第五十七話 【死の願望】
ディルモットは駆け出した。
橋下に落とされたダガーの回収を目的とし、見晴らしの良い場所から、足場の悪い場所へと戦闘の場を変えた。
それに対して、黒衣の青年も橋から飛び降り誘いに乗ってくる。
否、誘いに乗らなければいけないのだ。本気で殺すつもりなら尚更。
「もう暗い。愛用している武器を探しながら、ボクと対峙するつもりかい?」
「アタシも腕は鈍ってるが、経験の差ってものがあるもんでねぇ」
小川がせせらぐ音と少し肌を刺す風が吹き込む橋下。
ディルモットはより一層暗いこの場所で、ロングコートを翻した。
「君の狙っていることが手に取るように分かるネ」
「なら、まんまと嵌ってくれはしないかい?」
小石を蹴り飛ばし、ディルモットは黒衣の青年に牽制を入れた。
蛇腹剣で切り払い攻める黒衣の青年は、ディルモットの手元に拳銃が無いことを目視した。
彼女の姿勢は今までと違い、頭を下げてタックルの動作に入っている。
そこで、黒衣の青年は急いで制止の準備に入るが、足場の悪い小川での急停止は難しいものだった。
「ふっ……!」
ディルモットは青年の隙を見逃さず、裏拳を繰り出したのだ。
黒衣の青年は顎に強烈な裏拳を食らい、大きく身体をぐらつかせる。
しかし、そこは覚悟を持った青年の意志が強かった。一瞬ぐらつきを見せるも、黒衣の青年は赤い瞳を光らせた。
左足で力強く踏みしめ水飛沫を巻き上げると、蛇腹剣を左から右へ分離させ、剣刃が波打つ。
「ぐっ……!」
腰の拳銃を引き抜き、蛇腹剣の長い一閃を防ぎ切ると、ディルモットは後転からの蹴りを挟み、黒衣の青年と距離を取る。
しかし蹴りは空を裂き、黒衣の青年は蛇腹剣を引きずりながら水面を叩いた。
水飛沫が再び舞い上がり、ディルモットが着地する際に見える景色が遮られる。
舞い上がった水飛沫が落ちるか否かというところで、黒衣の青年が一気に距離を詰めてくる。
「がっ、かはっ……!」
素早い詰めと躊躇いのない攻撃は、ディルモットを追い込んでいく。
剣撃と共に繰り出してくる回し蹴りや踵落としが避けきれず、肩や腹に青黒いアザが浮かび上がってくる。
「殺されたくないならやるしかない!」
黒衣の青年にスタミナという概念が無いらしい。息を切らすことなく、剣撃と蹴りのコンボを休むことなくディルモットに与えていく。
剣の攻撃だけは無理にでも避けなければならない。深手を負えばいくら回復出来ても動けなくなるだろう。
しかし、反撃の余地もない。
徐々に攻撃を避けられなくなり、ディルモットの肌に赤い一線が走り始める。
「どうしたんだい! 君は遠慮しなくていい! さあ、ボクを殺してみろ!!」
「……ッ!」
黒衣の青年が叫ぶと、ディルモットは目を見開いて息を飲み、全ての行動を止めた。
瞬間、一本の蛇腹剣がディルモットの首に深々と突き刺した。
生暖かい鮮血がじわりと蛇腹剣を汚すと、噴水のように吹き出し、黒衣の青年は目を大きく見開いた。
血がお互いを赤く染め、時が止まったかのように見つめ合う。彼女の表情は、優しかった。
「その言葉、そっくりアンタに返すよ」
ヒューという呼吸音が喉から漏れだし、ディルモットは蛇腹剣の刃を持って更に深くまで押し込む。
「アタシを止めるつもりならアタシを殺してみろ。殺せるなら、殺してよ」
「……ッ」
優しい微笑みで血に染まった手で、黒衣の青年の頬を撫でた。




