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よろずの運び屋ディルモット  作者: ハマグリ士郎
chapter2 奴隷オークション編
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第四十七話 【人に管理された魔物】



「ディルさん! どこにいるんですか!?」



 城の裏口から侵入したミリアは二階ではなく、一階の広間らしき場所でさまよっていた。


 ディルモットはおろか、先程入ったはずのジークフリードまで見当たらない。


 火の手が回ってきている中で、ゴブリンもどきを槍で突いては捨て、ミリアの鎧は赤く染まりつつあった。



「一体、どこに行って……っ!」



 熱さで額に滲む汗を拭おうとした時。


 ミリアは走る途中に広間から左へ続く細い通路を見つけた。


 魔物か人か、ぶちまけられた内蔵が通路へと誘うように点々と落ちている。その奥は暗闇へと続いており、不安を煽られる。


 

「何ですか……この臭い……」



 近付くにつれて異様な臭いが鼻腔を突き、ミリアは咄嗟に鼻を押さえる。

 

 進むにつれて酷くなる視界と血生臭さ、腐臭、獣の臭さ、それらが全て充満しミリアを襲った。


 それでも足を止めなかったのは、この奥に異様な何かがあると感じたからだろう。



「ここにも」



 暗闇に慣れてきた頃。


 地下へと続く階段を見つけたミリアは、ご丁寧に段差一段ずつに置かれた臓器に眉をひそめた。


 水溜まりは赤く染まり、降りる度に粘着質な音が響く。



「……も」

「あ……は……」



 下りていくと共に聞こえてきたのは、反響する男と思わしき二つの声であった。


 息を殺し、足元に気を付けながら、ミリアは聞き耳を立てる。



「城が燃えてるいるそうだ」


「そういえば、やけに上が騒がしいっすね」


「とりあえず、ベルガルの跡継ぎを潰す方が先決だ。さっさとやっちまうぞ」


「ういっす」



 中年の男と若い男が物騒な話をしていると思えば、今度は分かり易い獣臭が充満し始める。


 階段を下りきったところで、ミリアが壁の死角から、微かに光を放つ中を覗き込む。



「グオフ……ウォフ」



 小さなゲートが開けられたと思えば、二足歩行で何かがペタペタと音を立てて歩いてきたのだ。


 大きな身体に似合わぬ前屈みな姿勢が特徴的の、灰色獣──ベアウルブ。


 熊と狼の血を引く魔物は、肉食で獰猛。

 目に付いた物を全て喰らい尽くす危険な魔物の代表だ。


 どうやら、二人の男はゲートの奥か壁を隔てた向こう側にいるらしい。



「一体何を……」



 と、言ったところでミリアは生唾を飲み込んだ。


 ベアウルブの視線を追い掛けるようにして見つけたのは、椅子に括り付けられた一人の少年だった。


 猿ぐつわをされており、悲鳴を上げられない代わりに涙を流して黒髪の少年が首を何度も左右に振っている。


 その姿を見た瞬間、ミリアの足は勝手に動いていた。



「……?」



 少年とベアウルブの間に割って入ったミリアの姿に、魔物の赤い目が細まった。



「なんだ!? あの女は!」



 当然ながら、どこかで見ている中年の男が驚きながらも怒りを露わにし、何かを鈍く叩いた。


 この音に一瞬ベアウルブの耳が跳ねたが、興味がないのかミリアを見据えている。



「手は出させません!」



 槍を回転させ空気を切ると、真っ直ぐベアウルブへと向けた。


 逆光により表情はよく分からないが、その姿だけで威圧は十分のものだ。



「ウゴ……ッフ」



 やる気を見せるベアウルブは、首の骨を鳴らし、左手を床に付けて狩りの体勢へと入る。



「おい犬! テメェの目的はあのガキを殺すことだぞ!」



 若い男が大声で怒鳴り散らすが、壁一枚隔てた向こう側だ。畏れていることを知っているのか、ベアウルブは鼻を鳴らして全く意に介していない。



「人が魔物を操っているだなんて……!」



 信じられない事実に眉をひそめたミリア。


 瞬間、ミリアの目の前にはベアウルブの鋭い爪が迫っていた。



「………っ!?」



 咄嗟に胸の前に槍を戻したミリアは、攻撃を避けきれず、頬に三本の赤い傷が走った。


 鮮血が飛び散ると共に、ミリアはそれでも負けじと槍の柄でベアウルブの身体を突き返す。



「スンスン」



 押し返されたことよりも、身体に付着した血に酔うように鼻を鳴らし、満足げにベアウルブは舌舐めずりをする。


 その行動や表情は、獣ではなく殺人鬼のようだ。



「放っておけ。見られたからには生きて帰せん。ついでに殺してもらおうじゃないか」


「……そうっすね」



 暢気に何かを咀嚼する音を鳴らしながら、落ち着いた様子で今度は何かを飲む。


 そんな音や話を聞かされるこちらはたまったものではない。



「……グア」



 爪に付着した血を舐め、ベアウルブは大きく一歩踏み出した。

 対してミリアも、頬に流れる血を拭うことなく右足を踏み出す。


 畏れを知らないミリアに、ベアウルブは楽しげにニヤリと笑った。


 真っ直ぐ爪で突いてくる攻撃をかわし、ミリアは槍で薙ぎ払う。

 後ろに退いたのを確認してから、ミリアは迷わず突いていく。


 右、右、左、右、薙ぎ払い。


 徐々に後ろの壁まで追い詰められたベアウルブは、焦ることなく避け続け、下がり続ける。


 焦り始めたのは、例の二人の男だ。



「お、おい! こっちに来るな!」



 中年の男が引きつった声音で叫ぶなか、ミリアは止まることなく槍を突き、最後に大きく身を屈めた。



「最後です!」



 壁まで追い詰めたミリアは、息を止めて鋭い攻撃をベアウルブの胸へと深く突きつけた。


 ズグ、という肉を抉る音と共に、ベアウルブの胸からドス黒い血が滴り落ちる。


 刹那、ベアウルブは口から血反吐を漏らしながら、気持ち悪い笑みを見せたのだ。



「ひっ……!?」



 その笑みは、まるで願いが叶って喜ぶ無邪気な笑顔にも、邪悪な笑顔にも見えた。


 ミリアは小さく悲鳴をあげ、槍から手を離すことも出来ずに見つめ合うことしか出来ない。



「……グゥアアッ!!」



 勢いよくベアウルブは腕を上げると、力任せに拳を振り下ろした──。




 

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