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新訳・エジルと愉快な仲間  作者: ロッシ
第一章・第三部【魔なる者】
32/84

甦る不死鳥①

流石に地元の人間は違うな。


一晩で膝丈ほどまで積もっていた雪の中を、すいすいと歩いていく。

それに引き替え、俺とルイーダは雪に足をとられながらのしのしと歩いていく。

教えて貰っても簡単にできるもんじゃねぇな。


更には魔物なんかも襲ってくるから厄介だ。

なんか氷の塊に顔がついたみたいな奴がウロウロしてるんだが、たまーに思いついたみたいに俺達の方にやってくる。

女とオカマと子供を守りながら戦うのも楽じゃねぇんだよな。

突進してくる氷を一刀に切り伏せると、俺は一息ついた。


「はぁー、いい体力作りだっつーの。足元とられながら硬い氷を叩き切るのもよぉ。」


ルイーダが氷の塊の中に埋まっている、赤い色をした石みたいなのを取り出そうと、必死に叩いている。

俺の剣で。


「おいお前!刃こぼれするだろうが!やめろ!」


「だって、固いんだもぉーん。」


ぎゃーぎゃー騒ぐ俺達を見かねたのか、母親の男が近付いてくると、荷物に取り付けてあったツルハシを手渡してきた。


「これならすぐに氷を砕けますよ。」


「を!やったぁー、ありがとぉー。」


ツルハシを受け取ったルイーダはそいつで氷をぶっ叩くも、先端が刺さっただけでびくともしない。


「貸してみろ。」


今度は俺が叩いてみた。

ルイーダの時よりは深く刺さりはしたが、だからといって砕けるまでは至らない。

こりゃー何回も叩いてちょっとずつ削るしかねぇかな。

そう思案していた時だった。


「私が。」


母親の男が俺の手からツルハシを取り上げた。


「こういうのはコツがあるんです。」


言いながらツルハシを片手で振り上げると、


「どっせぇーい!!!」


目にも止まらぬ速さで氷の塊に叩きつけた。

音こそあまりしなかったが、あまりの衝撃に空気が吹き飛ばされたようで、俺達のコートの毛皮がたなびいていた。


「こうするんです。」


そう言った足元には、ぱっくりと割れた氷の塊が無造作に転がっていた。


「やったぜぇー♪」


ルイーダは嬉々とした声をあげてそいつに飛びかかると、うまいこと断面から飛び出した赤い石みたいなのをほじくるように採取していた。


「すげぇ力だな。」


俺は呆れて母親の男に話しかけた。


「いえいえ。ですから、コツがあるんですって。」


「いや、明らかに気合いでかち割っただろ。どっせぇーい言ってたぞ。」


俺は全力でツッコんでみたが、母親の男はただただ笑っていた。


「いった!」


俺の背後からルイーダの声が聞こえた。

振り向くと、手袋を外した指を口に咥えている。

その指から血が滴っているのが目に入った。

どうやら氷か石で手を切ったらしい。


「大丈夫ですか!?早く止血しないと、傷口が凍ってしまいます!」


母親の男がルイーダに駆け寄った。

俺はその後について歩くと、ルイーダの隣にしゃがみ込んだ。


「見せてみろ。」


ルイーダの指を掌で包み込んだ。

淡い光が俺の手から放たれる。

ほんの少し、指を握ったあと、俺は手を離した。


「すごい!傷がなくなってる!」


それを見ていた母親の男が声をあげた。

俺は手袋をルイーダに渡しながら言った。


「面白い手品だろ?」


真似して笑ってやった。





それからまたしばらく歩いた。

大分、雪道にも慣れてきて、始めの頃よりは上手く歩けるようになってきた。

それでも普通に考えたらゆっくりなんだけどな。

まぁけど、ずっと真っ直ぐに歩くだけなんだからそれなりには楽なんだよな。


そんな感じで気楽に歩いてる時だった。


おもむろに子供が母親の男のコートを引っ張ったのが見えた。

母親の男が身を屈めて子供に耳を貸している。

小便かなんかかな?


「皆さん。どうやら少し進路がずれてきたみたいです。あちら側に進みましょう。」


そう言って右斜め前方を指差した。


俺は驚いた。

なんせ、目印も何もない平坦な雪原のど真ん中。

空も曇ってるし、雪もちらついている。

なんなら空と地面の境目すら見分けられないような状況だぞ。


「マジか?よくそんなん分かるな。」


「ええ。この子はこう見えて鼻が利くんです。」


「いや。意味が分かんねぇんだが。方向に関して鼻が利く意味も分かんねぇし、なんなら鼻が利くとか利かないとか見た目で分かんねぇし。」


またしても笑っていた。

なんなんだ。こいつらは。





その日は雪こそ降っているものの、特に荒れた天候ではなかった。

ずいぶんと長いこと歩き続けたが、それもようやく終わりが訪れた。

霧がかったように見える遥か前方に、何か大きな影が見えた。


「おふたりとも。あれが神殿です。」


そう言って立ち止まると、影を指で指し示した。


高い階層は持ってなさそうだ。

幅も狭い。

まるで普通の民家かなんかの大きさに見えた。


「あれが神殿?想像してたより小さいんだな。」


「近付けば分かります。」


母親の男に従って、俺達は影を目指して歩を進めた。

言った意味が分かったのは、神殿を目の前にした時だった。

確かに幅は狭い。

だけど、奥行きがとても長い形をしてるんだ。

そして興味深いのは、その建物を構成している素材だった。


「なんだ?これ。」


建物を見上げながら、俺はそいつに掌を触れてみた。

くすんだ銀色に見えるその壁は石とは違う独特の光沢を放ち、何よりも石と違うのは、綺麗な平面を持っていることだった。

指の間接で少し叩いてみる。

中に空洞を感じる、籠ったような音を立てた。


「金属か?」


直に触れてみようと手袋を外してみた。

掌をくっつけようとしたその時。


「だめ!」


母親の男が俺の腕を思い切り掴んだ。


「うわ!びっくりした!」


腕を掴まれたこともそうだが、その力に驚いた。


「だめです。こんなに冷えた金属に直に触れようものなら、表皮の水分が瞬時に凍ってくっついてしまいます。」


「え!?そうなのか!?」


「もしくっついてしまったら、溶かして取る以外には皮膚を破るしか方法はありませんよ。もちろん水なんてかけたら余計に凍ってしまいますから。」


「そんな危ねぇもんなのか。すまねぇ、助かったわ。」


「気を付けて下さい。ここでは普通に思えることも普通ではないんです。」


手袋をはめ直すと、少し離れて建物を見回した。

扉らしきものは見当たらない。

全体的に金属の壁しか見付けられなかった。


「なぁ、これ、どこから入るんだ?」


「えー?」


「えー?じゃねぇんだって。こういうのはお前の得意分野じゃねぇのかよ。」


「エジルくぅーん。私がなんでも知ってると思うなよぉ。」


「なに照れてんだよ。」


参ったな。

こういう時は本気でルイーダ頼みだからな。

とりあえずは周囲を探るしかねぇか。

俺は壁づたいに神殿の奥の方へと回っていった。

しかし、特に何も見付けられない。

ほぼほぼのっぺりとした金属の壁。

時折繋ぎ目らしき筋が入ってるくらいで、変わったところはない。

奥まで辿り着いて右手側から背面に回り込むと、ようやく変化が見られた。


「なんか窪んでるな。」


「んー。だけど入り口っぽいところはないねぇ。」


パッと見は扉でもありそうな、俺の背ぐらいはある四角い囲いみたいなのが壁に嵌め込まれてるが、その先には格子状の金属で遮られて中に入ることは出来そうもない。

先に進むと更に同じものがもうひとつあったが、そっちからも入れる気配はない。


「反対側に回ってみるか。」


窪みの先を再び右に折れると、やはりそこには金属の壁しかなかった。


「なんだよ。一緒じゃねぇか。」


軽く毒づきながら、同じように壁づたいに進んでいった。

と、神殿の中程まで歩いた頃に、ルイーダが何かを見付けたようだった。


「あ、ここ。なんか付いてるよ?」


「どこだ?あぁ、これか。」


ルイーダの肩越しに覗き込むと、金属の壁の一部が少しだけせり出しているのが分かった。

壁の上にもう一枚、金属板が打ち付けられているみたいだった。

黒く、ぼんやりとした質感で、俺の両手の掌を並べたくらいの大きさの板。

俺は手を触れてみた。


音もなく板に光が走った。

光は伸びて、横に進んでいく。

それが文字だと分かるのにそう時間はかからない。

しばらくすると、黒い板いっぱいに光の文字が写しだされていた。



「なになに?


男性とか女性とか関係なく、誰しもが自分の立場から見た正義がある。ですが、自分の意見が絶対に正しいというわけでもない。


だとよ。」



俺は声に出してその文字を読み上げた。

ルイーダは顎に指を当ててその詩を反芻しているようだ。

どうやら心当たりがあるんだろうな。

こういう時は待つに限る。

俺は一歩退くと、ルイーダの背中を見守った。


「小さな過ちを犯し、祖国を追われたダビドに手をさしのべたのは、かつて自らが追いやった流浪の民達。激しく対立していた両者だったはずが、落ちぶれたダビドの姿を笑うこともなく投げかけたのがこの言葉だった。

ダビドシルバ叙事詩。第5章12節。」


言いながらルイーダが黒い板に指を触れた。

光る文字が消えたかと思うと、今度は別の文字が現れた。


「ん?わ、ら、や、ま、は・・・ああ、文字盤か。」


「ここに言葉を打ち込むんだねぇ。詩に呼応する言葉を。

ダビドが人生の最後に見たもの。

それは【慈愛】。」


文字を打ち込んだその途端に、板の左手の壁が音もなく上に向かって動き始めた。


「おっと、正解でしたぁ。」


なるほどな。


「流石だ。」


やっぱりこういうのは頼りになるな。

俺は感心しながら中を覗き込んだ。




中はすぐに壁だった。

その代わりに左右に通路が伸びている。

人がすれ違える程度の狭い通路。

天井もそんなに高くなく、飛び上がれば届くくらいだ。

床も天井も壁も、どこを見ても外観と同じで金属でできているようだ。

とりあえず入ってみるか。

俺達が神殿に足を踏み入れた瞬間だった。


「よくぞ辿り着きました。」


背後についてきていた母親の男が、突然口を開いた。


「え?なんだって?」


思わず振り返った。


「見事です。あなた方の力、知性、そして心。あなた方こそが、私達が探し求めていた人物そのものです。」


母親の男の背後で、扉が閉まっていくのが見え、神殿は暗闇に閉ざされようとしていた。

と同時に、子供が内側の壁に手をかけた。

扉が閉まると共に、天井に明かりが灯った。

見上げると、小さな太陽みたいな灯りが転々と奥まで続いて伸びていくのが見てとれた。


「突然なんだよ?」


母親の男と子供はフードを取ると、ふたり並んで俺達に向き直り、


「物乞いの親子は仮の姿。」

「物乞いの親子は仮の姿。」


同じ言葉を同時に話し始めた。


「私達はこの神殿を司る、双子の巫女です。」

「私達はこの神殿を司る、双子の巫女です。」

















「・・・・・・いや、双子は無理があるんじゃないか?」





「私達は、双子っぽい巫女です。」

「私達は、双子っぽい巫女です。」





「いや設定変えてんじゃねぇよ!!」


俺は全力でツッコんだ。


「しかも、っぽくもねぇから!まだそれでも親子の方がマシだから!」


「じゃあ親子の巫女です。」

「じゃあ親子の巫女です。」


「じゃあってなんだ!?適当か!?」


「ま、まさか、この親子が実は双子だったとはぁ・・・・。」


ルイーダが構えながら、絞り出すような声を発した。


「お前も乗っかってんじゃねぇよ!しかも親子に訂正してただろ!!」



俺は頭を抱えた。

ここまでシリアスに進んできたのに、なんなんだこの展開は?

百歩譲って、この母親の男と子供が神殿の関係者だってのは納得してやる。

言われてみればその可能性は若干でもあったからだ。

なのに、なのになんなんだ!?

何故いきなりこんなバカみたいな展開に持ち込もうとするんだ!


「エジルさん。あなたがツッコみを入れなければ少なくともちょっと神秘的な感じで話しは進んだのです。空気読めバカ。」

「エジルさん。あなたがツッコみを入れなければ少なくともちょっと神秘的な感じで話しは進んだのです。空気読めバカ。」


「俺のせい!?俺のせいなの!?」


「あーぁ。双子の巫女を怒らせちゃったねぇー。」


「だから双子じゃねぇからぁー!!!」


神殿に俺の絶叫が響き渡った。


「なんなんだ、お前らは!巫女だってんならそれでもういいよ!だとして、なんでいきなりこんなところで言うんだよ!まだ入ったばっかりだぞ!最低でも一番奥とか、ちゃんと進んだところで言えよ!」


「うるさいエジルですね。」

「うるさいエジルですね。」

「うるっさいエジルだなぁ。」


「だから乗っかってんじゃねぇー!!!」


再び俺の絶叫が神殿内にこだました。

息が続かなくなるまで叫び続け、俺は肩で息をしながら巫女を見やった。


「いいか?ここから先はシリアスに戻すからな。余計なこと言うなよ?絶対だからな?」


「私達は構いませんが、お連れのお嬢さんはどうでしょう?」

「私達は構いませんが、お連れのお嬢さんはどうでしょう?」


ルイーダがニヤついてるのなんて見なくても分かる。


「こいつのことは気にするな。とにかくだ、お前ら、この神殿を司る巫女だってんなら、お遊びはここまでにしろ。俺達は不死鳥を甦らせに来たんだ。不死鳥のところまで案内しろ。」


「えー、どうしよっかなー。」

「えー、どうしよっかなー。」


「いい加減にしろよ?あん?分かるだろ?いいな?」


俺はこれみよがしに剣に手をかけて見せた。


「はいはい。」

「はいはい。」


俺が手を振り上げて走りだすと、巫女達はダッシュで通路を逃げていった。






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