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新訳・エジルと愉快な仲間  作者: ロッシ
第一章・第二部【海賊と俺】
27/84

開拓者の街①

旅立つ前は、そこはただの森だった。

森の真ん中に、ポツンと家が数軒。

今では始まりの家がどこにあったのかすら、一目では分からない。

大きな屋敷が建ち並び、人でごった返す往来が幾重にも張り巡らされ、町と言うにはあまりにも大きく、既に俺達が見てきたどの街よりも遥かに発展を遂げていた。

街の端から端まで歩くのに、ゆうに半日はかかるだろう。

その間見えるのは人と建物ばかり。


たったの3年足らずだぞ?

まさかここまで大きな街になろうとは、出発前は思いもしなかった。



まず俺達は、老夫の家があった場所を探した。

今ではうず高く積みあげられた石材で出来た欲望の塊に陽の光さえ遮られ、こぢんまりと街の外れに佇むだけだった。



「じいさん、戻ったぜ」


「おお、エジルや。随分と遅かったのう。」


カビ臭く、薄暗い部屋の奥。

老夫は、ベッドから半身を起き上がらせると、ぎこちない動きでこちらに向き直った。

随分長いこと動いていなかったのだろう。

そんな身体の動かし方だった。



「どうしたんだ?病気か?」


「いやいや、なに。わしも歳には勝てないということじゃ。」


「ルイーダは?」


「ほほ。あの娘なら、今頃はカジノじゃろうて。ほんに才能溢れる娘じゃ。この短期間でここまで街を大きくしたのじゃからな。ゴホ・・・ゴホ・・・」


咳き込む老夫の背をさすりながら、俺はこの男の死期が近いことを悟った。


「表のあの貼り紙は?」


「ほっほっ。大分派手に遊び回ってるようじゃの。」



ルイーダ追放運動。


ここに来るまでの、街中の至るところに貼り紙がされていた。


ルイーダは街の癌だ。


ルイーダを追放しろ。


貼り紙は、いくつかの表現の違いはあれど、どれもこれもそんな文言で埋め尽くされていた。


「もはやわしにもどうにも出来んよ。ルイーダはわしの手の届かぬところに行ってしもうたわい。

街のために尽力していたのにのぉ。

何がどう間違ってしまったのか。」


「じいさんをこんなとこに追いやったのもあいつなのか?」


「いいや。

わしが望んでここにいるのじゃ。

今のあの娘にはわしの言葉なぞ届かんよ。」


「あいつはカジノにいるんだったな?ちょっと会ってくる。」


「エジル、気を付けるんじゃぞ。」



老夫の家を後にした俺達は、街の中心部に位置する巨大な建物を目指した。

天を裂くのではないかと勘繰ってしまうほどに高くそびえるその建物が、ルイーダの居城だという。


道すがら立ち寄ったレストランで、女将が教えてくれた。


「あの女、あそこで気に入った面の良い男を何十人も囲って、贅沢な暮らしに浸ってるのさ。

昼間から下僕共を引き連れて、カジノに入り浸ったりねぇ。

しかも、自分は金を一銭も払いやしない。

街の人間の金は自分の物だとでも言わん顔で、飲み食い遊びやがって。

連れてる奴等の飲み食いも全てこっち持ちさ。

それが毎日だ。

たまったもんじゃないよ。

すまないが、こっちも生活が掛かってるんでね。

他の街よりも高いかもしれないけど、勘弁しておくれよ。

これがこの街の現実さ。」



そう言って差し出された会計伝票には、相場の数倍の金額が書き込まれていた。





エキゾチックな宮殿のような装飾の施されたドーム型の建物の周りには、豪奢な馬車が無数に停められている。

様々な国の富豪が集う悦楽園とでも言おうか。

入り口には、黒い服で身を固めた屈強な男が立ち塞がっていた。

俺が名を名乗ると、中からイケ好かない面構えだが、非常に端正な顔をした金髪を長く伸ばした若い男が現れた。


「あなた方が、ルイーダ様のお仲間の皆様ですか。」


口調こそ丁寧だが、その裏には見下しが色濃く見え隠れしていた。


「こちらです。」


長髪に連れられ、俺達はカジノに足を踏み入れた。


中はまるで別世界に来たような空間が広がっていた。

色とりどりの宝石が水の中に散りばめられた噴水。

獰猛なモンスターの剥製達や黄金に光輝く植物が装飾品として通路に沿って所狭しと並べられ、その通路には兎の格好をした美女達が行き来している。


見るからに高そうな衣装や宝石を身に付けた貴族や地主達であろう人々が、目の色を変えて大金を賭けてゲームにのめり込んでいた。

現実とは思えぬその光景を尻目に、俺達はカジノの奥、他のゲーム場とは一線を画した個室に案内された。






「あー、エジルぅー。みんなぁー。

おかえりぃー。」


軽く老夫の家と同じ程の広さがあるであろうその一室の中央には、大きなルーレットテーブルが鎮座していた。

その奥。

数名の男を玉座のように扱い鎮座するのは、他でもないルイーダだった。


「密林の国、助かったぁー?」


笑顔だけは以前と同じく無邪気だが、その様相にかつての面影はない。

黒革のボディスーツに身を包み、3年の間に伸びた髪で大きなポンパドールが結われている。

素っ気ない化粧が多かった女の顔には、派手な化粧も施されていた。


「おい、ルイーダ。何なんだ?これは。」


俺の問いかけに、彼女は不思議そうな視線を向けるだけだった。


「街を大きくしただけでしょぉー。」


「街を大きくして、お前は何をしてるんだ?」


「んー?なになに?何かご不満?」


「不満なのは街の人達だろう。皆、お前のせいで辛い思いをしてるんだぞ。」


「え?何言ってるのかわかんなーい。

だって、ここの人達は、私のお陰でこーんな大きな街に住めるようになったんだよ?

ちょっとくらいサービスしてくれてもバチは当たらないんじゃなーい?」


「お前のちょっとはちょっとじゃないだろう!

街でお前の事を皆が何て言ってるか分かってるのか?」


「なになに?エジルぅー。せっかくの再会なのに、お説教?

私、そーいうの、好きじゃないなぁー。」


そう言うと、ルイーダは指を鳴らした。


俺達をここまで案内した長髪、そして同じような男達が無数に駆けつけてくると、俺達はすっかりと取り囲まれてしまった。


「そーんな意地悪なこと言うエジルは嫌ーい!ちょっと頭を冷やしてきなさい!」


長髪がこん棒を降り下ろすのが見えた。

俺はそれを片手で受け止めた。

ロシツキーとアルシャビンが剣に手を伸ばしたのに気付き、もう片方の手で制した。


「ルイーダ。お前、どうしちまったんだよ?お前らしくねぇぞ。」


「私らしく?私らしくって、何?」


ルイーダは人間玉座から立ち上がると、俺の方へと近付きつつ、もう一度指を鳴らした。

その合図に合わせて男達が部屋の外へと消えていった。

長髪だけが、俺のことを殺さんばかりの目で睨み付けていたけどな。

部屋には俺達4人だけが残された。




「ねぇ、エジル。私って何?」


ルイーダは俺の目と鼻の先まで歩み寄ると、俺のことを見上げた。


「私はね、一生懸命働いたと思うよ?じじぃ達と一緒に、朝から晩まで寝る間も惜しんで。でもね、どう?街が大きくなったって、皆は好き放題。もう誰も私のこともじじぃのことも、何をしたのかなんて覚えてないよ?一生懸命頑張ってもさ、そんなん何の意味もなかったんだよ。」


「他の奴なんか関係ないだろ。誰も覚えてなくたって、お前のしたことは変わらない。それに、きっと分かってる人もいる。

俺だって分かってる。」



「3年も放っておいたのに?」


「いや、ルイーダ、それは、」


「知ってる。エジルが何をしてきたのか知ってる。エジルはすごいねぇ。本当に密林の国を助けちゃうんだもん。」


そうかもしれねぇな。

鎖国が終わったってことは、国際情勢にも大きく関わるだろう。

これだけ大きな街になれば、ここにもその情報は入ってくるよな。


「ルイーダ。待たせて悪かった。」


「何も分かってない!」


ルイーダが指を鳴らした。

それと同時に俺達の3人の足元の床がぱっくりと口を開いた。

俺達は暗闇に吸い込まれていった。






ズキン!


目が覚めたとき、真っ先に感じたのは頭痛だった。


「お★目が覚めたか?エジル♪」


「船長。ここは?」


「わからねー♥️とりあえず、牢屋だってこと以外はな♣️」


「他のみんなは?」


「みんなここの並びの房じゃねーか?♦️二人ずつくらいに分けられてな♠️

目の前にゃアルシャビンとメルテがいるみてーだし★」


「おぅ!エジル、気が付いたんだど?」


外を覗くと、向かいの房に二人の姿が。

その両隣には、それぞれコクランとチェンバーズ、ポドルスキとベルメーレンを確認できた。


「なんで全員捕まってんだよ?」


「いや、面目ねぇ。気が付いたらいきなり大勢に囲まれててよ。船を燃やすって脅すんで仕方なくな。」


ポドルスキが頭を掻きながら苦笑いを浮かべていた。


「にしても、ルイーダの奴め♪見事に堕ちやがったな♥️」


俺は膝を抱えて座り直した。


「みんな、巻き込んですまねぇ。」


「謝んなよ♣️しかしどうするか♦️あいつ、元に戻せるのか?♠️」


「分からねぇ。俺が悪いんだ。」


「だっはっはっ!★お前が弱音を吐くなんて珍しいな!♪」


「俺、あいつが何を怒ってるのか分かってやれなかった。」


「いや、分かれないだろ♥️あいつの頭の中は俺達みたく単純じゃなさそうだからなぁ♣️」


「でさぁね。言ってた通りに街の人達に対する怒り、それに、長い間放っておかれた怒り、それから、嫉妬もあるんじゃねぇですかい?エジルはすげぇことしたのに、自分は上手くやれなかったって。」


格子の向こう側からアルシャビンが言った。


「あいつが上手くやれなかった?こんなに街をでかくしたのに?」


「そう感じたんじゃねぇんですかい?姐さんの上手くやれたは他の奴の感覚とは別物でしょうや。」


「女心は複雑だからな♦️」


「お頭、あんた、女心なんか分かるんですかい?」


「バカたれ!♠️この稀代のモテ男を捕まえて何を言うか!★女心なんざお手の物よ♪」


「へぇー。お頭とは長ぇ付き合いですが、あんたが女と絡んでるとこなんざ、姐さん以外に見たことないんでさぁ。」


「アホか!♥️おめーの知らないとこで色々とあんだよ!♣️」


「へいへい。」


「なんだ、その顔は!♦️」


「ん?お頭。」


アルシャビンが急に声を潜めた。


「誰か来ますぜ。」


コツコツと、乾いた靴音が牢獄に響き渡る。

音は真っ直ぐこちらに向かってくるのが分かった。

フードを頭からすっぽり被ったその音の主は、俺達の房の前で立ち止まると、懐から鍵束を取り出し、素早く施錠を外しにかかる。


「誰だ?」


「エジル様、皆様、お待たせして申し訳ありません。私は古くからおじい様、ルイーダ様と共に働いて参りました、ライーザと申します。

皆様、ルイーダ様が大変なのです。

ルイーダ様をお助け下さい。」


「大方、ルイーダ追放運動だろ♠️」


「おっしゃる通りです。遂に街の人々が武装蜂起を。皆、ルイーダ様を捕らえる為に、中央の建物に押し掛けてます。」


「自業自得ってやつじゃねーの★」


「おじい様が、ルイーダ様を助けるために一人で出て行ってしまわれました。このままではお二人の命が。何卒、お力添えを。」


「どーする?♪エジル♥️」


「あいつは、俺の仲間だ。」


「だっはっはっ!♣️」



ライーザが手早く格子を開き、解放された俺達は直ぐ様表へ飛び出した。


牢獄を抜けると、そこは街の外れの建設途上の区画だと分かった。

月の具合からして真夜中。

街の中央、遥か遠くから小さな喧騒が聞こえてくる。


「にゃろー、わざわざこんな遠くの牢屋に押し込めやがってー♦️」


「騒いでる暇はねぇんでさぁ!急ぎやしょう!」


街の至るところで、思い思いの武器を携えた住民達が、取り憑かれたかの様に口々にルイーダを殺せと喚き散らしている。

その群れを縫うように、俺達はルイーダの元へ急いだ。



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