第五十四話 【悪夢】
「……はあ」
ディルモットが目覚めた時には、ベッドの中であった。
深淵の闇程ではないが、狭い部屋の中には明かり一つもなく、静かな空間だ。
窓が開いているのか、カーテンが小さく揺れ心地よいそよ風が素肌を撫でるように吹き抜ける。
そして、腰辺りにある重みの違和感に視線を向けた。
重みの正体は、自分の腕を枕に俯せで眠るアールスタインだ。揺れる金髪と頬に貼られたガーゼが目立つ。
「これでも死ぬことは出来ない、か」
バーサーカーと呼ばれる肉体暴走を、結果的に三回重ね掛けした訳だが、あそこまで追い詰められても死ぬことは出来ないらしい。
「アタシは、どうすれば人になれるのかねぇ」
包帯だらけの手や胸に視線を落とし、ディルモットは鼻で笑った。痛々しいのは見た目だけで、身体は完全に完治しているのだ。
「んん、ディルモット……」
寝言を漏らすアールスタイン。
夢の中でディルモットの名を呼ぶのは好いているのか、はたまた悪夢にうなされているのか。
「本当に、アンタも物好きだねぇ」
アールスタインの髪を撫で、ディルモットは小さく息をついた。
「ん……あ?」
触れられたことにより目を覚ましたのか、アールスタインは眠い目を擦り頭を起こす。
「え、あっ! ディルモット! 起きて大丈夫なの?!」
飛び起きたアールスタインの叫びに、ディルモットは静かに自分の唇に指を当てた。
すぐにハッと気付き落ち着いたアールスタインは、改めて椅子に座り直し咳払いを一つ落とす。
「もう、痛くないの?」
「ああ、すっかりねぇ」
小声で心配するアールスタインに対して、ディルモットは肩を回して見せた。
その姿は、少年に別の疑問を産み出した。
「……ディルモットの目的は、魔臓器を潰すことなの?」
確信をついてくるアールスタインの表情は、真剣そのものであった。
気怠そうに息をついたディルモットは、頬を掻いて躊躇いがちに頷く。
「魔臓器を憎んでいるのさ。アタシは、あれに人生を狂わされた」
ディルモットの告白に、アールスタインは黙り込む。
ベッドの横に置かれた藁袋に視線を向け、アールスタインは眉をひそめる。
「これも、潰すために僕を運ぶことに同意したの?」
「これを見た時、運命だと思ったねぇ。アタシの運命を変えるチャンスだと」
顔が曇っていくアールスタインに構わず、ディルモットはニヤリと笑った。
「魔臓器を潰せば、ディルモットは幸せになるの?」
寂しそうな質問は、ディルモットに僅かな殺意を実らせた。凄まじい殺気が狭い部屋に満たされ、アールスタインは生唾を飲み込む。
同時に、悟ってしまった。
彼女は誰よりも魔臓器を憎んでいる。それがどう足掻いても、自分では解決してやれないということも。
「ごめん、詮索はしない」
「…………」
アールスタインの謝罪に、ディルモットは茶化すことも出来ずに頬を掻いて息をついた。
重苦しい空気の中で耐えられなくなったのか、アールスタインが席を立った。
「じゃあ、僕は部屋に戻るよ。ミリアにも伝えておくから」
困ったようにそれでも笑って部屋の扉へと向かうと、一度だけ振り返ってディルモットを見据える。
だが、何も言葉がないためにアールスタインはそのまま部屋を出ていった。
「……大人げないねぇ、全く」
自分の態度に呆れ、ディルモットは苛立ちを隠す気もなくベッドに寝転んだ。
天井を見上げ、脳裏に焼き付いてしまったあの悪夢に現れた女を思い出した。
「フリーデ、いつまでアタシを追い掛けてくるつもりだ」
夢にまで出てくる奴に恐怖を覚えつつも、ディルモットは目を閉じた。
今度こそ、良い夢であるようにと願いながら──。