第四十九話 【意外な男】
ディルモットの問い掛けに対して、ジークフリードは目を閉じて考えていた。
ヴェルザを今から止めるには流石に難しい。さらにそこへ王子を連れてなど、言語道断だ。
しかし、王子はディルモットを信用しきっているために、こちらから説得も難しい。
「辛うじてここは魔力の巣だ。私の水が枯れることもない」
魔力を高めることなく、ちらつく魔力の光を一瞥しながら、ジークフリードは掌に水を溢れさせた。
その水で辺りを撒き散らすと、包み込まんとしていた黒煙が綺麗に払われる。
「王子の目的に私は役に立ちます。ご一緒させて下さい。ただし、必ず後で城には共に帰還致します」
「それだと意味が!」
「今はそれでいいさ」
二人の会話に割って入ったディルモット。
腕を組んで頷き、アールスタインに視線を送って無理矢理黙らせる。
考えは分かるが、結局は後でジークフリードから逃げなければいけない。
「気が変わらないうちに行こうか。騎士団長様」
含みのある言い方で階段の方へ手を差したディルモットは、柔らかく微笑んだ。
一度眉をピクリと跳ねさせたジークフリードは、不服そうに毛皮のマントを翻した。
「先が思いやられるよ……」
胃を押さえるアールスタインは、肩を竦めて溜め息をついた。
階段を先行して上がるジークフリードに、ディルモット、アールスタインの順で付いていく。
「その魔法は便利だねぇ。戦争なら大活躍じゃない?」
わざとらしく話題を振ったディルモット。
しかし、ジークフリードは淡々と進んでおり、答えない。答える気もないのだろう。
つまらないと言った様子で唇を尖らせ、ディルモットは腰に手を当てた。
「ジークはあんまり喋らないから……」
「へぇ」
申し訳なさそうに説明するアールスタインに、ディルモットの反応は薄い。
「いいことを思い付いた」
ニヤリと口角を上げ、ディルモットが大きく息を吸った。
「大丈夫か! アールスタイン!!」
「王子っ!?」
鬼気迫る大声に、ジークフリードは真っ青な顔色で勢い良く振り返った。
しかし、そこには顔を引きつらせるアールスタインと、したり顔のディルモットがいるだけである。
「……貴様っ!」
今にも胸ぐらを掴まんとするジークフリードの手からは、溢れんばかりに水流を踊らせている。
どうやら怒りを覚えると勝手に水が溢れる仕様のようだ。
「まあまあ落ち着いて。アタシだって無視されるのは辛いのさ」
肩を竦めて一歩前へ近付いたディルモットは、わら袋の中身をジークフリードに見せた。
「これは……臓器……っ」
「アンタが欲しいのはこれか? それとも本当に王子様かい?」
真っ直ぐ睨みつけたディルモットの目に、ジークフリードは心臓を跳ね上がらせた。
全てを見透かしているように見え、静かに息を飲む。
これには流石に黙り込んだジークフリード。もはやこれが答えになっているというのに。
「アンタが従う王が戦争を起こそうとしているのを知っていて、これを取り返そうとしている。王子はついでじゃないのかな?」
「断じて違う。ついでなどと言葉にした時、私は私自身を殺そう」
「……そうかい」
ディルモットから視線を外し、ジークフリードは逃げるように背中を向ける。
「何を話していたの?」
不安げに尋ねてくるアールスタインに、誰も答えはしなかった。
ムッと、あからさまに不機嫌な態度になる王子の頭を撫でたディルモットだったが、力強くはたき落とされてしまう。
そのまま特に会話もなく、三人は玉座の間へと近付いていた。
「浄化せよ」
その一言で、炎上していた大扉前の炎を打ち消し、ジークフリードは勢い良く扉を蹴破っていく。
瞬間、空気が入ったことによる爆発的な熱風が中から押し寄せ、アールスタインは顔を腕で庇った。
咄嗟にディルモットが抱き寄せ、ロングコートの中に避難させるが、熱風は三人を包み込んでいく。
「命の守りを我に──!」
まともに食らったはずのジークフリードは、大きな水流を目の前に作り出すと、水は丸い形に変え、熱風をも防ぐバリアへと変化したのだ。
「うおおおっ!」
雄叫びと共にバリアを力強く前へ押し出すと、水流はシャボン玉のように弾け熱風と黒煙を一気に晴らした。
「これは……お見事。便利なもんだねぇ」
咳き込むアールスタインを離し、ディルモットは苦笑して晴れた玉座の間を見据える。
と、焼け焦げた玉座の間の中央に、一人の男が立っているのが見えた。その男は、意外な人物であった。
「おいおいおい嘘だろ? ディルモットじゃねぇか!?」
「ダジエド? アンタここで一体何をして……」
髭面に似合わぬ焦げたタキシード姿のダジエドは、豆鉄砲を食らったような顔で、手に持っていた長銃に視線を落とす。
一方で、初めて出会ったアールスタインとジークフリードは、ぽかんとした表情で眉をひそめ、見知らぬおっさんを凝視していた──。