第五十一話 【二段階目】
城の屋上にて、魔力の光が降り注ぐ中。
まず動き出したのは、魔臓器であった。
「ぐあぁっ!」
もはや人の顔を留めていないヴェルザが叫ぶと、右手が触手に持ち上げられていく。
「い゛の精べい! シの破滅を!!」
「王子! 私の後ろへ!!」
明らかに詠唱と思わしき言葉を放ったヴェルザに対して、ジークフリードが大きく前へ出た。
「水の盾をここに!」
短縮された詠唱と共に突き出した両手から展開されたのは、巨大な水の壁だ。
厚いため前は見えないが、確実な防御壁だろう。
しかし、その盾の中に収まらない人物がいた。
ディルモットだ。
「おいおい! 勝手に──!?」
ヴェルザが巨大な火球を放った瞬間、ディルモットが大きく旋回しながら右へ走り出した。
気付いた時には既に遅し。
手を伸ばそうとしたダジエドは、水盾と火球のぶつかった衝撃で、凄まじい風圧により後ろへと吹っ飛ばされた。
「ジーク!」
何とか床に手をついて堪えるアールスタインだが、水盾に力を込めるジークフリードに目を見開いた。
水盾にヒビが走ったのだ。
「こりゃあ、マジかよっ!?」
驚愕しているダジエド。
しかし、このまま水盾が壊れれば全員巻き込まれ死んでしまう。
ダジエドはすぐさま尻を擦りながらも立ち上がり、地を蹴った。
「わっ!? 何を──」
「黙って走れぇー! ガキんちょ!」
無理矢理に右の方へ腕を引かれたアールスタインは、ダジエドの言葉に眉をひそめて走り出す。
火球の範囲から免れたディルモットの走るルートを、そのままダジエドも駆け抜け、化け物の側面へと辿り着いた。
「王子!」
「お前さんはそこで耐えろ!」
気が散り焦りを見せるジークフリードに、ダジエドが魔臓器を指差し叫んだ。
その表情があまりにも必死なものだから、ジークフリードは不服ながらも水盾に集中する。
「新しい武器を試させてもらおうか……っ!」
先行していたディルモットが狙ったのは、当然ながら魔臓器だ。
一級品のダガーを逆手に持ち、勢いよく地を蹴ったディルモットは、魔臓器に目掛けて刃を突き立てる。
「フザけるナっ!!」
「……っ!」
火球を放っていたヴェルザだが、左手がゆっくりと動くと、足元から何本もの赤黒い触手が守りに入った。
触手を一気に二本切り捨てたディルモットだが、甘く見すぎていた。
残った触手の数は五本。
二本がディルモットのダガーを受けきり、三本が身体に巻き付こうとしたのだ。
「っ、手数が足りないか」
舌を打つ前にぐるんっと身体を回転させられたディルモットは、頭から床へと叩き付けられる。
「がっ……!」
強い衝撃が頭蓋骨をも破壊せんとし、ディルモットの視界は一気に暗闇へと覆われた。
「ディルモットがやべぇ!」
土煙と共に飛び散ってきた生暖かい血に、ダジエドの顔は真っ青に染まる。
それでも、長銃を片手に走り出したのは勇敢さか仕事の先輩としての根性か。
「おらぁっ! どけっ!」
ディルモットに絡まる触手を、長銃のスリンガーで綺麗に切り裂いた。
同時に解放されたディルモットは、視界が歪みながらも自ら転がり戦線離脱を試みる。
「無事か!?」
「そ、れより! 早く、逃げろっ!」
心配して振り返るダジエドに、ディルモットが怒りの形相で強く叫んだ。
刹那、前を向こうとしたダジエドは触手の凪ぎ払いにより腹を強打され、凄まじい勢いで吹っ飛ばされる。
「えがっ……ぁ!」
「おじさん! 大丈夫!?」
立ち上がるディルモットをよそに、アールスタインはすぐさまダジエドに駆け寄った。
床を転がったせいか、腕や足からは出血し、腹は心なしか腫れているように見える。
「えっと、治療は……」
「君たち! 私の盾が無敵とでも思っていないだろうね!?」
呑気に治療を考えていたところに、ジークフリードから激昂が飛んできた。
「なら、アンタも手伝ってくれるかい?」
「無茶苦茶を言わないでくれたまえ!」
頭から流れる血を拭い嗤うディルモットに、ジークフリードの顔がひきつる。
しかし、水の盾も限界が近付いているのは間違えなさそうだ。
「ぬぐっ!?」
歯を食い縛るジークフリードは、さらに手の平に向けて魔力を注いでいくが、巨大な火球の威力もさらに増していく。
「アール! もう一度アタシにさっきの魔法を掛けろ」
「で、でもそれじゃあ──」
「早く!」
ディルモットの真剣な表情に負け、アールスタイルは躊躇いながらも小さく頷いた。
「あいつを殺して!」
願いを込め、ディルモットに剣先を向けて魔法を放つ。
同時に、治り掛けていた頭の激痛はさらに痛みを増し、自らに流れてくる気持ち悪い力に膝を付いてしまった。
「……やっぱり駄目だったんだっ」
今にも泣いてしまいそうなアールスタイルの言葉が耳に届いたのか。
ディルモットは割れそうな頭を抱えながらもゆっくりと立ち上がった。
筋肉が膨れ上がり、血は凄まじい早さで体中を駆け巡っていく。
痛みは程なくして、力と怒りに変わっていった。二段階目のバーサーカー状態。
「これなら……いけるか」
血管が浮き上がった手の甲に視線を落とすと、ディルモットが次に見たものは魔臓器であった。
にたつくヴェルザの顔に怒りさえ覚えず、ディルモットは自らの腕に噛み付いて別の痛みを与えていく。
「……ああ、吐きそうだ」