聞き分けの良い子はおねーさん好きでーす。」


「嬉しくねぇわ。」


「で、当てはあるのか?♪」


「こんなことしそうな奴は一人しかいねぇだろ。魔王に会う。」


「でもさぁ、魔物ですらゾンビの標的になってるよぉ?」


「いや、ルイーダ。よく見ろ。

人間はゾンビ化するが、魔物はゾンビにはならない。ってことは、本来は人間だけを狙っているってことだ。制御が効かないからなのか、魔物も襲われているが、元々は魔王の奴が仕組んだと見るのが自然だろう?」


「まぁそうよね。こんな悪いこと考えるって、魔王くらいしか思い付かないわよね。」


「よし。じゃあ、魔王城に行くんだね。」


「そうだな。しかし、どうするか。ヴァンデルンが使えないとなると、正規のルートで魔王城を目指すしかない。となると、飛空挺を使わないとな。」


「不死鳥は水の都に置いてきちゃったわよ。」


「仕方ねぇ。一旦、飛空挺を取りに戻るしかないな。道中、他の街の様子も見られるだろう。

徒歩だと相当な長旅になるが、覚悟はいいか?」


こうして、俺達はこのゾンビ化現象を解決すべく、新たな冒険に旅立つこととなった。








おおー!

うああおぉぉー!

くるしい・・・・

ぶしゃぁ!!

たす・・・け・・・・



俺達が塀の上に避難していたのはほんの小一時間でしかなかったのだが、その短い時間でゾンビの増殖は爆発的に進んでいた。



襲いくる相手を傷付けずに退けるのは至難の業だ。

ルイーダ達は俺達と出会う前の二日間、必死にゾンビ達の行動を観察し、その対処法を探していたらしい。

その結果得られた情報を簡潔に教えてもらった。



・ゾンビに噛み付かれた人間は、数分のうちにゾンビと化す。


・ゾンビ化すると、行動は鈍くなるが極端に力が強くなる。


・ほぼ不死身に近く、頭部が破壊されない限り動き続ける。


・知恵はなく、扉を開けるなど物を扱うことは出来ない。




思考能力は無いらしく、手近にいる人間や魔物を襲うだけのようだった。

ただひとつ、その行動には特徴があった。


「あれだねぇ~。多分、あいつら、音に反応してるねぇ~。」


「音だと?」


「うん、多分。じっと屋内に潜んでいる人達には気付かない。だけど少しでも物音が立てば、一斉にそこに向かい始めるの。だからね、誰かが囮になって大きな音を出せば、簡単にそっちに集まってくると思うのぉ。」


「囮は俺達海賊団が行う♥️その隙にエジル達は脱出を図ればいい♪」


「いや、そう簡単にはいかなそうよ。」


ミュラーが口を挟んだ。

俺の方を見ながら。


「何故だ?♣️」


「うちの勇者様がそれでいいとは思ってないからよ。」


ロシツキーも俺へと視線を移した。


「他に何か考えがあるのか?♦️」


「船長。俺はこのままこの街を放ってはいけない。このままゾンビが街にのさばったままじゃ、街の人達はどうなる?あんた達が守ってくれるとは言え、それにも限界があるんじゃないか?」


「ばかエジルばか♠️お前はそんな心配するな♥️

お前達が脱出した後は、俺達が策を練ってゾンビ共を街から閉め出して、門を閉じる♪

そんでしばらく籠城して、その間にお前達が解決策を見つければいいだけの話だろう♣️」


「どうやってゾンビを街から閉め出すんだ?」


「どうやって、ってお前♦️そりゃあ俺達は偉大なる海の覇者、赤き海賊団だぜ♠️方法ならいくらでもあるさ♥️」


「あんた達を信じてないわけじゃない。

だが、俺はあんた達の誰にも犠牲になって欲しくない。俺は、まずここからゾンビを追い払い、それからじゃないとこの街を離れられない。」


「おうおう♪

まったく俺達も見くびられたもんだぜ♣️」


「諦めなよ、船長。こうなったらエジルはテコでもうごかないからさぁ。」


ルイーダが鈴のような笑い声をあげた。




夜のバザールの街には石塀の南北の二ヶ所に出入り口用の門が設けられていた。

今はそのどちらも解放されたまま、何者の出入りも自由になっている。


「よぉし。まずは元々人口が多めな北の門を閉じるんだよ。そしたら、反対方向の南の門の上で大きな音を立てるんだ。

ゾンビが音に反応して集まってきたら、状況を見て更に南門の外で大きな音を立てる。

全てのゾンビを外まで誘き寄せたら門を閉じるんだ。

そしてそれと同時進行で僕達は北門に回り込み、そこから脱出する。

僕らが外に出たら、この街は門を閉じて、誰も中に入れさせないようにするんだよ。」


ロイスが街の見取り図を広げると、指で示しながら作戦を説明していく。

説明の後、俺は立ち上がると全員の顔を見渡した。


「誰も死ぬんじゃねぇぞ。」


「そりゃ俺の台詞だっつーの♦️」






パン!パン!


南側の塀の上で、小さな花火が打ち上がった。

これが作戦開始の合図となった。

俺達が陣取るのは、街の西側。

全体像が把握出来る、ひときわ高く建設された櫓の上だ。




徘徊するゾンビ達は、一斉に爆音の方向に向き直ると、続々と移動を開始した。

と同時に、

音に驚いた住人達の一部が、屋外に飛び出してきたのだった。


しまった!


きっと誰もがそう思ったに違いない。

確かに住人達に事前説明等は出来るはずもなかった。

その状況で大きな音を立てれば、こうなる可能性はあった。


ゾンビからすれば、格好の獲物が目前に現れたことになる。




「船長!玉が続く限り花火を打ち上げろ!

ミュラー、ロイス!お前達は北側へ回り、脱出準備を整えておけ!」


「あんたはどうするのよ!?」


「やれることをやるさ。」


俺はすぐさまロープを降ろすと、滑るように下界へと向かった。








「外に出るな!

家の中に隠れるんだ!」


悲痛な顔で腰を抜かしている中年の男に襲いかからんとするゾンビの足を払い、男を引き起こしながら俺は叫んだ。



「全員家の中に避難しろ!音は気にするな!全員家の中に避難しろ!」



見える範囲、襲われてる人を救出しつつ、俺は声を上げて走った。

救った人間を手近の建物に押し込み、それからすぐに別の人間を探した。


しかしここは砂漠の要所。かなり大きな街だ。


俺一人では到底手が回らない程の人々が入り乱れている。


「家の中に入れ!出てくるな!」


喉が張り裂けるかと思うほど、俺は力の限りの叫び声を上げた。


あああぁぁぁぁ!!

グルルあああ!!!


俺の声に反応して、周囲のゾンビ達がこちらに向き直る。

よたついた足取りではあるが、一斉に俺に向かって走り出す。

数はゆうに二桁は越えている。

人や魔物みたいな殺気は纏っていない。

馬が草を食むように。

狼が馬を補食するように。

そして人が狼を駆除するように。


なんの違和感もない。

俺を殺すことになんの違和感もない。

とるに足りない、至極当たり前のことのように。


気付くと、先程の倍以上のゾンビ達が俺の周囲を取り囲んでいた。


流石の勇者様も、これでは成す術もないよな。

潮時。

そんな言葉が頭をよぎった。


訳の分からない正義感に託つけて考えなしで動いた報いだろう。



見渡す限りの異形の者達。

一斉に飛び掛かってくる。


どうか、俺の仲間達が無事に脱出して、この悪夢を醒ませてくれるのを願う。



グルルぁぁ!




ゾンビの大群が一斉に俺に飛び掛かって来るのが見えた。


「またまたぁ。なぁんでそんなに無理しちゃうかなぁ~。」


俺とゾンビの間に、羽根を生やした女が現れた。











「ルイーダ!?」


気が付くと、俺はルイーダに肩を支えられ街の路地裏に立っていた。

ゾンビ達に飛び掛かられる刹那、どうやらルイーダが時間を止めて俺を助け出したらしい。


「ほーんと、無鉄砲。一人でなんでも出来ると思うなよぉ?」


俺の胸の辺り。

ルイーダは笑っていた。


「しばらく遊んでなかったからぁ。思ったよりも短かったなぁ。」


「なんだって?」


「・・・・・。」


ルイーダの言葉に、俺は愕然とした。

急いで視線を落とそうとすると、無言のままルイーダは俺にしがみついた。


腹が、生温かい。


「お前・・・。」


ルイーダは、俺に見られまいと必死にしがみついてくる。


「ごめん。噛まれちゃった。」


「嘘だろ?また冗談言ってんだろ?」


腹の辺りから、生温かさが広がっていく。

俺は自分の腹に手を当た。

濡れている。

そっと手を上げる。


ルイーダの赤が俺の手を染めていた。


「エジル。

ここでさよならだよ。」





つづく。

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