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よろずの運び屋ディルモット  作者: ハマグリ士郎
chapter2 奴隷オークション編
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第四十五話 【憎い記憶】



 睨み合うディルモットとジークフリード。


 暑いはずの場が一気に凍り付こうとした時、集まり出す魔物共が一斉に雄叫びを上げた。



「い、今は魔物の暴走を止めるべきです! 騎士団長!」



 二人の間に割って入り、ミリアは両者よ視線を集める。


 しかし、ジークフリードは構わず口を開いた。



「アールスタイン様はどこにいる?」



 直球の問いに、ディルモットは肩を竦めた。



「王子は城の中さ。ヴェルザから聞いているんだろう? 早く助けに行ってあげたらどうかな?」



 ゴーガの群れが歩んでくる方向に視線を向け、ディルモットは愉快に眉を上げて見せる。


 焦るミリアの姿を挟んでいるからだろうか。


 ジークフリードは剣を胸の前で構えると、勢いよく刃から水流を溢れさせた。



「き、騎士団長! 彼女は王子の味方です!」


「それを考えるのも決めるのも私だ」



 驚くミリアをよそに、ジークフリードは大きな水球を掌に作り出すと、躊躇い無く放つ動作へと移る。


 対して、ディルモットは顔をしかめてゴーガ共が群がる方向へと駆け出したのだ。



「ちょ、ディルさん!?」



 ジークフリードとディルモットを交互に見つつ、どうするか判断を下したミリア。


 結果、遅れてミリアはゴーガ共の方向へと駆け出し、上司の表情を歪めさせた。


 ディルモットが駆けて行くのは、城の裏口──もとい、ゴーガ共の群れの中心だ。



「……報告通り、賢い女だ」



 素直に感心したジークフリードは、右手を大きく突き出し大きな水球をゴーガ共に放った。


 

「ミリア! 急げ、飲み込まれるぞ!」



 ゴーガやゴブリンもどきの攻撃など無視して、股下をくぐり抜けたディルモットは、息を止めて走り抜ける。


 同時に、水球はゴーガ共の真上に到達すると、再び秋声の歌声が響き渡る。



「清らかな水の乙女よ。悪の穢れを打ち砕かん──!」



 詠唱らしい文言を呟いたジークフリード。


 刹那、水球はゴーガ共の真上から滝のように降り注ぎ、魔物共を纏めて飲み込んでいく。



「ウコゴゴッ!?」


「グギャ、ボゴゴッ──」



 盾も無ければ溶かす身体しか持ち得ない魔物共は、降り注がれる清らかな滝に飲み込まれ、一瞬で光の粒子と化していく。



「手を伸ばせっ!」


「は、ふぁい……っ!」



 降り注ぐ滝流に一瞬飲まれたミリアだが、伸ばした手をディルモットに引っ張られ、間一髪で転がり抜け出した。



「げほっ、ごほっ」


 

 倒れながらも胸を押さえ、ミリアは飲み込んだ水を吐き出そうと何度も咳き込む。


 その背後で、あれだけの数を一瞬にして浄化したジークフリードの力に、ディルモットは感心しながらも表情を歪める。



「どうやら壁は無くなったらしい。城の中に入るならば好都合。さあ、どうする」



 ゆっくりと歩み寄ってくるジークフリードは、濡れた髪をさらに後ろへ撫でつけた。


 サルヴァンが力だとすれば、ジークフリードは魔力だろうか。


 力も魔力もないディルモットにとっては、どちらも持ち合わせているジークフリードが厄介過ぎた。



「王子が待っているのはアタシか、アンタか。賭けてみるかい?」


「賭け事は禁止されている」


「つまらない男だ」



 ジークフリードの言葉に肩を竦めたディルモットは、立ち上がってコートを翻し城の裏口へと後退りで近寄っていく。



「……置いていくつもりか」



 未だ荒い呼吸を続けているミリアを一瞥したジークフリード。



「アンタは仲間を殺すのかい?」



 それだけを言い残し、ディルモットは城の裏口へと駆け出し中へと入って行った。


 残されたミリアはようやく起き上がり、仏頂面のジークフリードを恐る恐る見上げる。



「……君が謀反をしてまで彼女に付いていく理由は何だ。王に背くまでの根拠は?」



 目の前で質問責めをしてくるジークフリードは、怒りを露わにしていた。


 仲間を敵の目の前に置いていくような奴に、何故付いていくのかと。


 しかし、その問い掛けによってミリアは不思議と恐れが薄まった。



「……アール様が正しいと、そう信じたからです」



 凛とした表情で言い切ったミリアに、ジークフリードは特に表情を変えることなく城の方へと視線を向ける。



「私も、王を信じている。しかし、アールスタイン様が何をお考えか、少し理解しているのだ」



 秋声にも微かな震えが混じっていた。


 ジークフリード自身も迷っているのかも知れない。



「一つ、決めていることはある。ディルモットを捕らえ、王子を助け出し、魔臓器を奪還する。それが私の任務」



 剣を一振りし、毛皮の外套を靡かせて城へと走り出していった。


 その背中を見送りながら、ミリアは唇を噛み締め、地面に落ちた槍を強く握り締める。



「……私も決めたんです。アール様に付いていくと」



 ゆっくりと立ち上がり、ミリアは擦りむいた傷を気にすることなく、城の方へと駆け出した。


 その二人の姿は、既に二階にいたディルモットから一目瞭然であった。


 裏手から入った城の中は、まだ火の手が回ってはいなかった。それでも、黒煙と血生臭さが城の中を満たそうとしており、転がる兵士と魔物共のせいで、景色は地獄絵図だ。


 この中からアールスタインを探し出すのは一苦労どころか、見つかる可能性の方が低い。



「……厄介だ。さて」



 二階は客室通りなのか、兵士も魔物の影もいない。オークション会場が最上階のVIPルームだと聞いているが、子供たちはどこに入れられているのか?


 この炎の中だ。

 子供を置いて上層部の奴らは逃げ出しているかも知れない。


 そうならば、ベルガルの孫どころかアールスタインまで命の保証がないに等しい。



「すでに逃げてくれていれば有り難いが……」



 真っ直ぐの通りをゆっくりと歩みながら、必然的に独り言が増える。


 熱のせいか、焦りのせいか。

 額や背中にじっとりとした汗が流れていく。



「アールスタイン! 返事をしろ!」



 敵も反応してしまうだろうが、アールスタイン本人から返事が返ってくれば問題はない。


 

「アールスタイン!」


「ディル……トッ!!」



 近くから反響してくる小さな声に、ディルモットは驚き足を止めた。


 と、唐突に並んだ客室の一つの扉が開き、ディルモットは思わず拳銃を構える。



「ようやく会えたわ。ディルモット」



 現れたのは、アールスタインではなかった。


 銀の短髪を揺らし、白いコートの裾を靡かせる女性の顔は、見覚えがあった。



「……まさか、忘れた訳じゃないわよね」



 爽やかに微笑む彼女に対して、ディルモットは厳しい表情で見つめ返す。



「──ああ。まだ覚えている自分が憎いよ。フリーデ」



 銃口を下ろすことなく、ディルモットは小さく息をついた。



「ディルモット……」



 後から現れたのは、アールスタインと金髪の少女メグだ。


 どうやら二人は合流していたらしいが、何故フリーデと共にいるのかは分からない。


 ディルモットは気にせず銃口をフリーデへと向けた。



「私を撃つの?」


「アンタの手が王子から離れなければ、ねぇ」



 ディルモットの指摘に、フリーデは困ったように眉をひそめた。


 指摘通り、アールスタインの後ろ首には見えにくいがフリーデの持つダガーが当てられているのだ。



「邪魔をするなら容赦なく殺す」


「あなたに私を殺せるの?」


「殺すさ。絶対に」



 殺意に満ちたディルモットの言葉は、脅しではなく本気のものだ。


 息を飲んで状況を見守るアールスタインは、うっすらと切られた皮膚から血が流れ始めていた。



「お願いだ、フリーデを撃たないで。フリーデのおかげで、僕はここにいるんだ。ギンムガムに行くための──」


「黙れ」



 アールスタインの必死な説得も虚しく、ディルモットは引き金に指を当てた。


 睨み合う両者に、メグも恐怖のためか泣き声すら上げない。



「その女を守るなら、アタシはアンタも撃つ」


「ディルモット!?」



 フリーデから銃口を外し、標的としたのはアールスタインだった。


 流石に驚き焦りを見せたフリーデだが、口元が少し緩んで見えるのは気のせいではない。


 むしろ、ディルモットの行動に喜んでさえいるように見えた。



「やはり王子の敵か。運び屋ディルモット!」



 階段を上がり追い付いてきたジークフリードは、この状況に怒りを露わにさせた。


 剣と魔法を構えるジークフリードに、ディルモットは溜め息を漏らして銃口を下ろそうとする。



「悪いが、アタシは目的のためなら手段は選ばない主義でねぇ」



 そう言うと、下げようとした拳銃を構え直し迷わずアールスタインに向けて引き金を引いた。


 乾いた銃声が鳴り響き、城全体に重い静けさが広がった──。





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