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新訳・エジルと愉快な仲間  作者: ロッシ
第一章・第二部【海賊と俺】
25/84

クペの実②

「まずは小手調べだ。ここまで辿り着けるか?」


魔族が微笑んだ。


俺は少し助走をつけてから飛び上がると、


「フルーゲン!」


飛行の術を解き放った。


この距離感ならフルーゲンの滑空でも十分奴に届く。

しかも瘴気の濃いモヤに触れることもない。


「好手だな。」


魔族の口角が上がった。

俺は一気に間を詰めると、玉座に座る魔族に向かってブロードソードを突き出した。

魔族に剣が突き刺さる瞬間、辺りの瘴気が渦巻き、魔族の前で収束して塊となった。

分厚い瘴気に阻まれ、ブロードソードは動きを止める。

同時に俺の突進もそこで終わりを告げた。

すげぇ力だ。

俺は左のロングソードを横凪ぎに叩き付けたが、それも難なく瘴気に受け止められた。

眼下に瘴気が集まるのが見えた。

一気に収束し尖った錐みたいになると、俺の真下、腹に向かって突き上げてくる。

俺は身を捻らせると、それを回避する。

しかし、背中側からも瘴気が突き出してくるのを視界の端が捉えた。

そっちは間に合わない。

俺は身に纏っていたフルーゲンの風を背にかき集めて層を作った。

なんとか受け止めたものの、衝撃が強すぎて体は床に叩き付けられた。

反動で少し体が浮いたのを利用して、風を床との隙間に集めると、再び体を宙に浮き上がらせ、数歩離れた辺りまで距離を取った。


「見事だ。」


魔族が手を叩いた。

喜んでやがる。


「ここまで我が体に近付いたのは貴様が初めてだ。褒めてやろう。」


完全に俺と同じようなタイプってことか。

瘴気を操り、相手を近付けないようにしながら戦闘を行う。

俺も基本は風による中距離が主戦場だしな。

似たタイプは厄介だ。

先に相手に攻撃を当てた方に機が訪れるが、問題なのは持久力。

先にキャパオーバーした方が不利になる。

クペの実で回復したとは言え、俺はブリーゼとアイギスとフルーゲンを同時に使った。

これで魔力の半分は消費されている。

アイギスを解けばいくらかはもつだろうが、仲間を守らねぇ選択肢は無い。

しかし分かったこともある。

剣を防いだってことは、奴には剣撃が効くってことだ。

人に憑依しているだけに、生身であることは予想できていたが、さっきの攻防でほぼ確定と見ていいだろう。

あとはそれを完全に確定させ、一発お見舞いするのみ。

さて、どうやって近付くかだ。


「ヴェルウィント!」


試しに突風を放つが、風はいとも容易く魔族にかき消された。

単純な攻撃は無意味だな。


「いいのか?魔力を浪費してる余裕はないぞ?」


じゃあこうだ。

俺は再び術式を結んだ。


「ヴァクーム!」


今度は真空波だ。

真空波は突風より複雑だからな。

相手に接触した瞬間、標的を包み込み切り刻む。

まとわりつく分、防御するにも時間が必要だ。

真空波が接触する直前、魔族の体を瘴気が覆ったのが見えた。

予想通り。

瘴気の層を真空波が切り刻み始める。

それを見計らって俺は翔んだ。

ザクザクと風が瘴気を切り裂くが、魔族には届く気配もない。

が、それでも切り刻み続けている。

風を防御する魔族に向けて、ロングソードを袈裟斬りに叩き付けた。


瘴気に阻まれるも、先程とは感触が違う。

めり込んでるのが分かった。

やはりそうだ。

全体を覆っている分、厚みが足りないんだ。

続けざまにブロードソードで突きを入れた。

こちらも刺さる感触がある。

真空波が空気に溶けるように消え去ったと同時に、俺はその場に足をつけて踏ん張ると、続けて両腕の剣を振り下ろした。

さっきのロングソードを叩き付けた場所に向けて。

同じ場所を切ればいいんだろ?

そうすりゃあどんどん食い込むだろ?

正にその通りだった。

剣を振る度に瘴気を深く抉っていくのが伝わってくる。

もう一度だ。

剣を振り上げ直した瞬間だった。

座ったままの魔族が、俺の膝めがけて前蹴りを繰り出してきた。

踏み込む前だったのが幸いだった。

俺は咄嗟に足を上げ、それに乗じて体を回転させ、背面から横殴りに左腕の剣を叩き付ける。

剣は瘴気を削った箇所を寸分違わず捕らえる予定だった。

奴がそれを受け止めるまでは。

瘴気を纏った左の掌を持ち上げると、ロングソードの刃をがっちりと掴んで受け止めたのだ。


「調子に乗るな。」


吐き捨てるように呟きながら、右腕で俺の左脇腹めがけて拳を放ってきた。

俺は右腕のブロードソードを左脇腹の前に滑り込ませる。

魔族の拳がブロードソードを殴り付けた。

俺はロングソードを手放すと、削り取り薄くなった瘴気めがけて肘打ちを食らわせた。


鈍い音と共に、俺の肘は魔族の左肩を捉えた。

所詮はただの肘打ち。

致命傷にはなり得ない。

しかし、重要なのは瘴気の層を打ち破ったこと。

そして、

魔族の体がグラりとバランスを崩した。

物理的な直接攻撃がこいつにとってダメージになり得ること。

それが証明されたこと。


その途端、魔族は勢いよく立ち上がると、俺の左腕を両腕で掴みかかってきた。

俺は咄嗟に床を蹴り上げると、左腕を軸に魔族の頭上を飛び越える。

魔族の正面に着地すると同時に、奴の両腕にブロードソードを叩き付けてやった。

剣は瘴気に弾かれたが、その衝撃で腕がブレて力が緩む。

その隙に俺は左腕を抜き取ると、魔族が取り落としたロングソードを空中で受け取って逆袈裟に切り上げた。

無論、瘴気に阻まれるが、魔族が顔をしかめたのが見て取れた。

衝撃は伝わり始めているらしいな。

じゃあ今度はここか?

俺が次に選んだのは、初撃で突きを入れた、奴の鳩尾辺りの箇所だ。

突きなら力もそんな要らないだろ。

右のブロードソードを突き立てた。

だが、その選択がこいつの怒りに火を付けたらしい。


魔族の全身を覆っていた瘴気が鳩尾辺りに収束していく。

厚みを持って防ぐ気か。

ならば他を狙えばいいだけ。逆にやり易くなるってもんだ。

自分の優勢を感じ、俺は無意識にも気を抜いていたらしい。

剣の切っ先が瘴気に触れようとした瞬間、瘴気は再び錐のように形を変えた。

剣は瘴気の層に止められた。

しかし、ブロードソードに沿って逆流するかのように、瘴気の錐が凄まじい勢いで心臓に向けて伸びてきたんだ。

まずいな。

完全に体重は踏み込んだ足に掛かっている。

避けられない。

できることはひとつ。

急所だけは避ける。

俺は身を捻った。

瘴気の錐は心臓を外れたものの、右の二の腕の肉を掠め取った。


いてぇ。

ただ刺さるよりいてぇ。

傷口に唐辛子でも塗られてるみてぇだ。

瘴気を傷口に流し込まれてる、ってか、瘴気でぶっ刺されてるんだからそりゃーそうだ。


「ヴェルウィント!」


術式は結べない。

力ある言葉のみで突風を放った。

威力が低い。

だがそれでいい。

風は瘴気にぶつかると同時に、俺自身を魔族から引き剥がした。

風に乗り、一度距離を取った。

走って詰めないとならない距離感まで間を開けるてから、俺は右腕を押さえた。


「遊びは終わりだ。」


魔族は玉座から腰をあげると、遂に一歩前へと踏み出した。


あんだけやってやっと一歩かよ。

しかもこっちの攻撃は肘打ちが一回しか当たってねぇのに。

傷口から血が吹き出た。

刺さってないのが唯一の救いだが、痛みで集中が鈍る。

先手を打たれたのは戦術的に見ても物理的に見てもどっちも痛いな。


「今度はこちらから行くぞ。」


魔族が仁王立ちすると、その体の周囲、空中に紫のモヤが集まってゆく。

それはいくつもの塊となり、魔族の周りを守るようにして旋回を始めた。

これがこいつの攻撃スタイルだってのか。

こいつはまるで・・・・。


「感じ悪いな。」


俺は思わず笑った。

魔族が訝しげな表情を浮かべたのが見て取れた。


「何がおかしいのだ。頭でも狂ったか?」


「いや、なんでもねぇ。まさか奥の手が同じだとは思わなかったからな。」


両腕から剣を離す。

痛みは忘れろ。

俺は胸の前に手を合わせ、意識を集中した。


「マリオネット。」


2本の剣が宙に浮き上がると、俺の背後へと回り込んだ。

同時に腰を落とし、拳闘の構えを取る。

拳を風が包み込んだ。


「ほぅ。」


なるほど。とでも言いたげな表情だった。




魔族が床を蹴った。

俺も床を蹴った。

互いに数歩ずつ地を蹴り、ぶつかり合った。

瘴気の錐が俺に襲いかかってくる。

それを2本の剣で弾きながら、拳を繰り出すも、俺のパンチは全て瘴気の塊に受け止められた。


「手数が違うのだよ。」


魔族の拳が俺の腹を、頬を捉えた。

更に瘴気の錐が追撃してくる。

そっちはまずい。

俺は剣を翻すと、それを受け止めることに専念した。

辛うじて全弾を受けることに成功するものの、本体の攻撃までは手が回らない。

再度、魔族の重い拳が俺の顔面を撃ち抜いた。

俺の体は見事にぶっ飛んだ。


床に体を打ち付けられるものの、なんとか体勢を整えて倒れるのだけは回避した。

顔を上げると即座に魔族が間合いを詰めてくるのが目に入る。

無理だな。

俺は床に腕をついて、魔族の足元を狙い蹴りを放った。

勢いがついていたせいか、魔族はそれを避けられず、足を取られて床に倒れ込んだ。

その隙に俺はまたもや間合いを取った。


「逃げてても勝てないぞ?」


魔族の言うことは最もだ。

このままやっても俺は勝てない。

手数も足りないし、第一、魔力が足りない。

正直、剣2本使ってのマリオネットは初めてだが、消費する魔力は1本の比じゃない。

魔力だけじゃねぇ。

体力も精神力もみるみるうちに削れていく。

たった一度切り結んだだけで、既に俺の体は限界を迎えていた。

だが、やるしかねぇ。

俺は意識を集中した。

背後から、軽い金属音が聞こえてくる。

それは、音もなく宙を泳ぎ、俺の背中にぴったりとくっついてきた。


「船長。あんたの得物も借りるぜ。」


俺の背後には、ブロードソード、ロングソード、そしてエストックが並んで浮かんでいた。


「3本で足りるのか?」


魔族が笑った。

それに合わせるように、更に瘴気が集まってくる。

まるで死骸に群がる蝿みてぇに、瘴気の錐が魔族を守るようにして飛び回っていた。

圧倒的にキャパが違う。


「これが最後かもな。」


「いや、最期だ。」


俺達は切り結んだ。

結果は、俺の惨敗だ。

体中に瘴気の錐が突き刺さる。

思わず体を折り曲げた。

顔を落としたその瞬間、魔族の拳が俺の顎を撃ち抜いた。

俺の体は宙に舞った。

くそだな。

差がありすぎるわ。

いくら頑張っても、今の俺じゃ勝てやしねぇ。

今の俺じゃあ、な。


俺は空中で身を翻すと、なんとか足から床へと着地した。


「まさか。意外としぶといな。」


着地はしたものの、もはや立つだけの体力は残っていない。

俺は懐から小さな包みを取り出した。




【エジルのおやつ。】




そう書かれていた。

この字を読むと、なんだかやる気が湧いてくるんだよな。

包みには、クペの実が3粒残っていた。


俺はひとつ目を口に放り込んだ。

辛い。

一粒食べれば体力が戻り、


ふたつ目を口に放り込んだ。

苦い。

二粒食べれば気力が戻り、


みっつ目。

甘い。

この世のものとは思えないほどに、甘美な味が口一杯に広がった。

三粒食べれば、己の限界を超えた力が発揮される。


俺は立ち上がった。

筋肉が痙攣し、血が熱くなっているのを感じる。

明らかにおかしい。

その代わり、腹の底から力が涌き出てくる。

俺は目を閉じた。

意識を集中させる。

俺の周りで気配がする。

カチャカチャと、音を立てている。

目を開いた。

俺と、今この部屋にいる仲間達、そしてメルテザッカー、合わせて14本の剣が、俺を取り囲むようにして宙を漂っていた。


「バカな。」


流石の魔族も驚きの声を上げていた。

俺だって驚きだわ。


「うるせぇ、時間がねぇんだ。決着つけるぞ。」


「面白い。こんな面白い人間は200年振りだ!受けて立つ!!」



14本の剣は、まるで両手の指みてぇに自在に動いた。

どこにどんな攻撃を受けても、フォークで芋を刺すみたいに簡単に受け止められる。

魔族の繰り出した瘴気の錐は全て切り捨てた。

身の危険を感じた魔族が、錐を解き、瘴気を体の防御に移行した。

俺は、魔族の心臓を狙って、14本の剣の全てを突き刺した。

集中する14の切っ先は分厚い瘴気をこじ開けると、放射状に切り裂いた。


瘴気の層にポッカリと穴が空いた。


剣が派手な音を立て、床に転げ落ちた。


時間切れだ。


俺は残った風の全てを左手に纏わせると、瘴気の穴に思い切り拳を撃ち込んだ。

魔族の心臓をめがけて。


「がはぁっ!」


魔族の呼吸が漏れた。

いや、魔族のじゃない。

ロシツキーの弟の呼吸だ。


呼吸と共に、口から魔族が抜け出すのが見えた。

さっきから散々俺達を困らせてきた、瘴気みてぇにモヤモヤしたやつ。

口から飛び出るくらいに小さな、ネズミくらいの大きさのモヤモヤ。

それが魔族の正体だった。


「やっぱそうか。」


俺はそれを逃さなかった。

右手で素早くそいつを鷲掴みにすると、左手に力を籠めた。


「ま、待て!殺すな!俺が、俺が悪かった!」


なんだかよく聞こえねぇ。

小さいモヤモヤが何か言ってる。

残念だけどさ、俺もそこまでお人好しじゃねぇんだわ。


「待て!すまん!今までのことは全て謝るから!」


「残念だけど、もう手遅れだ。」


右の掌に、左の拳を叩き付けた。


ブシュウ・・・・


ビールの蓋を開けたみたいな情けない音を立てた後、魔族は砂みたいに指の間を零れ落ちていった。



部屋を覆っていた瘴気が晴れていく。


俺の足元には、ロシツキーの弟が倒れていた。

息をしている。



「エジル♣️」


背後から声がした。

ロシツキーだ。


「お前、勝ったのか?♦️」


力のない声で、俺に話しかけている。


「勝ったんだな?♠️」


「やった・・・。」


アルシャビンの声も聞こえてくる。


「やった!やったぜぇ!」


「やったな、エジル!★」


ふたりの喜ぶ声。

その後に、他の仲間達の声も聞こえてきた。

どうやら全員無事だったらしい。

良かった。



足元に血が垂れるのが見えた。

指先に目を落とすと、血管と言う血管全てが裂けて血が吹き出していた。



これで、本当に、終わり、だ。





そこで俺の意識は消えてなくなった。




つづく。

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