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新訳・エジルと愉快な仲間  作者: ロッシ
第三章【絶望の世界】
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目覚め

遥か昔、


世界には太陽と月と、海と大地があり、動物と人間が豊かに暮らしていた。


人間は日を追う毎に進歩を遂げ、群れを作り、次第に国が作られた。


そして人間が繁栄するにつれて争いが起こり、世界は乱れていった。


世界が戦火に見舞われるようになった時、突如として大地が裂け、その裂け目から魔なる者が現れた。

魔なる者は大地に魔なる獣を放ち、その強大な力をもって世界を支配せんとした。


人間は成す術もなく、魔なる者の前に屈していった。


しかし、人間は強い生き物だった。


争いの絶えなかった人間達は、魔なる者を前にした時、再び手と手を取り合い、その脅威に立ち向かった。


しかし、いく星霜を経て、遂に魔なる者を打ち倒す者が現れた。


勇者エジル。


勇者は仲間を集め、魔なる者の城に乗り込んだ。

壮絶な戦いの末、遂に勇者は魔なる者の王を打ち倒し、世界に平和が訪れた。




それから・・・・。






俺は古びた扉を押し開けた。

思ったよりもドアは重かったけど、軋んだ音を立てながら、ゆっくりと俺を酒場の中に招き入れた。

中はほんのりとした灯りに照らされていた。

さほど広くない店内には4人掛けほどのテーブルが5つ並んでおり、そのひとつひとつに小さな燭台が置かれている。

少し甘く、それでいて爽やかな不思議な香りが俺の鼻をくすぐった。

スラムの中とは思えない、とても不思議な雰囲気を持つ空間が広がっていた。

俺は店内に足を踏み入れた。


いつもながら、ここは変わらねぇな。


そんなことを思いつつ、俺は奥のカウンターを目指した。


「いらっしゃいましぃー。」


店内に、気だるそうな女の声が響き渡った。


「よぉ、ミサミサ。」


どういう仕組みなのかは知らねぇが、こいつの髪の毛は会う度に色が違う。

とびきりの美人であることに違いないのに、いつも奇抜な髪色をしており、せっかくの美人が台無しだ。

今日の髪は登頂部が派手なピンク、毛先にいくにつれて紫から水色に変わっていく。

似合ってる、似合ってないで言えば、似合ってるのかもしんねぇけど、変であることに変わりはねぇな。


「あら、エジルさん。お久し振りねー。」


「ああ。ルイーダは?」


俺はカウンターの席についた。ミサミサはウイスキーを勧めてきたが、俺は掌をあげて首を振る。代わりに差し出してきたコーヒーのカップに口をつけた。


「店長、まだ戻ってないんですよ。」


「まだかよ。あいつどこほっつき歩いてんだ。男でもできたか?」


「エジルさぁーん。そんな自虐的な冗談言って、ドMですかー?」


「いや、意味が分からねぇんだが。ミュラーとロイスは?」


「おふたりならお城の依頼で、中央大陸の砂漠に向かいましたよー。」


「マジか。参ったな。」


「どうしました?」


「俺も王様に用を頼まれてな。山岳の国の領地に魔族かもしんねぇのが出たらしいから、調査に行くとこなんだ。」


「魔族!?やっぱ伝説の勇者様は頼まれる仕事も伝説ですね、頼られてますね!」


「いや、めっちゃ嫌なんだけどな。もし本当に魔族だとしたら、簡単にやっつけられるような相手でもねぇし、だからミュラーとロイスに来て貰いたかったんだが・・・どーすっかな。」


「おふたりの仕事はそんなに難しくなかったかと思いますよ。けっこう前に出掛けてますし、そろそろ終わる時期なんじゃないですかね。迎えに行ってみたらどうです?」


「そうなんか。良い情報だ。ルイーダよりよっぽど優秀なんじゃないか?余計なボケも挟まないし、話が早いくていいぞ。」


「ちょっと、口説いてるんですか?ダメですよ。私は皆のアイドルなんですから。」


「さ、そしたら砂漠でも行くか。ありがとな。」


俺はコーヒーを飲み干すと椅子から立ち上がった。


「ちょっと!せっかくボケたんだからツッコんで下さいよ!」


面白くないボケにはツッコまねぇからな。

俺はポケットから銀貨を取り出すと、カウンターに置いた。

仲間のはずの俺からもきっちり金を取るこの店の方がよっぽど笑っちまうけどな!!



俺はヴァンデルンの術で、一路、中央大陸の南西部に広がる砂漠地帯を目指した。





ミュラーとロイスが出向していたのは砂漠の遺跡だった。

石造りの巨大な建造物で、いつからあるのかは誰も知らない。

相当な昔からあるんだそうだけど、そんな昔にこれをどうやって作ったのか。

なんなら、現代ですらここまでの石を積み上げるのは難しい。


「あら!エジルじゃないの!」


「どうしたの?こんなとこで。」


ふたりは自分達よりも背丈の大きな石にへばりついて、刷毛みたいな物を使って念入りに砂を払っているところだった。

どうやってこんな物を作ったのか。

それを調べに来たのがこのふたりだってわけだ。


ひとりはとても大きな大男。

屈強な肉体を持ち、体のほとんどが筋肉で構成されているような大男。

焦げ茶色の髪は短く刈り揃えられ、顔立ちもゴツゴツとして逞しさがにじみ出でいる。

しかし、心の中は乙女。そんな奴。


片や、もうひとりは小柄な少年。

眉の下まで伸ばしたブロンドの髪の下には、中性的で、それでいて恐ろしく整った端正な顔を持っている。


このくそ暑い砂漠の太陽の下、ふたりとも濃紺色をした厚手のウールの服を身に纏い、足の先から腕の先まで袖も裾も下ろしたままだ。

しゃがんだりも多いからか、白銀の鎧こそ身に付けてないが、その鎧も少し離れた場所に立て掛けてあるのが見えた。


「よぉ。精が出るな。」


俺はポケットに手を突っ込んだまま、ダラダラとふたりに近付いて行った。


「ほんと、どうしたのよ。あんたが私達に会いにくるなんて。珍しいわね。」


「珍しいか?そんなことねぇだろ。」


「いいや、珍しいね。兄ちゃん、魔王の城から戻ったってほとんど遊んでくれないってミュラーがうるさいんだよ。」


「しょうがねぇだろ?お前らだって忙しそうにしてるだろうが。」




一度は魔族を退けたものの、それは俺達が見逃されたも同義の結末。

今も尚、世界は魔物の影に怯える毎日を送っている。

勇者アカデミーを作るようなうちの国と王様だ。

世界が完全に平和になるまでは活動を辞める気はないらしく、俺達にも事ある毎に、魔物退治やら調査やら、こういった遺跡調査やらの依頼が舞い込んでくるようになったんだ。


「いつもすれ違いだよね。たまには一緒に仕事したいとは思うよ。」


「そうよ。たまには遊びなさいよね。」


「うるせぇな。と言いたいとこだが、今日は遊びに来た。」


「え?本当に?」


俺の言葉に、ロイスの声のトーンが1段階上がった。

こいつは子供に見えるが、不死鳥の騎士団っつー伝説の騎士団の参謀だ。

しかも、稀代の天才魔術師。天変地異かと思う程の超常的な術を操るすげぇ戦士で、中身も子供とは言い難い落ち着き払った態度が特徴だ。


「ああ。山岳の国で魔族が出たかもしんねぇんだと。その調査に行きてぇんだが、魔族相手にひとりは厳しい。ついてきて欲しいんだ。」


「なによ、結局仕事じゃない!」


「悪ぃな。」


「そう言わないの、ミュラー。仕事とは言え久しぶりに3人で旅ができるんだよ。いいじゃない。」


「そっか、そうね!

待ってなさい、エジル。もうじき、ここの調査も終わるから、そしたら皆で行きましょう。」


「ああ。待ってるよ。にしても暑いな、砂漠は。お前ら、よくそんな格好で平気だな。」


「そりゃーそうだよ。感じないもの。」


「そうだったな。」


俺は日陰を探して腰を下ろすとふたりの調査を見守っていた。

生ける屍。

ふたりはそんな存在だ。

100年以上前、魔王に挑み命を落とした。

しかし、その魂は脱け殻となった肉体に留まり、魔王を倒すまで滅びることのない存在となったんだ。

体は屍だけに痛覚なんかが存在せず、寒いとか暑いとかも気にならないんだとさ。



「さぁ、お待たせしたわね。これで仕事も終わりよ。」


「よぉーっし!じゃあ、山岳の国に出発点だね!」


「と、その前に、久し振りの再会よ。どっかの町に立ち寄って、ご飯でも食べない?」


生ける屍のくせに飯は食うんだよな。

一応、食わなくてもいいんだそうだが、高いレベルに肉体を維持させるためには必要なんだとさ。


「ここから一番近くは夜のバザールの街だったかな。近いって言っても歩いたらしばらくかかるけどね。」


「ま、急を要するに仕事でもねぇし、いいだろ。じゃあ行くか、夜のバザールってとこにな。」





そんな道中。





夜のバザールの街へと差し掛かる頃だった。



「あっ!エジル兄ちゃん!あそこあそこ!誰かが魔物に襲われてるよ!」


ロイスが前方を指差して声を上げた。


なるほど。

確かに町娘風の女が熊の魔物に襲われているらしい。

熊を前にひざまずいている。


「あら!これは一大事ね!

このスーパーエキセントリックヒーロー、ミュラー様が助けてあげるわ!」


前回の物語を知らない人に説明しておくと、

このミュラーという男、

伝説の勇者、不死鳥の騎士団の団長である。

普段は軽いオカマキャラだが、根は真面目な騎士であり、その戦闘力は俺達のエースたらしめる、尋常ならざるものを持っている。



ミュラーが女と熊に走り寄る。



その時だった。



熊が女に牙を立てんと大きく口を開け、一気に食らいついた。


一足遅かったか!


俺は戦慄した。


しかし、


ぶっしゃぁー!!


俺は自分の目を疑った。


女に食らいついた熊を、

女が食い破ったのだ。



「うそ!?」


俺の後ろでロイスが声を上げる。

至極当然な反応だろう。

俺だってそう思った。


町娘風の女は野獣の口腔に自ら飛び込み、その舌に食らいつくと、それをそのまま引きちぎり、更に顔ごと熊の中にねじ込むと、かの悪名高き森の王者のうなじ辺りから飛び出てきたのだ。



「お、おおー・・・。」


駆け出していたミュラーがその場で立ち止まった。


それは良い判断だったと思う。


項垂れる熊の巨体を無造作に手に下げた女が、こちらを振り返った。


頭のてっぺんから魔物の血にまみれ、真っ赤に染まった女と目があった。



ぐじゅる・・

ぐじゅ・・


口から魔物の血が滴る。

口?

口なのか?


女の顔は、イビツに膨れ上がり、もはや人間のそれでは無かった。

目は爛れ、口は崩れ落ち、体液なのか血液なのか分からない液体が全身からこぼれ落ちていた。



「うわ。何あれ。魔族?」


ロイスのひきつった声が聞こえる。


俺も身動きがとれなかった。


それはミュラーも同じだったようで、立ち尽くし、身動きがとれずにいるようだった。


「お、おい、ミュラー。そいつ、なんだ?」


俺達より数メートル近いミュラーに問いかけた。

少しだが、より近いミュラーの方がそれがよく見えるであろう。


「あ、いや。いや。分からないわ。」



その時だった。


「ぶしゃぁー!!!」


女がミュラーに向かって駆け出してきた。


「わわわ!?き、来た!!」


突然の出来事にミュラーはその場で硬直した。


女の速度はそれほど速くは無い。

しかし、動転したミュラーは反応出来ない。


女がミュラーに飛び付いた。


屈強な騎士であるミュラー。

その身体は無様に地面に叩き付けられた。


「ぶしゃぁ!!グルルあああ!!!」


ミュラーを押さえ付けた女が、その首に噛みつかんと口腔を大きく広げた。


まずい。


俺は自分自身を奮い立たせた。

意を決して駆け出すと、全速力で距離を詰める。全速力の勢いのまま、女に体を当てて引き剥がすと、ミュラーの手を無理やり引っ張りあげた。


「逃げるぞ!」


俺達は走った。


死に物狂いで走った。


はっきり言おう。

俺はまがりなりにも勇者だった男だ。

前回の冒険では、魔王を倒し、世界に平和をもたらした。

それなりにも強い自信があった。


その俺がだ。


死に物狂いで逃げているのだ。



「エジル兄ちゃん!なんで逃げるのさ!

兄ちゃんの術でババーンっとやっつけちゃえばいいじゃん!」


「バカ野郎!

あれが魔物なのか人間なのか分からない以上、簡単には手ぇ出せないだろう!

とりあえず今は逃げるんだ!」


幸いにも女の走る速度は全くと言っていいほどに速くなかった。

俺達はすぐに引き離すことに成功した。




俺達は肩で息をしながら、夜のバザールの街に辿り着いた。



「ここまで来れば一安心だな。」


俺は独り言のように呟いた。


夜のバザールの街は、砂漠のオアシスの中に建てられていた。

街の周囲を高い塀に囲まれており、外敵の侵入を防ぐ造りになっている。

世界でも有数の堅固な城塞都市だ。



俺達は門を潜った。



そこは、



地獄絵図だった。





街は荒れ果て、

先程の女の如く、爛れ、イビツに膨れた無数の異形の者達が見渡す限りのありとあらゆる場所で蠢いていた。

街の住人を追い回し、あるいは捕獲しその肉を引き裂き、内臓をえぐり出し、そこら中に生臭いものを撒き散らしていたのだ。


そして住人だけではない。


街の異変に付け込もうと侵入を図った魔物の群れすらも、無数の異形の者達が群がり、よってたかって食い散らかしている。



「嘘でしょ。」


ミュラーが呟いた。

俺達は立ち尽くした。


「ぶじゅる、ぶじゅるぅぁ!」


気が付くとすぐ側にいた。

それは男だったようだ。

ようだ、としか言えない。


それほどまでに崩れ落ちていた。

人型だということしか分からないそいつが、俺達に向かって襲いかかってきた。


「どうする!?

どうするのよ!?これ!!」


「分からない!

だが、何かも分からんが、分からん以上は傷付けるわけにはいかない!!

逃げるしかねぇ!」



俺は喉の奥で力ある言葉を詠唱した。

ヴァンデルンだ。

とりあえず、ここから遠く離れようと考えた。


その時だった。


俺は不意に口を塞がれた。



「!?」



俺は咄嗟に振り払った。


「うえっ!」


ドサリと音がした。

その音の方へと俺は振り向いた。

攻撃の姿勢をとって。


そこで尻餅をついていたのは女だった。

まるで神々が自ら手を下して作り上げたのではと思うほどに整った顔立ち。

艶やかな絹のように流れる黒髪を長く伸ばし、前髪をサイドにながしてそれを小さな花の髪留めで留めている。

黒い革製のジャケットの下には薄水色のぴったりとしたシャツを着込み、大きな白い花柄が散りばめられた膝上丈のスカートからはシャツと同じ水色のレギンスに包み込まれた長い足が覗いている。

その足は、膝下まで伸びた黒い編み上げのブーツでしっかりと守られていた。



「いったぁーい!エジルのバカー!」


「お、お前!

ルイーダか!?」


「なぁんでいきなりぶん殴るかなぁ!

女子だよ!私、女子なんだからね!」


「お前、こんなところで何してるんだ!?

野暮用で留守にしてたのは知ってたが!」


「あー、はいはい!

無駄口は後でー。とりあえず逃げるのよぉー。」


言うや否や、ルイーダはすっくと立ち上がってさっさと走り出していた。


俺達もそれに追随した。


「おい!どこへ行くんだ!なんでヴァンデルンは駄目なんだ!?」


「とりあえず塀の上に逃げるのぉ。

あいつらは高いところには登ってこれないからぁ。話はまた後でねー。」


いかにもな女走りなのだがやたらと速いのは相変わらずだった。




塀に沿って走りながらとある場所に差し掛かった時、塀の上から縄梯子が降ってきた。


ルイーダを先頭に俺達は梯子に飛び付いた。


「ちょっと!パンツ見ないでよねぇ!」


「うるせぇ!お前レギンス履いてんじゃねーか!」


「でへへー。そーでしたー。」


俺達が塀の上に到達すると、梯子がスルスルと引き上げられた。


街の全容が見える。


至るところから黒煙が上がり、街は生臭い臭気で満ちている。



そこには絶望しかないように思えた。



つづく。

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