決戦、魔王城①
「立て。行くぞ。」
俺はふたりの腕を引っ張りあげながら、できるだけ感情を圧し殺した声を出した。
「はいはい。」
「なんかミュラーより団長っぽいね。」
ふたりの様子が少し違う気がしたが、今はそれを考える余裕がなかった。
「この塀を越えて入るんだろ?」
俺は塀を見上げた。
その高さは尋常ではない。
俺が10人いて肩車をしても届かないだろう。
「よじ登るのか?結構な時間がかかるぞ。」
「いや、そんな手間は掛けられないわ。」
ミュラーが俺達の前に一歩踏み出した。
鎧は砕け、中に着込んでいた服も切り裂かれた。
鍛え上げられた肉体が顕わになっていた。
「こうするのよ。」
その腕が塀を丁寧になぞっていく。
四角く、まるで絵を描くように。
腕が通り過ぎた後に、切れ目が入った。
そう、扉のような形に。
「これが私の精心術。私が触れたものは、全て私を通す。」
塀に描かれた扉を開き、ミュラーがそこを通り抜けた。
ロイスもそれに続く。
俺も前へと踏み出した。
が、塀に鼻の頭をしたたかに打ち付けた。
比喩ではなく目の前に星が飛んだのが見えた。
「おい!」
俺は鼻を押さえながら声を荒げた。
目の前には塀しかなかった。
が、切れ目が入るとまた扉のように塀が口を開けた。
「そして私が許可しない者はそこを通さない。」
扉の向こう側でミュラーが笑っていた。
「遊んでんじゃあねーんだぞっ!」
俺はミュラーに詰め寄った。
「この応用でドラゴンの首も切り落とせる。私がドラゴンの首に切れ目を入れれば。」
なるほど。
だから剣も持たずに。
アルシャビンの能力と近い効果を得られるが、ベクトルは別物ってことか。
アルシャビンは相手を削り取るための能力で空間を縮めたり物を抉ってたりしていたが、こいつのは通れない場所を通るための能力。
それを攻撃に使えば剣なんかよりよっぽど切れ味が良いってわけだ。
「説明はいいとして、なんで遊んだんだよ!」
「私のおっぱいを見た罰よ。」
言いながら、大胸筋を上下して見せた。
「ああそう!・・・・・なんかすいません。」
塀の内側に入ると、目の前はに城壁だ。
ロイスが説明していた通り、すぐ側に小さな扉が見えた。
「あそこが勝手口か?」
「ええ。台所を通って通路に出れば、すぐに上階へと繋がる階段があるわ。そこから2階に上がって渡り廊下を通り抜けた先に、魔王の間への階段がある。
ここからの侵入が最短距離よ。」
ミュラーが扉のノブに手をかけた。
「さぁ、行くわよ。」
扉を少し開くと、ミュラーが中を覗き込んだ。
後ろ手で俺達に手招きをする。
まずはミュラーが中に、続いてロイスと俺が滑り込んだ。
入ると同時にすぐ脇の壁に背をつける。
部屋は言われた通りの厨房だった。
魔族も飯は食うんだな。
近場にあった釜戸の上の鍋から異様な臭いが漂ってきた。
魔物の姿はない。
俺達は厨房の入り口側の壁へと素早く移動した。
もう一度壁に背をつけると、通路を覗き込む。
誰もいない。
それを確認すると、通路に足を踏み入れた。
目の前には階段が。
右手から階段に回り込んだ。
ブリーゼのそよ風を放って上階の気配を伺うも、そこにも魔物がいる様子は感じられない。
「来いってことか?」
「どうかしら。」
「可能性は否定できないね。」
だとしても進む以外に道はないんだよな。
俺達は手すりの影に屈みながら階段を上がっていった。
上階に到達してもまだ何も起こらない。
しかし、その先に見える大きな扉からは、濃い瘴気が漏れ出ていた。
こんな光景、前にもどっかで見たことあるな。
「待ってましたってとこか。」
「やる気満々ね。」
「兄ちゃん。」
「なんだ?」
「ここから先は、誰がやられようと前だけ目指すんだ。僕らのうち、誰が欠けてもね。」
「分かってるよ。」
「あんたが一番心配なのよね。」
「分かってるって。くどいぞ。」
俺達は扉に向かって歩を進めると、扉を開け放った。
「ようこそ。人間。」
声が響き渡った。
吹き抜けの中を通る渡り廊下にも関わらず、まるで屋内のように響き渡った。
並んで立つ俺達の前には、魔族が三体。
廊下の逆側に並んで立っていた。
かなり遠く離れているはずなのに、目の前にいるみたいな感覚に襲われた。
肌がひりひりしている。
かつて密林の国で対峙した魔族相手ですら、ここまでの威圧感は感じなかった。
三体全員が、人間とほぼ同じ背格好をしている。
こいつらも誰かの体を乗っ取っているんだろうか。
それぞれ身なりはバラバラだ。
真ん中のは黒い軽鎧を身に付け、長い赤髪をオールバックにしている。
顔付きも人間みたいだが、肌は紫色だ。
顔のパーツが全て大きいがバランスはよく、まぁまぁ端正な顔付きをしている。
両端の二体は仮面を被っていた。
一人は町人みたいな普通の格好をしており、ここからでは髪が見えない。
もう一人はローブですっぽり体を覆っていて四肢も隠されている。
長い黒髪が仮面を縁取っているみたいだった。
「3対3か。」
俺は剣の鍔に親指をかけた。
「どれを貰う?」
「私は真ん中がいいわ。あいつ、見覚えあるもの。」
言いながら大きく息を吸い込んだ。
ミュラーの胸板が大きく膨らんだのが見えた。
「知り合いか?」
「ええ。」
「僕らを死に至らしめた奴だよ。」
「じゃあ真ん中はやるよ。」
「僕はローブかな?魔術師っぽいしね。」
「俺はあの坊主頭か。」
「ねぇ、この会話って。」
「なんだよ?」
「悪者みたいね。」
言い終わるや否や、その場にいた6人全員が動いた。
同時に長い長い廊下を駆けた。
相手も同じく駆けてきたが、それは仮面のふたりだけだった。
黒鎧は音もなく宙に浮くと、高い位置まで舞い上がった。
まずは手下をけしかけて様子見ってとこか。
廊下の中央辺りで両陣営は激突した。
俺は抜刀すると、坊主に切りかかる。
それより一歩先にロイスは立ち止まり、ローブに向けてノーモーションで両手から火の玉を放つ。
坊主が俺の剣を避け、ローブが火の玉を弾き飛ばすために動きを止めた隙を突いて、ミュラーが飛び出した。
坊主の手に剣が生まれた。
まるで手から生えたみたいに、突如として。
斬りかかってくる。
俺はそれを難なく受け止めた。
受け止めて気付く。
それが氷でできた剣だと。
ロイスの火の玉を片腕で弾くと同時に、ローブは逆の手から同じような火の玉を発した。
無論、ロイスは事も無げに魔力の盾を張ってそれを防ぐが、ローブもノーモーションで火の玉を連続で放っている。
俺は受け止めた剣を捻って受け流すと、坊主の腹めがけて前蹴りを繰り出した。
蹴りを受けた魔族は怯みもせず、俺の足を空いてる腕で掴んだ。
俺は残った足で踏み切ると、坊主の顎を蹴り上げた。
どうやらこいつらも生身らしいな。
なんで魔族ってのはこうも他人の体を乗っとるのが好きなんだろうな。
俺はその姑息さに辟易していた。
ロイスの実力はやはり群を抜いている。
ローブの放つ無数の火の玉は全て防ぎ、しかも防ぎなから自分は次の術の準備までしてるんだからな。
火の玉が切れた瞬間、今度はロイスの手から炎の帯が放射される。
しかし、ローブは思わぬ行動に出た。
炎に左手をかざすと、それを吸収し始めたのだ。
しかも同時に右手から更に太くて大きな炎の帯を放ったのだ。
これにはロイスも驚いたらしい。
術を止め、体を投げ出して回避に回る。
坊主頭は顎に蹴りを食らってよろけはしたものの、さしてダメージはなさそうだ。
まぁ、人間の蹴りだもんな。
俺はその勢いで後方に宙返りをすると、着地の力を利用して体を前に蹴りだした。
勢いをつけて坊主の胴体に切りつけるも、坊主もよろけた体勢を利用して上体を大きく反らしたために空振りに終わる。
坊主はそのまま体を捻ると、体を起こすと同時に足払いを仕掛けてきた。
俺も足を上げてさらっとそれを避けるが、それが悪手だった。
体を起こす動きを利用し、後を追うように剣でも切りつけてきた。
この体勢じゃ避けられねぇな。
俺は体にぴったり添わせて剣を立てた。
氷の剣が俺の剣を強かに叩く。
あまりの力に俺の体はぶっ飛んだ。
廊下の床を転がりながら、ロイスが次の術を放った。
今度は雷の矢だ。
ローブは炎を止め、ロイス同様に魔力の壁でそれを防ぐ。
床に片膝をついたまま、ロイスが床に手を付いた。
その手から激しい火花が発され、床を電撃が走るのが見えた。
電撃は一瞬でローブの足元に届くと、その体を駆け巡った。
ローブの体は少し宙に浮きながら、大きく痙攣していた。
ロイスは優勢。
俺は劣勢かな。
ま、俺だってまだ本気を出してねぇから、こっからなんだけどさ。
だけどまずはこの状況からなんとかしねぇと。
ぶっ飛ばされた俺は、渡り廊下の手すりをすり抜けて、今まさに吹き抜けの中庭に投げ出されようとしていた。
さて、どうしたもんか。
とりあえず剣を手すりに突き刺そうとしたが、石の手すりは固すぎて剣が刺さらなかった。
宙に放り出された俺は、フルーゲンの術を念じようとした。
が、その前に俺の体は空中で静止した。
両脇の下を掴まれる感覚に、俺は自分の腋に視線を落とした。
紫色をした手が、俺の体を支えているのが見えた。
咄嗟に身を捻り、背後に振り返った。
「貴様がエジルか?」
それはミュラーが相手をするはずだった、黒鎧の魔族だった。
「てめぇ!?」
俺は腕を振り上げたが、黒鎧は首の動きだけでそれをかわして見せた。
「あんたは私の獲物よ!」
廊下の奥の方からミュラーが走ってくるのが見えた。
どうやら、ミュラーを無視して俺のことを助けに来たってことらしい。
「連れの女はこの先だ。」
黒鎧が俺の体を投げた。
まるでゴミを捨てるみたいに無造作に放ったような感じなのに、俺の体は投擲機で打ち出されたみてぇな凄まじい勢いで吹っ飛ばされていった。
「フルーゲン!」
準備していた術を解放し、体勢を整える。
目の前には扉がある。
振り返るとふたりが交戦する姿は遥か後方だった。
その扉は、魔王の間へと続く扉だと理解した。
あんな簡単な動きで俺をここまでぶん投げたって言うのかよ。
黒鎧がミュラーの攻撃を避けているのが、仮面のふたりがロイスに術を仕掛けているのが見える。
俺が見ていることに、ふたりも気が付いたらしい。
戦いの隙をついて、俺に拳を突き出して見せた。
俺も拳を突き出すと、扉の方へと向き直った。
この先に魔王がいる。
不思議と緊張はなかった。
遂にここまで来た。
色々と思い出すけど、そんな暇じゃねぇな。
ルイーダもいるらしい。
意図は知らねぇけど、あんな嘘はつかねぇだろ。
俺は扉に手をかけた。




