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よろずの運び屋ディルモット  作者: ハマグリ士郎
chapter1 魔臓器奪還編
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第五話 【皮肉な戦訓】



 ディルモットの嫌な予想通り、アールスタインはグリン村から出て、宛もなく進んでいた。


 怒りに任せ、一人でどうにか出来ると飛び出してきたは良いが、どこへ向かえばギンムガムへ行けるのかさっぱり分からない。


 手元にあるのは、粗末なナイフと金貨数枚。そして、布袋に隠した魔臓器のみ。


 地図も無ければ土地勘などあるわけもなく、だが無闇に人に頼ることも出来ない。



「どうしよう……」



 アールスタインは街道を歩きながら、ぽつりと呟いた。


 時折、行商人や運び屋らしき者たちがすれ違って行くが、心配そうに流し見をするだけで、アールスタインに声を掛ける者はいない。



「謝った方がいいのか? でも、僕は……間違ってなんかいない」



 拳に力を込め、アールスタインは村を振り返った。


 今から戻ればまだ間に合うかも知れない。


 しかし、戻ればディルモットに叱られるだろう。外に出るな、勝手なことをするなと。


 

「……子供扱いばっかり。僕だって、戦える。一人でも……いけるはず」



 銀髪の女性が勧めてくれたから、それほどに信用があって柔らかい人なのだと、勝手に勘違いしていた。


 あれほどに気怠げで、人の話を無視して全てを自分で決めるような人とは思っていなかったのだ。


 ディルモットと共に旅をすることは、安心だろうが、何時まで経ってもギンムガムへは辿り着けない。



「城から出られれば、僕は出来るんだ。あれだけ戦闘の練習もした。大丈夫」



 自分に言い聞かせるアールスタインは、ふと顔を上げて息を飲んだ。


 どれくらい歩いて来たのだろうか?


 遠く、とても遠くに砦らしきものが微かに見えたのだ。ここから歩けば、半刻程で辿り着けるだろうか。


 だが、気付けばいつの間にか街道には、誰も歩いていなかった。

 

 夕日だ。

 街道に灯などなく、夜が訪れてしまえば闇を好む魔物共が動き出す。


 その前に、大体の者は魔除け花や外壁に囲まれた村に入り、身の安全を完璧なものとする。


 つまり、野宿をするという発想自体が危険であり、アールスタインは逃げる場所を失ったのだ。



「暗くなってくる……」



 アールスタインは遠くに見える砦と、まだ目に見える村を交互に見て眉をひそめた。


 完全な夜が来る前に、火でも起こせれば辛うじて野宿が出来るかも知れないが、火打ち石すら持ち合わせていない状況。


 アールスタインに選択出来るのは、二つ程しかない。



「ここなら、大丈夫かな」



 選んだのは、街道から外れた木々が重なり合う草木に隠れることだった。


 魔物に見つかりにくい所と考えた子供の浅知恵は、余計に危険度を高めるだけだが、アールスタインは身を縮めてしゃがみ込んだ。


 手には護身用にナイフを握っておくが、そんなもので不安は拭えるわけもなく。



「グァ……フッ!」



 獣の吐息がどこからともなく聞こえ、アールスタインは身体を震わせた。


 

「グア!」


「グア! ガフゥ」



 様々な方向から聞こえてくる獣の声は、次第に数を増やしていく。

 一匹、二匹……全部で五匹ほどか。


 恐怖で震える足を殴り、アールスタインは街道の方へと走ることを決めた。

 誰か助けてくれるかも知れない。恥もひったくれもない。



「くそ!」



 小声で悪態をつき、アールスタインは思い切って街道へと走り出した。


 当然、それを狙っていたかのように獣共が草木から飛び出し、アールスタインの背中を追い掛けた。


 黒々とした毛と鋭い牙を持つ獣──ウルブ。


 獰猛な性格と凶暴さ、一度狩りを始めれば狩るか死ぬまで止まらない狼のような魔物。



「来るな! 来る……がっ!?」



 飛びかかって来たウルブに、アールスタインはナイフを振り回しながら走り、街道に辿り着く前に盛大に転んだ。


 

「グルァッ!」



 そのチャンスを逃すまいと、大口を開けて飛びかかるウルブに対し、アールスタインはナイフを一閃させて対峙する。


 だが、ナイフの刃はウルブに刺さることなく、噛み砕かれた。


 そのままの勢いで突進されたことにより、アールスタインの軽い身体は見事に吹っ飛ばされ、二度ほど地面を転がってしまう。


 

「う、ぐ……っ」



 それでも、城の訓練で学んだ受け身をとり、アールスタインは折れたナイフを身構えた。


 突進された身体は、骨が折れたのか激痛が全身に走る。


 

「フゥゥゥゥ」


「グア、グルルル」



 五匹のウルブに四方を囲まれ、アールスタインは胸を押さえて顔を歪めた。


 絶対絶命。

 それでも、諦めれば死ぬことになる。



「グアグア、アガッ……!?」



 五匹が一斉に飛びかかろうと構え、リーダー格の一匹が吠えた。


 逃げられない。

 戦ったとして、勝てる相手でもない。

 これまでか……。


 死を覚悟しようとしたアールスタインは、せめてもと顔を庇いながら折れたナイフを突き出した。


 その時、乾いた音が聞こえたと思えば、突如としてリーダー格のウルブの身体に穴が開いたのだ。



「グア? ガァ!?」



 突然の奇襲により、戸惑いを見せるウルブ共。リーダー格のウルブは身体から血を流し、その場に倒れ込んでしまう。


 何が起きたのかと、アールスタインは恐る恐る後ろを一瞥して、目を見開いた。


 暗い夕日に照らされた黒いロングコートが風に靡き、手に持っている物が拳銃なのだと分かった時、アールスタインは肩を落とした。



「やあやあ、お困りなら手助けしましょうか。王子様」


「……だから嫌なんだ」



 人の神経を逆撫でするような喋り方をする嫌な救世主──ディルモットに、アールスタインは苦笑しながら眉間にしわを寄せた。


 新手が現れたことにより、毛を一層逆立てるウルブ共に、ディルモットは肩を竦めて両手を上げて見せる。



「血気盛んなことで、弱い犬ほどよく吠えるとはまさにこのことだねぇ」



 ディルモットは微笑むと拳銃を構え、アールスタインに一番近いウルブの頭を撃ち抜いた。


 鳴き声を発することなく脳髄を撒き散らし、血飛沫を辺りに飛び散らせたウルブを目の前に、アールスタインの表情があからさまに曇る。



「まさか一人でここまで歩いてるとは、探すのに苦労したよ全く。ガキは大人の言うことを聞いて欲しいもんだ……ね」



 説教の途中で、残った三匹のウルブが一斉にディルモットへ飛びかかった。


 それを、焦ることなく避けたディルモットは、左腰に差した中途半端な長さのダガーを引き抜き、ウルブの首筋を一閃する。


 

「そうだな、ここで戦闘の基本でも教えておこうか」



 そう言って、余った一匹のウルブを蹴り飛ばし、もう一匹の顔面を掴むと、ボールのように投げ飛ばした。


 一段落置いてディルモットは、拳銃を腰のホルダーにしまい込んだ。



「接近戦で挑むなら、弱点を叩くなり斬るなりすればいい。こういう馬鹿な犬は、逃げるから強く見えるだけで、避けるのは簡単さ。よく見ればいい」



 投げ飛ばされたウルブはすぐに体勢を立て直すと、すぐさまディルモットに噛み付くために走り出す。


 目の前に弱った人間がいるにも関わらず、怒りだけを全面に出して飛びつくウルブに、ディルモットは軽々と避けて弄ぶ。



「それでも避けられないなら、そうだな。安い藁の盾でも持てばいい。銅貨一枚で犬の攻撃を二発は耐えられるだろうねぇ」



 ディルモットの視線は、アールスタインに向けられていた。


 残る二匹のウルブなど、どうでもいいといった様子で避け続け、トドメを刺す訳でもなく、説明を続ける。



「ああ、そうだ。そもそも戦うことが嫌なら、夜はフカフカのベッドでおねんねすればいい。それが一番」


「……悪かったよ。謝る。だから、もう」



 嫌味ったらしいディルモットの言葉に、アールスタインは痛みに呼吸を乱しながら表情を歪めた。


 王子の謝罪に満足したディルモットは頬を掻くと、ウルブの噛みつきを腕で受け止め、ダガーを額に突き刺す。


 白目を剥いて地面に落ちたウルブ。

 残り一匹となったウルブは、ディルモットを恐れ後退りを始めた。



「ならいいさ。だけど──」



 逃げるタイミングを窺うウルブを、ディルモットは逃さなかった。


 ゆっくりと歩み寄り、ウルブが踵を返して走り去るその瞬間、ディルモットは地を蹴り一気に詰め寄ると、ダガーを胴体に叩き込んだ。


 

「ギィガァッ! ガヴガァッ!?」



 暴れるウルブの首根を押さえ込み、ディルモットはダガーを振り上げると、容赦なく頭に突き刺して終わらせた。


 血塗れのロングコートを払い、懐から取り出した布切れでダガーの血を拭う。


 まるで殺し屋のような手際の良さと、血に慣れた感覚。顔に付着した返り血を袖で拭い、ディルモットは息をついて踵を返した。



「……なんで、助けに来たんだよ」


「そりゃあ、契約は解消していないしねぇ。死なれちゃアタシが困るって訳さ」



 胸を押さえたアールスタインの呟きに、ディルモットは両手を横に上げて呆れたように言い放つ。


 

「……骨でも折れた?」


「わから、ない。でも、生きてる」


「そりゃあ結構なことで。説教はまた後にしようかねぇ」



 皮肉混じりのディルモットに対して、アールスタインはもう話すことさえ厳しい様子だった。


 仕方なく、膝をついて立てるかと促すが、血を見たショックもあってか、顔色は青くとても立てるようには見えない。


 

「……面倒を掛ける王子様なことで」



 意識も朦朧としているアールスタインを優しく抱き上げ、ディルモットは村へと歩き始めた。


 血の臭いと柔らかい胸に包まれ、アールスタインは静かに首を下に落とした。

 

 気絶、ではなく、どうやら眠ってしまったらしい。



「……さて、帰りましょうかねぇ」




 

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