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新訳・エジルと愉快な仲間  作者: ロッシ
第一章・第二部【海賊と俺】
18/84

決心

「なぁ、エジル♥️」


ロシツキーはこちらを見ることなく、下を向いたままで話し始めた。


「密林の王国が、なぜ鎖国を始めたか知ってるか?♣️」


それは俺の問い掛けへの返答とはまったく異なる話だった。


「密林の王国の国王陛下には、ふたりの息子がいた♦️聡明で快活な弟と、愚鈍で根暗な兄♠️

慣例通りであれば、嫡男が王位を継ぐべきだった★しかし、国王陛下は弟を後継に指名した♪

兄は自分よりも弟の方が王に相応しいと認めてはいたが、心の底では弟を憎んでいた♥️

兄は人知れず、魔族を召喚する儀式を行い、契約を行った♣️力と叡智を得る代わりに、体を魔族へと明け渡す契約を♦️

人知れず行われた儀式が何故語られるのか?♠️

それは、儀式を見ていた者がいたからだ★

その日たまたま酒に酔い、真夜中に便所に立ったその男は、儀式の光に引き寄せられるように裏庭に近付き、運悪くその儀式を目撃してしまった♪

男は若く、あまりに恐ろしいその光景を誰にも言うことができなかった♥️

それからしばらくして、国王陛下は亡くなられた♣️さほど日を開けず、更には弟も亡くなられた♦️

ふたりとも流行り病だったという♠️

しかし、儀式を目撃した男は確信していた★

魔族と契約した兄が国王陛下と弟を謀殺した、と♪

男は復讐を誓った♥️

男は弟の近衛兵を勤めていたからで、男を近衛兵として召し上げてくれたのは他でもない弟だったからだ♠️

しかし兄も男が儀式を目撃していたことを知っていた★

兄が王位に就く前日、男は魔物に襲われた♪

命からがら城から逃げ出したが、深手を負わされていた♥️

このまま国内に留まれば、いつかは見つかり自分も殺されてしまう♣️

男は国を出るため、何度も死にかけながらやっとの思いで遠く離れた海岸へと辿り着いたが、遂にそこで力尽きた♦️

その時だ♠️

たまたま通り掛かった漁師が男を救った★

一命を取り留めた男は漁師に匿われて体を癒していたが、魔族に乗っ取られた国は鎖国を宣言し外部から隔絶された♪

国はみるみるうちに荒廃していった♥️

なんとか回復した男は漁師に全てを打ち明け、ふたりはそのまま船を出して国から逃げ出したんだ♣️

いつか力を付けて再び戻り、魔族から国を取り戻すためにな♦️」


「お前ら・・・・」


俺は息を飲んだ。


「その男こそが、このアルシャビン♠️そして漁師が俺だ★」


「いや普通そこ逆じゃねぇのかよ!」


「だっはっはっ♪」


ロシツキーの長い長い昔話が終わるのを待っていたように、アルシャビンが声をあげた。


「あった!ありやしたぜ!お頭!」


戸棚の中から何かを見つけたようだった。


「でかしたぞ!アルシャビン!」


アルシャビンが持ってきたそれは、男の拳ほどの大きなスタンプだった。

柄の部分に手首に通るほどの大きめの遊環が嵌め込まれたそのスタンプは、孤島の国王の名が刻まれた、国印だった。


「なぁ、エジル。鎖国を敷いている密林の国が唯一、交易を許可している国があるのを知ってるか?それがこの孤島の国なんでさぁ。

俺ら、この国からの渡航許可証が欲しいんでさぁ。俺らが逃げ出したせいで海岸線には結界が張られちまった。もはやあの国に密入国するなんて不可能なんだ。だけどそれがあれば、密林の国に忍び込むことが出来るんでさぁ。」


スタンプを大事そうに握り締め、アルシャビンが俺の方に近付いてきた。


「だから、わざわざこんな危険を冒してまで、そのスタンプを?」


「それだけじゃねぇんでさ。」


「孤島の国との交易だけが許されてるのは何故だと思う?♥️この国は、世界で唯一、魔物の侵略が思うように行えない場所♣️さっき初めて理由を知ったんだがな♦️そんな国に攻め込むためには、内側に入り込むのが一番手っ取り早いとは思わねぇか?♠️」


「密林の国を取り戻すことが、この孤島の国を救うことになるってことなのか。」


「そういうことでさぁ。

エジル、頼む。確かに盗みは褒められたことじゃねぇ。

だが、俺は、俺達は、国の皆を助けてぇ。

関係の無いこの国の人達を、俺達の国の人達と同じ目に合わせたくねぇんでさぁ。

だから、見逃してくんなせぇ。」


俺はその場に立ち尽くした。


「でへへ。考えてること、エジルと変わんないねぇー。」


そんな俺の顔をルイーダが覗き込みながら笑ってみせた。



その時だった。

部屋の外から人の声が聞こえてきた。


「む?鍵が空いてるぞ?」


「誰かが入ったのか?」


どうやら外交官達が戻ってきたらしい。


「考えてる隙ないねぇ。」

「アルシャビン!★渡航許可証の原紙を探せ!♪」

「紙ならここにたくさんありやす!」


扉のノブが捻られるのが見えた。


「全員掴まれ!飛ぶぞ!」


俺は胸の前で両手を合わせると、窓に向かって走りだした。

同時に3人も俺について走った。

俺は勢いを緩めることなく、全身で窓ガラスに突っ込んだ。

派手な音を立ててギヤマンが飛び散り、俺達は地上5階から空中へと飛び出していた。

3人が胴体や足にしがみつくのを感じ、俺は力ある言葉を発した。


「フルーゲン!!」


周囲の空気が俺達を包み込むと、俺は意志の力を込めて全速力で空を切るよう念じた。

大人3人をぶら下げて飛ぶのは初めてだ。

気を抜けば、一瞬で術が解けそうなほどに負荷がかかっている。

色々と考えたいこともあったが、今は迷わずに前に進むしかねぇ。

不思議とひとりで飛ぶ時よりも力を感じる。

俺達は、燕みたいな速さで城から離れていった。




俺達はそのまま孤島の国の首都を後にした。

恐らく後ろ姿しか見られていなかったのだろう。

時折、人捜しをしている風の兵士を見掛けたが、俺が勇者である以上は疑いを掛けられることすらなかった。

何のトラブルもなく定期船に乗り、出国を果たした。

山岳の国の港町から少し歩いたところに、海賊船が迎えに来ていた。

他のどの部隊よりも早い帰還が俺達だった。



船に戻り、俺達はすぐに船長室に集まった。

帰りの旅の間はかなり張りつめた空気が漂っていて、俺達は必要最低限以外はほとんど一言も会話を交わしていなかったんだ。


船長室の小汚ないテーブルを囲んだ。

ついこの間、王様の城なんかに行ったばかりだし、余計にこの海賊船が貧相に見えるよな。


「んで、エジル、どうすんのぉー?せんちょー達、お目当ての物、盗んじゃったよぉー。」


「もういい。結局は俺も盗みに荷担したんだ。もういいよ。」


旅の間、俺はそればかりを考えていた。

咄嗟の行動とは言え俺はロシツキー達を連れて逃げた。

結果として俺も同罪になったんだ。


「少なくとも理由があるのは分かったしな。お前達がそれを使い終えたら、俺が責任持って返しにいくよ。

お前達も頑張れよ。」


席を立った。

俺の役目はここまでだ。

罪を犯した以上、今後勇者を名乗ることはできねぇ。

国に帰り、スラムで孤児院の手伝いでもしよう。


「ねぇねぇ、エジル。見てみぃー。」


扉に手を掛けた俺をルイーダが呼び止めた。

振り返ると、スタンプを押した渡航許可証を俺に向かってかざしていた。


「これでせんちょー達は国を救いにいけるんだよぉ。これはエジルが私達と一緒に逃げてくれたからだよぉ。」


「そうだな。良かったよ。お前も一緒に行くのか?」


「エジルが行くとこならついてくよぉ。」


「悪いな。俺はもう行けねぇ。行っちゃいけねぇんだ。俺にはもはや勇者でいる資格はねぇよ。」


「しょーがないなぁ。じゃあちゃんと口に出して言ってあげるよぉ。

エジル。勇者じゃないと人助けしちゃいけない理由なんてないよ。

だし、エジルは人助けしたいから勇者になったんでしょ?

人助けは、勇者じゃなくてもできる!

はい、どーですかぁー?救われたぁー?」


「いやお前カチンとくるな。」


「そんなん自分でも分かってるでしょーよ。本当は迷ってるんでしょ?良いことをするために悪いことをするべきだったのかどうかに。

エジル。

私達は良い者であったり、悪者であったり、そんなんである必要ない。

それにさ、これ、見てよ。」


ルイーダは紙をテーブルに置くと、スタンプ自体を手に取り、それに何かの金属の輪を近付けて見せた。

金属の輪が側に近づくと、スタンプの柄に嵌め込まれていた根付けが静かに光輝き、震え始めたのだ。


「それ、共鳴してるのか?」


「どうやらこのスタンプに付いてる根付けも神器のひとつだったみたいだねぇ。」


俺はそこであることに気が付いた。

ルイーダが持っている方の環っかだ。

俺はテーブルに駆け寄ると、ルイーダの手に握られているそれを凝視した。


「これ!?

お前、これ、山岳の国の国宝についてた遊環じゃねぇか!?

なんでお前がこれを持ってるんだ!?」


「なんでって、そりゃー本物は私が抜いて貰っておいたからですよぉ。」


「は!?」


俺はあの時のことを思い出していた。

国王陛下がガチャガチャとやっていて抜けなかったから、ルイーダが代わりに錫杖から遊環を抜いてやったんだった。


「あの時かぁー!」


「そうそう。マッスルにはちゃんと関係ない遊環を渡しといたよぉ。それにさ、これもあるよぉー。」


ルイーダがポーチから取り出したのは、女性用の指輪ほどの小さな黄金の環だった。

しかし、そっちには俺も見覚えがない。


「そりゃなんだよ?」


「これはふたつ目の神器でぇっす。」


「ふたつ目は緑色の宝石だったろ!?」


「あぁー、あれね。光ってたのは、あの宝石じゃなくてそ石を留めてる土台の方だったんですねぇー。あの状況なら石が光ってるように見えたけどねぇ。マッスルが石を取った後、襟の装飾品ごといらないって言うから貰っちゃった。」


「おいおい、ちゃんと教えてやれよ。」


「バカ!なんで何にもしてないマッスルにあげなきゃなんないのさ!

錫杖の遊環を貰う交渉をしたのはエジルだし、マントを買い取ったのは私だからぁ!

どっちもマッスルにあげる理由なんてないね!」


「いや、そういう理屈ならそうなんだけどよ。」


ルイーダが俺にソファに座るよう促した。


「いい?エジル、よく聞いてね。

今ここに、魔物の根城に向かうために必要な神器が3つ揃ってる。残りはあと1つ。

これを持つのは誰かに決められた人じゃない。寺院の坊さんとか、そんなんに認められてもなんの意味もないんだよ。

これを持つ資格があるのは、これを使って、本当に人のためになりたいって思ってる人だけ。

でも、そう思ってても機会に恵まれない人は大勢いる。

今、君はその両方を持っているんだよ。

それを投げ出していいの?今、本当に一番皆が望んでる人助けができるはエジルしかいないんだよ。」


ダメだ。

こういうのは苦手だ。

こういう感動を誘うような演説は本当に苦手だ。

分かってんだよ。葛藤してるフリしてるだけなんだ。

俺は恐いんだよ。

人助けはしたいけど、それが本当に正しいことなのか分からないからって。

でも答えは分かってるんだ。

俺は俺が正しいと思うことをやるしかねぇんだ。

それが誰かにとっての悪であっても。

誰にとっても都合のいい結末はありえねぇ。

俺は海賊達との旅でそれを思い知らされたんだ。


「分かった。」


「よっし偉ぁい。おりこうさん!」


「バカにすんな!」


「よし♥️決心はついたようだな♣️

なら、行こう♦️俺達の故郷へと♠️」


俺達をずっと見つめていたロシツキーが、手を叩いて声を上げた。


「いや、待てよ。俺はそっちは関係ねぇぞ。それをやるんなら勝手にやってくれよ。」


「なぁに?まぁだ駄々こねてんの?」


「大体だな、俺達はこいつらに散々振り回されてんだぞ。望まねぇ盗みまでやらされてな。プライドはズタぼろなんだよ!」


「もー、どーしても理由が欲しいのぉ?しゃーないエジルだなぁ。」


「ならこうするか?★お前達はこのスタンプについてる環っかが欲しいんだろ?♪

残念ながらこのスタンプはもう俺のもんだ♥️欲しければ、俺達を手伝え♣️成功したら報酬でくれてやるぞ♦️」


ロシツキーが組み合わせた両手に顎を乗せると、ニヤついた表情で俺の顔を見やった。


ったく、どいつもこいつも。


そんなに俺の力が必要なんですかねぇ。

皆して俺のわがままに付き合ってくれやがってよ。


「分かった。分かったよ。

お前達の故郷、助けようぜ。」


「いいぞ♠️お前らがいねぇと始まらねぇんだ★もうそんなんになっちまったよ、俺らはよ♪」


「俺もだ。」



こうして俺達は、密林の国へと進路をとったのだった。



つづく。

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