第四十六話 【取引】
重い銃声が響くと同時に、アールスタインは咄嗟に顔を腕で覆った。
駆けつけようとしたジークフリードは、銃声の音を耳で反響させながら怒りを露わにし、剣を振り下ろす。
対してディルモットは左へ避けると、ダガーを抜いてジークフリードの剣撃を弾き返した。
「本当に撃つなんて……っ!?」
生唾を飲み込んだフリーデは、しかし背後から聞こえてきた呻き声に驚き振り返った。
そこには、頭に小さな穴が開けられ血を垂らすゴブリンもどきが、顔面を痙攣させて倒れる姿がいたのだ。
「まさか奇襲を防いだだけ?」
グエァ、という呻き声を漏らすゴブリンもどきは、フリーデの疑問に答えることなく息絶えた。
だが、状況を理解していないジークフリードは鋭い剣撃を繰り返す。
上段斬りから小さく横に薙ぎ、突きを繰り出してから再び横へ薙ぐ。戦い方はまるで騎士とはかけ離れており、どちらかと言えば暗殺者や盗人の振り方に近い。
「ぐっ……!」
抵抗していたディルモットも、これには顔を歪め拳銃をホルダーにしまうと同時に、安っぽいダガーを引き抜いた。
戦い方が似ているために、お互いがお互いの攻撃を相殺しあう。
ディルモットは詰め寄ってくるジークフリードの肩に目掛けて、素早くダガーを投擲した。
当然これを弾き返すジークフリード。
しかし、ディルモットはその瞬間を一気に詰め寄ると、無謀にも頭突きをかましたのだ。
「なに!?」
勢い良く突撃され、ジークフリードは少しだけ後ろへ仰け反る。だが、後ろへ下がることはなかった。
髪を掴まれ、力任せに後ろへ引っ張ってくるジークフリードに、ディルモットはダガーを男の背中に突き立てようと構える。
だが、双方の戦いは意外な人物によって邪魔をされてしまった。
「そこまでよ」
二人の間にフリーデが割って入り、ディルモットにはダガーを、ジークフリードには銃口を向けて制止させたのだ。
これには両者共に表情を引きつらせ、お互いの目を睨み合う。
「いくら雇い主でも、アタシはディルモットを傷付ける奴は許さないわ」
「……ふう」
フリーデの言葉に、ジークフリードが溜め息を漏らす。
焦るアールスタインが事の成り行きを見守る中で、ディルモットは即座に踵を返し地を蹴った。
「ディ、ディルモット!?」
軽々とアールスタインだけを持ち上げ、脱兎のごとく駆け出したディルモット。
「待て!」
と、ジークフリードが追いかけようとするが、それをフリーデが防いだ。
廊下の真ん中を陣取り、右にも左にも抜けさせないフリーデの構えに、ジークフリードは苛立ちを露わにする。
「悪いわね。私の仕事はお終い。あとは勝手にやらせて頂くわ」
「裏切るつもりか、情報屋」
「裏切るも何も、貴方から依頼された情報はしっかりと手に入れたわよ?」
ジークフリードから情報屋と呼ばれたフリーデは、にっこりと微笑んで堂々と背中を向けた。
そのまま置いて行かれたメグを抱き上げ、再びジークフリードの方へと向き直る。
「ヴェルザは魔臓器に飲み込まれたわ。元々、魔法の家系なのかしらね。凄まじい力を見せつける魔臓器の恐ろしさ……見るなら今がオススメね」
フリーデはそう言うと、急ぐ訳でもなく鼻歌混じりに廊下を歩いて行った。
「──女狐め」
残されたジークフリードは悪態をつくと、すぐさまディルモットを追おうとして止まった。
嘘か真か。
ヴェルザ本人が魔臓器に飲み込まれたとすれば、いるのはオークション会場の中だろう。
このまま放置をすれば、ヴェルザは暴走を続けこの町は炎上し灰と化す。
かといってディルモットを野放しすれば、今度こそ王子は遠くへ行ってしまう。
「……私の任務は……」
ジークフリードは苦悩する。
騎士とは本来、民を守る立場の仕事だ。
弱きを助け強きを挫き、誰かのためになる者。
それなのに、私は一体誰のために動いているのかと。
「──アールスタイン様。すぐに、参ります」
ジークフリードは真っ直ぐ駆け出した。
悩む必要はない。全てを終わらせば良いだけのこと。
しかし決断は遅かったようで、ディルモットは既に一階へ下りようとしていた。
「城の中はまずい。さっさと帰るぞ」
「駄目だ! アレクを探さないと……それに、ミリアは?」
「アレクはドラゴンだ。火の中なら大丈夫だろ? ミリアは……まあ大丈夫だろうさ」
下ろされたアールスタインは、渋い表情でディルモットを見上げた。
「ディルモットは……」
「ん?」
誤魔化す言葉を考えていたディルモットは、アールスタインに名前を呼ばれ気怠そうに返す。
「僕を利用してるって、本当?」
悲しそうに問うてきた王子の目は、疑いではなく不安げなものであった。
対して、ディルモットは何も答えない。
険しい表情のまま腕を組み、真っ直ぐ見つめてくるアールスタインに溜め息をついた。
「フリーデに何を吹き込まれた?」
「それは……」
「アンタはアタシとあの女、どっちを信用する?」
ズルい質問だと思う。
それでも、この問い掛けによりアールスタインは黙り込んでしまった。
黙り込むということは、つまりそういうことなのかも知れない。
「……ディルモットの目的は、魔臓器なんだろ?」
納得出来ないアールスタインは、別の問いを仕掛けてくる。
「魔臓器が関係しているんだろ? でも魔臓器は今ディルモットが持ってる。僕を助けるにも、何か理由があるんじゃないの?」
王子の眼差しは力強いものだった。
どこまで聞かされたのか定かではないが、フリーデは相当お喋りのようだ。
「アタシは一度交わした契約は果たす。それだけさ」
未だにひた隠すディルモットに、アールスタインは溜め息混じりに肩を落とした。
「信用してくれなくて構わない。互いに利用してる。それだけの方がきっぱりしているじゃない?」
「そうだけ。でも、僕は信じてるから」
苦笑したディルモットは肩を竦めたが、か細い声で呟いたアールスタインの身体は、微かに震えていた。
息をつき、ディルモットは「そりゃあ有り難いねぇ」と、棒読みで一応は感謝を伝え、不意に眉をひそませた。
「お喋りが過ぎたようだねぇ」
ゆっくりと歩みながら殺気を放つ存在に気付き、ディルモットは顔は横に視線だけ後ろへ向ける。
追ってきたのは、ジークフリードだ。
「どちらにご用かな?」
「どちらもと言えば、欲張りか」
「欲張りだねぇ」
両手を広げ茶化してみるディルモットだが、先程とは違い相手も余裕があるようだった。
「ジーク!」
と、前に出たアールスタインが、息を飲んでジークフリードの愛称を叫んだ。
「僕に協力してくれ! お前はまだ腐っていないはずだろ!?」
必死に訴えかけるアールスタインの腕を引き、ディルモットはゆっくりと振り返った。
「……アタシもこいつも、目的は人助けさ。今だけ、共闘しようじゃない?」
女性らしく微笑み掛け、ディルモットは腰に手を当てた。武器は抜かない。あくまでもこれは交渉であり、取引でもあるから。
「あとで必ず王子は返す」
「ディルモット!? 駄目だ! 僕は城には帰らないぞ!」
ディルモットの言葉に、首を左右に振って反発するアールスタインだが、選択の余地はない。
「……信用しろと?」
「返すのは返すさ。説得するなり何なりとすればいい」
ジークフリードの疑問に、ディルモットは丸投げした。
説得には応じないだろう。
かと言って騎士団長ともあろうお方が、無理矢理に王子を連れ帰るとは思えない。
この丸投げに、案の定ジークフリードは頭を悩ませていた。
つまり、アールスタインの言うとおり根っから腐っている訳ではないのだろう。
「さあ、どうする」
ディルモットは意地悪そうに口角を上げた。




