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新訳・エジルと愉快な仲間  作者: ロッシ
第一章・第二部【海賊と俺】
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開拓者の村②

しばらく走ったところで、数人の男達とルイーダが向かい合っているのが目に入ってきた。

やっぱりあいつ、商人のところに行ってたのか。

俺は息をきらしながら、ルイーダの元に駆け寄った。


「おい!っはぁ、勝手に、っはぁ、どっか行くな!」


俺は膝に手を付きながらルイーダに毒づいた。


「お、やはり仲間がいたんか。」


商人のひとりが俺に声を掛けてきた。


「おい兄ちゃん。この姉ちゃんの言ってることは本気なんか?」


違うひとりが更に言った。

俺が到着する前から何かしらの話を始めていたらしいな。

しかし何の話だ?

ルイーダのことだから、金絡みの話なのは想像がつくが。


「っはぁ、はぁ。はぁー。」


俺は深呼吸をして体を落ち着かせると、頭を上げて男達を見やった。


「悪いな。どんな話をしてるのか全く知らないんだ。連れが何か言ったのか?」


商人達のリーダーであろう、貫禄のある壮年の男が一歩踏み出した。


「なんや、知らんのかい?この姉ちゃんな、森のじぃさんのツケを自分が支払うって言いよったんや。」


「は?マジで言ってんのか?ルイーダ。」


俺は驚いてルイーダに視線を移した。


その瞬間、体中に寒気が走った。

ここまで色んな冒険をしてきたが、戦慄って言うのかな?ここまで体も心もゾクゾクしたのは初めてだった。

俺に説教をする時くらいしか真面目な顔を見たことがないルイーダの横顔は、氷のように冷たく、そして憎悪に満ち溢れているように見えた。

自分の大金を燃やされた時だってここまでの怒りを現しやしなかった。

その女の顔が今、極寒の凍土に突き刺さる刃のごとき鋭さで商人達を見詰めていたのだ。


「ルイーダ、お前。」


ルイーダは振り返りもしなかった。


「姉ちゃん、20万Gやぞ?本当に肩代わりできるんか?いくら姉ちゃんの器量でも、体を売ったかてそんな大金稼げるとは思えへんけどな。」


商人のひとりが下衆な笑みを浮かべるのを見て、俺は途端に怒りがこみ上げてきた。


「ルイーダ、どういうつもりだよ?」


「鞄ちょーだい。」


実は俺は常にルイーダの鞄も持たされていたりする。

自分の肩掛け鞄とルイーダの肩掛け、いつもふたつの鞄を持っているんだ。

なんでだよ。

が、今はそんなこと言ってる場合じゃないのは肌に突き刺さるように感じている。

俺は黙ってルイーダに鞄を手渡した。


「この中に現金で10万。海竜の肝、人魚の髪、虹色狼の爪と大きな琥珀が3つ入ってる。売ればもう10万とちょっとになる。これで払う。」


そう言って商人に鞄を投げ渡した。

受け取った男に群がるように、商人達は中身を物色し始めた。


「マジか!?ほんまに秘宝ばかりやんけ!」

「ごっついな!こんなもん、売る場所に売れば10万どころかその倍の値はつくで!」


男達はこぞって歓喜の声をあげていた。


「よっしゃ、姉ちゃん。これでじぃさんの借金はチャラにしたるわ。」


「その代わり、もうここへは来ないで。」


ルイーダの声は低く、殺気に満ち溢れていた。


「分かったからそんな怖い顔すんなや。べっぴんが台無しやぞ。」


「約束破ったら、どうなるかは分かってるね。」


その言葉に全てが詰まっていた。


「お、おう。分かったわ。」


あまりの威圧感に、商人達はそそくさとその場を後にした。






もうじき日が沈む。

残されたのは俺とルイーダだけだった。


「ルイーダ。」


俺はルイーダに近付くと、細い肩に手を置いた。


「エジル。」


ルイーダが振り返った。

その顔はいつもの、明るくて優しそうで、だけどどこか儚げで、それでも穏やかな表情に戻っていた。

悲しそうな目だけは隠せなかったけど。



「私、ここに残っていい?」



ルイーダが自分から何かをしたいと言ったのは初めてだった。

もちろん、飯が食いたいだの休みたいだの風呂に入りたいだの、ワガママは言うが、旅に関してだけは、こいつはいつでも俺がどうしたいのかだけを基準に物を言ってきた。

これが初めての、本当の意味でのワガママだった。


「残るって、お前。ここで開拓するのか?」


「大丈夫。琥珀って知ってる?さっきあいつらに渡した宝石のこと。この森ね、ずっとずっと昔からあるんだよ。それこそ人の歴史ができる前よりずっとずっと。そんな昔の木の樹液が土の中で長い年月かけて固められてできるのが琥珀なんだよ。この森にはそれがいっぱいいっぱい眠ってて、いっぱい採れることが知れればすぐに人も集まるしすぐに村になって町になって街になるよ。大丈夫、私ならやれるよ。大丈夫だから。大丈夫。」


聞かれてもいないのに、ルイーダはまくしたてた。

基本はぶっきらぼうな女だ。

俺にせがまれれば長いこと説明してくれることはあったが、こんなこと、今まで一度もない。


「いや、そりゃお前ならできるだろうけど・・」


「そうだよね。私ならできるよ。できる。できるよ。今度こそ。」


「ルイーダ?」


「もちろん、違うのは分かってる。

違う人。

あの子じゃない。

だけど、だけど、私、私、自分が許せない。

だから、ここに、残りたい。」



震えていた。



俺はルイーダのことを何も知らない。

ここまでずっと一緒に旅をしてきて、俺はルイーダのことを何も知らない。

こいつが何を持っていて、何をもがいているのか、今の俺には何も分からない。


「分かった。」


渇ききった喉の奥から、やっとのことで声を絞り出した。


「お前の・・・」

「エジル。」


続けようとした俺の言葉を、ルイーダはすぐに遮った。

俺はそれに抗わなかった。

それは、ルイーダの言葉に、

心のどこかで安堵してる自分がいることに気が付いていたから。

もっと言ってしまえば、俺にとっても都合がいいのかもしれないから。

俺が今向かおうとしてるのは、言ってしまえば魔物との戦争だ。

そんなところにこいつを連れていくことに、どこか後ろめたさを感じていたんだ。



「お願い。今は優しくしないで。今、エジルに優しくされたら、心が折れるから。」


俺に。


その言葉がどんな意味を持つのか俺には分からない。


「分かった。」


俺は同じ言葉を繰り返すことしかできなかった。



「ね、エジル。

これが終わったら、迎えに来てくれる?」






「もちろんだ。」


俺はルイーダに一瞥をくれた。


泣いていた。


俺は必死に顔を背けた。

これ以上この顔を見てたら、力ずくでも連れて帰りたくなっちまいそうで。


ルイーダを置いて森を後にした。



いつの間にか月が昇っていた。

俺は月を見上げて歩いた。




いつかお前のこと、俺にも話してくれよな。





つづく。

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