第七話 【捕らわれた子ドラゴン】
「これがスリンガー。格好いいなあ」
ディルモットが迷子探しをしている最中、アールスタインは砦の入口付近に構える骨董品屋にいた。
どうせお願いしたところで、観光などさせてくれる訳もないと、端から決め付けたアールスタインは、素早く馬から降りて身を隠したのだ。
早くギンムガムへ着かなければいけないと言っても、正直にいえば世界を見て回りたいというのが本音である。
ただ、今さらそれを伝えればディルモットに反感を食らうだけだ。
「……あとで謝ればいいよな」
骨董品の前に置かれた珍しい物を見つめて、アールスタインは自分に言い聞かせる。
骨董品屋に置かれていたのは、中古品ばかりだが、アールスタインの興味をそそる物ばかりであった。
装飾が施されたランタンや、腕に装備するスリンガー。
投石器とも呼ばれるスリングもある。
古来、魔法使いが活躍していた時代では、敵を接近させない為に作られた武器だと伝えられ、今もそれを愛用する冒険者は多いと聞く。
「僕のナイフも、もう使い物にならないし……」
先の戦いでナイフを噛み砕かれたために、アールスタインは何も武器を持っていなかった。
ディルモットにそれを伝えると、「どうせ戦えないなら持っていたって無意味だろ」と、一蹴されてしまった。
手元に金貨はあれど、骨董品屋の品物だけあってやはり値が張るものばかり。
普通の武器屋で手頃なものを買おうか、と悩んでいると、
「なんだボウズ、なんか欲しい物でもあんのかぁ?」
突然、頭上から声を掛けられ、アールスタインはびくっと身体を震わせて顔を上げた。
無精髭を撫でる褐色な強面の大男が、アールスタインの目の前にいたのだ。
「あ、いや……」
明らかに体格さがある大男に驚き、アールスタインは一歩後退りして言葉を濁した。
だが、大男は構うことなく一本の短剣を手にすると、アールスタインの前に突き出す。
「こいつぁ、魔法剣ってやつでなぁ。接近戦が得意な魔法使いが扱ってた代物らしい」
「魔法使いが、接近戦?」
アールスタインの疑問に、「おうよ」と、大男が答える。
「魔力をこの短剣に注いで、切り裂いた敵に毒を与えるんだとよぉ。嘘くせぇよなぁ」
大男は一人で笑い、再びアールスタインを見据えた。
魔法剣と呼ばれた短剣は、すっかり錆び付いており、うっすら埃がこべりついているようにも見える。
「全く売れなくてよぉ。それでも欲しけりゃあボウズにやる。研げば普通の短剣くらいにぁなるだろうよぉ」
「え、え! いいのか?」
「おう、構わねぇよ」
大男は短剣をアールスタインに押し付けると、骨董品屋の中へと入って行ってしまった。
礼を言う暇もなく、アールスタインは戸惑いながらも大声で「ありがとう!」と、伝えると、大男は軽く手を上げて答えた。
「魔法剣……」
錆び付いてよくは見えないが、持ち手から飾り手には小さな宝石らしきものがはめられており、刃こぼれもしていない。
研いで磨けば、相応の価値に戻るだろう。
しかし、本当に貰って良いものだったのか。アールスタインは少し不安気になりながらも、嬉しそうに魔法剣と見つめ合った。
と、後ろから大人の団体客にぶつかられ、転びそうになったアールスタインは強く睨みつけた。
「おらどけ、邪魔だガキんちょ」
行商人のマークを下げた、行商人には見えない横柄な男たちに押し退けられ、アールスタインは眉をひそめた。
男たちが現れ、再び大男が店の中から難しい表情で腕を組み歩んでくる。
アールスタインを一瞥し、気にすることなく男たちと話を始める。
「戻ろう……」
大男と男たちの話を立ち聞きしようものなら、殴られそうだ。
アールスタインは骨董品屋から離れ、砦の中央へと視線を向けた。
ディルモットの姿は、当然ながら見当たらない。
「怒られるだろうな。宿に行けば、いるかな?」
骨董品屋から少しずつ離れ、宿は何処かと探す途中、アールスタインはふと荷馬車に目をとられた。
布が掛けられており中は見えないが、時折に風で靡き微かに見えてしまう。
「クゥ……クゥ」
活気や雑音に混じって聞こえてきた何かの鳴き声に、アールスタインは首を傾げた。
弱々しい動物のような鳴き声。
ただ、犬や猫といった類いの鳴き声ではない。
アールスタインは周りを確認し、素早く荷馬車に近づいた。
「ククゥ、キュウ……」
布を捲り、雑多に置かれた荷物の中で見たものは、狭い檻に閉じ込められたトカゲだった。
否。
トカゲにしては、やけに大きい。
赤い鱗が美しく、赤い毛が揺らめいている。二本の小さな角が頭に生えており、背中には翼も見えた。
──ドラゴンだ。
猿轡をされており、手足と尾には鎖で固定されている。
「もしかして、ドラゴン?!」
アールスタインは恐る恐る、小さなドラゴンらしき動物に手を伸ばした。
だが、小さなドラゴンは身体を震わせて檻の後ろへと下がっていく。
よく見れば、至るところに傷や痣があった。
この子ドラゴンを捕らえた奴等が、抵抗しないようにと傷付けたのだろう。
「もしかして、あの行商人に捕まったのか? でも、あのおじさんと話してたのは……」
ぶつかってきた行商人。
短剣をくれた大男。
行商人の荷馬車。
アールスタインは息を飲み、荷馬車の布から顔を出して、骨董品屋に視線を向けた。
男たちは大男と会話している最中だ。
今なら、助けられるかも知れない。
「待ってろ。僕がどうにかしてやるから」
アールスタインは優しく呟くと、短剣を握り締め、檻に掛けられた南京錠を見据えた。
城で見るような良い南京錠ではない。
叩けば壊れるかも知れないと、アールスタインは短剣を南京錠にぶつけ始めた。
金属音が鳴り響き、冷や汗をかきながらも、何度も何度もぶつけていく。
「くそ、壊れないか……」
四度、五度と南京錠に叩き付けるが、びくともしない。だが、ほんの少しだけ歪んでいるようにも見える。
「待ってろよっ!」
再び短剣をぶつけ、何度目か。
元々脆かったのだろう。
ガキンッ、という鈍い音がしたと思えば、南京錠の輪が歪み、外れたのだ。
「やった!」
喜ぶのも束の間、すぐに檻の扉を開き、アールスタインはゆっくりと子ドラゴンに向けて手を差し伸べた。
すぐにでも猿轡を外してあげたいのを堪え、まずは安心させてやろうと、指を近付けていく。
だが、子ドラゴンは怯えて近寄ろうともしない。
「駄目かな……がっ!?」
子ドラゴンと同じ視線に立ち、いっそ檻ごと連れていこうかと考えた時、アールスタインは頭に鈍い痛みを感じた。
鈍器で殴られたような感覚に陥り、目の前が一気に暗くなっていく。
抜けていく力を必死に堪え、痛みがする頭を押さえた手を見て、アールスタインは崩れ落ちた。
赤黒い血が、荷馬車の布と子ドラゴンの前に飛び散り、下品な笑い声と怒りだけがアールスタインに聞こえた……。