第四十四話 【対ゴーガ戦】
屈強な肉体へと成長したゴブリン──もといゴーガは、赤い炎をほとばしり、手に街灯を少しずつ溶かしていた。
ティーチが氷であったように、今回の暴走者は火の属性を秘めていたらしい。
爆発と炎上、魔物に付与された属性を考えれば間違いないだろう。
「問題は……」
ゴーガを睨み付け、ディルモットは黒煙を振り払い息をついた。
「魔法は魔法でしか打ち消せないことですよね」
「まあ、そこは物理で殴るか抉るしかないだろうねぇ」
摺り足で近付くにミリアの答えに、ディルモットは鼻を鳴らしダガーの刃を水平にゴーガの姿を見据える。
「グワァッ!」
「っ!」
予備動作もなく一気に振り回された街灯は、熱で途中から折れ、歪な軌道に乗って二人へと襲い掛かる。
「伏せろ!」
咄嗟に身を屈めたディルモット。
少し遅れてミリアがしゃがむと、その頭をスレスレに街灯が通り過ぎ、民家の外壁に衝突する音が耳元で鳴り響く。
熱風が下から吹き上がるなかで、ミリアは背筋を凍らせて生唾を飲み込んだ。
「よそ見するな。来るぞ」
ゆっくりと後ろの状況を確認しようとしたミリアを止め、ディルモットは低い姿勢のまま兎の如く飛び跳ね前へと出た。
今度は遅れぬようにと、ミリアは慌てて立ち上がり彼女の背中を追い掛ける。
ディルモットが旋回し右へ向かったのを見て、ミリアは左へと方向転換した。
「グオオアァ……!」
ゴーガは分かれる二人を交互に見ると、迷うことなくミリアに真っ赤な瞳を向けたのだ。
「馬鹿でも頭はあるらしいねぇ。上等じゃないか、騎士のお手前見せてもらおうか」
「褒めてるのか貶してるのかどっちですか! ひゃっ!?」
股を抜けて背中へと回り込むディルモットに対して、ミリアはゴーガの熱拳を間一髪で避け息を飲んだ。
重い拳は次へと攻撃に支障が出ているゴーガに、ミリアは左へ重心を傾け一回転すると、姿勢を低く保ち下から上へと一気に槍を突いた。
右脇に鋭い先端が食い込み、鍵のように回し抉ってそのまま力強く上へと引き裂く。
「ゴゴゴァ……ッ!!」
悲鳴をあげ、血の代わりに熱を帯びた朱色の液体を噴射させるゴーガに、ディルモットは容赦なく追撃を始める。
「いいねぇ。流石は騎士様だ。なら、終わりにしようか」
背後からゴーガの両足をダガーで斬りつけたディルモットは、硬いように見える両足がバランスを崩す姿を鼻で笑った。
液体をぶちまけながら巨体を支えきれず、それでも両手を付いて何とか倒れることを防いだゴーガは、鼻息を荒くして呻き声をあげた。
手を付いた際に土煙と黒煙を舞い上がらせ、目の前が見えないゴーガは、右腕を振り回し時間を稼ごうとする。
「いい位置だ。見えてるかい?」
ディルモットの声が聞こえてくる。
ゴーガは顔を揺らし、晴れてくる煙の中でようやく見えた景色は、黒く小さな鉄の塊であった。
拳銃の引き金に指を掛けたディルモットは柔らかく微笑むと、躊躇い無くゴーガの額に銃弾を撃ち込んだ。
乾いた発砲音が遅れて聞こえた頃には、ゴーガは目を見開き、力無く地面に突っ伏していた。
「思ってたより、強くはありませんね。もっと苦戦を強いられると思っていたのですが」
「ああ、それは──」
呆気なく終わり安堵するミリアに、ディルモットはダガーを振ってさらに後ろを顎で示した。
「ウゴアァァッ!」
「ギャギャ!」
城の裏手から次々と現れるゴーガと共に、魔力を帯びて変形を始める歪なゴブリンの集団。
それらが熱を帯び、蒸気を頭から湧き出しながら辺り一面を熱風で覆い尽くそうとしていたのだ。
「元はゴブリンだからねぇ。数は揃えられるだろうさ。これで一匹一匹強いなら、アタシはお手上げだね」
「そんな! これじゃあどうやっても突破出来ないじゃないですか!」
冷静に分析するディルモットの横で、ミリアは全力で頭を振っている。
焦ったところで突破は出来ないが、全て倒す頃には街は炎上して灰になっているかも知れない。
「どっちかが囮になるしかない」
「それって私に言ってますか?」
「アンタが必ず王子を助けられるなら、アタシが囮でも構わないさ」
「うう……」
ディルモットの言葉は正論であった。
助けられるならどちらでも構わない。
だが、必然的に能力が高いディルモットが助けに行くことが、無難の選択だろうか。
悩むミリアに業を煮やしたのか、ディルモットが前へ出ようとした瞬間、右の方角から爽やかな風が頬を撫でた。
「では、その囮は貴女になってもらおう。運び屋ディルモット」
刹那、中年男の秋声が聞こえ、ディルモットは表情を険しくさせる。
と、燃え盛る炎の中から突如として美しい水流が舞い上がり、一帯の炎は一気に鎮火したのだ。
「水の魔法……もしかして」
綺麗な水飛沫が舞う中で、ミリアは悲しそうに呟いた。
視線を向けた先。
青黒い短髪を後ろに撫でつけ、気難しい表情で煌めくロングソードを一振りした男は、白のプレストアーマーに肩章を揺らしていた。
右肩だけに毛皮の外套を羽織り、腕、腰、足、全てに装甲を装備している。これで白馬にでも乗っていれば、見事な白馬の王子が完成するだろう。
しかし、その身なりや動きは紛うことなく騎士そのものである。
「ンギャァアッ──!?」
邪魔をするなと言わんばかりに騎士へ飛び掛かった歪なゴブリンは、瞬きを許されることなく身体を真っ二つにされ宙を飛んだ。
騎士を避けるように両断されたゴブリンは、血を撒き散らして地面へと着地する。当然、意識はこの世に無いだろうが。
白のプレストアーマーが一瞬で赤くなるも、手から溢れる水流がそれらを浄化し、綺麗な姿でディルモットたちの前で止まった。
「剣聖──ジークフリード」
「如何にも。その名で呼ばれるのは、久しいがな」
ジークフリードは血糊が付着したロングソードを振り払い、能面のような顔で頷いた。
だが、その口元は少しだけ緩んでおり、ジークフリードは敵意を剥き出しでディルモットを見据えていた──。




