小話1 【スケベ心と妥協点】
「う……ん?」
ごわついた布の感触と暖かさで目を覚ましたアールスタインは、部屋らしき天井が目に映り安堵した。
壁に掛けられた蝋燭の灯りは、もうすぐ消えてしまいそうだ。時刻は深夜の二、三時といったところか。
まだ眠れる。
そう考え、ふと思い出したのは、何も出来なかった昨日の自分の姿だ。
ウルブに囲まれ、ナイフを噛み砕かれ、傷を負った痛みと恐怖。
唸り声。地面に垂れる涎。嘲笑うかのように鼻を鳴らし、ゆっくりと歩み寄ってくる姿。
「……僕は、強くない……強く、なれるのかな」
自問自答。
だが、答えなど返ってくるわけもなく、アールスタインは溜め息をついて横になった。
やけに暖かく、今ならばまた眠れるだろう。アールスタインは痛みを堪えながら、目を閉じた。
そこで、髪に微かな風がくることに違和感を覚え、気になって少しずつ目を開いた。
「……っ!」
暗くて見えにくいが、程よい肌色と膨らんだ布が見え、アールスタインの目が見開かれてしまう。
心臓の鼓動を早まらせ、視線を上へと向けていく最中、それが何なのか気付いたアールスタインは「ぬわあぁぁあっ!?」と、絶叫を上げながら大きくベッドから飛び跳ねた。
「うおぉっ!?」
突然の大声に驚いたのは、一糸纏わぬ姿で眠っていたディルモットだ。
ベッドから転げ落ちるアールスタインに対し、ディルモットはボサついた髪を掬い、身体を起こした。
「……大丈夫か?」
「な、なん……っ! ば、ば……!?」
転げ落ちたまま両目を手で覆い、意味の分からない言葉を発するアールスタインを見下ろし、ディルモットは眉をひそめる。
「まだ夜か。そんな大声出したら迷惑だろうが」
「う、うるさい! なんで、なんで裸で寝てるんだよ馬鹿!!」
「返り血を浴びたんだ、洗って干しているに決まってるだろ。替えの服も置いてきたしねぇ」
胸元を薄い掛け布で一応は隠し、ディルモットは鼻で笑いアールスタインを見据える。
まともに見ることも出来ず、アールスタインは目だけでなく顔まで覆い隠し、その場から動こうとしない。
「なんで、それなら部屋を分ければいいだろう!」
「どっかの誰かさんが外に出たりしなきゃ、部屋は二つ取れただろうねぇ。辛うじて一部屋残ってただけで良かったよ」
「ぐっ、うう……」
アールスタインの怒りは、全てディルモットに返されてしまった。
原因がアールスタインにあるため、これ以上は何も言えず、その状態を保ったままワナワナと身体を震わせる。
「さあて、もう一眠りしようかねぇ。しっかり寝て、朝から村を出るから。準備しておけよ」
後頭部に両手を乗せ、大欠伸をした後にディルモットはゆっくりと寝息を立て始めた。
当然、服を着てくれる訳もなく、隣に殆ど全裸の女性と一緒に寝ることなど出来ない。
残されたアールスタインは恐る恐る目を開け、ベッドの方を一瞥した。
辛うじて隠された二つの胸が、ゆっくりと上下している。上下するたびに、布が微かにズレていき、アールスタインは顔を真っ赤に染めて目を背けた。
せめて掛け布くらい欲しいところだが、持っていけばディルモットのあられもない姿が見えてしまうだろう。
それは駄目だ。
個人的に、羞恥心でどうにかなりそうになる。
「くそ、何で僕が床で寝なきゃいけないんだよ……はぁ」
固い床に手枕をし、深い深い溜め息を漏らしたアールスタインは、丸くなって目を閉じた。
なるべく煩悩などを全てを葬り去って──。
ここまで読んで頂き誠にありがとうございます!次回話から【chapter2 子ドラゴン】編へ突入します。どうぞ、お楽しみ下さい。




