出会い
遥か昔、
世界には太陽と月と、海と大地があり、動物と人間が豊かに暮らしていた。
人間は日を追う毎に進歩を遂げ、群れを作り、次第に国が作られた。
そして人間が繁栄するにつれて争いが起こり、世界は乱れていった。
世界が戦火に見舞われるようになった時、突如として大地が裂け、その裂け目から魔なる者が現れた。
魔なる者は大地に魔なる獣を放ち、その強大な力をもって世界を支配せんとした。
人間は成す術もなく、魔なる者の前に屈していった。
しかし、人間は強い生き物だった。
争いの絶えなかった人間達は、魔なる者を前にした時、再び手と手を取り合い、その脅威に立ち向かった。
魔なる者に対抗するため、ふたつの力を編み出した。
「それが、大地の精霊に力を借り、その大いなる力を行使する【精霊術】。そしてもうひとつが、先天的に力を持つ者のみが行使できる【精心術】のふたつなのだが・・・」
そこまで読み上げたところで、初老の男は古びた教卓の上に本を置いた。
「おい、聞いとるのか?」
言いながら立ち上がると、俺の方へ向かって歩いてきた。
一歩踏みしめる毎に、年季の入った床板は小さく悲鳴を上げていた。
「え?あぁ、聞いてるよ。構わず続けてくれよ。」
「嘘をつくでない!」
声を張り上げると、俺の机を強く叩きつけた。
あまりの声の大きさに、部屋の隅に置かれた燭台の炎が小さく揺らめいた。
「嘘じゃねぇよ。なんだったらもうその話しは百回は聞いてるよ。」
「何度も何度も同じ話をさせるのは、お前がいつまで経っても卒業試験に合格しないからじゃろうが!
お前が本年度、最後のひとりなんじゃぞ?
他の連中はさっさと旅立って行ったし、もうすぐ次の年の者達が入学してくると言うのに。
全くお前はいつまでこんなところでのんびりしているつもりなんじゃ?
分かっとるのか?」
「ぐぅ・・・。」
「寝るな!」
「分かってるよ。てか、そもそもこんな机の上の勉強なんて、魔物退治の何の役にたつんだよ?
そんな理論なんかよりも、実際の精霊術とか教えてくれって。」
俺は教師の顔を、できるだけ真面目な表情を作って見上げた。
「すぐには役に立たなくとも、知識はいつかお前を助けてくれるんじゃ!
それにだ、理論を分からぬ者に使いこなせるほど、精霊術は甘くないぞ。
理論を基に実践の中で覚えていくのが精霊術じゃ。基礎を軽んじるでない。」
「へいへい。分かったよ。
んじゃ、そろそろ試験を初めてくれよ。」
「なんじゃと?」
「今日、合格するよ。」
「ほぅ、大した自信じゃな。
よし分かった。ならば今すぐ試験をしてやろう。」
俺が育ったこの国は、それは貧しい国だ。
かつては栄華を究め水の都なんて呼ばれてたみたいだけど、今じゃそんな話はとても信じられるもんじゃない。
確かに町中にはたくさんの運河が張り巡らされてはいるけど、それもただの溝川みたいなもんだ。
表向きは城下町としての体裁を保ってはいるけど、路地裏に一歩でも踏み入れればそこは貧民達が暮らすスラムが広がっている。
俺だってそんなスラムの住民のひとりだ。
だけど、この国が貧しいのは何も国王が能無しだからじゃない。
おとぎ話に出てくるような、魔なる者ってのが未だに世界には蔓延っていて、そいつらとの終わりの見えない戦いが、こうやって人々の生きる力を奪っているんだ。
この国は貧しいかもしれないけど、凄いところもある。
世界中の人々が魔物から身を守ることしか考えていない中で、唯一そいつらを退治しようと考えてるところだ。
国王が魔物退治のスペシャリストを育成するためのアカデミーを作り、町の若者から志願者を募って戦いを教えてくれる。
一年間、戦いの基礎を学び卒業試験に合格すれば、晴れて国が認めた戦士として魔物退治に旅立つことが出来るってわけだ。
ただな、アカデミーに入りたい奴なんて、実際には一部の富裕層の子息ってのばっかりで、生きるので精一杯なスラムの連中はそれどころじゃない。
俺だって、あの時あんなことが無ければ、他の奴らと同じで魔物と戦おうなんて思うこともなかっただろうし。
あれは俺がまだ10歳くらいの頃だったかな。
いや、今はこんな思い出話をしてる時じゃない。
俺は羽ペンを置くと、教卓で居眠りする教師に声を掛けた。
「出来たぜ。」
「ん?お、おお。もうそんな時間か?
って、おい!まだ開始から30分しか経っとらんぞ!」
「30分で居眠りすんなよ。」
「バカもん!居眠りなんぞしとらんわ!
それより、制限時間は2時間の試験じゃぞ!終わるわけがなかろうが!」
「いいから採点しておいてくれよ。俺はもう行くぜ?」
「行くって、どこにじゃ?」
「国王様のとこに決まってるだろ。」
「バカもん!合格もせんと何を言っとるんじゃ!」
「別にいいだろ?」
俺は教師に一瞥をくれると、教室の引き戸に向けて手をかざした。
弱い風が吹き、その風が自然と引き戸を開いた。
「な、なんと?風の精霊術?」
「先生。一年間、お世話になりました。
ありがとうございます。」
俺は教室を後にした。
残された教師は答案用紙を見るや、自分の目を疑った。
「ま、満点とは。」
俺はその足で、そのまま国王の住まう城へと向かった。
城は町の中央。
放射状に広がった大通りと運河が交わる場所に鎮座していた。
炎が描かれた国旗を掲げたその大きな城は、
建国当時、この国がいかに裕福だったかを物語る荘厳な城だった。
しかし今では分不相応。
維持するのも大変であろうことが、その手入れ具合ですぐに分かる。
門兵に身分を明かすと、俺は城の中へと通された。
アカデミー卒業者はまずは国王陛下に謁見し、魔物退治の勇者としての証を授かるのが慣わしだ。
正面玄関を通る際、白亜の壁にこびりつく積年の風雨による汚れと、びっしりと生えた苔が目についた。
ロビーに入ると、年老いた男の執事が俺に近付いてきた。
その男に連れられ、大階段を登ると、俺は玉座の間へと足を踏み入れた。
高い天井に向けて塔のようにそびえた背もたれを持つ玉座に、国王陛下は腰を下ろしていた。
疲れたように見えるのは、その顔に刻まれた深いシワのせいだろうか。
痩せ細り、大きな鷲鼻とギラついた瞳がそれを更に強調させている。
白髪混じりの長髪の上に、くすんだ輝きを放つ王冠が乗せられているからこそ、彼がこの国の王だと分かるだけで、例えば町民の服装で町ですれ違っても俺はこの人が王だとは気付けないだろう。
「よくぞ参った。」
国王陛下のお言葉は、正直よく覚えていない。
かなり長い口上が述べられたが、多分ありふれた激励だったと思う。
俺があまり育ちが良くないからってのもあるけど、心に残るものではなかったのは確かだ。
その後、先程の執事から勇者の証であるバッジを受け取った。
「勇者よ。まずは下町にある旅人の酒場に立ち寄るがよい。きっとお主の力になってくれる仲間が見つかるはずじゃ。」
これも慣例なんだろうな。
国王陛下が言い終わると、再び老執事に連れられて俺は玉座の間を後にした。
何故だか無性に寂しい気持ちになった。
執事から旅人の酒場の場所を記した地図を受け取って、俺は驚いた。
その場所は俺のよく知っている場所だったからだ。
俺の両親は、薬の行商人をやってたらしい。
らしいって言うのは、俺がまだ物心ついたかつかないかの幼い頃に、魔物に殺されたから知らないんだ。
正直に話すと両親の顔もほとんど覚えちゃいない。
俺は、向かいの家に住んでいたおばさんに引き取られた。
そのおばさんもしばらくしてから、畑仕事の間に魔物に殺されてしまった。
行き場を失った俺はスラムの孤児院に入ることになった。
それからはずっとその孤児院で暮らしてきた。
その酒場ってのは、俺の生まれた家のはす向かい。
おばさんの家の隣だったんだ。
そう言えば、俺は孤児院に入って以来、その辺りには近付かないようになったから、そこがそんな酒場だなんて知らなかったのかもな。
嫌な思い出が蘇っちまうから。
本当なら今も行きたくはないんだけど、俺も大人と言える歳になった。
いつまでも子供みたいなことも言ってられないしな。
結構な勇気は必要だったけど、俺は思い出のスラムへと足を向けた。
相変わらずこの辺りは辛気臭い。
孤児院の周りと比べたら大分マシな環境なんだろうけど、思い出補正ってやつかな?
どうもここの空気は好きになれないんだ。
城から最も離れた、町の南側に位置するその一帯はスラムの中では比較的治安の良い、ただの貧乏人が暮らす地区だ。
俺の育ったスラムと違ってそこら中に酔っ払いが寝そべってたり、誰彼構わず喧嘩を吹っ掛けるような性質の悪いチンピラもいない。
静かな、本当に静かなただの寂れた住宅街だった。
薄暗い路地を歩いて行くと、ある場所で俺は首を下げて俯いて通りすぎた。
その先の民家の壁に、小さな看板が吊るされているのを見付けた。
【♪旅人の酒場♪】
随分と古ぼけた木の看板に、そんな文字が刻まれていた。
始めは多分、彫られた文字の中に漆か何かが塗られて目を引くようになっていたんだろうけど、今は看板も文字もほとんど同じ色になってしまって、近くで見上げなければ読めるもんでもないくらいに、その看板は古びた物だった。
一体いつからあるんだ?この看板は。
てか、この音符マークはなんだ。
どんなセンスしてるんだ。
俺はそんな事を思いながら、看板の下にあるこれまた古めかしい木戸に備え付けられた真鍮製のドアノブに手を掛けた。
思ったよりもドアは重かったけど、軋んだ音を立てながら、ゆっくりと俺を酒場の中に招き入れた。
中はほんのりとした灯りに照らされていた。
さほど広くない店内には4人掛けほどのテーブルが5つ並んでおり、そのひとつひとつに小さな燭台が置かれている。
少し甘く、それでいて爽やかな不思議な香りが俺の鼻をくすぐった。
スラムの中とは思えない、とても不思議な雰囲気を持つ空間が広がっていた。
俺は店内に足を踏み入れた。
「いらっしゃいましぃー。」
鼻に掛かったような、少し落ち着いた、それでもよく通る声が店内に響き渡った。
声のした方へ視線を向けると、様々な酒瓶が並べられたカウンターの端に声の主が腰掛けているのが目に留まった。
歳の頃は俺よりふたつかみっつ上くらいだろうか。
女がこちらを見ていた。
白く透き通った肌。
まるで神々が自ら手を下して作り上げたのではと思うほどに整った顔立ち。
艶やかな絹のように流れる黒髪には、糸を束ねて結い上げたようなリボンをちょこんとつけている。
見たこともない不思議な意匠が施された青いトップスに、細かな花柄のスカート。
スカートの裾から覗く、燕脂色のレギンスに包み込まれた足の先にはこげ茶色のヌバックで仕立てあげられたヒールの高いブーティ。
細く長い足が優雅に組まれたその様は、まるで美しい彫刻のようですらあった。
彼女の衣装は俺のそれとは全く異なる素材で作られているようで、汚れひとつ付いていない。
思わず自らの薄汚れた服装と見比べた程だった。
あまりの神々しさに、俺は思わずその場に立ち尽くした。
「お好きな席にどーぞぉー。何を飲みます?」
「いや。」
女の言葉に我に返った俺の言葉は、喉の奥から絞り出す様な妙な声だったに違いない。
どうしてか分からないが、気圧されているのが自分でも自覚できた。
「飲みに来たんじゃない。」
「をっ、とゆーことは、君があれかぁ。今年最後の落ちこぼれ君。」
女は鈴を転がしたように笑った。
その笑い声で俺の緊張は一気に解れた。
「俺を知ってるのか?」
女は手招きの仕草で俺をカウンターの席へといざなった。
「そりゃあね。町中のアカデミーから卒業者の情報が入るからねぇ。」
俺はカウンターに近付くと、女から椅子をひとつ開けて腰を下ろした。
「ここはねぇ、勇者同士のパーティーマッチングをする場所なんだよぉ。」
「パーティーマッチング?」
「そう。最近の研究ではね、魔物退治には4人一組で行動するのが最も安全って言われてるの。だから、ここでは相性の良さそうな勇者同士を紹介して、パーティーを作ってから旅立ってもらってるんだよ。」
「4人も必要なのか?」
「うん。魔物と戦って最も生存率の高いのが4人一組なんだってさぁ。」
「そうなのか。じゃあ俺にも3人、仲間を紹介してくれよ。」
俺の言葉を聞くと、女は頬を指で掻きながら笑顔を浮かべた。
「うーん。
実はさ、見ての通り、もう皆旅立っちゃってて誰も残ってないんだよねぇ。」
「笑いながら言うことかよ。マッチングって仕事になってねーじゃねぇか。」
「しょーがないじゃぁーん。君が卒業すんの遅すぎるんだからさ。
君の同級生の、なんてったかなぁ。うーん、すごいガタイの良い子なんて、1年近く前に旅立ってるんだよぉ?
ってか、例年と比べても相当遅いよ?」
「別にいいだろ?卒業時期なんて。」
「皆どんどん先に行っちゃってるのに?」
俺は女から視線を剥がすと、壁の棚に並んだウィスキーの瓶を見つめた。
「早さなんてどうでもいいんだよ。俺は俺がやれることをやるだけだ。
それにさ。」
「それに?」
「誰かと競い合うようなもんじゃないだろ。
魔物を退治できたんなら、それでいいじゃねぇか。
誰がやったとかそんなん関係ないよ。」
「ふぅーん。」
女はカウンターに肘をつくと、掌に頬を乗せたポーズで俺の顔を覗き込んできた。
「邪魔したな。」
「あれ?もう帰るの?」
「ああ。パーティーが組めないんならひとりで行くまでだからな。」
正直、ここがパーティーマッチングをする場所だと聞いて、俺には無縁の場所だと思った。
俺には仲間なんて必要ない。
ひとりだって魔物退治はできる。
その為に、誰にも頼らなくいいよう鍛練を積んできたんだから。
仲間になる奴がいないなら逆に願ったりだ。
始めからひとりで旅に出る覚悟は出来ていた。
俺が出入り口のドアに手を掛けようとした時だった。
女が俺を引き止めた。
「んじゃー、こうしようよ。」
「あ?」
「おねーさんが仲間になってあげるよぉ。」
「は!?」
俺は思わず声を上げた。
あまりにも意外で突拍子のない申し出に、心底驚いた。
「仲間って、あんた、酒場の店員だろ!?」
「私はいいぞぉー。仲間にいるといいぞぉー。」
満面の笑顔で俺を見つめている。
「いや、マジで意味が分からないんだが。戦闘なんてできるのかよ?特技とか何だよ?」
「特技はお金勘定でっす!」
「戦闘の特技じゃねぇから、それ!」
「あとはぁー、何か高そうな物を見分けて魔物から盗むとか?」
「なんで疑問形なんだよ。ってか、それも戦闘に関係ないだろ!」
「資金が豊富だと旅が楽になるんだぜ。」
「キリッとした顔すんな!
ダメだ、あんたは連れていけねぇ。
ひとりで行く。」
「ダメだ、もう決めたもんねぇ。
私はあんたと行く。」
そう言って女は立ち上がると、カウンターの脇に吊るされていた小さなポーチを肩から掛け、両手を腰に置いたポーズをとって見せた。
「そこらに買い物に行くみたいな支度してんじゃねぇよ!
大体あんた、ここの酒場の主人じゃないのか?店はどうすんだよ。」
「へーきへーき。おーい、ミサミサぁー。」
女がカウンターの奥の扉の方へ声を掛けると、中から別の女が気だるそうな足取りで現れた。
「なんですかぁ?」
酒場の主人同様にとびきりの美女だったが、どうやらつい今まで寝ていたらしい。
ボサボサのピンク色の髪の毛を手でくしゃくしゃと弄り、目を擦っている。
女は部屋から出てくるやいなや、内側からカウンターに突っ伏した。
「ミサミサ。私、ちょっくら旅に出てくるから、お店よろしくねぇー。」
ミサミサと呼ばれた女は顔も上げずに肘から先だけで手を振ってみせた。
「大丈夫かよ?しばらくしたら次のアカデミー卒業者が来るだろ?」
「平気だよぉー。どーせスーパーコンピーターが自動でマッチングしてくれるだけなんだからさ。
情報打ち込むだけだもん、誰でもできるんよぉ。」
「は?スー、なんだって?」
「いいのいいの!
さ、そうと決まればレッツラゴーだよぉ♪」
「まだ決まってねぇだろ!俺は認めてねぇからな!」
「うるさい子だなぁ。どーせひとりで行くつもりなら、別に私がついてったって変わらないでしょ。」
「いやそれはそうなんだが。」
「じゃあ決まったね♪
しゅっぱぁ~つ!」
「だからって勝手に決めるな!!」
どーいうわけだか分からねぇが、
結局俺は酒場の女主人と共に旅に出ることになっちまった。
勇者一行のパーティーが酒場の女主人って、聞いたことないよな。
ま、そのうちどっかで音を上げるだろうし、そん時にまたここに連れて帰ってくればいいか。
少し面倒ではあるが、俺はそんな軽い気持ちで町を後にすることになったんだ。
一人、酒場に残されたミサミサは、スーパーコンピーターのマッチングシステムがつけっぱなしになっているのに気が付いた。
動力を落とそうと身を屈めた時に画面が目に入り、その表示に彼女は自分の目を疑った。
A
エジル・オイレ
レベル3
ちから:16
みのまもり:12
まりょく:20
すばやさ:17
たいりょく:17
ちせい:19
とくぎ:風の精霊術
B
ルイーダ・ノーバディ
レベル1
ちから:3
みのまもり:3
まりょく:25
すばやさ:22
たいりょく:5
ちせい:255
とくぎ:盗む、目利き、計算
AとBの相性:1030.6%
「嘘でしょ?1000%ってありえないんですけど。
壊れたかな?」
新約・エジルと愉快な仲間




